第11回 狩り
森の中を駆ける三人。
左右に分かれ剣を片手に地を駆けるフォンとリオンに、槍を握り一人遅れるスバル。その三人の間に巨体を揺らす一体の猪。重々しい足音を響かせるその猪に対し、フォンとリオンは徐々に間合いを詰める。
「フォン! タイミングを外すなよ!」
「分かってる!」
リオンの声にフォンは返答し、更に猪と距離を縮め、その足へと狙いを定める。
「行くぞ! フォン!」
「おうっ!」
「いち、にーのっ!」
「さんっ!」
リオンの声にフォンが叫び、二人がほぼ同時に剣を振り抜く。猪の前足に向かって。重々しい手応えが二人の腕を襲い、フォンもリオンも奥歯を噛み締め、その柄を両手で握った。片手だと剣が手から弾かれそうになったからだ。
それでも、猪の勢いは止まらず、二人の足は地面へと引きずられる。
「うぐぐっ……」
「くっ!」
声を漏らし踏みとどまろうとする二人だが、勢いが強く土が抉られていく。その最中、後方からスバルの声が響く。
「逃がすかーっ!」
猪の後ろから槍を突き刺す。勢いをつけ、巨体に向かって。鈍い音が響き、切っ先がその肉体へと突き刺さり、猪の悲鳴の様な声がこだまし、前足が宙へと浮き上がる。体を襲った激痛に思わずその体が持ち上がったのだ。
「今だ! フォン! 行くぞ!」
「おうっ!」
リオンの合図で、フォンは剣で一気に猪の腹を切り上げる。真下から斜め上に向かって。その反対側では、リオンがフォンと同じ様に真下から逆方向へ斜め上に切りつける。鮮血が舞い、更に悲鳴の様に声を上げる猪は、巨体を揺らし後方へと身を仰け反らせていく。
「えっ! えっ? ちょ、ちょっと! こ、こっちに来るんですけど!」
上体を仰け反らせる猪に対し、驚くスバルは慌ててその場を飛び退く。それに遅れて地響きと共に重々しい音を轟かせ猪の体が仰向けに倒れ込んだ。
驚き尻餅を着くスバルは、小さく肩を揺らし息を切らせ、フォンとスバルへと視線を向ける。一方で、額から汗を流すフォンは、それを右手でぬぐい剣を地面に突き刺し清々しく息を吐く。その隣ではリオンが静かに息を吐き何事も無かった様に剣を鞘へと収める。
「ちょ、ちょっと! もう少し、俺の心配してくれない?」
「フォン。お前、少しタイミング遅かったんじゃないか?」
「えっ? そ、そうかな?」
「ああ。まぁ、俺の方が早かったと言えば早かったかもしれないが……今後は誤差が出ない様にしないとな」
「そうだな」
スバルの言葉を無視し、二人で話を進めるフォンとリオンに、スバルは涙を流す。
「あ、あのさぁ~。もう少し、俺の事も構ってくれないかな? 度々あるよね~。俺の存在を無視する傾向」
「そうだな。誤差が出ない様に……」
「えぇーっ! まだ無視しますか! それでも、友達ですかっ!」
「ああ。友達だな。お前は、弄られ役が良く似合うからな」
「ちょ、マジッスか!」
静かに答えたリオンに対し、即答でツッコミを入れるスバルに、フォンとリオンは顔を見合わせ引きつった笑みを浮かべた。そんな二人にスバルは膝を抱え蹲る。あまりの扱いの悪さに完全に凹んでいた。
捕らえた猪を解体し、小分けにして森を歩いていた。その猪の血の臭いで他の獣の気配が三人を囲んでいた。もちろん、フォンもリオンもスバルも、その気配に気付き足を速める。
「どうする?」
「どうするも何も、コレは俺達の食料だろ?」
「いや、そうじゃないだろ……」
スバルの言葉に真顔で答えたフォンに、リオンは呆れた様にため息を吐いた。呆れるリオンに、フォンは真剣な眼差しを向け、「何が違うんだ?」と小首を傾げる。
不安そうに周囲を見回すスバルは、「大丈夫かな?」と小声で呟く。そんな声にフォンは堂々と胸を張り、
