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モブは勇者に憧れない。 ~底辺配信者は、一度だけ本気を出すようです~

作者: 空ノ彼方
掲載日:2026/04/10

お久しぶりです

最後の投稿は4年ほど前ですかね?

久しぶりに新しく書いたので、楽しんでくれたら幸いです

 配信タイトルは、いつもと同じだった。


『【Stardust Frontier】今日も村人として生きる #128』


 画面の中央には、草原に面した小さな木の家があった。

 それは派手な建築でもなければ、効率を突き詰めた拠点でもない。 

 畑があり、柵があり、井戸があり、道端には申し訳程度のランタンが並んでいるだけ。

 

 ゲーム内の大きなイベントも、強いボスも、人気配信者なら飛びつくような目玉コンテンツも、彼――物部マサルはほとんど追わない。


 物部マサル。通称「モブ」。


 デビューから三年。所属事務所「ルミナプロ」の中で、彼はひどく地味な存在であった。


 マスコットのように愛される後輩がいて、爆発的なトーク力を持つ先輩がいて、歌で数字を伸ばす者がいて、短時間で切り抜かれる面白さを自分から作れる者がいる。

 そういう世界で、物部マサルはいつまでも「そこにいるだけの人」だった。


 だが、それが彼のモットーであった。

 

 ゲームの世界で主人公にならない。

 ストーリーを壊さない。

 無理に笑いを取りにいかない。

 誰かの見せ場を奪わない。

 ただその世界に自然に存在している、村人Aみたいな挙動を徹底する。


 普通の配信者なら、そこから一捻りあって芸になる。

 だが彼は、本当にそのままだった。


 積極的に絡みに行かない。

 リアクションは過不足なく、薄い。

 叫ばない。

 煽らない。

 負けても大袈裟にへこまない。

 勝っても誇らない。

 ゲーム内でレアなものを引いても「お、出ましたね」で終わる。


「はい。では今日は、小麦が少し足りないので……畑を広げていきます」


 落ち着いた、抑揚の少ない声だった。

 「眠くなる」というコメントがたまにつく。

 ただ、「安心する」というコメントも同じくらいつく。

 それはどちらも悪口にはなり切らない、微妙な評価だった。


『きた』

『今日も地味で助かる』

『#128でまだ畑広げてるのおもろい』

『この人ほんと冒険しないよな』

『生活感ある配信すき』

『村人RPガチ勢』


 モブはコメントを拾うことも少ない。

 拾うとしても紡ぐ言葉は短い。


「ありがとうございます」


「そうですね」


「たぶん、今日は家畜も増やします」


 それだけだ。


 視聴者は多くない。常連ばかりだ。

 コメント欄の流れも速くはなく、同じ名前が見慣れた調子で並ぶ。

 派手な配信ではないからこそ、その空気は居心地の良さすら感じた。


 ただ、それは数字の伸びない理由でもある。


 同じ箱の人気配信者が数万人を集める裏で、モブの同接は二桁前半から、良くて三桁に届くかどうか。

 事務所公式の集合サムネに映っても、コメントされることはない存在感。


 にもかかわらず、その日ばかりは配信枠の待機人数がいつもより明らかに多かった。 

 理由は簡単だ。


「今日は途中から配信枠変わります。大型企画があるので」


 事務所の大型企画――所属配信者全員参加の長時間コラボ。

 

 普段、全くコラボなどにも参加しないモブ。

 しかし()()()()と銘打たれてしまっては、流石のモブも参加しないわけにはいかなかった。

 

 ゲームは『Craft World Online』

 自由度の高いサンドボックス型ゲームで、建築も探索も対人戦も可能な、企画向きのタイトルだった。

 昼は資源集め。ミニゲームなどを挟みつつ、夜はチーム対抗のミニゲームを行う。


 普段ほとんどコラボをしないモブにとって、まるで別世界のような企画である。


『今日はまじで貴重』

『モブさんのコラボ、都市伝説じゃなかった』

『ちゃんと他人と会話できるの?』

『その言い方やめろw』

『今日は村人じゃなくて人間になれるか』

『箱企画の中に一人だけ野良NPC混ざってる感ある』

 

 そんなことを話しているうちに配信が終了する。

 事前の告知通り、コラボに合わせて、配信を変更した。


 数少ない視聴者たちは、一斉に新しい配信枠に移動した。 

 配信タイトルは、変わらず地味だった。


『【事務所全体コラボ】全員参加らしいので端っこで生きます【クラフト開拓サバイバル】』


 サムネイルも地味だった。灰色の背景に、白い文字が小さく並んでいるだけ。

 右下に、申し訳程度に本人の立ち絵が置かれている。


「どうも。……えー、こんにちは。事務所の全体コラボということで。たぶん、いろんな人がいます。自分は、まあ、いつも通り……目立たない感じでやろうと思います。よろしくお願いします」


