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第109回 ユーガ対八人のオリジナル

 重火器のファンが轟音を広げる中、無数の銃痕が刻まれた化物は静かに倒れる。

 床には鮮血が広がり、そこに化物が倒れ飛沫が飛んだ。

 今回は完全に息の根を止めた。いや、寧ろアレだけの弾丸を浴びて生きていけるわけが無い。

 そう確信していた。

 呼吸を乱すブライドは、肩を揺らし天井を見上げる。流石に腕が痺れていた。

 耳を塞いでいたフォンも音が止んだ事にようやく気づく。それほど、轟音だった。

 激痛の走る体をゆっくりと動かし、状況を確認するフォンは、血溜まりの中に倒れる化物を見据え安堵する。

 全身から力を抜きその場に横たわるフォンは、深々と息を吐き出した。そして、静かにブライドの方へと顔を向け、尋ねる。


「それで、どうしたんだよ。その包帯」


 今にも閉じてしまいそうな瞼を必死に開くフォン。限界はとっくに超えていた。だが、ゆっくりと休んでいる状況でもない為、フォンは両腕に力を込める。

 しかし、限界を超えた体には力が入るわけもなく、フォンの体には激痛だけが走り続ける。

 フォンのその行為に呆れたように笑うブライドは、小さく鼻から息を吐き、


「無理はするな。君の体は動ける状態じゃないだろ」


と、静かに告げた。


「でも……」

「安心しろ。この襲撃はもうすぐ沈静化する」


 ブライドの言葉にフォンは怪訝そうな表情を浮かべる。

 そんなフォンにブライドはゆっくりと腰を上げた。


「今回の件はただの挨拶だと思う。本格的な襲撃を行うのは、もう少し先だよ。あの人の事だから」


 遠い目をするブライドに、フォンは問う。


「なんで……そんな事分かるんだよ」

「僕はあの人の息子だからね」

「いや、そっちじゃなくて……なんで、沈静化するって……」


 その言葉に、恥ずかしそうに笑うブライドは、右手で頭を掻く。


「そっちか……。まぁ、理由は二つかな。まず、ここでくたばっているコイツが、今回の襲撃の司令だ」


 ブライドはそう言いながら血溜まりの中に倒れた化物を指差した。


「指揮官を失えば、当然、襲撃してきた化物達の統率も乱れる。そもそも、ここの兵は優秀だからね。時間は掛かるだろうけど、この程度の敵を鎮圧する事は容易だろう」


 ブライドの言葉にフォンも納得する。一学生だった自分なんかと比べれば、一国を守る兵士の方が格段に強いだろう。

 だからこそ、ブライドの言葉には納得させられた。そして、フォンもようやく全身の力を抜き、ゆっくりと瞼を閉じる。

 安心して休める、と。

 だが、その時、フォンは瞼を開き声を上げる。


「ちょ、ちょっと待て! その前にその包帯は――」

「まぁまぁ。今はゆっくり休むといいよ。話は後にしよう」


 そう言いブライドは穏やかに笑う。だからだろう。なんとなく、フォンもそれもそうだと、思いまた力を抜きその場にひれ伏した。

 意識は完全に断たれ、そのまま静かな寝息を立てた。



 時を同じくして――東の大陸フォースト。

 陽が陰る夕刻。フォースト王国王都を暗躍する一つ影があった。

 黒衣に身を包み、漆黒の髪を揺らす少年ユーガ。彼は人気無い王都内を駆ける。見回りの兵の姿すら見当たらない。

 ユーガは疑念を抱いていた。何か誘い込まれている気がしてならなかった。

 違和感を覚えながらも、慎重に身を隠し進むユーガは不意に足を止める。道幅の広いその街道に見慣れた一人の少女の姿を発見したからだ。

 真紅の長い髪を揺らす少女は、切れ長の眼をユーガの方へと向ける。すでに気配を察知していたのだろう。

 そんな少女に小さく吐息を漏らすユーガは、静かに物陰から姿を現した。


「やはり来たか」


 静かにそう告げる少女に、ユーガは小さく肩を竦めた。


「わざわざ待ってていただけたんですか? 意外とアリアは一途なのかな?」


