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第10回 朝もやの中で

 陽は暮れ、すっかり夜へと変わっていた。

 夜の風は冷たく、三人は焚き火を囲んで座っていた。

 風で炎は揺れ、火の粉が舞う。膝を抱えて蹲るフォンは、その身を震わせ焚き火を見据える。

 脇に置かれた枯れ枝を焚き火へと放り込むリオンは、そんなフォンの姿に呆れた様な眼差しを向ける。


「お前……よく、それで旅に出るって言ったな」

「しょ、しょうがないだろ! 虫は駄目なんだよ!」

「虫が駄目なら、野宿出来ないじゃん」


 スバルがその場に横になり星空を見上げながらそう言うと、フォンは恨めしそうに横たわるスバルを睨んだ。そんなフォンの視線など気にしないスバルは、横たわったまま背筋を伸ばすと、嬉しそうに笑みを浮かべ星空へと手を伸ばす。


「見てみろよ。星に手が届きそうだ」

「気のせいだ。目の錯覚だ。だぁーっ! 虫っ!」


 早口のフォンの目の前を虫が通り過ぎ、大声を上げる。体を起こしたスバルは苦笑し、リオンと顔を見合わせた。フォンの虫嫌いは今に始まった事ではない。幼い頃に色々あり、虫が大の苦手になったらしい。旅に出る際、フォンの頭に野宿をする事になるなんて、思っていなかった。すぐに次の街に着けると思っていたのだ。

 慌てて大騒ぎするフォンの姿を見据えるリオンは、深くため息を吐くと、脇の枯れ枝を焚き火にくべる。


「お前、少し考えが甘いんじゃないか?」

「ふぇっ? お、俺の考えが?」

「ああ。大体、野宿が出来なくて旅なんて出来るわけないだろ。お金だってどうするんだ? 食料もそうだ。病気になったらどうする? 薬の類も持たないで、お前は一体どうするつもりだったんだ!」


 クラストを出てからの鬱憤うっぷんをぶちまける様に言葉を吐き出していくリオンに、フォンは呆気にとられる。あまりの事に驚き過ぎて口を半開きにしてリオンの顔を見据える。リオンがここまで怒る所をフォンは初めて見た気がした。

 そんなリオンの姿にスバルは意外そうな顔をしていた。フォンとリオンが仲が良い事は知っていたからだ。それに、スバルが知る限りリオンがフォンに対して、今の様に文句を言っている所は見たことが無かった。

 息を乱すリオンは、冷静になり静かに息を吐き出すと、


「悪かった」


 と、静かに謝った。この旅に対する不安から、フォンに思わず八つ当たりをしてしまったと。結局、旅に出たのは自分の意思。フォンだけが悪いわけじゃないと、リオン自身分かっている。お金の事も、食料の事も、結局リオンもフォンと同じ様に旅に出るまで考えても居なかった。だから、実際フォンに文句を言う資格など自分には無いのだと、リオンは自己嫌悪する。

 落ち込むリオンの姿に、フォンは笑みを向けた。


「気にするなよ。リオンの言ってる事は正しい。俺の考えは甘かった。でも、リオンが居て、スバルが居る。だから、大丈夫だって、思ってる。薬等に関しては、きっとスバルが用意してくれる。食料はリオンの狩りの知識があれば何とかなるって思ってた。お金に関しては……次の街に行けば何とかなるって思ってたから……」


 静かにそう述べたフォンに、リオンは申し訳なさそうな表情を浮かべる。能天気に見えて、フォンも自分なりに色々考えているのだと、気付かされた。

 フォンとリオンの二人に対し、穏やかな笑みを浮かべるスバルは、「青春だねー」と呟きまた夜空を見上げた。そんなスバルに釣られる様にフォンとリオンも静かに夜空へと視線を向ける。

 夜空を見上げる三人の吐息が重なり、それと同時に三人して笑いを噴出す。


「な、何だよ、ぷぷっ……ため息が重なるなんて……ぷぷっ」

「あははっ! ホントだな」

「ふふっ……なんだかんだで、息が合ってるんだな」


 改めて自分達の仲が良いのだと実感し、三人で街を出て正解だったと思う。そして、夜は更けていった。

 翌朝、一番に目を覚ましたのはフォンだった。あまりの寒さに目を覚ましたのだ。焚き火は消え、朝もやが立ち込めていた。寝惚け眼で朝もやの中周囲を見回すフォンは、右手で目を擦る。


「んんっ……目が霞んでる……」


 目を凝らすフォンだが、やはり周囲は霞んでいた。


「アレ?」


 何度目をこすっても、周囲は朝もやで何も見えない。その状況にフォンは目を見開く。


「り、リオン! スバル!」


 フォンは声をあげ立ち上がる。殆ど何も見えないその状況下で、リオンとスバルの姿を探す。だが、全く何も見えていなかった。


「んんっ……フォン? どうか――! な、何だコレ……」


 驚きの声を上げたリオンの方へとフォンは顔を向ける。


「そ、そこに居るのか? リオン」

「あ、ああ。それより、コレ……」

「朝もや……にしては、濃過ぎるよね」


 スバルの落ち着いた声が聞こえ、フォンとリオンは驚く。まだ寝ているものだと思っていたからだ。驚く二人に対し、スバルは落ち着いた口調で述べる。


「気をつけて。多分、人工的に作られたものだよ。コレ」

「えっ? 人工的に? って事は……」

「誰かが何らかの目的で、作ったものって事だよ」


 スバルの落ち着いた口調に、フォンとリオンは息を呑む。誰が、何の目的でと、そんな考えをしながら、二人は腰の剣の柄を握る。それに遅れて、朝もやの向こうで澄んだ金属音が響き、火花が散る。


「な、何だ! 何が起こってる?」


 慌てるフォン。


「分からん。だが、誰かが戦ってる」


 目を凝らすリオン。


「気をつけろ。また来るぞ!」


 耳を澄ますスバル。

 風を切る音が聞こえ、朝もやが揺らぎ、金属音と火花が広がる。

 何が起こっているのか分からず、三人は戸惑っていた。耳を澄ませ、状況を把握しようと目を凝らす。だが、このもやで視覚は働かず、聴覚だけを研ぎ澄ます。

 聞こえるのは、刃を振るう風音と数人の足音。そして、金属音。何がなにやら分からず、三人の手の平には汗が滲んでいた。息を呑みその場に佇む三人は思う。このもやの中で戦っている人達は一体、どんな人物なのかと。

 間違いなく三人よりも強い人なのだと言う事は分かる。視界の殆ど無い状況で剣を交えているのだから。

 耳を澄ませ視線を動かす。次々と響き散る火花。だが、その音はすぐに止み、静寂が周囲を包む。それと同時に、もやは晴れていき、ようやくフォン達は自分達の姿を確認する。


「だ、大丈夫か?」

「あ、えっ、ああ……。俺は大丈夫」


 心配そうなリオンに対し、フォンはそう答え苦笑する。スバルも無事そうで、安心する二人は、小さく息を吐き周囲を見回す。

 複数の足跡が地面に残され、所々地面は砕けていた。鋭利な刃物で切りつけた様な跡もあり、ここで何らかの攻防があったのは明らかだった。思わず息を呑む三人は、その光景にただただ驚いていた。


「一体、何者だったんだろうな……」

「あの中で戦うなんて……俺達には無理だよね」

「ああ。やっぱり、世界は広いなぁ……」


 しみじみとそう思うフォンは、静かに息を吐くと空を見上げた。

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