 平坦すぎず、かといって明るすぎもしない声だった。

 聞き流そうと思えばいくらでも聞き流せる。雑踏の中でぎりぎり拾える、無害な声。


 コメント欄が、いつものように静かに流れ始める。


『きた』

『来ました』

『全体コラボ助かる』

『果たして見つかるかな』

『埋もれに来た』

『タイトルで笑う』

『端っこ宣言やめろ』

『でもそういうとこ好き』


「ありがとうございます。見つけてもらえたなら、今日はたぶんもう仕事の半分終わってます」


『始まってすぐ終わるな』

『見つけるのがコンテンツ』

『かくれんぼ系配信者』

『今日は箱企画だからもう少し喋って』


「善処します」


 画面が切り替わり、事務所の全体コラボサーバーが映る。


 開始地点の大広場には、すでに何人ものライバーアバターが集まっている。

 色味の強い衣装。動きの大きいエモート。賑やかな挨拶。ボイスチャット越しでも華やかさが伝わってくる。


「うわーっ、全員いる!?」

「ちょっと待って、人数多すぎて酔う酔う酔う!」

「まず集合写真じゃない!?」

「みんなこっち、こっち寄ってー!」


 わっと広がる声の洪水の中で、モブは数歩だけ後ろに下がった。

 誰かの背中に隠れるような位置で立ち止まり、カメラを少し引く。


『もう後ろにいる』

『定位置』

『始まって30秒で端』

『写真に写る気ある?』

『保護色みたいになってる』


「一応、いますよ」


 言いながら、本人のアバターは本当に見失いそうな位置にいた。

 前列でピースをしている派手な先輩の肩と、ぴょんぴょん跳ねる後輩の羽根にちょうど挟まれている。

 スクリーンショットをあとで見返したら、「どこ?」と探すタイプのやつだった。


 全体チャットでは、主催役のスタッフがルール説明をしている。

 4チームに分かれ、前半は自由開拓。後半に対人戦の予定のようだ。


 優勝チームには特製トロフィーオブジェと、次回大型企画の優先権。

 勝敗もあるが、全体としてはお祭りを楽しんでほしい――そんな内容だった。

 

 参加ライバーたちは四チームに分けられ、それぞれ拠点を構え、制限時間内に資源確保・装備作成・陣地攻略を行い、最終的なポイントで勝敗を決めるらしい。

 単純な対人戦ではなく、建築・防衛・探索・討伐など複数の要素が絡む形式だった。


 チーム分けが発表される。


「赤チーム!」

「青チーム!」

「黄チーム!」

「緑チーム!」


 モブは、青チームだった。


 そして同じチームの名前が読み上げられた瞬間、コメント欄の速度が少しだけ上がった。


『お?』

『あっ』

『セリナちゃんと一緒じゃん』

『これは珍しい』

『同期きた』


 その名は、星見セリナ。


 事務所のエース。

 モブと同時にデビューした、いわゆる同期という関係だ。

 『目立つセリナと、目立たないモブ』という対象的な組み合わせとしてデビューした通り、最初からひときわ目立つ存在だった。

 

 抜群に通る声。人懐こい笑い方。誰とでも会話を回せる軽やかさ。

 ゲームの実力も平均以上。歌も雑談も強い。企画でも中心に立てた。

 

 デビューから三年での登録者の増加は衰え知らず。

 今では事務所の顔の一人になっている人気配信者だ。


 その彼女が、青チームの合流地点で声を上げる。


「えっ、モブくん同じチーム!? やった、同期いるじゃん!」

「どうも。同じチームですね、セリナ」

「どうも、じゃないのよ。もっとさ、喜んで?」

「嬉しいですよ」

「声に出して!?」

「嬉しいです」

「薄いなあ!」


 からからと笑う声。

 それだけで場が少し明るくなる。


『セリナちゃんだ』

『同期だー!』

『温度差すごい』

『セリナちゃんが拾ってくれるのありがたい』

『会話が成立してるようで成立してない』


「モブくんってさ、コラボほんと来ないよね。久しぶりに喋った気がする」

「呼ばれれば行きますよ。呼ばれないだけで」

「つまり来てないってことじゃん! 今日は見失わないようにしよ!」

「難しいかもしれないです」

「なんで本人が自信ないの」


 セリナは、声だけで分かるくらい楽しそうだった。

 誰に対しても壁がない。

 気遣いを気遣いとして見せない。

 同期という関係もあってか、モブに対してだけ少し遠慮のない物言いをする。その距離感が、画面越しにも自然だった。


「セリナちゃーん!」


 モブの背後で、セリナを呼ぶ声が聞こえる。 

 

「はーい! じゃあね、モブくん。今日は目立ってね?」

「善処します。セリナも頑張ってください」

「うん!」


 そう言って、セリナは立ち去って行った。


『モブさんが名前呼び捨てしてるの初めて聞いたかも』

『先輩にも後輩にも敬語だからな。同期のセリナちゃんだけかも』

『なにそれ逆に良い』

『ゲームのNPCにも腰が低いんだよな、この人……』

 

