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第115回 優先すべき事は

 静かな廊下に佇む二つの影。

 一つはこの国の姫であるクリス。

 そして、もう一つは天賦族ブライド。

 まるで、ブライドが部屋から出てくるのを待っていたように、クリスは佇んでおり、ブライドもクリスを追うように部屋から飛び出してきた。

 互いに何を考えているのかは分からない。だが、お互い相手に色々と話はあった。

 空色の美しい髪を揺らし、強い眼差しを向けるクリスに、ブライドも真剣な眼差しを向ける。

 両者の視線が交錯し数秒が過ぎる。

 その間、廊下を通る者などおらず、ただ静かな時間だけが流れていた。

 無言のままクリスは軽く頭を左へと振る。それは、向こうで話そうと言う合図。それを、ブライドも理解し、小さく頷く。

 そして、二人はゆっくりと歩き出す。閉じられた扉の向こうから響くフォンの声には全くの見向きもしないで。


 無言のまま歩き続け、二人は中庭まで来ていた。中庭には庭師が数人木々の世話をしていた。

 とりあえず、そんな庭師にクリスは少し場を貸して欲しいと願い、中庭から遠ざける。

 ものの数分で中庭にはクリスとブライドの二人だけが残され、静けさが漂っていた。

 頭に包帯を巻くブライドは、右手でそんな頭を掻き、鼻から息を吐き出す。周囲に香る淡い甘味の匂い。それは、この中庭に咲き誇る花の蜜の匂いだ。

 その匂いに張り詰めていたブライドの気持ちは少しだけ緩んだ。

 腕を組むクリスは、肩を小さく持ち上げ、脱力し、息を吐く。そんな行動を二度、三度と続けたクリスは、右へ、左へと頭を傾け、首の骨を鳴らすと、もう一度今度は大きく息を吐き出す。


「さて。それじゃあ、君の話から聞こうか? それとも、私の方から聞いた方いいかい?」


 静かな口調で淡々と言葉を告げるクリスは、薄紅色の唇を緩め頬を僅かに上げる。妖艶な笑みを浮かべるクリスに、呆れたように目を細めるブライドは、包帯で覆われた右目の上を右手の人差し指でポリポリと掻いた。


