第100回 オリジナル
南の大陸ニルフラントに渡ったフォン達は馬車に揺られていた。
荷台で揺られるフォンは、不安そうに空を見上げる。
そして、深々と息を吐くと、ブライドに顔を向けた。
涼やかな表情でボックス型の武器、天翔姫を手入れするブライドは、フォンの視線に気付くと、
「どうかしましたか?」
と、笑みを浮かべた。
ブライドの笑顔に、フォンは眉間にシワを寄せ、尋ねる。
「フォーストの事だけど……」
「大丈夫ですよ。彼らの事は心配ないですよ」
ブライドはそう言うと、大らかに笑った。
訝しげな表情を浮かべるフォンは首を傾げた。
突如現れた敵、アリアから逃げるリオン達三人。
圧倒的な能力の差をまざまざと見せ付けられていた。
右腕が振り抜かれ、鋭い一撃が地を駆け、建物を切り裂き、砕石が弾ける。
爆風が土煙を巻き上げ、轟音地響きと共に広がる。
こんな化物だったのか、と驚きを隠せないリオンは、表情を強張らせる。
このままでは、何れ殺される。そう直感した。
一方、レックとエルバも同じく恐怖を感じていた。
ここに来れば、父の仇が、仲間達の仇が討てると思っていたが、それは大きな勘違いだった。
自分達では手に負えない相手なのだとまざまざと知ることなった。
そんな三人へと、アリアは左手に持った先の尖った剣を突き出す。音もなく素早く――。
刹那、螺旋を描く衝撃が、地面を抉りながら三人を襲う。
「ぐっ!」
「ッ!」
「ぬわっ!」
貫く衝撃に、リオン、エルバ、レックの三人は吹き飛び、地面を転げる。
砕石が物々しい音を立て地面に降り注ぎ、その音を消し去るように静かなアリアの足音が三人の耳に届く。
それだけ、アリアの威圧感――殺気が三人を支配していた。心臓を握りつぶされてしまうのではないか、と言う程の恐怖を感じる。
肩を激しく上下に揺らすリオンは後ろを確認し、すぐに立ち上がった。
そして、倒れるエルバとレックへと怒鳴る。
「立て! 立ち止まるな! 全力で逃げるぞ!」
リオンの怒鳴り声に、エルバもレックも立ち上がると、走り出す。すでに息は切れ切れだった。それほど、全力で走り続けていた。
戦うと言う選択肢は、すでになかった。どう足掻いても今の三人で、アリアと戦うなど無謀。ただ死にに行くようなものだった。
このアリアはリオンの知るアリアとは全くの別人。そう思える程、リオンの知るアリアと、彼女とでは力の差があった。
まるで、化物だ。
そして、この時、リオンは思い出していた。
クレアが語った自らの過去の話を。
(くそっ……。そうか……クローン実験が行われたのは、この時代からだったな……。だとしたら、コイツが八人いるオリジナルの一人か……)
険しい表情を浮かべるリオンは、奥歯を噛む。
まさか、すでにクローン実験が成功しているとは思っていなかった。
そんなリオン達三人へと、呆れた表情を浮かべるアリアは、吐息を漏らすと、剣を構えなおす。
「いい加減、諦めてすんでください」
アリアはそう言い、ゆっくりと歩き出す。
そんな折だった。
リオン達の逃げる先に、一つの人影が姿を見せる。
「くっ!」
「新手か!」
先を行くレックとエルバは足を止め、身構える。
それに遅れて、リオンも足を止めた。
漆黒の髪を揺らす少年だった。
片手に剣を持つ少年は、切れ長の鋭い目を三人へと向ける。
凄まじい殺気だった。
アリアと同等の殺気だ。
間違いなく、アリアと同じクローンのオリジナル。
そんな風貌の少年に、リオンは息を呑む。
(ここまでか……)
諦めた様に瞼を閉じるリオンに対し、後を追っていたアリアの足が止まる。
そして、その表情が不快そうに変わり、冷めた眼差しが真っ直ぐに少年を見据えた。
二人の視線が交錯し、暫しの沈黙。
リオン達三人は、その重い沈黙に、困惑していた。
(い、一体……何なんだ……)
唇を噛み、眉間にシワを寄せるリオンは、アリアとその少年を交互に見据える。
そんな長く続くと思われた重い重い沈黙を、アリアが破った。