「大丈夫! この肉は、絶対守る!」
「肉ッスか! 俺はどうしろって……」
「自分の身は自分で守れ。と、言うかお前も上級クラスに進級出来たんだから大丈夫だろ?」
落ち込むスバルにリオンは不思議そうに尋ねた。確かにスバルはフォンやリオンと同じ様に同世代では珍しい一発合格者の一人だ。ギリギリ合格のフォンよりも、成績は良かったのをリオンは覚えていた。中級クラスでの実践では確かにフォンとリオンが群を抜いていたが、それでもスバルの戦闘は堅実でなかなか優れているモノだった。
「いや、俺の場合運が良かっただけなんだよ。実践テストの相手も弱かったし……」
「俺の相手は滅茶苦茶強かったけど……」
不服そうな表情を浮かべるフォンが、スバルを横目で睨む。進級テストの際、行われた実践テストは上級クラスの生徒との実践戦闘だった。スバルの相手は上級クラスでも最弱と呼ばれた男で、リオンはそこそこのレベルの相手で、フォンは上級クラスでも屈指の強さを誇る人が相手だった。
それが原因でギリギリ合格になったかは定かじゃないが、フォンはどうもあの組み合わせに不満を抱いていた。
あの時の事を思い出し不貞腐れるフォンに、苦笑するスバルは小さく吐息を漏らし眉間にシワを寄せる。リオンはそんなスバルの表情を見据え、怪訝そうな表情を浮かべていた。
暫しの間沈黙が漂い、三人の足が同時に止まる。茂みを揺らし五体の獣が三人の前を塞いだのだ。小さく息を吐いたフォンが左足を退くと、後方で更に茂みが動き数体の獣が姿を見せる。裂けた口から二本の牙をむき出しにし、その毛を鋭く立たせる。
「さて……」
「囲まれたな」
フォンの声に、リオンが静かに答える。落ち着いた様子の二人に対し、慌ててオドオドするスバルはアワアワと唇を動かす。そんなスバルを無視し、フォンとリオンは持っていた肉を置き、静かに剣を抜く。
「んじゃ、俺が前方を」
「それじゃあ、俺が後方か」
静かにリオンは答え笑みを浮かべると、フォンも「にししっ」と笑った。剣を構え背を向け合う二人が、同時に地を蹴る。それに合わせる様に対峙する獣達も二人に突っ込む。
突っ込んできた獣に対し、フォンは横一線に剣を振るう。だが、刃はその鋭い牙で受け止められる。
「ぬあっ!」
驚くフォンに対し、横か二体の獣がその牙を向け突っ込む。だが、フォンは牙に止められた剣を強引に引っこ抜くと、そのまま左から突っ込んでくる獣を切り裂き、右から突っ込んでくる獣を足蹴にする。足蹴にされた獣は弾き飛ばされ、剣で切り裂かれた獣はその場に横たわれ鮮血を流す。
後方へとよろめいたフォンは、体勢を整え剣を構えなおした。
「がるるるっ!」
「うがっ! うがっ!」
声を荒げる獣達の姿に、フォンは静かに息を吐き冷静さを保つ。そして、ゆっくりとその視線を獣へと向ける。殺気の篭った強い視線を。その視線に獣達の足が僅かに後退り、フォンはその動きを見逃さない。
その動きと同時に地を蹴り間合いを詰めたフォンは、目の前に居た獣に対し、足を踏み込み鋭く剣を振り抜く。首筋から体に向かって綺麗に赤い筋が走り、遅れて鮮血が噴出す。ゆっくりと剣を下ろしたフォンは更に周囲の獣を威嚇する様に睨みを利かせた。殺気の篭ったその目に獣達は身を翻し逃げ出す。
それを確認し、フォンは小さく息を吐き剣をしまい振り向くと、そこにリオンがのんきに座っていた。
「あれ?」
「遅いぞ。フォン」
「えっ? えぇっ?」
「無駄に斬り過ぎだ。大体、アレ位なら少し威嚇するだけで逃げるだろ?」
当然だと言いたげなリオンに、ガックリと肩を落とすフォンは唖然とした表情をリオンへと向けていた。




