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クリスマスのイルミネーションに光り輝く街並み。
行き交うカップルは肩を組んで、優しい微笑みを交し合う。
プレゼントの袋を抱き締めた子供を連れた幸せそうな夫婦は、何と満ち足りた表情で肩を寄せ合っているんだろう。
一年に一度、誰もが幸せな気分になれるクリスマスイブ。
その光景を、あたしは実家の電気コタツに一人で座り込んで、テレビで見ていた。
ニュースのリポーターはカップルを見つけては、イルミネーションに照らされた幸せそうな顔をアップにして、インタビューする。
僕達、結婚するんです、なんてテレビの前でのたまうバカップルもいて、あたしは缶ビールを飲みながらチっと舌打ちした。
恋多きキャリアウーマンだったあたしが、まさか35歳になった今、誰もいない実家で一人でクリスマスを過ごすハメになろうとは、誰が想像しただろう。
大学卒業後、大阪の出版社に就職して13年間勤務。
会社の中ではそれなりの役割を果たしてきた。
それなりでも華やかなキャリアウーマン街道を走ってたあたしが、何故、このクリスマスイブに一人で、田舎町の実家にいるのか。
理由はただ一つ。
会社が不況の煽りを受けて倒産したからだ。
11月の終わり頃、あたしが卒業してからずっと働き、それなりに地位を築いてきた出版社は、社長が勝手に破産宣告して従業員は一斉解雇された。
地元が大阪ではないあたしは、職安に出向いて失業保険の申請をした後、生活費を浮かす為に実家に戻ってきていたのだ。
就職活動は年内にしても絶望的だった。
よって、12月になって早々、久し振りの愛知県の実家に戻ってきたのだが、そこであたしは一つの現実に直面したのだ。
今まで仕事が忙しかったのと、大阪にいた時はそれなりに遊んでくれる友人がいたので、クリスマスに一人でいることなんてなかった。
彼氏は長いこといなかったけど、仕事が充実していたせいか欲しいと思う暇もなかった。
都会では、独身生活を謳歌している女の子は一杯いて、電話一本ですぐに誰かが遊びに付き合ってくれた。
その常識が田舎では通用しない事に、あたしは愕然とした。
まず、地元に友人がいない。
大学卒業後、大阪で一人暮らしをしていたあたしには、地元の交友関係はとっくに断ち切れていた。
僅かに地元に残っている女友達は、皆、結婚して2児の母。
「クリスマスイベントに行こう」なんて声掛けたら、「暇じゃねーよ!」と怒鳴られた。
一人身のあたしには分からないが、子育ては想像を絶する忙しさらしい。
実家に残っていた妹も結婚して、家を出て行った。
還暦を迎えた両親は、あたしが帰って来る事を知らなかったので、夫婦揃って「ヒロミ・郷のクリスマスディナーショー」へ行く予定にしていた。
東京で行われるそのイベントの為に、二人はいい年してホテルに一泊するらしい。
子育ても終わった老夫婦は、妹が結婚してから、突然、仲睦まじくなった。
娘としては喜ばしき事なんだろうけど、自分の境遇を思うと寧ろ腹が立ってくる。
「いい年して、何がヒロミ・ゴウだってのよ・・・」
空になったビールの缶を、あたしはテレビに向かって投げつける。
缶はコン!と乾いた音を立ててテレビの角に命中した後、コロコロと部屋の隅まで転がっていった。
酔いも回ってきて、あたしはしゃっくりをしながら、バタっと背中から仰向けに倒れた。
コタツが布団の代わりになって、このまま寝ても大丈夫だろう。
「こんなトコで寝てたら風邪引くよ?」なんて、誰が言ってくれる訳でもない。
「誰かいないのかなあ・・・暇そうな人」
コタツに仰向けで寝た姿勢のまま、あたしはケータイのアドレス帳を開いて、暇そうな友人を検索してみた。
ボーダホンの時代から使っているこのケータイには100人を越える交友関係がデータ化されている。
なのに、現在、稼動しているメンバーは10人にも満たないのは不思議な事だ。
ピッピッピッピ、と音を立ててアドレスをスクロールしていく内に、あたしの目に一人の名前が飛び込んできた。
『井沢 孝之』
その名前をあたしはしばらく見つめていた。
所謂、『元カレ』というヤツだ。
高校の同級生だった孝之とは卒業間際に付き合いだして、大学は別々だったものの、卒業してからも2年くらい続いていた。
とにかく、真面目で優しい人だった。
大学卒業後、あたしが大阪に出たのに対して、彼は地元に残って就職した。
遠距離恋愛を続けていたけど、別れを切り出したのはあたしだった。
今思えば、大した理由はなかった。
遠距離恋愛に疲れた事、都会の一人暮らしが楽しくて、地元で待ってる孝之に興味が薄れてきた事、当時、上司だった遊び上手な男性に声を掛けられて舞い上がってた事。
多分、彼は結婚も考えていたと思う。
でも、当時のあたしは順調だった仕事を辞めてまで、この田舎に戻って来る気はサラサラなかったのだ。
彼と結婚するという事は、自由な独身生活とやり甲斐のある仕事を捨てるという事だった。
それを踏まえて天秤にかけた結果、あたしは自分でも驚くほど、あっさり彼に分かれを告げた。
誠実過ぎる彼が、当時のあたしには重い存在になっていた事は確かだ。
電話の向こうで、孝之は反論もせず「分かった」とだけ言った。
しばらく、10年も前の記憶が走馬灯のように、あたしの脳裏を駆け巡った。
その孝之の電話番号が、今、目の前にある。
ワンプッシュで彼にかける事もできるのだ。
彼と別れてから10年。
その間、一度も連絡を取っていない。
もしかすると、孝之も結婚して子供がいるかもしれない。
誠実で家庭的だった孝之が、今でも独身貴族でいるとは思えなかった。
でも、一度思い出したら不思議なくらい彼に逢いたくなった。
今でも恋愛感情があるかと言えば、多分、そういう類の感情ではない。
ただ、何となく、昔を知っている人と語り合いたかった。
しばらく躊躇した後、あたしは思い切ってケータイの発信ボタンを押した。
ドキドキする胸を抑えて、あたしはケータイに耳を当てる。
ルルル、ルルル、というコール音が1回、2回と続いていく。
10回を数える直前、諦めたあたしが耳からケータイを離すその瞬間。
「もしもし?」
聞き覚えのある男性の声がした。