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第113回 進路は北へ

 力尽きたユーガ。

 その姿を見据えるヴォルガは小さく息を吐いた。結局、ヴォルガは何も出来なかった。威圧された。畏怖した。それほど、ユーガは恐ろしく強い男だった。

 そんな男に頼まれた。託された。何を頼んだ? 何を託された?

 ヴォルガの頭の中を巡る疑問。そもそも、何故ユーガが謝った。全くもって、ヴォルガには理解出来ない。

 困惑するヴォルガを余所に、シュナイデルはゆったりとした足取りでユーガへと歩を進める。

 不快そうな表情を一瞬浮かべたヴォルガだったが、すぐに感情を押し殺しシュナイデルへと尋ねる。


「これから、どうするつもりだ?」

「これから始まるんですよ」

「始まる?」

「えぇ……無能な人間を殲滅すべく為、彼には十二分に働いてもらいますよ」


 クスクスとシュナイデルは笑い、ユーガの首筋に一本の注射を射った。何の薬なのかはヴォルガには分からない。だが、シュナイデルのその不敵な笑みから、その薬が良くないものだと瞬時に理解できた。

 それほど、シュナイデルと言う男が危険な人物だとヴォルガは知っている。


「さて、あとは時を待ちましょうか」


 ゆっくりと立ち上がるシュナイデルは薄笑いを浮かべ、歩き出す。その背を見据えるヴォルガは眉間にしわを寄せた。


「何処へ行く?」

「もう用は済んだからね。あとは、あれが獣となり全てを成す。君も巻き添えを食いたくないなら、早めにここから立ち去る事をお勧めするよ」


 肩を竦め、含み笑いを浮かべる。


「ああ、そうだ」


 数歩、足を進めた後、シュナイデルはゆっくりとヴォルガへと振り返る。


「彼らは研究所に運んでコールドスリープしておいてくれ。傷の回復もしないと行けないし、まだまだ利用価値もあるからね。頼んだよ」


 そうヴォルガへと告げ、寒気を感じさせる程の冷ややかな笑みを浮かべ、シュナイデルは再び歩き出す。

 カツ……カツ……と、静かに踵が地面を蹴る音だけを響かせて。



 時は数時間程流れ――東の大陸フォースト近海――上空。

 赤い船体の飛空艇が長い両翼を上へ下へと傾けながら滑空する。 

 海上の波は非常に穏やかだが、上空は強烈な浜風が吹き荒れ、その風に船体は軋んでいた。

 当然、それだけ船体が揺れていると言う事は――


「うえぇぇぇ……き、気持ちわるっ……」


 船内の揺れはそれはひどいものだった。

 並べた椅子に横たわるレックは右腕を目の上に置き、「うーっ、うーっ」と唸っていた。完全に飛行艇に酔っていた。これだけ揺れれば当然なのだが、特別レックは揺れに弱かった。