 冗談交じりにそう言うユーガに、不愉快そうに眉を顰めるアリアは鎖で繋がれた二本の剣を構える。

 目を細めるユーガは、左手で頭を抱えると、もう一度小さく息を吐いた。


「冗談の通じない奴だな」

「貴様と話す気は無い」

「いやぁ〜いやぁ〜。こっちはあるんだよぉ〜」


 間延びした声が響き、ユーガはピクッと眉を動かし苦笑した。


「おやおや。これはこれは……」


 静かに振り返ったユーガは肩を竦める。その視線の先には見知った七人組がいた。

 中心にいるのは黒のシルクハットを被ったタキシードの男。右手に持ったステッキでトントンと地面を叩き、左手でハットを押さえ、クククッと笑う。


「ケタケタケタ」


 一番後ろに並ぶ光沢のある黒い肌の、人の形をしているが人とは違う異形の者が、突如として笑い、


「おい! うるさいぞ! ゲノム」


と、彼の右斜前にいる小柄な青年が不愉快そうな眼差しを向けた。

 さらりと黒髪を揺らし、静かに両手を頭の後ろで組む青年は、不満そうに目を細める。


「大体、なんでコイツがいるんだよ」

「わたすとすては、なぜ、あなた達がいるのか問いたい」


 青年の言葉に、不愉快そうにアリアは眉間にシワを寄せた。

 そんなアリアの問いに、二本の大型の槍を背負った男が答える。


「命令だ。確実にソイツを殺せと」


 長めに伸びた黒髪をゆらりと揺らせ、その合間から覗く鋭い眼光がユーガへと向く。

 しかし、ユーガは臆す様子もなく、小さく肩を竦め、鼻から静かに息を吐いた。


「命令、命令って……そこに自分たちの意志はないのかい?」


 静かなユーガの問いかけに、短い白銀の髪をした少年が、


「神の啓示に私達の意志など無用」


と、絹の手袋をしたその手を胸の前に握りしめ、メガネ越しに金色の瞳をユーガへと向けた。

 失笑するユーガは、小さく首を左右に振るう。


「神……ね。君らにはアレが神だと言うのか?」

「それは、人それぞれだろう。まぁ、僕はそうは思わないけどね」


 穏やかな口調、穏やかな声でそう言うのは、赤紫の髪をした青年。爽やかな顔立ちで穏やかに微笑する彼にユーガは眉をひそめる。

 表情の変化が分かり難い為、何を考えているのか分からない。故にユーガが一番に警戒しているのは彼だった。


「で、ぞろぞろとオリジナル勢揃いで、神の名の下に僕を消しに来た……と」

「幾らあんたでも、ウチら全員を相手に出来ねぇだろ」


 長い黒髪を揺らす凛とした表情の女性がそう答え、腰にぶら下げたホルスターから銃を二丁取り出した。それに伴い、他の面々も静かに武器を構える。

 皆が臨戦態勢に入った事から、ユーガも静かに腰の剣を抜く。

 そんな時だった。街の中心付近より爆音が轟き、地響きが起きる。バランスを崩す面々は、何が起こっているのか分からず、その震源へと目を向けた。


「なっ!」


 タキシードの男が驚きの声を上げ、目を見張る。

 皆の視線の先――震源には赤い飛空艇。轟音を広げ、その機体を次々と建物にぶつけながら空へと飛び立つ。操縦者が操作に不慣れなのか、機体はゆっくりゆっくりと上昇し、その勇ましい姿をまざまざと見せつけている。

 ギリッと奥歯を噛んだ二本の槍を持つ男は、その鋭い眼をユーガへと向けた。


「まさか、初めからこれが目的か」


 睨まれたユーガは何も答えない。


「チッ! ゲノム!」


 タキシードの男は大きな舌打ちをした後にそう叫んだ。

 すると、最後尾に佇んでいた漆黒の肢体をした化物が、白い歯を見せ笑うと、膝を曲げ脚に力を込める。そして、「ケタケタ」と笑った後、地を蹴った。

 地面が砕ける音が二度響き、衝撃が二つ広がる。砕石が舞い数秒の後、鈍い打撃音が空中で広がり、続けて地上を襲う激しい衝撃。一瞬の事で、その場にいる全ての者がそれを理解するのに数秒の時間を要した。ただ一人ユーガを除いて。


