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第117回 問題児

 フォンが鍛錬に励む頃、ニルフラント王都近郊の上空――。

 リオン達の乗る真っ赤な船体の飛行船は穏やかな風を裂き、王都へと突き進む。

 リオン達は北のグラスター、西のアルバ―と大陸を渡り、南の大陸ニルフラントへと回ってきた。

 当初、乗船していたのはリオン、レック、エルバの三人だけだが、今現在は少しだけ人数も増えた。

 まずは北の大陸グラスターで、龍臨族であり、グラスター王国の王子であるカーブンに協力をえた。元々、時が来れば協力は惜しまないと約束を交わしていた為、事情と状況を話し、すぐに了承してもらった。

 その後、西の大陸アルバ―で、風牙族の隠れ里に向かい時期族長であるウィルス、次に賞金稼ぎをしている烈鬼族のレイド、盗賊団のボスをしている地護族のグラッパと、強引に仲間へ引き込んだ。


「ハァ……」


 静かな飛行艇内に響く重々しいため息。

 その主は、風牙族のウィルスだった。窓際で頬杖をつき、遠い目で窓の外を見据える。整った端正な顔立ちに白髪。そして、窓から差し込む日の光によって、とても絵になる構図だった。

 しかし、ここには女っ気は微塵もなく、誰一人反応はない。


「ハァ……」


 そんな状況にもう一度重々しいため息を吐いたウィルスは目をうなだれる。

 正直、ウィルスは渋々参加した形になる。ただ、世界の為に戦う事が嫌だとか、命を賭してまで戦う事が嫌だと言うわけではなく、本当に自分で大丈夫なのか、という点を不安視していた。

 どう言うわけか、ウィルスは自身を過小評価し過ぎている所があり、口を開けば、「アイツの方が強い」「俺よりもアイツの方がふさわしい」などと言う。だが、能力的に言って、他の風牙族に劣る所などなく、紛れもなく現風牙族ではトップの実力者だった。