 水呼族である為、波の影響で揺れる船などに乗船した事がなく、これほどまで大きく揺れる乗り物が初めてだったと言う事も原因の一つだった。


「うぅー……うぅぅ……」


 呻くレックにエルバは深い溜め息を吐き、眉間にシワを寄せる。


「さっきまでの威勢は何処に行ったんだ……」

「し、死ぬぅぅぅ……」

「酔った程度ではしなん。まぁ、死ぬほど苦しいだろうが……」


 腕を組みエルバはそう言い、もう一度吐息を漏らした。

 ついさっきまでレックは興奮気味だった。初めて飛行艇に乗ったからだろう。鉄の塊が空を飛ぶわけねぇと、騒いでいたのだが、この有様だった。

 故に、エルバは呆れていた。一方、この揺れの中でも何の苦もなくマニュアルを見ながら操縦桿を握るリオンには感服させられる。


「大丈夫か?」


 エルバの問いかけに、リオンは小さく頷き、


「お前こそ、大丈夫か?」


と、逆に問われた。

 当然、この揺れはエルバにとっても初めての体験。そもそも、空を飛ぶ事の出来る風鳥族は飛行艇に乗る必要も無いのだが……。

 リオンの言わんとしている事を悟るエルバは、小さく頭を振るうと、肩を竦めてみせた。


「とてもじゃないが、私は大丈夫な状態ではない」

「そんな風には見えないぞ。レックを見てみろ」


 マニュアルに目を向けたままのリオンに言われ、エルバはレックに目を向ける。


「大丈夫じゃないって言うのはアレを言うんだ」

「うぅー……死ぬぅぅぅ……いやぁ……いっそ、殺してぇぇぇ……」


 ゾンビのような薄気味悪い顔色のレックは戯言のように何度もそう声を荒げていた。それほど、キツイ酔いに襲われていた。

 それを目にし、苦笑するエルバはすぐにリオンへと視線を戻した。


「アレは特別だろ」

「どうだろうな。フォンも毎回あんな感じだぞ」

「それも……特別だろ」


 少々、間を空け、エルバは苦笑する。すると、リオンは肩を竦めた。


「俺にとってはアレが普通なんだ」

「殺せぇぇぇ…………俺をぉぉぉぉ…………」

「…………すまん。やっぱり、あれは異常だ……」


 レックのうめき声を聞き、リオンはすぐさま訂正し、「フォンは気分が悪くてもあんな無様な呻き声は挙げない」と、フォンとレックの違いを口にした。

 呆れ顔のエルバは、「それ以外が一緒なら、変わらんのでは」と呟き、小さく息を吐いた。


「それより、休んでたらどうだ? あんたも無理してるんだろ?」


 レックの事は無かったかのように、リオンはすぐさま先程の話題へと話を切り替えた。

 突然の事に少々戸惑うエルバに、リオンは続ける。


「さっき、大丈夫じゃないって話だっただろ? 数時間はこのまま飛び続けるし、休める時にゆっくり休んでおくべきだぞ」


 相変わらずマニュアルに目を落としたまま冷静に告げるリオンに、エルバは右手の人差し指で頬を掻く。

 困ったように眉を曲げ、「そうだな」と呟く。


「これで、私は休んでいるつもりだ」


 意を決したようにエルバがそう口にすると、リオンは些か不思議そうに顔を向ける。


「ただ、突っ立ってるだけじゃないか? 何処が休んでるんだ?」

「体を少し浮かせている」

「…………?」


 エルバの発言に、怪訝そうな表情を浮かべる。眉間に深いシワが寄り、眉が少々釣り上がった。

 そんなリオンの反応に、エルバは右手を顔の横へ持ってくる。


「今、私はほんの数ミリだけ体を浮かせている状態なんだ」


 右手の人差し指と親指を少しだけ開いて見せながらそう説明すると、リオンは一層不可解そうな表情を見せた。


「なんで、そんな事してるんだ?」

「酔うからだ」


 リオンの問いにエルバは即答した。

 少々の間が空き、リオンは目を細めた。


「力強く言うな」

「つい、な」


 恥ずかしそうにはにかむエルバに、リオンは小さく息を吐いた。


「まぁ、無理はするなよ。乗り物に慣れておくって言うのも今後の為だと思うし……」

「今後、乗る事は無いから大丈夫だ」

「そこまで嫌か?」

「嫌と言うよりも、空を飛べるんだ乗る必要は無いだろ」


 そう答えるエルバに、リオンは鼻から息を吐き「それも、そうだな」と同意した。

 二人の間に沈黙が流れる。その間もレックの「死ぬぅぅぅ……死ぬぅぅぅぅ……」と言う呻き声が響く。だが、二人は無視し、数十分が過ぎる。

 海上をひたすら進む。すでに、陸は遠退き、風も大分穏やかに変わっていた。

 それにより、レックの酔いも大分良くなったのか、呻き声はなくなり、部屋は静かな空間へと変わっていた。

 相変わらずリオンはマニュアルに目を通しており、時折ページを捲る音が静かな部屋に響く。

 ただ佇んでいたエルバは、窓の傍に寄り外を見据える。特に何かがあるわけではなく、何もする事が無かった為、致し方なくそうしたのだ。

 暫しの沈黙の後、不意にエルバが立ち上がる。


「空路はどうなっている? 南のニルフラントに向かっているんじゃないのか?」


 慌ただしくエルバは声を上げる。外の風景を見ていて気付いた。この空路が南へ向かっていないと。てっきり、フォン達と合流する為に南へと向かっていると、エルバは思っていたのだ。

 そんなエルバに対し、ゆっくりと顔を上げたリオンは静かに答える。


「いや。目的地は、北のグラスターだ」

「なっ! ちょ、ちょっと待て! どう言う事だ!」

「今言った通りだ」

「聞いていないぞ!」


 やや興奮気味のエルバに、大きなため息を吐くリオンは、持っていたマニュアルを開いたまま机に伏せ、椅子を回しエルバの方へと体を向けた。


「当然、言ってないからだ。そもそも、聞かれてもないしな」


 さも当たり前のようにそう言うリオンを睨み、エルバは拳を震わせる。


「普通、説明があってもいいもんだろ」

「だから、聞かなかっただろ? そもそも、本来は飛び立つ前に尋ねる事じゃないのか?」

「状況的に考えても、ニルフラントで合流すると考えるだろ!」

「ああ。そうだな。最終的にはそうなる」

「最終的には? …………一体、何を考えている?」


 落ち着いた面持ちのリオンの様子に、熱くなっていたエルバは少々落ち着きを取り戻す。今にして思えば、リオンが意味もなく遠回りをするわけがないと、エルバも理解したのだ。

 それでも、いざとなれば力づくでとめようと言うエルバは考えていた。そんなエルバの考えを察し、リオンはもう一度深くため息を吐く。


「この戦いは、もう個人の戦いじゃない。まず、俺達にはやらなきゃ行けない事がある」

「その為に北に行くと?」

「ああ。北に行き、西に行き、南に――そして、またフォーストに戻る」

「勝算はあるのか?」


 真剣な面持ちでエルバは尋ねる。その問いにリオンは即答出来ず、数秒の間が空く。

 勝算などあるわけがない。だから、リオンは答えられず僅かに表情は沈む。それでも、リオンは言葉を紡ぐ。


「正直……勝算は無いに等しい。それでも、やらなきゃ行けない。誰かが止めなきゃ行けない」

「…………その誰かが、自分達だと言うのか?」


 エルバの言葉にリオンは小さく頷く。


「ああ。ユーガから託された俺達以外に誰がやると言うんだ」

「…………確かに、そうだな。でも、北に行ってどうする? 仲間を集うのか?」

「仲間を集うと言うよりも、カーブンに手を借りる」

「カーブン? …………まさか、龍臨族の王子か! 知り合いなのか?」

「以前、ちょっとあってな。彼なら手を貸してくれるだろう」


 リオンがそう言うと、険しい表情を浮かべていたエルバの表情も少しは和らぐ。


「龍臨族の力を借りられるなら、心強いな。だが……それでも、戦力では圧倒的に向こうに分があるぞ?」

「ああ。だから、西のアルバーで風牙族と地護族、烈鬼族の力を借りる」

「当てはあるのか?」

「一応な。力を貸してくれるかは分からないけど……」


 少々自信なさげにそう答えたリオンに、エルバは「そうか……」と静かに呟いた。

 それでも、悲観的は無い。闇の中に見えた小さな光明に、希望に、エルバはグッと拳を握りしめた。

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