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第106回 誰も死なせない

 城内は騒然としていた。

 西地区からの襲撃。

 しかも、敵は見た事も無いような化物ばかり。空を滑空し、強靭な肉体から繰り出される一撃は、頑丈な防具すら容易く破壊する。

 それにより、負傷者は多数おり、医務室だけでは対応できず、城内のエントランスには負傷者と医療班が溢れていた。

 その中にメリーナの姿があった。


「重傷者は奥の方へ連れてきてください。私が処置します。軽傷の方々の処置はお任せします」


 メリーナの声に医療班の面々は「承知しました」と声を上げ、処置を開始する。

 癒天族でも類まれた能力を持つメリーナは、この場において要の存在。彼女がいなければ、この場は回らない。それほど、メリーナの能力は高い。

 次々と重傷者が運ばれてくる。能力は極力使わず、処置を進める。リスクの大きい癒天族の力。それを使わないに越した事は無いが、それでも、重傷者の中には力を使わなければ助からない人もいる。

 故にメリーナはテキパキと指示を出し、治療を施しながら、それらを判別していた。当然、力を使えば、その傷の一割程度を自らの体に刻む事になる。だが、そうなったとしても助かる命があるなら助けたい。そうメリーナは思い手を動かし、力を使用する。

 体に刻まれる僅かな痛み。出血は無いもののそれは確実にメリーナの体へと蓄積されていく。

 そんな中、エントランスに空色の髪を揺らし姿を見せるクリスは、声を張り上げる。


「城内に残る全ての兵を西地区へと回せ」


 凛とした態度で指示を出すクリスに、兵の一人が、


「しかし、それでは、この城の守りが……」


と、戸惑い告げる。

 しかし、クリスの態度は変わらず、右腕を振るい、


「構わぬ。城の守りなど捨て置け。そもそも、ここまで侵攻された時点で我々の敗北だ。勝ち目などない」


 力強いクリスの声に、エントランスは静まり返る。


「よいか。これより、兵は五人一組で敵に当たれ。もし、一人でも負傷者が出たならすぐに撤退し、必ず五人一組になるように編成しなおせ。己の力を過信するな。敵は間違いなく君達よりも強い」


 クリスの言葉は残酷な程真っ直ぐに兵士へと伝わる。この街を、この国を守ろうと必死に鍛錬してきた者達に、その言葉はキツイ一言だった。

 故に、誰一人声を発せず、終いには肩を落とし俯く者までいた。

 そんな彼らを一喝するようにクリスは更に言葉を続ける。


「君達が弱いと言っているわけではない。相手は人知を超えた存在。故に幾ら鍛えた君達とて到底一人では勝ち目は無い。君達が死ぬ事は私が許さない。必ず、全員で生きて戻ってこい」


 クリスの力強い言葉に、俯いていた兵達は顔を上げる。


「これは、願いではない。命令だ」


 その言葉に皆は息を呑む。だが、次の瞬間、怒号のような歓声が響き渡る。兵達に伝わるクリスの想い。それに同調するよう兵達は士気を上げ、動き出す。この国を守る為、自国の姫の願いを叶える為に。

