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届け!ブルーモスクへ  作者: 柴咲遥
9/15

別れのアリーナ

「えっちょ、ちょっと待ってよ~私たちまだ2回しか会ってないし…仕事だってあるし」

「ここで描きたい…ここで、ここじゃなきゃダメな気がする!」

「気がするって…描きたいって言われても」

「私…ここでなら、久美子となら描けるって思ったの」

「私?私も描くの?」

「描くのは私 ねっ お願い」

(お願い…お願い)

「ん~わゎわかった、おばあちゃんに相談してみるから」

私は薫子の気迫に圧倒されて思わずそう言った、言ってしまった。

おばあちゃんはもちろん喜んでくれて…私たちは鎌倉に引っ越すことになった。

「久美子~ありがと!ホントありがと」

そう言って後ろから私を抱きしめた。

「家事とかも分担だかんね~」

「もちぃ~私 洗濯とか大好きだし~ねっいつから住もっか?この部屋私のアトリエにしてもいい?」

「アトリエ?」

「私絵描きだからさ」

そう言って奥の洋間を指さして笑った。

「うん、まぁ良いけど…」

「やったぁ~おばあちゃんお世話になります~」

小学生の女の子の様に薫子は飛び跳ねながら隣の家へ駆けていった。

「ホントどうすんのよぉ~」

私は東京駅までの通勤のことで頭がいっぱいだった。

薫子のバイクで鎌倉駅まで乗せてもらって私は東京駅の職場に向かうことにした。

「いってらっちゃい」

薫子はそう言うと大きなエンジン音を響かせて鶴岡八幡宮の方へ走り去った。

「もう~職場までどのくらいかかるのよ~」

シルバーの車体に濃紺のラインの入ったJR横須賀線成田空港行が鎌倉駅のホームに滑り込んでくる。

鎌倉から北鎌倉、大船…車窓からキラキラ光ってる山肌に建ってる家々が見える。

そして横浜駅で多くの人が降りて、東京駅の地下ホームに着いたのは鎌倉駅を出て1時間くらい経った午後3時半を過ぎていた。

「ん~やっぱ1時間か...江ノ電入れたら1時間半は必要ね…」

私は時計をスマホを覗きながら少し不安を感じていた。

「でも…約束しちゃったから」


「え~久美子引っ越しちゃうの?なんで急に?」

「うん、まぁいろいろあって鎌倉のおばあちゃんちにね」

同期の杉江奏子にだけは伝えておかないとと思って仕事の後に食事の約束をしていた。

「久美子ってひとり暮らしだったわよね?」

そう言ってムール貝を手に取った。

「そう、ひとり…ずっとね」

「ごめん、そんなつもりじゃなくて」

「全然、もう気にしてないから、知ってるのも奏子だけだし」

そう言って大好きなフランス産チーズとキノコのオムレツを頬張った。

「ぅう~やっぱ美味しい」

「それで?おばあちゃんの家でふたりで?」

「それが…ね」

私は合コンの後マンションに連れ込まれそうになったこと、その時助けてくれたピザ屋の女性が私が春に助けたおばあさんの孫…だったこと。

今日また病院で偶然出会ってその子が同じ鎌倉の小学校に通ってたことを一気に話して、ブルゴーニュ産の白ワインを一気に流し込んだ。

「そんなことあったんだ~岡田のやつ~私がガツンと言ってやるよ!久美子も行きたくなかったらちゃんと断んなきゃダメ!」

「久美子にはちゃんとした人見つけて欲しいの」

「え?なにそれ?」

奏子はワイングラスを置いて正面から私の目をみてそう言った。

「合コンのことはともかく、でもそれってすごい偶然だよね!でもなんで久美子がその子のおばあちゃんを助けられたの?知り合い?」

「うぅん目の前に座っていたおばあさん、めっちゃ苦しそうだったから…」

「そっか~いろんな意味でそれもこれも運命かもね~やっぱ人生は運命に操られてるのか~」

奏子はメインのハラミステーキを美味しそうに噛み締めてそう呟いた。

「運命か~」(お父さんやお母さんも?)

「久美子はそれで幸せなの?」

「え?なによ急に…」

「私、結婚すんだぁ」

「え?結婚って聞いてないわよそんなんこと」

「うん、だから今言ってる、久美子には一番に…」

「私、心配だよ~久美子のことがさぁ…すみません~ワイン、同じものを」

「・・・いつ?来年の春にはね、仕事も秋まで…かな」

「そぉっか~おめでとう奏子」

「ありがと」

そう言って残っていたワインを一気に飲み干した。

「久美子は?好きな人」

「え?私?いないわよ~」

「合コンでも?」

「あんなの…」

「久美子をちゃんと守ってくれる優しい人早く見つけて」

「奏子…いつもお姉ちゃんみたい同い年なのに」

私は泣きそうになるのを我慢してハラミステーキをフォークで突いた。

「引っ越しは?いつ?」

「うん、28日あたりにしようかな」

「そっか、横浜アリーナの次の週か〜久美子と行く独身最後のコンサート」

「そうなんだね…」

「なんか手伝う事あったら言って」

「うん、ありがとう」

「じゃまた明日」

「うん、ありがとね奏子」

「なに~泣いてんの」

そう言って奏子は私を優しく抱きしめた。

奏子と別れて私はいつもの様に長年通い慣れた西武線に揺られ石神井公園のマンションへ戻った。 


7月21日土曜日曇り、今にも降り出しそうな梅雨空、今年の梅雨明けは8月になりそう。

私は来週の引っ越しの荷造りをしながらテレビの天気予報を観ていた。

「お願いだから、引っ越しは晴れてよね~」

(17時新横浜駅待ち合わせね)

奏子からのメール、今夜はm-floのコンサート。

(わかった、着いたら電話するね)

私は急いで朝食を済ませて残っている冬物の衣類と食器棚に入っている皿を包み始める。

「やばっもうこんな時間 急がなきゃ」

時計を見ると12時を過ぎていた、急いでシャワーを浴びて鏡の前に立って自分の顔を凝視する。

「はぁ~ハリのない肌…」

残り少ない化粧水と乳液を手に取ってなじませ少し念入りにメイクする。

「ファンデーションも買わないとな~」

「よし、こんなもんか」

そんな独り言を呟いていつものように髪を結んだ。


「奏子~お待たせ~」

私は約束の時間に5分遅れて新横浜駅に着く。

「久美子?いいよ、カワイイ」

「え~そぉいつもと変わんないけど」

「うぅんステキ、いい男はほっとかないね」

そう言ってふたりは大きな声で笑った。

横浜アリーナはもちろん満席で始まる前から歓声と時折聞こえる指笛の中、異様な興奮状態にいた。

地鳴りのような歓声に鳥肌が立ったその時、「m-flo発信」DJの声と共に全員が一気に立ち上がった。

「まるで時空を旅するライブ・・・」

私は何もかも忘れて横浜アリーナの夜に酔いしれていった。






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