「まぁ、僕の方からでいいかな?」

「えぇ。構いませんよ」


 相も変わらず妖艶な笑みを浮かべるクリスに、ブライドは妙な違和感を感じていた。


「その笑みはなんだい? 不気味だよ」

「ふふっ。ぶっ飛ばしますわよ?」


 笑顔でサラッと物騒な事を言うクリスに、ブライドはビクッと肩を跳ね上げる。だが、すぐに頭を左右に振り、左手で頭を抱えた後に口を開く。


「まぁ、それはいいとして、まず、尋ねたい」


 真っ直ぐな眼差しをクリスへと向け、一呼吸空けて、ブライドは再び言葉を紡ぐ。


「この先、未来はどうなる?」


 ストレートなブライドの言葉に、「ふっ」と思わずクリスは吹き出す。そして、左手で口元を覆い、静かに笑った。

 クリスに対し、真顔のブライドは、不愉快そうにムッと眉をひそめる。


「こっちは、真面目に聞いているんだが?」

「すまない。意外にストレートに聞くもんだから、ついな」


 相変わらず肩を揺らし笑うクリスに、ブライドは目を細めた。何がおかしいのか、さっぱり分からず、多少なりにイライラと右足を小刻みに動かす。

 そして、ブライドは小さく舌打ちをし、やや声を荒げる。


「分かってるのか? 先の戦いで、君が犯した致命的なミスを!」

「…………? 私の犯した……致命的なミス? ふむっ。それは、面白い。聞かせてもらおうか? 私のミスとやらを」


 笑っていたクリスから、笑みが消え、冷ややかな眼差しがブライドへ向く。ミスをした覚えなど無いが故に、ブライドの言葉に、不満があったのだ。

 腕を組み睨むクリス。その目を真っ直ぐに見据え、ブライドは乾いた唇をゆっくりと開く。


「あなたは分かっていない。自分の立場を。ハッキリと言っておく! 余計な事をするな!」

「余計な事? なんの事を言っている?」

「先の戦いで、あんたはフォンを助けようとしたそうじゃないか。結果、フォンが戻ってきた為、あんたは無事のようだが――」


 一瞬、申し訳ないと言うような表情を見せたブライドに、クリスは肩を竦め、頭を振った。


「それの何が行けないと言うのだ? 未来視で視た未来を変えようとするのは当然の事だろ?」

「その過程で、あんたが死んだら意味がない。そもそも、あんたしか未来を知らないんだ。あんたが死んだら、この先どうするつもりだ!」


 鼻息荒く怒鳴るブライドに、クリスはジト目を向ける。


「どうするも何も、君は今までもずっと、自分で考え生きてきたんだろ? なら、この先も変わらない。君は君らしく――」

「そう言う事を言っているんじゃない! この戦いには絶対的な指導者が必要だ。あなたの未来視は、その為にあるものだ! それらを投げ打ってまで、彼を助ける理由があるのか?」


 荒々しいブライドの言葉に、クリスは静かに鼻から息を吸うと、ゆっくりと瞼を閉じる。

 数秒程の静寂――の後、クリスは瞼を開き、薄紅色の唇を薄っすらと開き息を吐いた。


「君は……意外と冷たいのだな。もっと、仲間想いの男だと思っていたんだが……」

「話を逸らすな。そもそも、これと、それとは別の問題だ。君と天秤に掛ければ、誰だって君の方を重要視する」

「かもしれないな。それでも、私は彼を選ぶ」

「何を言ってる? どう考えても、あなたの方が……それに、彼だってそう考えたから、戻ったんじゃないか」


 ブライドのその言葉を、クリスは鼻で笑う。そして、ゆっくりと頭を二度左右に振り、真っ直ぐな瞳をブライドへと向けた。


「彼は――フォンは、私が時見族だから戻ったわけじゃない。彼にとって、私は守る対象だった」

「それは、僕の言っている通り、あなたが――」

「違うよ。私が時見族でなくても、彼は戻ったさ。彼にとって、戦う事の出来ない私は守るべき者。それは、メリーナや他の戦えない者も同じ。彼には種族なんて関係ない」


 真っ直ぐなクリスの眼に、半歩後退るブライド。だが、すぐに声を荒らげる。


「だからと言って、君が彼に肩入れをする理由が分からない。彼が君よりも優れているのは戦闘スキル位だ。だが、未来視と言う力と比べれば、大したスキルじゃない」


 震える拳を右へ左へと振りながら力の限り言葉を飛ばすブライドに、クリスは小さく頷く。


「確かに、君にはまだ荒削りで、無駄の多いように見えるだろう。でも、君も分かっているはずだ。彼が特別なのは」

「そ、それは……」


 ブライドは言い淀む。正直な話、ブライド自身も良く分からない。分からないが、フォンには何か得体の知れないモノを感じていた。

 戦えば、間違いなくブライドの方が強いし、身体能力もどちらかと言えば、ブライドに分がある。それでも、何故だろう。フォンに任せれば安心。そんな気持ちにさせられる。

 元々、フォンの持つ明るい性格が作用しているのか、楽観的な性格がそうさせるのかは分からない。だが、彼がいる事が少しだけ気持ちを楽にさせる。

 押し黙るブライドに、クリスは静かに笑い掛けた。


「私は思う。この世界を救うのは、彼のような若者。誰もを助けようと奔走し、自らを省みない。危うい存在。故に、助けがいる。支えがいる」

「その為に、あなたが命を賭してもいいと?」

「そうだね。命を賭す。その考えは良くない。誰も死なない事がベストだ。ただ……止む終えない事もある」

「…………次の大戦は――」


 ブライドの言葉にクリスは小さく頷く。


「一月後…………私達は攻め入る。フォースト王国王都――リバールへ!」

「いよいよ……決戦……」


 下唇を噛み、俯くブライド。父、シュナイデルの顔を思い出し、その拳を小刻みに震わせた。

 決戦は一月後――。それまでに、すべての準備を整えなければ行けない。

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