「何だ。まだ、不満なのか」


 あまりに重苦しい空気を漂わせるウィルスを見かね、リオンが声を掛ける。

 その声にゆっくりと振り返るウィルスは引きつった笑みを浮かべた。


「不満はないよ。不安ではあるけどね。俺じゃ全然役不足だろうし……」


 またも口から出る弱気な発言に、リオンは呆れたような眼差しを向けた。何が彼をそこまで卑屈にさせるのか分からなかった。


「それにしても……今日は静かだな」


 突然、割って入ったのは慣れた様子で空中に浮かぶ風鳥族のエルバ。落ち着いた面持ちで空色の髪をなびかせ、エルバは眉間にシワを寄せる。

 そして、それはリオンも同じだった。非常に苦々しい表情を浮かべ、面倒臭いと言わんばかりに眉間には深いシワを寄せる。

 そんな時だった。唐突に飛空艇を激しい揺れが襲う。


「おおっ……」


 よためくウィルスはすぐさま手すりに掴まり、バランスをとった。

 飛行艇は現在自動操縦中で、その揺れに対応するように船体を右へ左へと小さく傾ける。

 それもあってか、揺れは激しさを増していた。

 しかし、リオン達は比較的落ち着いていた。いや、どちらかと言うと呆れかえっていた。


「始まったようだな」


 迷惑そうな表情のエルバは、リオンへと目を向ける。


「そうだな……」


 呟くリオンは、右手で頭を抱えた。


「毎度毎度よくやるね」


 呆れ顔のウィルスは引きつった笑みを浮かべる。

 現在、起きているこの激しい揺れは、敵襲と言うわけでも、乱気流に遭遇したと言うわけでもない。ほぼ日常茶飯事に行われる行事のようなものだった。


「しかし……よくここまで墜落しなかったな……」


 呆れたように失笑するエルバはそう言い肩を落とす。

 渋々と椅子から立ち上がるリオンは、不満そうに吐息を漏らすとエルバとウィルスへと目を向けた。

 すると、エルバは小さく頭を振った後、深いため息を吐き、肩を竦める。


「私は今回はパスさせて貰う」

「それじゃあ、俺も……」


 エルバの言葉に控え目に挙手し、眉を八の字に曲げながらウィルスはそう言った。

 流石に「俺なんかが――」と口にする事はなかったが、その表情が「俺が行ってもしょうがないだろ」と言っていた為、リオンは複雑そうに目を細める。

 そして、鼻から息を吐きだし、小さく頷きながら右手で頭を掻き、


「分かった。まぁ、カーブンもいるだろうし、俺一人でも何とかなるだろう」


と、リオンは気怠そうに部屋を後にした。

 リオンが出ていくのを見送り、エルバは右目の下、頬の辺りに刻んだ三ツ星の入れ墨を左手で撫で、鼻から息を吐き出す。


「全く……大変だな……」

「全くだね」


 あははっ、と苦笑いをするウィルスへ目を向けるエルバは、困ったように目を細め、


「あんたも大概だけどな」


と、呆れたように呟いた。



 部屋を後にしたリオンは迷う事なく、足を止める事なく、初めから確信していたようにトレーニングルームへと歩を進めた。

 スライドドアを乱暴に開くリオンは、


「今度はなんだ!」


と、足を踏み入れるなり怒鳴った。

 すると、すぐに二つの声が重なる。


「コイツが!」

「この男が!」


 地護族のグラッパと烈鬼族のレイドの二人の声に、眉間にシワを寄せるリオンは右手で頭を抱える。そして、二人の間に割って入るカーブンへと目を向け、眉をひそめた。


「状況は?」

「み、見ての通りです」


 うなだれるカーブンは疲れたような笑みを見せた後、安堵したように息を吐いた。

 短い金髪を逆立て、映えるような真っ赤な鎧を装着するグラッパは、右手に朱色の刃の剣を握り締めていた。

 一方、灰色の髪を爽やかに揺らし穏やかな表情を浮かべる優男レイドもまたその手には剣を抜いていた。

 状況を想像するのは容易く、リオンはコメカミに青筋を浮かべ、左手を腰へと当てる。


「毎度毎度飽きずに……少しは自重出来ないのか?」


 呆れ顔のリオンに対し、不満そうなグラッパは渋々と武器を仕舞う。それを確認しレイドも静かに剣を鞘へと収め、肩を竦める。


「仕掛けてくるのは彼の方で、私は被害者ですよ」

「んだと!」


 レイドの言葉に意義を唱えるグラッパだが、頭を抱えるリオンは「わかった! わかった!」と二人の声を遮る。

 だが、すぐに、


「いや、実際、何にもわかんないけど、とりあえず、黙れ」


と、怒りを露わにする。

 レイドとグラッパの二人が、このように騒動を起こすのは今に始まった事ではない。ほぼ毎日、事ある毎に衝突しては、飛行艇に大きな揺れを起こしていた。

