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明かりもテレビも消した部屋で、あたし達は裸のまま床の上で抱き合っていた。

今が何時なのかさっぱり分からない。

暖房と下半身だけ突っ込んだコタツ、何より抱き締めあうお互いの裸体の体温が、あたし達を温めていた。


「ね、孝之」

「・・・何?」


彼の胸に顔をくっ付けて、あたしは少し甘えてみる。

気だるそうな、でも、満たされた様子で彼はあたしの頭を撫でてくれた。


「笑わないでね?あたし、こんな事するの久し振り」

「笑わないよ。実は俺も。やり方忘れちゃって、できるかどうか自信なかった」


苦笑している彼の顔を見て、あたしも微笑む。

久し振りって事は、今流行のセックスレス夫婦なんだろうか。

でも、今はそんな事どうでも良かった。

行為の後のこの優しい時間を、孝之ともう一度味わえただけでも幸せだった。


「でも、孝之、ブランクある割りには、ちゃんとできてたよ。昔と変らなかった。」

「・・・そりゃ、どうも。それ、褒めてんだろうな?」

「うん、可もなく不可もない感じ。退化はしてないよ」

「・・・何それ。レベル低・・・」


照れ隠しにそう言ってみたけど、彼とのセックスの相性は最高で、それは今も変わってなかった。

心身供に満たされて、久々の充足感を味わう事ができた。


あたしの本音を分かっているかのように、孝之は笑いながら、あたしの頭をグイっと引き寄せ、額にキスした。

そのまま自分の胸にあたしを抱き締めて、両腕に力を込める。

あたしの顔は彼の裸の胸に押し付けられ、くっついた耳に彼の鼓動が響いてくる。

その音を聞きながら、あたしは目を閉じた。


気持ちいい。

ああ、どうして別れちゃったんだろ。

こんなに安らげる場所が、あたしにはあったのに。

あの時、あたしはまだ若くて、安らぎよりも冒険を選んだんだ。

あたしが選ばなかったものが、どれだけ貴重なものだったのか、考える事さえせずに・・・。


「孝之、あたし達、もう遅いの?」


あたしの問いに、彼はすまなさそうに俯いた。


「・・・ごめんな。」

「もう会えないの?」

「そうだね。今夜は特別。クリスマスイブだから。もう会えないよ。残念だけど・・・」


あたしは首を横にブンブン振った。


「ううん、10年前のあたしがバカだったの。今日だけでもいいよ。会えて良かった。孝之のお陰で最高のイブになったもん。」


あたしを抱く両腕に、ギュっと力が入る。

そして、あたしの体を持ち上げるように顔を引き寄せると、孝之はもう一度唇を重ねた。

長い、優しいキスだった。

彼の胸にまどろみながら、あたしの瞼はだんだん重くなってくる。

子供みてえって、笑う彼の声がした。


「寝ていいよ、恵理。抱いててやるから。俺の事、思い出してくれてありがと・・・」


遠くに聞こえる彼の声。

あたしは何だかとても安心して、目を閉じた。

そのまま、意識が薄れていき、やがて、何も分からなくなった。



◇◇◇◇



ガチャガチャ、と玄関の鍵を開ける音が、床にくっついていた耳に響いて、あたしはビクっとして起き上がった。

続いて、ギー・・・という築30年の木造住宅の玄関のドアが開く音がする。

ただいま~と母親の声が階段の下から聞こえて、やっとあたしは目を覚ました。


つけっ放しのテレビが政治評論家の討論会を映し出している。

液晶画面の上に出ている時刻は、午前9時だ。

眠っていたコタツの上には、空になったビールの缶や、スルメイカの袋が昨日と同じ状態で載っていた。


ああ、孝之は帰ってしまったんだ。

別れの挨拶もせずに。

いや、そんな辛い事したくなかった。

寧ろ、彼の胸に抱かれて、気が付いたらいなくなってて欲しかった。

あたしの希望を理解していたかのように、彼はあたしが眠っている間に帰ってしまったのだ。

カッコツケの彼らしい粋な演出だ。


あたしはコタツの上に置きっぱなしになっていたケータイを掴んだ。

昨日と同じように、アドレスをスクロールしていくと「井沢孝之」の名前があった。


もしかして、奥さんが出たら、ヤバイかな。

でも、ちょっとだけ。

昨日はありがと、そしてやっぱり今でも好きって一言だけ言いたい。


あたしは思い切って、ボタンを押す。

胸をドキドキさせてケータイを押し当てた耳に、メッセージが聞こえてきた。


-おかけになった電話番号は現在使われておりません。番号をお確かめ上、もう一度おかけください・・・・


あたしはギョっとして、もう一度掛けてみる。

同じメッセージが再び流れて、昨日は繋がった筈の孝之が出る事はもうなかった。


まさか、今日朝一番で解約したんだろうか。

いや、まだケータイショップは開店前だ。

孝之が何時に帰ったかは分からないが、昨日の今日で解約するのは迅速過ぎる。

あたしは狐に包まれたような気分で、ぼんやりとケータイを見つめていた。




遮光カーテンの隙間から差し込む朝日が、クリスマスの朝が来たことを知らせていた。






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