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「もしもし?井沢ですが?」


ゆっくりと話す低めの落ち着いた声。

間違いなく孝之だ。

懐かしさが込み上げてくる。


「・・・孝之?あたし、覚えてる?恵理だよ。久し振り。」

「恵理?って、松本恵理?」

「そう、10年くらい前まで付き合ってた・・・忘れた?」


電話の向こうでしばらく沈黙した後、少し困惑したような彼の声がした。


「・・・もちろん覚えてる。おまえこそ、俺のことまだ覚えてたの?よく番号分かったな」

「うん、ま、まあね。今、愛知県の実家に戻ってきてるんだ」


忘れてた、とはさすがに言えなくて、あたしはサラリと嘘をついた。

孝之はふーん、と電話の向こうで怪訝そうな声を出す。

今更何の用だ、と言いたいのかもしれない。

何を言われても、仕方ない。

何しろ、彼をフったのはあたしの方だ。


「・・・そう。で、友達いなくて、急に寂しくなって思い出したように電話くれたわけ?」

「・・・バレた?」

「バレるよ。何年付き合ったと思ってんだ。お前の考えてる事なんてお見通しだよ」

「そっか、そうだよね」


あたし達は電話越しに笑い合った。

高校時代からあたしの事を知ってる孝之に、浅はかな嘘が通じる筈もない。

素の自分を曝け出せる安堵感に、寧ろ嬉しくなった。


「元気だった?ねえ、あたしね、会社が潰れちゃって失業中なんだよ。で、ウチ帰ったら妹は結婚して出てったし、親はいい年して泊りがけでディナーショー行っててさ。今、一人なんだ」

「ああ、そう。で、暇で電話くれたわけだ」

「実はそうなの。このクリスマスに一人なんて悲し過ぎじゃん。ってか、孝之も一人?」


少し間が開いた後、低い声が返事をした。


「・・・まあ、ね」

「えー!マジ!?やったあ!じゃあさ、飲み会やろうよ、ここで」

「そこって、お前の実家でか?」

「そう。だって明日まで誰もいないし、あたしもう飲んじゃって運転できないもん。孝之、ウチ覚えてるでしょ?」

「そりゃ、まあ・・・覚えてるけど」

「じゃあ、待ってるから来て来て!お酒はいっぱいあるから、手ブラで来ていいし」

「・・・お前、マジ?よく10年も前にフッた男を自宅に誘えるな」

「だって、孝之は付き合い古過ぎて幼馴染みたいなモンじゃん。久々に飲もうよ!」


その時、あたしは既に酔っていた。

異常なテンションの高さに電話の向こうの孝之は少し困惑している。

でも、ほろ酔い加減のあたしは頭がのぼせて、そんな事を考えている余裕もなかった。


「・・・いいよ。今から行く。そこで待ってて」


しばらく考えた後、孝之は低い声でそう言って電話を切った。


◇◇◇



ほろ酔い気分どころか完全に酔いの回ったあたしは、テレビの音を聞きながら、コタツで仰向けにひっくり返っていた。

猛烈に眠気が襲ってくる。

さほど飲んだわけでもないのに、不思議なくらいの睡魔だ。

でも、今から孝之がやってくるんだから、寝込んでしまうわけにはいかない。

猛烈な睡魔と闘いながら、あたしは必死で重い瞼を開けようと試みた。


どのくらいたったんだろう。

長い時間だったような、一瞬のことだったような。

あたしは眠気に耐えられず、意識が飛んでしまった。

端的に言えば、眠ってしまっていたようだ。


「・・・おい、コラ、起きろよ。恵理!」


顔の上から降ってくる聞き覚えのある声で目が冷めた。

仰向けになったあたしの頭の上にジーンズを履いた足が見え、そして、上から見下ろす懐かしい顔があった。


「・・・孝之?ひさしぶり。早かったね」


ぼんやりした頭を必死で働かせながら、あたしは酔ったまま、彼の顔を見上げてニヤっと笑った。

孝之は呆れたように溜息をついて、あたしの横に腰を下ろした。


「早かったね、じゃねーだろ。呼んでも出て来ないし、玄関開けっぱだったから勝手に上がり込んだ」

「あ、いーよ。本当に今、あたし一人なんだもん。孝之、元気だった?」


そう言いながら、あたしは起き上がって、10年ぶりの彼の顔をしげしげと眺めた。

昔から色白ではあったが、久々に見る彼の顔は更に青白かった。

ハイネックの黒いシャツに黒いパーカー。

黒尽くめのスタイルのせいで、余計に顔色が悪く見えるのかもしれない。

天然の茶色がかった柔らかい髪は長めに顔にかかり、ちょっとビジュアル系のロックな感じだ。

それに良く合う色素の薄い茶色の瞳が、いつも彼をエキゾチックな雰囲気に見せていた。

少なくとも外見は、あたしが付き合った歴代彼氏の中ではナンバーワンだ。


喋れば、方言丸出しの田舎の男の子なんだけど。

ぱっと見イケメンの孝之だったが、その外見に似合わず、性格は真面目で気が利かなくて、頑固で硬派だった。

「よく告白されるのに、付き合ったらつまんないって言われてフラれる」のは昔から彼の悩みだった。


凝視しているあたしの視線を避ける様に、彼は顔を少し横に背けた。

その顔が少し赤くなって、照れているのは明らかだ。


「・・・あんまり元気じゃない。おまえは相変らずバカで元気そうだな」

「そんなことないよ。今、あたし、めっちゃヘコんでるもん。仕事はなくなるし、友達は結婚して子供いるし、気が付いたらクリスマスなのに彼氏もいないし、サイアクだよ」

「で、一人で酒飲んでグダグダしてんのか。オヤジくさっ!」

「オヤジで悪かったわね!どーせ、あたしはいき遅れだっつーの!」


コタツの上にドン!と缶ビールを叩きつけて、あたしは突っ伏した。

クスクスと苦笑する孝之の声が頭の上から聞こえる。


「・・・ごめんね、孝之。調子いいよね、あたし。突然呼び出したりして迷惑だった?」


コタツ布団に顔を埋めたまま、あたしは彼に問いかけた。


「・・・いや、嬉しいよ。覚えててくれたなんて思ってなかったから・・・ありがとう」


穏やかな声で彼は返事をする。


・・・ドキン!


あたしの胸の鼓動が速くなった。



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