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第112回 兄弟

 呼吸を乱すユーガ。その眼が見据えるのは、変貌したバーストとレバルドの二人。

 本来、水呼族の瞳の色は灰色だが、水呼族の長だったレバルドの瞳の色は血のように赤い。その事から、この二人がシュナイデルに何かをされた事は間違いないだろう。

 ユーガは苦悶の表情を浮かべる。ユーガの戦い方は消耗が激しく、長期戦には不向きだ。当然、すでにアリア達オリジナル八人を相手にした現状のユーガに余力など殆ど残されていない。

 そして、シュナイデルと言う男は、ここまで全てを見越して、今、この場に姿を現したのだ。

 ゲホッ、ゲホッと咳き込むユーガの口から吐き出される血の混じった唾液。癒天族と烈鬼族の能力でなんとか傷は修復出来ている。だが、完治するわけではない。ダメージは体に確実に蓄積されている。

 それに、烈鬼族の力にはその副作用があり、着実にユーガの筋力は衰え始めていた。

 故に、早々に勝負を決めなければ行けない。だが、相手はシュナイデルの他にバーストとレバルドの二人もいる。現状、それは不可能だった。

 ならば、ユーガがやるべき事は一つしかなかった。

 そんなユーガを穏やかな表情で見据えるシュナイデルは、肩を竦め頭を左右にゆっくりと振る。


「……分からないね。何故、君が怒るのか」


 冷ややかな眼差しを足元の漆黒の肢体のゲノムへと向け、もう一度今度はつま先で強くその体を蹴り飛ばす。


「ッ!」


 動き出そうとするユーガに対し、シュナイデルの脇に構えるバースト・レバルドの両名が瞬時に反応し、戦闘態勢へと入る。

 故にユーガは動きを止め、ただシュナイデルを睨む。


「私が、何か間違っている事を言っているかい? 君はつい先程まで彼らと戦っていたんだろ? 命を奪い合いをしていたのだろ? なら、私が彼を蹴って、何故、君が怒る?」


 冷酷な眼差しでゲノムを見下し、シュナイデルはその眼を他のオリジナルへと向けた。


「どう言う事だ……ここは、我らに任せると言う事だっただろ」


 ゆっくりと、淡々とした口調でヴォルガがそう言い、シュナイデルを睨む。鋭い殺意に満ちたヴォルガの眼差しに、シュナイデルは小さく肩を竦める。


「任せた結果が、この有様じゃないのか?」

「結局、私達は信じて貰えていなかった、と言う事かなぁ?」


 皮肉っぽくそう口にしたクランは小刻みに肩を揺らし笑う。その悲しげな笑みの奥に、クランは憎しみを宿す。憎悪を蓄える。

 そんなクランへとシュナイデルは眼を向け、クスリと笑う。


「信じていたよ。君達の事は……。しっかりと彼を疲弊させてくれると。まぁ、期待外れではあったけどね」

「ッ!」


 地を蹴るクラン。それに対しシュナイデルは右腕を伸ばし、その手に握ったハンドガンの銃口を向け、引き金を引く。

 轟く銃声の後、反動でシュナイデルの右腕、肘から先が大きく跳ねる。そして、白煙を上げる銃口から放たれた弾丸は、クランの額を撃ち抜いた。


「クラン!」


 鮮血を吹かせ、背中から崩れ落ちるクランへとユーガは叫び、走り出す。だが、その直後、ユーガの正面へと回り込んだバーストの膝蹴りが、眉間を撃ち抜いた。


「うがっ!」


 額が裂け、血が弾ける。激しく横転し、土煙を巻き上げた。と、同時にクランの体も地面へと倒れ、額から溢れる血が地面を赤く染める。

 グラリとよろめくユーガは、体を起こしクランへと目を向けた。だが、その視線を遮るようにバーストが立ちはだかる。


「……邪魔すんなよ」

「おいおい。私は君の手助けをしてやっているんだ。感謝されても、邪魔者扱いされる筋合いはないと思うんだがね」


 ユーガの言葉に、シュナイデルはそう述べる。

 だが、ユーガはそんな言葉に耳を向けず、ゆっくりと動き出す。

 その動きにバーストは地を蹴る。直後、打撃音が広がり、バーストは吹き飛ぶ。足を止め、握りしめた右拳を振り抜いたユーガ。揺らめく赤い髪は、燃え上がるように一層赤く染まり、その身を侵食する鱗模様は更に濃くなっていた。


「ユーガ! それ以上は――」


 今までこの状況を静観していたアリアが声を上げる。先程までユーガと戦っていたから分かる。これ以上力を使えば、ユーガの身が滅びると。


「本当に理解が出来ない。君は、彼らを助けようと言うのかい? 君の敵だろ?」


 シュナイデルの問いかけに、ユーガは歩を進めながら答える。


「彼らは敵じゃない。僕の家族――兄弟だ」

「ふふっ。面白い事を言う。君は兄弟と戦うのかい? 殺し合うのかい?」

「…………殺し合いなんてしてないよ。僕は兄として、間違いを犯そうとしている皆を止める為に、武力を行使した。もちろん、暴力で抑えつけるなんて最低な事だけど……兄弟の間違いを正す為なら手段は選ばない」


