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第111回 シュナイデル

 場所は戻り、南の大陸ニルフラント。

 敵の襲撃から数時間が過ぎ、王都は落ち着きを取り戻しつつあった。

 空は明るみ、山の合間に朝日が見え始めていた。

 街の被害は西地区だけに留められ、最小限に抑えられたと言っても過言ではない。まだ、敵は数体残るが、鍛え上げられた兵士達は、前線へと出て指揮をとるクリスの影響もあり、士気は落ちる事なく皆が化物をチームワークで圧倒していた。

 クリスの指示は的確で、兵の被害も極力抑える事が出来ていた。それでも、重軽傷者含め数百。ただ、死者が出なかったのはクリスの指示のおかげだろう。

 そんな激しい戦闘が終結を迎えようとした頃、意識を失っていたフォンは目を覚ました。


「ん……んんっ?」


 重い瞼を開き、霞んだ視界でボロボロの天井を見上げる。頭はボーッとし、全身は痛い。記憶が曖昧で、所々途絶えている所もあった。

 その為、フォンはしばらく天井を見上げたまま記憶の補正を始める。

 淡々とここであった事を思い出し、途絶えた箇所を埋めていく作業。当然、完璧に、と言うわけには行かない為、大まかに。

 大きく穴の空いた壁から静かに朝の冷たい風が流れ込み、微量の塵を舞わせる。

 静かな中に僅かに聞こえる歓声。それは、戦いの終結を喜ぶ兵士達の声。

 その声にフォンの耳が僅かだがピクリと動いた。

 記憶がゆっくりとだが鮮明に蘇る。そして、フォンは勢い良く体を起こす。


「て、敵は――ッ!」


 フォンは全身に駆ける激痛に背を丸め、息を呑んだ。奥歯を噛み締めていないと堪えられない程の激痛だった。


「無理するなよ。君の体は重傷なんだから」


 穏やかなブライドの声に、フォンは思い出す。


「そうだった……。ブライ――」


 ゆっくりと声の方へと顔を向けたフォンは、


「誰だお前!」


と、顔に包帯を巻かれたブライドに声を上げた。

 当然、その声を発すると同時に激痛が体を駆け巡り、「うぐっ!」とフォンはその場に蹲った。

 そんなフォンに苦笑するブライドは、肩を竦める。


「それは、二度目だよ」

「んっ! そ、そうか……。て、どうしたんだよ。その顔!」


 落ち着いたり、慌てたりと一人大忙しのフォンに、ブライドは相変わらずの苦笑い。よっぽどひどい顔に見えているのだろうと、ブライドは小さく吐息を漏らした。


「まぁ、ちょっと色々とあってね」

「色々って……」


 怪訝そうなフォンにブライドは小さく会釈した。

 ブライドはカインの事を伏せた。理由は簡単だ。場を混乱させない為。治療に来たメリーナには一通りの事情は話したが、カインの事は口止めした。

 カイン本人にも、その事は伝えないでほしいと。

 包帯の上から右目へと触れるブライドは、眉をひそめる。おそらく、右目は今後光を見る事はできない。それほど、損傷していた。

 深刻そうなブライドに、小首を傾げるフォンは、奥歯を噛み締め腰を上げる。


「何があったか知らないけど……」

「おいおい。無茶するなって言ってるだろ。君は重傷者だ」

「分かってる……でも、こんな所でジッとしてられないだろ」


 そう言い立ち上がるフォンは背を伸ばし深く息を吐き出す。激痛に表情は苦悶に歪め、噛み締めた奥歯がキシキシと軋む。

 呆れたように吐息を漏らすブライドは、肩から力を抜くとゆっくりと立ち上がり、フォンを見据える。


「もう戦いは終わったんだよ。さっきの歓声が聞こえただろ?」

「……だったら……尚更だろ?」


 小声でそう呟いたフォンは、ゆっくりと崩れた壁の方へと足を進め、


「その歓声に混ざらないと……頑張り損だろ?」


と、ニシシと笑う。