「悪いけど、行かせないよ」


 空中に浮かぶユーガ。そして、地上に叩きつけられた漆黒の肢体の化物ゲノム。地面は大きく陥没し、ゲノムのその体は深く減り込んでいた。

 ユーガが先程まで佇んでいた場所には二つの足型が残され、彼が強い力で地を蹴った事が伺えた。同時に彼が本気でこの場にいる全ての者を相手にするつもりなのだと、その場にいる全ての者が理解する。


「本気らしいな」


 二本の槍を構え、鋭い眼を向ける男は、その強靭な肉体に力を込める。

 不愉快そうに鼻筋にシワを寄せるタキシードの男は、仕込み刀であるステッキの先を抜いた。鋭い刃が煌めき、タキシードの男はそれを肩口に構える。


「私達全員を相手に勝てると思っているのか!」


 声を上げ、タキシードの男は仕込み刀を振り抜く。斬撃が飛ぶ。しかし、ユーガはそれを容易く右手に持った剣で真っ二つにし、その剣の切っ先をタキシードの男へ向け叫ぶ。


「クラン。君の方こそ、これで僕を止められると思っているのかい?」

「何だと! きさ――」


 クランと呼ばれたタキシードの男が叫ぼうとしたその時、けたたましい破裂音が響き、地面が揺らぐ。地面を砕き、ゲノムが跳躍したのだ。

 漆黒の肢体を揺らし、大きく裂けた口を開き隆々と膨れ上がる両腕を振り上げる。それにより、腹部は無防備になる。当然、ユーガはそれを見逃さない。


「鍛え上げた鋼の肉体を過信しすぎじゃないかい」


 ユーガはそう言うと無防備なゲノムの腹部へと左拳を振り抜いた。鍛え上げられたゲノムの鋼の肉体。それは、刃をも通さぬ強靭な肉体だが、ユーガの拳はいとも容易くその肉体に減り込んだ。