 ユーガはそう言いながら、クランの前で足を止めた。そして、ゆっくりと膝を着き、その手をクランの額の傷口へとかざす。

 手のひらが輝き、クランの体を薄っすらと光が包み込んだ。


「癒天族の力。でも、良いのかい。そんな事をして、君の体はすでにボロボロだ」

「だからなんだ? 弟達の為に命を張るのが、兄である僕の役目だ」


 ユーガの言葉に、シュナイデルはただただ笑う。


「血の繋がりも無いのに、君は彼らを兄弟と、家族と呼ぶのかい? 全く……信じがたいよ」

「同じ試験管で生まれ育った。それだけで彼らを家族と呼ぶ理由なるだろ」

「ふふっ……なら、君達を創り出した私は、親と言う事になるのかな?」


 不敵に笑みシュナイデルはユーガを見据える。数秒と言う短い時間の治癒にも関わらず、クランの額の銃痕は跡形もなく消え、逆にユーガの額には薄っすらと傷が現れ、血がにじみ出ていた。

 小さく息を吐き、ユーガはゆっくりと立ち上がる。一瞬、目眩を起こすがそれを気取られないように、一切よろける事はなく、その体をシュナイデルの方へと向けた。


「あんたが親? 笑わせるなよ。あんたにとって、僕らはただの実験道具。あんたの中で僕らは生き物ですらない。そんな奴が親とか言うな!」


 力強い否定の言葉に、シュナイデルは鼻から息を吐く。


「これでも、人を愛し、子を育んだ……。立派な父親なんだがね」

「人を……愛した? 違うだろ。あんたは人を愛した事なんてない。ただ、欲しかっただけ。実験を行う為の場所と金が。その為に愛したフリをし、その人を満足させる為だけに子を育んだだけだ」


 ユーガの言葉に場は静まり返る。何も言わず顔を伏せるシュナイデルは、やがて肩を小刻みに揺らし、笑い声を上げる。


「くはははっ! よく分かっているじゃないか。だがね。アレも実験の一つだよ。天才的な私の遺伝子は、子にしっかりと受け継がれるのか、と言う。しかし、アレは失敗だ。才能の欠片もない。妻にした女がやはり駄目だったのだろうな」

「っ! ふざけるな!」


 ユーガが地を蹴る。と、同時に、先程殴り飛ばしたバーストも地を蹴った。ユーガの走る速度を上回り、先回りしたバーストは、重心を落とし、両腕を顎の下で交差させる。

 その構えにユーガは奥歯を噛む。足は止まらない――いや、止めない。このままの勢いで、ユーガは駆け抜けるつもりだった。

 静かに息を吐き出すバーストは、ゆっくりと交差した腕を引く。両腕には太い血管が浮き上がり、筋肉が膨れる。


「気をつけろよ。ソイツの一撃は龍をも噛み砕く」


 クスリと笑い、シュナイデルが呟く。と、同時にバーストの肩口まで引かれた両腕が――、脇の下で握りしめられた拳が――放たれる。

 地上が揺れ、一瞬の間を空け衝撃が広がった。


「ガハッ!」


 バーストの両拳が胸と腹へと突き刺さり、ユーガの口からは血が吐き出される。体に刻まれた鱗模様はその衝撃を受け、砕け、弾けた。

 小柄な体は悠々と弾かれる。一回、二回、三回と地面へとバウンドし、大量の土煙を巻き上げた。


「ユーガ!」


 声を上げるアリアが、ユーガへと駆け寄ろうと足を踏み出す。だが、その瞬間に、シュナイデルの静かな声がアリアへと向けられる。


「動くな」


 声と共にアリアへと向けられたのはシュナイデルの右手に抜かれたハンドガンの銃口。そして、冷ややかな眼差し。

 奥歯を噛むアリアは、そんなシュナイデルを睨んだ。


「そう睨む事はないだろ。私としても、君達を傷つけたくはない」

「クランを撃っておいて、よくもそんな事が言えたな」


 シュナイデルの言葉にヴォルガがそう噛み付く。睨みをきかせるヴォルガに、顔を向ける事もせずシュナイデルは静かに答える。


「彼にとって君達は特別な存在。そして、私にとっても大切な実験体。彼なら自分が不利になると分かっていても治療をする事も想定内だよ。君達のように何も考えずに正面からぶつかり合う程、身の程知らずではないのでね」


