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彼の返事に、あたしは恐る恐る顔を上げる。
ぶっきらぼうな口調の割りには、彼は優しい顔をしていた。
あたし達はコタツを囲んで、お互いの顔を見つめあった。
少し照れてる彼の茶色の瞳が細められる。
穏やかなその表情に、あたしは安心した。
「・・・あたしの事、怒ってない?」
「どうして?」
「だって、あたしから別れようって言ったのに・・・」
「いいよ、もう。俺はお前の事好きだったけど、お前が遠距離で辛いのも分かってたから」
「孝之は優しいね、昔から」
「そうでもない。案外、優柔不断なのかもしれない」
髪をかきあげて、孝之は苦笑した。
ああ、その表情。
あたしが大好きだった孝之の笑顔。
最後に別れた10年前と全く変ってない。
35歳になったあたしがそれなりにお肌も曲がり角だというのに、彼はあの時のままに見えた。
男の人ってあんまり変わらないのかな。
通った鼻筋に形のいい唇。
横顔もかっこいい。
この顔に似合わず、彼は誠実過ぎて、あたしが時に束縛感を感じてたのは事実だ。
でも、それはあたしを心配するが故の行為だった。
別れた後に気が付いたんだけど、もう遅かったのだ。
「何見てんだよ」
片方の眉をひそめて、孝之は凝視しているあたしを気味悪そうに見た。
「見とれてるの。孝之ってカッコ良かったんだって思ってさ」
「今頃、気付いたのか。おせーよ。勿体無かっただろ?」
「・・・うん。」
思わず素直に頷いたあたしの顔を、孝之は笑いながらグイっと自分の顔の前に引き寄せた。
薄茶色の瞳が至近距離に来て、あたしはドキっとして息を呑む。
「俺もあの後、後悔した。何であっさり別れちゃったんだろうって」
「・・・ごめん。実はあたしも」
「でも、もう遅い」
「・・・そうだね」
あたしは「もう遅い」という言葉の意味を聞かなかった。
口には出さずに、察するべきだって思った。
もう、孝之は誰かのものなんだって。
それでも構わなかった。
今夜だけは、孝之はあたしの元に来てくれたんだ。
何も聞かずにひとときを愉しむ事ができるくらいには、あたしは大人になっていた。
孝之の白い頬にそっと手を寄せ、今度はあたしが彼を自分の顔に引き寄せる。
彼の頬はヒンヤリと冷たかった。
「孝之、嫌なら言って?今夜だけ・・・」
「・・・嫌じゃないよ」
最初からあたしはこうなる事を望んでいたんだろう。
目を閉じたあたしの唇に、彼の冷たい唇がそっと重ねられた。
あたしの唇を優しく咬むように、彼はゆっくりキスを続ける。
やがて、侵入してきた彼の舌は歯列を割って、あたしの口内を探り出す。
二人分の唾液が混じり合い、あたしの唇の端から溢れ出す。
蕩ける様な孝之の舌の感触に、あたしの体も熱く反応し始めた。
彼は驚くほどに昔のままだった。
じれったいほどの優しい愛撫を胸に施した後、あたしが求める場所に的確に舌を這わせていく。
どちらかというとイニシアティブはあたしが取っていて、彼は寧ろ、あたしが悦ぶのを見て満足するような男だった。
コタツの中に半分体を入れた状態で、あたし達は服を着たままお互いの体を確かめ合った。
痩せてるように見えて、実は筋肉質な彼の体は全く衰えていない。
それなのに、完全に運動不足の35才のあたしの体は、あちこち弛んでいて服を脱いで披露できる状態ではなかった。
もどかしそうにタートルネックのセーターを脱がそうとする孝之の手を、あたしは掴んで押し返す。
「・・・何だよ、ここまできてまさかの拒否か?」
「だ、だって、見せれるような代物じゃないんだもん。老化してて・・・」
老化という言葉に、孝之はプっと吹き出した。
そこで笑うという事は、彼もそう思っていたに違いない。
あたしは真っ赤になって、途中まで脱がされていたセーターを引っ張り下げる。
「何よ!自分が痩せてるからって、笑うとこじゃないでしょ?女に対して失礼よ!?」
「ゴメン、笑ったのは悪かった。でも、老化も含めて今のお前じゃん?俺は気にしないよ」
「・・・ごまかされないわよ。いい!もう孝之には見せない!」
不貞腐れて背中を向けたあたしに、孝之はクスクス笑いながら自分の体を密着させた。
背中からあたしを抱き締めるように、彼の長い腕があたしの体に巻き付き、セーターの中に忍び込む。
「了解。見なきゃいいんだろ、見なきゃ・・・」
明らかに意地悪な意志を持って動く両手に、あたしは思わず声が出そうになる。
顔が見えない分だけ、逆に彼の手の動きに敏感になってしまう。
「声、出して。お前の声、好きだった」
耳の後ろに触れる彼の唇から、低い声がした。
その声と、首筋にかかる熱い息に、あたしはまた感じてしまい、切ない声が唇から洩れる。
やがて、その両手はあたしのジーパンのジッパーをゆっくりと下げてゆき、下着越しに敏感な部分を刺激し始める。
「ア・・・ヤ・・・タ、孝之・・・!」
「もっと、恵理・・・もっと乱れるとこ見せて・・・」
彼に言われるまでもない。
あたしは絶妙な彼の指先に翻弄され、意識が飛ぶまで嬌声をあげ続けた。