 やる気に満ち溢れる兵達が動き出す中、クリスの下へとメリーナが汗を拭いながら歩み寄った。


「凄い演説でしたね。皆さん、凄く気合が入ってます」

「演説? 違うわ。私の素直な気持ちを述べただけよ。それに、私は導かなければ行けないから」

「大変ですね。私も頑張らないと!」


 両手を胸の横で握り締め、気合を入れるメリーナ。そんな彼女の背に目を向けるクリスは、複雑そうな表情を浮かべた後、瞼を閉じ、


「メリーナ。あなたはこれ以上力を使用する事を禁じる」


 冷ややかで厳しい言葉に、メリーナは動きを止める。そして、引きつった笑顔をクリスへと向けた。


「何の冗談ですか? 笑えないですよ?」


 珍しく反抗的にクリスにそう言うメリーナ。だが、クリスの言葉は変わらない。


「お前にこれ以上の力を使用させるわけにはいかない」

「――ッ!」


 下唇を噛み締めるメリーナは、クリスを睨んだ。メリーナがこうしてクリスを睨むのは初めての事だった。

 そんなメリーナの行動に多少なりに驚いたクリスだったが、やはりその態度は変わらず真っ直ぐにその目を見据える。


「何故ですか! 誰も死なせないと言ったじゃないですか!」

「ええ。言いました。誰も死ぬなと。生きて戻ってこいと」

「なら、どうして……救える命があるなら、私は――」

「言ったはずです。誰も死なせない。死ぬ事は許さない。当然、あなたもですよ。メリーナ」


 メリーナの言葉を遮り、クリスは厳しい口調でそう告げた。その言葉にメリーナは奥歯を噛み、拳を強く握り締めた。

 二人の間に流れる険悪な空気。二人の眼差しだけが交錯し、数秒。メリーナはクリスへと背を向け歩き出す。


「メリーナ。あなたが無茶をするのは分かっています」

「それは……未来視で視たからですか?」

「いいえ。あなたの友人だからです」


 クリスが首を振りそう言うと、メリーナは俯き、


「なら、信じて欲しかった」


と、静かに呟く。

 そんなメリーナの呟きに、クリスも小声で返す。


「信じてるわ。あなたなら、力を使わなくても皆を救えるって」


 静かなクリスの言葉にメリーナは何も答えなかった。



 爆発が起き、窓ガラスが砕けガラス片が炎と共に外へと飛んだ。

 床、天井、壁と黒焦げ、室内には僅かな炎が揺らめく。

 部屋に備え付けられていたベッド、机、棚などは全て燃え尽き、熱気の溢れる室内に割れた窓から冷たい空気が入り込む。白刃の剣、天翔姫を構えるブライドは肩で息をし、真っ直ぐに見せる。燃えるような赤い髪を揺らすカインの姿を。

 大きく開いた口で荒々しい呼吸を繰り返すカイン。その眼は赤く充血し、血の涙が頬を伝う。


「うぅぅっ……うぐぅぅっ……」


 呻き声を上げ、一歩、また一歩とカインはブライドに歩み寄る。両腕に紅蓮の炎をまとわせて。

 ――炎血族。自らの血を燃やす種族。戦闘において、自らを傷つけ血を流しそれを燃やし戦う。故に貧血気味であり、短命である。

 これらの事から、炎血族と戦う場合、長期戦に持ち込む事が有効的だった。

 しかし、部屋と言う狭い空間な上、カインに出ている殺人衝動から、現状それは難しい。

 出入り口にはカインが佇み、ブライドは割れた窓を背にしている。ここは三階。飛び降りられない高さでは無いが、無傷で済む高さではない。一歩間違えば、死ぬかもしれない。そう考えると、それは得策ではなかった。

 すり足で一歩右へと右足を動かすブライドは、深く息を吐き出すとその口元に笑みを浮かべる。


「やれやれ……君は本当に……厄介な相手ですよ」


 眉間にシワを寄せるブライド。


「それとも、炎血族と言う種族が、それほど厄介な相手なのですかね!」


 ブライドは地を蹴る。しかし、その動きを止めるようにカインは右腕を振るう。

 手の平に刻まれた傷口から血が飛ぶ。血はすぐに発火するわけではなく、しばらく空気に触れた後、唐突に発火した。

 それにより、ブライドは足を止め下がる。――いや。下がらざる得なかった。正面には炎が広がり、壁となり、ブライドはカインに近づく事は出来ない。


「ッ!」


 表情を歪めるブライドは、立ちはだかる炎の壁を見据える。


「これでは……攻め手が……」


 奥歯を噛むブライドは、眉間にシワを寄せる。正直、カインと天翔姫では相性が悪すぎた。

 しかし、ブライドは深々と息を吐くと、


「だが、面白い。攻略しがいがあるな」


と、呟き柄を握り直した。

 炎の壁はやがて消える。と、同時にカインの姿も消えた。


「なっ!」


 驚くブライドは、瞬時に周囲を見回す。


(何処へ消えた?)


 警戒するブライドだが、カインの姿が見当たらない。それどころか気配すら感じない。

 そして、ブライドの視線は開かれた扉へと向く。


「ッ! まさか、外に! クソッ!」


 ブライドは走り出す。あのままカインが外に出れば、間違いなく被害は拡大する。今のカインはそれほど危険な状態だった。

 故にブライドは焦り、部屋を飛び出す。その刹那――開かれた扉の影からブライドの顔の正面へと手が伸びる。


「ッ!」


 その手の平に刻まれた傷から、それがカインの手だと瞬時に理解する。だが、その直後傷口から血が溢れ出し――


(まず――)


 危険を察知するブライドの顔へと爆発的に炎を弾けさせた。

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