「セリナはチームの中心として作戦会議ですか。頑張ってますね。同期として鼻が高いです」


『じゃあモブさんも頑張りなよ……』

『モブにそんなことを期待しちゃいけない』

『なんてったってモブだからな』


 好き勝手言っているコメント欄を横目に、モブも歩き出した。

 

「じゃあ、自由時間スタートでーす!」


 号令と同時に、ライバーたちが四方八方へ散っていく。

 鉱山へ向かう者。木材集めを宣言する者。拠点建築を始める者。ひたすら雑談をする者。序盤から高所に登って落下する者。


 モブはその騒ぎを数秒眺めてから、近くの低木を殴り始めた。


「とりあえず木を……。こういうのは木からなんで」


『知ってる』

『説明がRPGの村人』

『その通りすぎる』

『モブさんの配信だけ時速が違う』

『他枠めっちゃうるさいのにここ落ち着く』


 周囲では、同じ事務所のライバーたちが次々と彼の横を通り抜けていく。


「あ、モブくんいた! 何してるの?」

「木ですね」

「見れば分かる! 一緒に冒険行かない?」

「遠慮しておきます。たぶん、自分いるとテンポ落ちるんで」

「そんな断り方ある!?」


 去っていく相手の笑い声。

 コメント欄も少しだけ速くなる。


『会話成立してない』

『誘い方が悪いだろw』

『テンポ落ちるんで草』

『本人に悪気が全くないのが分かる』

『モブすぎる』


 それでも、誰かが話しかければ、それなりに返す。

 ただ、そこから先へ繋がらない。

 相手が「じゃあまたねー!」と走り去れば、「はい、どうも」で終わる。

 雑談の広がりも、ボケの応酬もない。まるで本当に、RPGのフィールド上で話しかけると一往復だけ台詞をくれるNPCだった。


 自由開拓の時間はそんな調子で過ぎていった。


 木を集める。

 石を掘る。

 余った食料をチェストに入れる。

 壊れかけた橋を誰にも言わずに直す。

 誰かが置きっぱなしにした作業台を使いやすい位置に寄せる。

 拠点の片隅に、なぜか妙に見やすい倉庫ラベルだけが増えていく。


『地味に仕事してる』

『こういう人が一番ありがたい』

『誰も見てないところの整備が早い』

『主役の裏で世界回してる人』

『NPCというよりシステム担当』


「いや、まあ……散らかってると使いにくいんで」


 そう言って、彼は誰かが雑に投げ入れた資材箱の中身をきれいに仕分ける。

 石材、木材、鉱石、食料、その他。

 整理されたチェストの列は、見ていて妙な満足感があった。


 やがてちょっとしたミニイベントが始まり、参加者全員で簡単な障害物レースをすることになった。

 盛り上がるにはちょうどいい催しだ。アスレチック得意勢が騒ぎ、苦手勢が悲鳴を上げる。


 モブは中ほどの順位で淡々と進んだ。

 上手すぎず、下手すぎず、本当に中ほどだった。


『ちょうどいい』

『中の中』

『すごくモブ』

『絶妙に目立たない』


「落ちもせず、勝ちもせず、ですね。いい感じです」


『本人は満足げ』

『基準が違う』

『この人だけゲームの評価軸違うんだよな』


 そして配信開始から二時間ほどが経ち、後半戦のメイン企画――チーム対抗戦が始まった。


 だがチーム戦が始まると、青チームの空気は微妙にちぐはぐだった。


 賑やかなメンバーは多い。

 会話も絶えない。

 盛り上がりもある。


 ただ、勝ち筋に向けた統率が薄かった。


「ねえ、せっかくだし拠点めっちゃ可愛くしない?」

「分かるー! どうせなら映えるやつ!」

「敵来た時に花火飛ぶ仕掛けとか作れない?」

「面白い!」

「誰か資材お願い!」

「私、羊の色揃えてるー!」

「防具? そのうち作る!」


 楽しそうではある。

 見ている分にはかなり楽しい。