 フォンの言葉に一瞬驚くブライドだが、鼻から静かに息を吐き、


「そうだね……。これだけやって、蚊帳の外って言うのも……」


と、微笑し歩き出す。


「あっ、悪いんだけど、肩貸してくれない?」

「ああ。わかった」

「あとさ、なんでこの辺水浸しなんだ?」

「ああ……あのガトリングの弾丸が氷だったからじゃないか」

「へぇー……。氷の弾丸……」


 床に広がる大小様々の水たまりを見ながら頷くフォンに、ブライドは「うーん」と小さく唸り声を上げる。


「でも、改良の余地があるね」

「改良?」

「まずは、冷却装置の小型化。今のままだと重量がありすぎて小回りが効かないからね」

「そんなのよく使ったよな……かわされたらどうする気だったんだ?」


 未だに出しっぱなしのガトリング砲へと目を向け、フォンが苦笑する。しかし、ブライドは鼻から息を吐くと、


「かわされないって分かってたから使ったんだよ」


と、自信たっぷりに答えた。

 その答えに訝しげに首を傾げるフォンは、眉をひそめる。


「何でかわされないって分かったんだよ?」

「僕は二度、彼に攻撃を仕掛けた。だが、彼は避けるどころか、受ける素振りすら見せなかった。それだけ、自らの肉体に自信があったんだろうね」

「へぇー……」

「あれ? あまり興味ない?」

「いや……たった二度の攻撃でよくそこまできっぱりと決断出来たなと思ってさ」


 フォンは少々呆れた様子だった。

 もし、その二度の攻撃を受けたのが、相手の気まぐれだったなら――。

 たまたま二度とも偶然、相手に当たっただけだったなら――。

 結果的に、ブライドの予測通りに事は運んだが、そうなっていれば最悪の結末になりえた可能性もある。

 複雑そうな表情でフォンがため息を一つ。ただ、自分が考えなしで突っ込んでいくタイプ故に、考えて行動に移すブライドの事をとやかく言える立場ではなかった。


「別に、きっぱりと決断したわけじゃないよ。ありとあらゆる事を考慮して、行動しているだけだよ。もしかわされたとしても、次の手は考えていたし、戦いにおいて必ずしも最善と言う手はないからね」


 ブライドは鼻から息を吐くと、遠い目をし肩小さく笑う。


「どれだけ策を弄しても上手くいかない事もあれば、考えなしに突っ込んで言っても上手く行く事もある」


 静かにそう言うブライドの目はどこか儚げにフォンには見えた。



 場所は変わり――東の大陸フォースト王国首都。

 その中心では激しい戦闘がいまだに続いていた。

 鈍い打撃音に遅れ、衝撃が広がる。周辺の建物は破壊され、地面も大きく抉れていた。瓦礫が山のように積り、建物の合間から吹き抜ける風は塵を巻き上げる。


「ゼェ……ゼェ……」


 呼吸を乱すユーガは、赤く染まった髪を揺らし、その先から大粒の汗を零す。


「流石に、疲れの色が見えるな」


 静かにそう呟いたヴォルガは、刃毀れし、亀裂の走った槍をゆっくりと持ち上げる。額から血を流し、僅かに肩を揺らすヴォルガは、半開きの口から荒い呼吸を繰り返す。

 そんなヴォルガを見据えるユーガは、ゆっくりと顔をあげると、口元に笑みを浮かべる。


「まぁ……ね。これだけ、やれば、疲れも出るよ」


 腰に右手を当て、ふっと息を吐くユーガは、周囲を見回す。

 破壊された町並み。佇むのはユーガとヴォルガを含め四人。

 一人は破れたタキシードに身を包む男、クラン。その手に握る隠し刀の刃は折れ、使い物にならなくなっていた。

 それでも、クランは折れた刀を構え、闘争心をむき出しにユーガを睨みつけていた。

 そして、もう一人――真紅の長い髪を揺らし、鎖で繋がれた二本の剣を構えるアリア。右手に持った斬る事に特化した剣の刃は砕け、左手に持った貫く事に特化した剣の刃は切っ先が潰れていた。