「あなたが、何故ここにいるんですか?」
不快そうな眼差しでそう尋ねるアリアに対し、少年は深く息を吐き出すと、その漆黒の髪を赤く染める。
「僕は……戦うよ。アリア」
少年の静かな声に、リオン達は全身の毛を逆立てる。
それ程のおぞましさと威圧を、少年は放ったのだ。
間違いなく殺される。そう、誰もが思った。
少年の言葉に小さく息を吐き出すアリアは、僅かに眉間にシワを寄せ、
「そう……なら、そっちの二人を――」
アリアがすべて言い終える前に、少年は地を蹴った。赤い髪を揺らし熱風を吹かせ、少年はレックとエルバの間を抜け、リオンの横をすり抜ける。
そして――金属音が響き、衝撃が広がった。
「くっ! どう言う――」
「キミを――キミ達を止める為に、僕は戦う!」
二人の刃が交錯し、後に大きく弾かれる。
何が起こったのかリオン達三人には分からない。
ただ分かるのは、あの少年は敵ではないという事だった。
少年はアリアから離れる際に、リオンを左腕で抱えると、反転しレックとエルバの方へと投げた。
呆然とするレックとエルバの間をリオンは転げる。
「うぐっ……」
すぐにリオンは体を起こす。すると、少年は声を上げる。
「行け! ここは、キミ達が来る場所じゃない!」
穏やかな声質だが、厳しい口調でそう言う少年に、リオンは尋ねる。
「あ、あんたは?」
「僕? 僕の事は知らなくていい。この世界に存在しては行けない存在――。それだけだ」
少年は渋い表情でそう言うと、剣を構え真っ直ぐにアリアを見据える。
少年の赤い髪は炎の様に揺らぎ、吐き出される吐息は真っ白に染まった。
「一体……何のマネだ?」
後方へと弾かれたアリアは、足元に僅かに湯気を上げ、鋭い眼差しを少年へと向ける。
そんなアリアに、少年はすり足で右足を前へと出す。
「僕は、キミ達のやり方を認めない。人には生きる権利がある。それを奪おうとするなんて、僕には理解出来ない」
「主のする事に、貴様は逆らうと言うのか?」
アリアは両手に持った剣を構えなおす。
「逆らうんじゃない。僕は僕の意志で戦うんだ。アリア。キミ達こそ、どうして、彼に従う。彼の思想は間違っている! 力で、武力で、全てを押さえ込んで何になるって言うんだ!」
少年が声をあげると、アリアは不快そうに眉を顰める。
「だからなんだと言うんですか? 主のする事が、わたす達のすべき事です」
「その考え方が間違っていると言ってるんだ! 主が間違っている事をしようとしているなら、それを止めるのが、僕らの務めじゃないのか!」
少年は声を荒げる。だが、アリアはわけが分からないと頭を左右に振った。
「はなすにならない」
そう言い、アリアは地を蹴った。
そんなアリアに対し、少年は「くっ」と声を漏らすと、僅かに重心を落とし、迎え撃つ。
右手に持った鋭い刃の剣を外へと払うように、アリアは振り抜く。
金属音が響き、火花が散る。
少年の剣の刃に、アリアの鋭利な刃が僅かに食い込む。
それ程、アリアの扱う剣は切れ味が鋭かった。
「ッ!」
僅かに表情を険しくする少年に対し、アリアは左手に持った鋭く尖った刃の剣を胸に向かって突き出す。
それを目にした少年は左手を柄から離すと、その刃を掴んだ。
アリアのその剣は突く事に特化した剣の為、斬る事は出来ない。故に、少年が取ったその行動は最善な行動だった。
鋭く尖った刃はピタリと少年の胸の前で止まり、交錯する刃はカタカタと震える。
「邪魔をするな! ユーガ!」
アリアは怒声を響かせ、ユーガと呼んだ少年の体を足蹴にした。
後方へと弾かれたユーガは、片膝を着き、後方をチラリと確認する。
すでに、そこにリオン達三人の姿は無い。その為、ユーガは深く息を吐くと、立ち上がる。
「アリア……。僕は――」
ユーガはそう言うと、自らの剣の刃を左手で握った。
「キミを殺してでも止める!」
鮮血が周囲へと飛び散り、直後に発火する。
そして、ユーガの体からは激しく湯気が上がり、その髪は一層赤く染まった。