 くくくっと笑うシュナイデルにヴォルガは眉間にシワを寄せ、アリアは背筋をゾッとさせる。それほどまで、シュナイデルと言う男に恐怖を覚えた。

 いや、初めから分かりきっていた。この男の危険な思想を。それを知りながらアリア達は彼に従い、それを知っていたからこそユーガは彼のもとを去った。


「ゲホッ……う、グホッ……」


 体をゆっくりと起こしたユーガは咳き込むと同時に吐血する。体の内側から破壊する強烈な一撃に、流石のユーガも動けない。

 油断していたわけじゃない。焦りがあっただけ。風鳥族の長にまで上り詰めたバーストが強者である事は分かりきっていた。


「くっ……そっ……」


 自らの焦りから出たミスに後悔するユーガだが、それよりも何よりも、自分自身が能力に頼った戦いをしてしまった事を悔いる。

 噛み締めた歯の合間から零れ落ちる血の混じった唾液。それが、地面で転々と血溜まりに波紋を広げる。

 震える膝に力を込め、重い上半身を起き上がらせる。霞み、揺らぐ視界、虚ろな眼は真っ直ぐにバーストの後ろにいるシュナイデルを見据えた。


「やるべき事は……やったか?」


 自問する。


「いや……まだだ……」


 自答。

 そして、拳を握りしめ、黒く戻りかけていた赤い髪を再び赤く染め直す。闘志は死なない。心は折れない。決して挫ける事なく、ユーガは立ち上がる。

 だが、そんなユーガに、


「もう終わりだよ」


と、シュナイデルは銃口を向け、発砲した。

 それは、一瞬だった。誰もが予想打にしない一発。銃口から放たれた弾丸は瞬きの間もなく、希望と言うほんの僅かな光明を撃ち抜く。

 この世界の未来に待ち受けるのは深く光の届かぬ――絶望。

 額を撃ち抜かれ、鮮血が激しく散る。大きく上がった顎先。上を向く顔。頭部は後ろへと傾き、両足は地面から引き剥がされ、体は宙へと舞う。

 誰もが声を上げる事も出来ぬ一瞬の出来事。

 すべての時が正常に動き出したのは、ユーガの体が背中から地面に崩れ落ちた後の事だった。


「ユーガ!」


 声を上げ、駆け出すアリア。その目が涙で滲む。何故、そうなったのか、アリアにもよく分からなかった。ただ、胸が苦しく、自然とそうなった。

 駆け出したアリアにシュナイデルは「ふぅん」と呆れたような眼差しを向け、ハンドガンを下ろす。

 シュナイデルの指示が無い為、バーストとレバルドの二人は動く事無く、アリアはその横を何事も無く通過する。


「殺す気はなかったんじゃないのか」


 シュナイデルへとヴォルガが問う。


「ああ。殺す気は無いよ。今から、彼は進化を遂げる。人を超えた生物へと。その為には、彼の感情、心は不要。ほしいのは彼の肉体――細胞だけだよ」


 クスクスと笑うシュナイデルに、ヴォルガは下唇を噛み締める。この男の狂気じみたその考え方に共感はできなかった。

 表情は変えないが、この男に対しヴォルガは不快な印象しかなかった。

 ジリッと右足を僅かに前へと出す。その瞬間、シュナイデルは囁く。


「お前はどっちがいい? 試験管の中で実験生物として生きるか、私の犬となり下僕として生きるか」


 シュナイデルの静かな声に、ヴォルガの瞳孔が開く。蘇るのは様々な記憶。その全てがヴォルガに取っては恐怖でありトラウマ。

 故にヴォルガは下す。シュナイデルの犬となり、泥水を啜りながら生きていく道を進むことを――。


「さて、答えが出たなら、行動で示して貰おうか? アリアを殺せ」


 シュナイデルの言葉にヴォルガは小さく頷き、力強く地を蹴った。初速から一気にトップスピードのヴォルガは瞬く間にアリアとの距離を縮める。


「っ!」

「悪いな……アリ――ッ!」


 拳を振りかぶるヴォルガは目を見開く。


「ふふっ……まだ動けたのか」


 静かに笑うシュナイデル。

 ヴォルガの前に立ちはだかるのは、ユーガ。

 額の弾痕はゆっくりと再生を始め、流れる血はユーガの顔を赤く染める。

 そして、その強い眼は真っ直ぐにヴォルガを見据えた後、反転しアリアへと目を向けた。


「ユーガ……お前――」

「……アリア。よく聞け……。僕は……もう……ウッ!」


 突如、ユーガは胸を押さえ、苦しみだす。だが、奥歯を噛み締めそれをこらえると、


「いいかい……君は世界を見ろ。この世界は美しい。様々な種族が……様々な人達が……交わり、生きている……。悪いヤツもいるかもしれない……でも、良い人だってたくさんいる……」


 途切れ途切れの言葉を紡ぐユーガに、困惑するアリアは眉間にシワを寄せる。

 直後、ヴォルガの右拳がユーガの背中へと振り下ろされた。鈍い打撃音が響き、噛み締めた歯の合間から血を吐くユーガだが、言葉を紡ぎ続ける。


「まず……北へ迎え……君なら……きっと……」


 ユーガはそう言うと、右腕を大きく振りかぶり、その腕を振り抜く。驚愕するアリアだが、何か言葉を発する前に、ユーガの右手がアリアの体を吹き飛ばした。

 弱りきったその体の何処からそんな力が出たのか分からない。だが、吹き飛ばされたアリアの姿は一瞬で見えなくなり、同時にユーガは力を失ったようにその場に倒れた。

 そんな自分の姿を見据えるヴォルガに、


「悪い……後は……頼む……」

 

と、ユーガは血を吐き虚ろな眼で微笑した。

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