 ユーガの戦い方は至ってシンプル。相手の武器を破壊し、相手を無力化し意識を断つ。

 当然、相手が相手だ。容易ではないが、それを、ユーガはやってのけた。当然のように。

 これほどまで圧倒的な力の差をまざまざと見せつけられ、流石にアリア、ヴォルガ、クランの三人も表情が険しい。

 オリジナル八人、全員でかかればどうにかなると考えていたが、それが甘かったと痛感させられていた。


「これほどとは……」


 思わずそう口にするクランは「ケホッ」と血を吐いた。すでにクランは戦える程の体力はなく、立っているのがやっとだった。


「流石は、ナンバーゼロだな」

「その呼び方は好きじゃないんだ。やめてくれないかい?」


 ヴォルガへと、ユーガは苦笑する。そんなユーガにギリッと奥歯を噛み締めるヴォルガは、ユーガを睨み左足を踏み込み、右手に持った槍を放った。

 亀裂の入った刃を回転させながら直進する槍。だが、ユーガはその刃を軽々と右手で掴んだ。刃毀れした刃に切れ味などなく、ユーガの手の平には傷一つつかない。


「もうやめようよ。無毛な争いだよ」

「それを決めるのは、お前じゃない」


 そう呟き、ヴォルガが駆ける。それを見て、ユーガは右手で掴んだ刃をそのまま砕き、拳を握りしめた。

 ヴォルガは右足を踏み込み、左手に持った槍を突き出す。

 それに合わせるようにユーガは右足を踏み込むと右拳を脇の下に握り込み、左拳を振りかぶる。脇の下に握り込んだ右拳は炎に包まれ、振りかぶった左拳には鱗模様が浮かぶ。


「加減はできないよ」


 囁くように呟くユーガは右肩を引き、振りかぶった左拳を捻り出す。その拳は突き出されたヴォルガの槍の刃を軽々と砕く。

 刃の破片が二人の間に散り、ヴォルガの表情は歪む。だが、次の瞬間、破裂音と共にヴォルガの顔は右へと大きく跳ねる。

 いつ引かれたのか、ユーガの左肩が後ろへと向き、右肩が前へと出ていた。そして、炎をまとう右拳が横からヴォルガの左頬を殴打したのだ。


「グフッ!」


 噛み締めた歯の合間から血が吹き出し、ヴォルガの膝がガクンと落ちる。その瞬間、ユーガの両手がヴォルガの頭を掴み、手前へと引き込み右膝をその顔へと叩き込んだ。

 鈍い打撃音が広がり、ヴォルガの頭が大きく跳ね上がった。口と鼻から血を噴き出し、一歩、二歩と後退するヴォルガの胸に、ユーガの蹴りが決まった。

 それでも、ヴォルガは決して倒れず、よろめきながらユーガを睨む。


「ゼェ……ゼェ……ほ、ホント……しぶといねぇ……」


 息を切らせるユーガは、額から滲む汗を左手で拭う。平然と他の面々を圧倒しているが、ユーガの消耗は激しい。炎血族のように血を燃やし、龍臨族のように自らの肉体に龍をまとう。全ての種族の力を使用している為、その体への負担は大きいのだ。

 ゆっくりと静かに息を吐き出すユーガは背筋を伸ばし、アリアへと目を向ける。


「さぁ、もう終わりかな?」

「おやおや。随分と派手にやってくれているじゃないか」

「ッ!」


 突然の声が場を凍りつかせ、一瞬にして緊張感が高まる。

 息を呑むユーガは右へ左へと頭を動かし、視線を動かし、やがて動きを止めた。

 その視線の先に、一人の男の姿。若々しい顔立ちに長い金色の髪を揺らすその男の正体は、このフォースト王国を統治するただ一人の王――シュナイデル。

 天賦族の中でも異質の力を持ち、この国を急速に発展させた張本人にして、クローンであるユーガ達オリジナルを製造した男だ。

 澄んだ青い瞳をユーガへと向け、その右足で黒き肢体のゲノムを踏み締める。


「流石は私が作り上げた最高傑作。出来損ない共では相手にならなかったか」


 シュナイデルは二度、三度とゲノムの巨体を踏み付け、その他の面々へと蔑むような眼差しを向ける。


「その足を退けろ」


 静かにそう告げるユーガの眼は今までになく殺気立つ。アリアや他のオリジナルには見せた事の――向けた事の無い威圧感がシュナイデルへと向けられる。


「おやおや……。君は彼らとは敵対関係じゃないのかい?」


 微笑するシュナイデルは肩を竦め、両手の平を上にし肩口まで上げる。

 わけが分からないと言いたげな態度を取るシュナイデルに、ユーガは額に青筋を浮かべると赤く染まった髪を逆立て、頬にまで鱗模様を侵食させ、


「その足を退けろ!」


と、地を蹴った。

 その一蹴りで硬い地面が砕け、激しい爆音と衝撃が広がり、大量の土煙が舞う。今までとは比にならない速度でシュナイデルへと迫るユーガだったが、直後二つの影が両脇へと現れ、衝撃がその体を襲う。


「ガハッ!」


 血の混じった赤い唾液が弾け、ユーガのくの字に曲がった体が後方へと吹き飛ぶ。一回、二回、三回と地面にその体をバウンドさせ、やがて動きを止める。

 龍の鱗をまとっていた為、体に傷はなく血は出ていないが、腹部への衝撃にユーガは左手で腹を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。


「ふふっ……。君を相手にするのに、私、一人で来ると思っていたのかい? いやいや。君の未来視なら、彼らの存在もわかっていたんじゃないか?」


 不敵な笑みを浮かべるシュナイデル。それを挟むように佇むのは、風鳥族の長であったバーストと水呼族の長であったレバルドの二人。

 筋骨隆々の顔に古傷が残るのが風鳥族の長、バースト。白髪交じりの黒髪を揺らし、赤く充血した眼が右へ左へと素早く動く。

 そして、蒼髪を揺らし、片手に槍を握るのが水呼族の長、レバルド。バーストと同じくその眼は赤く充血していた。

 苦悶の表情を浮かべるユーガはその二人へと目を向け、ギリッと奥歯を噛み締めた。

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