 だが勝負としては、どう見ても危うい。


 モブの画面には、チーム共用倉庫の中身が映っていた。

 木材不足。鉄不足。食料ぎりぎり。装備は中途半端。防衛設備は見た目重視。資源ルートの共有なし。

 その一方で、拠点中央には無駄に立派な噴水ができつつある。


『あー、これは……』

『楽しそうだけど……』

『青チーム、雰囲気はいい』

『文化祭前日みたい』

『優勝より思い出作りの空気ある』

『モブさんの画面だと現実が見えるの草』


「まあ……賑やかではありますね」


 モブはそう言いながら、黙々と不足資材を補っていた。

 最低限の装備を作り、チェストに入れ、遠回りで安全な採掘ルートを見つけ、誰かが落とした食料を回収し、崩れた柵を直す。


 何人かが「助かるー!」と通りすがりに言う。

 彼は「どうも」と返す。

 それだけだった。


 中盤、チームごとの小競り合いが始まる。


 赤チームは火力が高い。

 緑チームは統率が取れている。

 黄チームは奇策が多い。


 青チームは、華やかだった。

 それが長所であり、短所でもあった。


 敵襲の報告が入っても、誰かが面白い返しをして笑いに変える。

 資材が足りないと言えば、「じゃあ素手で行こうぜ!」みたいなノリが返る。

 本気で戦っていないわけではない。

 ただ、「勝つために最適な選択をする」より、「今この瞬間の配信を面白くする」方へ自然と舵が切れている。


 エースであるセリナも、その空気の中心にいるようで、しかし不思議と煽りすぎない。

 明るい声で流れを作りつつ、崩れそうな会話を拾って回している。


「オッケーオッケー、じゃあ一旦、作れる人だけ装備作ろ! 可愛い拠点は可愛いんだけど可愛いだけだと殴られるから!」

「それはそう!」

「セリナちゃんが正論だ!」

「いや私も噴水には加担したけど!」


『セリナちゃんずっと偉い』

『空気壊さずまとめてるの強い』

『人気出るの分かる』

『同時にモブさんが裏方すぎる』

 

 そうしているうちに、運営側からのアナウンスがあった。

 長時間配信になることもあり、30分ほど対戦禁止時間になるとのことである。

  

 やはり長時間喋り続けていて疲れたのか、大半の配信者は一度休憩を取るようであった。

 多くのアバターがその場で立ち止まっている。

 

「では自分も休憩しますか。……その前に、資材の整理をしていからですね」


『おけ』

『了解です』

『どこが勝つかな?』

 

 ここまでを通して、青チームと他チームの点差はじわじわ開いていった。

 勝敗予想を出す視聴者コメントでも、青は最下位と予想しているコメントが多い。


 そんな折だった。


 拠点裏の資材置き場。

 さっきまでわいわいしていた声が少し遠のき、周囲に他チームの気配もない一角で、偶然、モブの画面にセリナのアバターが映り込んだ。


「……あ、モブくん」

「どうも」

「どうも、じゃなくて。ずっと倉庫番みたいなことしてない? 大丈夫?」

「まあ、向いてるんで」

「向いてるんだ……」


 セリナが笑う。

 少しだけ、いつもより力の抜けた笑い方だった。


「セリナは休憩しないんですか?」

「ん? 今休憩してるよ? ゆっくりしてるじゃん」

「……チームのリーダーってのも大変ですね」


 近くに他の配信者はいない。

 パーティー全体の喧騒だけが遠くに聞こえている。

 拠点裏の影に並んだ木箱と、夕暮れ色の空。モブは石壁の補修をしながら、セリナはその横で跳ねもせず立っていた。


『二人だ』

『同期会話たすかる』

『なんかレア』

『この距離感いいな』


「青、やばそうですね」

 

 先ほどコメント欄で話題になっていたこともあり、ふとそんな言葉が飛び出してきた。

 