 相当、頑丈に造られている為、今の所被害こそないが、何れ被害が及ぶかもしれないと考えると不安でしかなかった。

 それに、もう時期この時代を左右する大きな戦いがある事を知っている為、リオン自身少しだけナーバスになっていた。

 こんな状態で大丈夫なのか、と内心思うリオンの気苦労は絶えなかった。

 右手で頭を抱え、黙り込むリオンに、カーブンはオレンジブラウンの髪を揺らし、首を傾げる。


「どうかしましたか?」

「いや……。このメンバーで大丈夫か……不安になった所だ……」


 非常に難しい表情を浮かべるリオンはため息を吐き、瞼を閉じた。

 リオンの気苦労に苦笑するカーブンは「大変そうですね」と同情する。しかし、そんなカーブンにジト目を向けるリオンは、


「そう思うなら、二人がぶつかりあう前に止めてくれ」


と、恨めしそうに呟いた。


「大体、何でこんな奴がいるんだ! 聞いてねぇぞ!」


 今更になりブーブーと文句を言うグラッパは、不満げにレイドを睨み付けていた。

 そんなグラッパの視線に背を向けるレイドは肩を竦めると大きく頭を左右に振る。


「それは、こっちのセリフですよ。まさか、盗賊風情がここにいるとは思いませんでしたよ」


 丁寧な口調だが、明らかに好戦的なそのセリフにグラッパは額に青筋を浮かべ、「あぁ゛」とドスの利いた声を上げる。


「あーあ! やめろ! お互い、目的は一緒なはずだろ」


 二人の間に入り声を荒らげるリオンは、グラッパ、レイドの順に睨んだ。

 しかし、その言葉に、


「一緒なわけねぇーだろ! ソイツはただの人殺しだろ!」


と、怒鳴る。その言葉にレイドは一瞬不快そうな表情を浮かべ振り返った。


「人聞きが悪いですね。私は単なる賞金稼ぎ。人殺しはそちらの専門でしょ。盗賊さん」


 にこやかにそう口にするレイドにグラッパの表情は引きつる。

 口撃ではレイドの方に分があるようだった。

 苦虫を噛んだような表情のグラッパの顔に向け、さっと左手を出すリオンはその視界からレイドを隠す。


「よせって言っているだろ。人殺しか、人殺しじゃないかは、この際、関係ない。俺だってこの手は血に染まっている」


 自らの右手を見据え、リオンは悔しげに拳を握り締める。


「まぁ、自分の信念。自分の信じた正義を貫いた結果だ。互いに信じるモノが違えば、そうなるのは道理だ。仕方ない事だ」


 淡々とそう述べるリオンに、誰も言葉を発しない。言いたい事は理解できるし、何よりリオンの儚げな表情がそれをさせなかった。

 それほど、リオンが思い詰めいるように三人には映った。

 急に沈黙が続いた為、空気を変えようとリオンは微笑する。


「とにかく、もうすぐニルフラントの王都に着く」


 そう言い、リオンはグラッパへと目を向け、


「お前のアジトを襲った奴の事もそこで詳しく分かる」


と、真剣な目を向ける。「そうか」と妙に沈んたトーンで答えるグラッパは下唇を噛み締める。

 グラッパの盗賊団は一夜にして壊滅した。狙ったのか、そうじゃないのか不明だが、丁度、グラッパが私用でアジトを空けた時の事だった。

 女子供など関係なく、人と言う人が死んだ。生き残りがいたのかも分からない。それほど、酷い有様だった。そんな時にリオン達はグラッパを訪ねた。そして、「アジトを襲った奴に心当たりがある」と持ちかけたのだ。


「とりあえず、お前との争いは一旦保留だ」


 ビシッとレイドの顔を右手で指差し、グラッパは睨みを利かせる。


「まぁ、私としてもあなたを狩る気は無いですから。目的はあの村を襲った奴を狩る事。それが、私の受けた依頼です」


 肩を竦めるレイドは鼻から息を吐き、頭を左右に振った。

 レイドもまた、目的がある。立ち寄った村が何者かに襲撃を受けて、壊滅状態だった。状況はグラッパの盗賊団のアジトと同じく女子供関係なく惨殺。その中で唯一の生き残りの少女。彼女の依頼だった。

 と、言ってもレイド自身はそれを拒否し、彼女に告げた。「憎しみは人を不幸にする。あなたは誰も憎まず、背負う事なく生きてください」と。

 そして、約束した。全てを忘れて幸せに暮す事を。その代わりレイドが全てを背負う事を。憎しみも悲しみも全てを。

 心の問題である以上、その約束は意味が無いのはわかっている。だが、全てを失った彼女が依頼金など払えるわけが無いと分かっていた為、これは依頼ではなく、個人が請け負う約束だと、レイドは告げたのだ。

 各々胸に刻む想いと覚悟。

 飛行艇は静かに進む。ニルフラントの王都へと。

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