 鈍い打撃音に続き、骨が軋む音が僅かに広がる。ゲノムの口から血の混じった唾液が吐き出された。

 振り上げた両腕が力なく落ち、ゲノムの体も地上へと落ちた。


「クッソがっ!」


 ゲノムが地上へと落ちると同時に、小柄な青年が両腕を振り上げる。それにより、両手につけたガントレットから糸状の刃が勢い良く射出され、それがユーガの周囲を囲う。

 しかし、ユーガは表情を変えず、それを見据え、抜いた剣を鞘へと収めた。


「何のつもりだ! テメェ!」


 そう叫び、青年は頭の上で交差させた両腕を外に払うように振り下ろした。すると、ユーガを囲う糸状の刃が一気に襲いかかる。

 両腕に力を込めるユーガは、そんな青年へと目を向け、


「剣を納めたのは、コッチの方が都合がいいからだよ」


と、迫る糸状の刃を両手で掴んだ。

 鋭く切れ味抜群の糸状の刃だが、それはユーガの手に握りしめられたまま微動だにしない。


「グッ!」

「悪いな」


 静かにそう呟くユーガの両腕には、鱗模様が浮き上がっていた。龍臨族のようにその腕に龍を武装し、それにより糸状の刃も軽々と掴む事が出来たのだ。

 ユーガは糸状の刃を掴むと強引にそれを引っ張った。と、同時にユーガの背後から、


「神の裁きを――」


と、静かな声。それに対し、ユーガは苦笑し、


「残念だけど、僕は神を信じてないんだよ。ケイス」


と、振り抜きざまに上段蹴りを見舞う。

 惜しくもその蹴りはケイスの右腕で受け止められる。そして、メガネ越しに金色の瞳がユーガを見据え、左手に握った剣を突き出す。

 一旦、それを体を反らせかわし、反転したユーガは糸状の刃を引いた事で引き寄せられた青年に対し、左拳を叩き込んだ。


「うぐっ!」


 顔を殴られ、青年の体は勢い良く地面へと叩きつけられる。すぐさまケイスへと体を向けるユーガは突き出された剣を右手で掴む。


「神の――」

「神はいない」


 ケイスが右手に持った剣を振り上げると同時に、ユーガの左手がその顔へと伸び、黒髪は発火するように一瞬で赤く染まった。


「チッ! ケイス! 下がれ!」


 凛とした声が乱暴にそう叫び、銃声が数発轟く。その音に瞬時に握っていた剣の刃から手を放し、ケイスと距離を取ったユーガの目の前を数発の弾丸が通過する。

 失笑するユーガはその視線を地上にいる二丁の銃を構える女性へと向けた。銃口からは白煙が昇り、その鋭い眼がユーガを睨む。


「いい加減にしやがれ。テメェは何がしてぇんだ!」


 乱暴な口調でそう尋ねる女性へと、ユーガは肩を竦めた。そして、もの悲しげな眼差しを向ける。


「カルール。君も時見の力で未来視が出来るはずだろ?」

「生憎、ウチの未来視はあんたのと違って、数秒先の未来しか見えねぇのさっ!」


 カルールと呼ばれた女性はそう叫び、どこから取り出したのか重火器であるガトリング砲を両手に一丁ずつ構え、


「ファイヤーッ!」


と、声を張り上げ引き金を引く。

 重低音の銃声が途切れる事なく轟き、銃弾は高速で放たれる。

 それと同時に、槍を構える男は左足を力強く踏み込み、右腕をしならせ槍を放った。

 横目でそれを確認したユーガだが、カルールの放った銃弾へと対処を優先する為、顔の前で両腕を交差させ、スゥーッと息を吸い込んだ。

 すると、ユーガの全身に鱗模様が広がり、その瞳が赤く楕円形へと変化する。そして、口角から僅かに牙がむき出しになり、赤い髪が針金のように硬く鋭く変化した。

 それにより、ユーガの体は銃弾を弾き、金属音を響かせ、火花を散らせる。


「チッ!」


 周囲に聞こえる程の大きな舌打ちをするカルールは、ガトリング砲に弾丸を装填し直す。

 ユーガは素早く反転。そして、向かってくる槍を体を捻りかわすと、


「これは、返すよ! ヴォルガ!」


と、槍の柄を左手で握り、勢いを殺さず右に一回転し槍をヴォルガと呼んだ男へと投げ返す。

 螺旋を描き回転する槍をヴォルガはもう一本の槍で叩き落とし、ユーガを睨む。


「流石に、容易くはいかないな」

「当然だろ。僕には夢がある。目的がある。戦う理由がある。誰かに命じられて戦うだけの君達とは、覚悟が違うんだよ」

「なら、これならどうだ?」


 静かな声が背後から聞こえ、ユーガは瞬時に振り返る。

 ――刹那。鋭い衝撃が大気を貫く。本能的にユーガは全身の力を抜き、落下。それにより、ユーガは背中から地面に叩きつけられた。

 その直後、先程までユーガが浮いていた位置の後ろにあった建物が円形に大きく抉られ、音を立てて崩れだす。

 その一撃を放ったアリアは白い息を吐き出し、血管の浮き上がった左腕をゆっくりと下ろした。

 ゆっくりと腰をあげるユーガは、苦笑し息を吐いた。


「今のは、正直危なかった。でも、あれ程の一撃を放ったら、その反動は大きいんじゃないかな?」

「これだけ……数がいれば、反動があっても充分に休める」

「なるほど……確かにそうかもしれないね」


 アリアの言葉に腕を組み納得する。その最中、轟く。


“グオオオオオッ!”


と、言う地響きを起こす程のゲノムの咆哮が。


「ホンット……化物だよ。その打たれ強ささぁ……」


 よろめき立ち上がる青年。頭、鼻、口から血を流し、虚ろな眼で失笑する青年は、その瞳の色を銀色へと染めていた。


「君も充分化物だよ」


 苦笑するユーガはそう呟き、静かに周囲を見回した。

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