 モブがそう言うと、セリナは少しだけ間を置いた。


「……そうだねえ。やばいね」

「楽しいですけど」

「うん。楽しいは楽しい」


 彼女の声は普段と同じように明るい。

 少なくとも最初の数秒は、そう聞こえた。


 画面の端で、モブが作業の手を止める。

 コメント欄も、なんとなく静かになる。


「でも、みんなたぶん、もう半分くらい“面白い負け方”の方に寄ってる気はします」

「……あはは」

「違ったらすみません」

「いや。……違わない、かも」


 セリナのアバターが、ほんの少し下を向いたように見えた。

 ゲームのモーションとしては、ただ視点を落としただけかもしれない。それでも、不思議とそう見えた。


「なんかさ」


 そこで、彼女の声色が、ほんのわずかに変わった。


「みんな楽しくやってるし、それは全然いいんだけど」

「はい」

「……それでも悔しいんだよね。”負け方”を探す。なんてさ」

「そうですね」


 その一言だけ、妙に生っぽく聞こえた。

 いつもの、場を明るく繋ぐための声ではない。

 誰かに聞かせるために整えた声でもない。


「別に、こう、勝ちだけが全てじゃないのも分かるんだけどさ」

「はい」

「でもせっかくチームなんだし、勝ちたかったなって。……ごめん、なんか変なこと言った」


『え』

『お』

『おお……』

『なんか今』

『セリナちゃんの本音だ』


 コメントが流れた、その次の瞬間。


 モブが、いつもの薄い調子のまま言った。


「まだ、自分の配信、音載ってますけど」


 数秒。

 本当に、数秒の沈黙があった。


 遠くでは誰かが「うわー落ちたー!」と叫んでいる。

 風のSEが吹く。

 拠点のかまどがぱちぱち鳴る。


 セリナのアバターが、ぴくっと跳ねた。


「……え?」

「配信」

「え?」

「自分の方」

「え、ちょ、え、うそ、待って」


 声が一気に素になる。

 普段の華やかな配信声より、少し高くて早い。


「で、でも、モブくん全然喋ってなかったし……!」

「自分の配信はいつもこんな感じですよ」

「待って待って待って、私、ミュートにしてたの自分の配信だけ――」

「はい」

「え、じゃあ今の」

「たぶん、乗ってますね」

「やばっ……え、やだ、やだやだやだ! ちょ、聞かなかったことにして!」

「そうですね。視聴者にもお願いします」

「お願いして!? 本気でお願いして!? ほんとに!」

「わかりました」

「うわああ最悪! ちが、最悪っていうか最悪なの私なんだけど! もう、もう忘れて! いい!? 忘れて!」

「はい」

「絶対だよ!」

「善処します」

「そこは約束して!?」


 言うだけ言って、セリナはそのまま駆け去っていった。

 去り際にジャンプを一回失敗して小さく引っかかり、余計に慌てた感じになっていた。


 コメント欄が一気に加速する。


『かわいい』

『オフレコ事故www』

『今の本音か』

『セリナちゃんガチで悔しかったんだ』

『聞かなかったことにして草』

『モブさんの「ついてますけど」平坦すぎる』

『温度差で風邪ひく』

『今の絶対切り抜かれるやつ』

『巻き戻し不可なの?』

『この枠アーカイブどうするんだ』


 モブは少しだけ画面をチェストに向けたまま、咳払いもせずに言った。


「えー……今のところ、たぶん後で該当箇所は編集します。アーカイブ巻き戻し不可ですし、今見ている人が黙っていれば漏れることはないと思います。今録画していた人は切り抜き禁止。当然口外禁止です」


『了解』

『承知』

『口外しません』

『墓まで持っていく』

『忘れろビーム!!』

『我々は何も聞いていない』

『ここにいる全員、石になる』

『チャット欄の守秘義務』


「ありがとうございます。たぶん皆さん、そこまで多くないので……管理しやすくて助かります」


『自虐やめろw』

『少人数なのを今だけ利点にするな』

『こういう時だけ古参の結束が強い』

『任せろ』

『モブ軍団、緘口令』


「じゃあ、忘れてください」


『はい』

『はい』

『はい』

『でも忘れられない』

『あれは刺さる』

『セリナちゃん、いつも明るいから余計にね』


 そこからしばらく、モブは黙って作業を続けた。

 画面には、整えられていく倉庫。

 補強される防壁。

 消耗品の並び替え。

 遠くで続く味方の明るい声。


 そして数分後、彼はぽつりとだけ言った。


「セリナ、あんなこと思っていたんですね」


『ん?』

『急にどうした?』

『俺たちは何も知らないぞ』

『キイテナイ。ミテナイ』


 ちゃんと約束を守ってくれている視聴者にフッと笑い、一言呟いた。


「……すみません。今回は、いつもの感じにできないかもしれないです」


『え』

『お?』

『どうした』

『珍しいこと言う』

『モブさん?』


「ちょっと、本気でやろうと思います」


 コメント欄が止まる。

 一瞬置いて、爆発する。


『は???』

『本気って概念あったの!?』

『えっっっ』

『激アツ』

『聞き間違いか?』

『今なんて?』

『ついにラスボス起動』

『古参、これどういうこと?』

『いや待って』


 数少ない古参らしき視聴者が、早めに反応した。


『来るぞ』

『見たことない人はマジで驚くと思う』


「いや、期待はしないでください」


 そう言う声も、まだいつも通りだった。


『それでは、休憩時間終了ということで、対戦再開です!』

 

 だがアナウンスがあった瞬間から、配信の質感が少し変わった。


 まず彼は、共用チェストの中身を一瞥しただけで必要物資を最短で見繕い、防具、食料、回復、予備ツールを一気に組んだ。

 無駄がない。操作が早い。メニューを開いて閉じるまでの手数が異様に少ない。


『手速』

『あれ?』

『なんか急に……』

『装備作成が早い』


「青チーム、いま装備ない人、倉庫左二列に一式あります。食料は右、矢は奥。予備ピッケルもあります」

 

 その声が、さっきまでと違った。


 音量は大きくない。

 叫んでもいない。

 なのに通る。


 平坦なだけだった声に、芯が入る。

 情報を渡すための声になっている。


 近くにいた味方ライバーが即座に反応した。


「え、まじ!? 助かる!」

「誰だこれ整理したの!?」

「北西の採掘路、二本目は行き止まりなんで、一番左だけ掘ってください。鉄と石炭まとまってます」

「なんで把握してんの!? っていうかこの声誰!?」

「さっき見たので」


 いつもとあまりにも違う声色に、誰もそれがモブだと気が付かない。

 しかし、名前を出すこともなく、モブは行動を続ける。

 

 そのまま彼は拠点を飛び出した。

 カメラの振りが速い。視点移動に迷いがない。段差を一切引っかからず越え、障害物の合間を縫うように走る。


 道中で敵チーム二人と遭遇。

 彼は素早い動きで射線をずらし、味方打ちで一人を撃破。焦って突っ込んできたもう一人を崖まで誘導し、落下させた。


『は????』

『うっま』

『動きが別人』

『今の何』

『戦わずに勝ってる』

『判断がやばい』

『誰!?』


「正面からやると人数不利なんで。運びます」


 言いながら、背負った資材を拠点に戻す。

 寄り道の途中で、敵が通りそうな細道に一瞬で簡易トラップを置き、気づかれない角度で草むらに埋める。

 次の瞬間、別ルートから来た敵が見事に踏んで転落した。


『うわ』

『えぐ』

『罠の置き方がきたないw』

『いや上手い』

『さっきまで木こりしてた人?』


 青チームのVCもざわつき始める。


「え、いまの誰がやった!?」

「知らない声なんだけど!?」

「北東から来る二人、片方だけ弓あるんで先に右倒してください。左は近接です」

「なんで分かるの!?」

「見えたので」

「見えたので、で済む!?」


 コメント欄が笑いと困惑で埋まる。


『急に軍師』

『言ってることが全部具体的』

『見えたので、じゃないんだわ』

『いつものテンションとの落差』

『声違くない?』

『なんか普段より低く聞こえる』

『集中してる人の声だ』


 作っているわけではないのだろう。ただ、本気で状況を読んで、最短で言葉を出しているせいで、余計な間も抑揚も消えている。

 その結果、普段の「埋もれる普通さ」ではなく、研ぎ澄まされた無機質さに近い響きになっていた。


 彼は目立つ撃破数を稼ぐのではなく、まず青チーム全体の土台を整え始めた。

 資源供給。

 装備の均一化。

 無駄な移動の削減。

 敵ルートの観測。

 要所の補強。

 崩れた時の再集合地点の設定。


 そのどれもが地味で、だが勝率に直結するものばかりだった。


『派手さの前に勝ち筋作ってる』

『これガチで理解度高い人だ』

『エグイエグイエグイ』


 流れが変わったのは、中盤の拠点争奪だった。


 点差では依然青チームは不利。

 だが相手チームも「青は盛り上がり重視」と見て、やや警戒を緩めていた。


 そこを、モブが突いた。


「中央旗、いま緑が薄いです。青三人で正面騒いでもらって、二人は右回り。自分が裏のから内部に侵入します」

「え、できる?」

「できます」

「言い切った!?」


 彼は先行して中央へ向かう。

 敵拠点の建築構造を一度見ただけで把握しているのか、迷いなく死角へ入り、足場を一段だけ壊し、そのまま旗の裏側へ滑り込んだ。

 正面では青チームの賑やか勢がいつも通り大騒ぎしている。だがそれすら囮として機能し始めていた。


「うわ、誰か来てる!」

「青、正面多くない!?」

「いや裏! 裏いる!」


 遅い。

 モブはすでに目的だけを終えて引いていた。

 奪取条件を満たし、ポイント更新の音が鳴る。


『取ったああああ』

『うそだろ』

『今の流れ綺麗すぎる』

『青チーム急に勝負してる!』

『モブさん、仕事人すぎる』


 青チーム側のVCが爆発する。

 


「やったああああ!」

「え、待って待って、ほんとに取った!?」


 その歓声の中で、一人だけ、少し遅れて聞こえた声があった。


「……モブくん?」


 セリナだった。

 コメント欄もすぐ反応する。


『あ』

『セリナちゃん気づいた?』

『同期だけ分かるやつか』

『俺たちでも見てないと分からないのに』


 だがセリナは、それ以上は何も言わなかった。

 代わりに次の局面から、彼女の動きが少し変わる。


「青、今いける! 拠点守り二人残して、前出れる人前!」

「セリナちゃん了解!」

「次どうする!?」

「右手の丘押さえれば射線通ります」

「オッケー、右丘取ろう!」


 彼女は、彼の指示を拾うのが早くなった。

 明るい声のまま、チーム全体に通る形へ翻訳して流す。

 モブが見つけた勝ち筋を、セリナが空気を壊さず共有する。

 その連携が妙に自然だった。


『言葉の受け渡しが早い』

『同期連携きた』

『熱い』

『この二人の温度差が逆に噛み合ってる』


 試合は後半へ進む。


 ここから、モブのプレイはさらに目立ち始めた。


 崖際で敵三人を相手にしながら、真正面の撃ち合いではなく地形を生かして各個撃破。

 味方の退路が塞がれた瞬間、敵のヘイトを買いながら退路を開く。

 敵のチェスト位置を読み、補給線を切る。

 わざと一度見つかって追わせ、味方側の狭所に誘導して各個撃破の形にする。


 そのどれもが、派手な無双というより、綺麗な攻略だった。

 だが結果だけ見れば、十分に無双だった。


『これもう主人公だろ』

『いや主人公になってしまってる』

『モブどこいった』

『NPCが裏ボスだったパターン』

『普段何してんだこの人』

『情けない配信しかしてなかったのに』


「情けない配信はしてますよ」


『否定しないの草』

『そこは自覚あるんだw』


 終盤、総ポイントは僅差になった。


 赤と青の一騎打ち。

 残り時間は少ない。

 最後の大型目標を取った方が優勝、という状況。


 事務所全体の空気も最高潮だった。

 各視点から悲鳴と歓声が飛び交い、公式ハッシュタグも動いている頃だろう。


 そんな中でも、モブの配信は不思議と状況が見やすかった。

 カメラが無駄に揺れない。

 情報が整理されている。

 何を狙って、何を捨てたのかがはっきり分かる。


『見やすすぎる』

『配信者向きかどうかはともかく観戦向きではある』

『実況なくても分かる』

『今どこが重要か全部伝わる』


「赤、正面強いんで、ぶつからない方がいいです。セリナ、左から音だけ出してもらえますか」

「オッケー! 派手にやる!」

「自分、裏いきます」

「了解!」


 セリナの声が弾む。

 いつもの明るさの中に、明確な熱が混じっている。


 彼女は左側で大きく騒ぎ、敵の注意を引きつける。

 青チームの他メンバーも、そのノリに乗って前へ出る。

 歓声と雑音が膨らむ。


 その裏で、モブは誰にも見つからない最短ルートを抜けた。

 事前に設置しておいた足場。序盤に作れられ使われなくなった抜け道。

 敵がさっき壊した壁の隙間。全部、最初から見ていたかのように利用していく。


 大型目標前の制御装置にたどり着き、操作を開始。

 そこれやっと敵が気づいた。

 だが遅い。


「裏! 裏いる!!」

「誰!?」

「止めろ止めろ!」


 追ってきた一人を足止め。

 二人目の射線を壁で切る。

 三人目にわざと一発見せて位置をずらさせる。

 操作完了まで、あと少し。


 その時、正面でセリナの声が響いた。


「モブくん、上!!」

「了解です」


 短い返答と同時に、天井を突き破って敵が降ってくる。捨て身の奇襲攻撃であった。

 しかし、モブは落下地点を予測し地面に穴を開ける。敵はそのまま落ちていった。

 大型目標起動。

 青チームにポイントが加算される。

 そのタイミングで、制限時間終了の鐘が鳴った。


 勝利のSEが鳴る。


 ほんの一瞬、誰もが理解に遅れた。

 次の瞬間、青チームVCが弾ける。


「勝ったあああああ!!」

「うそでしょ!?」

「やばいやばいやばい!」

「青が優勝!?」

「声、モブくんだって!」

「モブくん!? 何者!?」

「すごっ、すごっ、え、すごっ!!」


 コメント欄も、もはや追えない速度になっていた。


『うおおおおおお』

『優勝したあああ』

『青逆転優勝!?』

『モブさんやばすぎる』

『伝説回だろこれ』

『切り抜き確定』

『今日初めて見たけど何者?』

『別人じゃないの?』

『普段からこれやれよ!』

『いや普段やらないから今日が熱いんだろ!!!』


 画面の中央で、青チームに優勝演出が出る。

 花火が上がる。

 トロフィーが出現する。

 味方たちがその場で跳ね回り、エモートを乱舞させる。


 その中で、モブのアバターだけは、少し後ろで立っていた。

 また半歩引いた位置だ。

 それなのに今日ばかりは、そこにいるだけで目立って見えた。


「おめでとうございます」


『お前もだよ』

『他人事みたいに言うな』

『主役が後ろに下がるな』

『最後くらい前出ろw』


 勝利後のわちゃわちゃが一段落した頃、セリナが近くに来た。

 彼女のアバターが、画面の真正面に立つ。


『セリナちゃんきた』

『セリナちゃんだけがモブの場所に気が付くんだよな』

『エモい』

 

「……モブくん」

「はい」

「なんで本気出してたの?」

「なんででしょう」

「とぼけるなー」


 声は笑っている。

 けれど、どこか確かめるようでもある。

 モブは少しだけ間を置いた。

 その間さえ、彼の配信では珍しく見えた。


「……勝った方が楽しいじゃないですか」


 たったそれだけ。

 具体的な説明はない。

 誰の言葉を聞いたかも言わない。

 何をきっかけにしたかも言わない。


 ただ、その一言だけが落ちる。


 セリナの方も、数秒黙った。

 それから、いつもの少し大きめの笑い声をこぼした。


「そっか」

「はい」

「じゃあ、……ありがと」

「どうも」

「そこは“どういたしまして”とかないの?」

「……どういたしまして」

「遅いんだよなあ!」


 からっとした笑い声が戻る。

 でも、その「ありがと」は、さっきまでとは少しだけ違って聞こえた。


『いい』

『よすぎる』

『同期……』

『これ以上言わないのがいい』

『ずるいなぁ』


 その後の全体締めでは、他のライバーたちが口々にモブをいじった。


「モブくん、今日だけ主人公だったじゃん!」

「いや本当に誰!? ってなったんだけど!」

「次からもそのテンションで来て!?」

「難しいと思います」

「なんで!?」

「疲れるので」

「正直でよろしい!」


 笑いに包まれてコラボは終わる。

 一人ずつ通話を抜け、配信を閉じていく。


 モブの枠だけが最後まで残った。


 静かになったサーバー。

 花火の残骸。

 優勝トロフィーの前で、彼のアバターが立っている。


「……はい。というわけで、終わりました」


『おつかれさま!』

『最高だった』

『神回ありがとう』

『アーカイブ残る?』

『切り抜き増えそう』

『登録した』

『初見だけど好きになった』


「たぶん、少し編集して残します。該当箇所だけ切って」


『何のこと?』

『忘れろビームを食らったので、なにも知りません』

『俺は誰? ここはどこ?』


「ありがとうございます。助かります」


 コメント欄はまだ熱いままだった。

 今まで見たことがない速度で流れている。

 普段なら一分間に数件の枠で、今日は十倍以上はあるかもしれない。


 それでも、モブの声はいつものトーンに戻りつつあった。


「えー……今日は、珍しくちゃんとゲームしました」


『珍しくのレベルじゃない』

『封印解除だった』

『普段なんなの』

『本気出せば強い系主人公じゃん』

『でも次も見たい』


「次はたぶん、普通に戻ると思います」


『えー』

『もったいない』

『なんで』

『伸びるぞ!?』

『今日でバズるぞ!?』


「まあ……それはそれとして。自分、いつもの方が楽なんで」


『ブレないなあ』

『そこがいい』

『だから好きなんだけど』

『今日知った人は困惑するだろ』


「困惑したままでいてもらえれば」


 その言い方が、少しだけおかしかった。

 コメント欄に笑いが流れる。


『今日だけちょっと面白い』

『勝ったから余裕あるな』

『いや元々こういう乾いた返しはある』


「あと、切り抜かれるとしても、たぶん変なタイトルになると思うんで」


『“埋もれてた同期が実は最強だった件”』

『“全体コラボで空気だった男、最後に全部持っていく”』

『“NPCだと思ってたらラスボス”』

『全部ありそう』


「やめてください。恥ずかしいので」


『恥ずかしがる概念あったんだ』

『今日一番の驚き』

『トレンド入りしろ』


 配信はそこで終わるかと思われた。

 だが、彼は少しだけ迷うように立ち止まり、それからトロフィーの前を離れた。


「……せっかくなんで、ちょっとだけ片付けます」


『は?』

『片付け?』

『優勝の余韻どこいった』

『らしすぎる』

『ほんとにモブで笑う』


 彼は拠点へ戻り、散らかったチェストを開けた。

 使い残した食料、半端な建材、途中で脱ぎ捨てられた防具、ぐちゃぐちゃのまま押し込まれた資材。

 それをいつものように淡々と分類していく。


『通常運転だ』

『帰ってきた』

『安心する』

『この落差たまらん』

『さっきまで優勝の立役者だったのに今は倉庫整理してる』


「たとえ今日このサーバーが消えるとしても、終わったあと汚いと、なんか落ち着かないので」


『分かる』

『でも今やる?』

『この人の美学だ』

『主人公が片付けしてる』


 片付けが終わる頃には、コメント欄もようやく落ち着いてきていた。

 初見らしき名前も増えている。

 登録報告もちらほら流れる。


『登録しました』

『今日初見でした、普段もこんな感じ?』

『普段のアーカイブ見れば分かる?』

『たぶんびっくりするぞ』

『今日から来ました』


「初めて来た方は、たぶん今日の感じを想像しない方がいいです。だいたい、もっと何も起きないので」


『予防線を張るな』

『正直』

『でもそれで見に来る人もいる』


「何も起きないのを見に来るのも、まあ、いい趣味だと思います」


『自己評価低いw』

『褒めてるのに』

『その感じも含めて好き』


 ようやく配信終了の挨拶に入る。


「では、今日はこの辺で。来てくれてありがとうございます。該当箇所は編集します。切り抜きは……たぶん好きにされると思うので、まあ、その時は、はい。よろしくお願いします」


『おつかれさま!』

『最高だった』

『おつモブ』

『次も楽しみ』

『神回ありがとう』


「おつかれさまでした」


 そこで配信は終わった。


 ――そして数日後。


 切り抜きは案の定、好き放題に出回った。


『箱コラボで空気だった男、終盤だけ全てを破壊する』

『誰も注目してなかった同期、実は最強格でした』

『【モブくん?】同期だけが気づいた黒幕の正体』

『NPCだと思っていたら化け物だった配信者』


 再生数は伸びた。

 SNSでも話題になった。

 元枠が掘り起こされ、「あの地味な人は誰だ」と一時的な騒ぎにもなった。


 そして、その次の通常配信の日。


 配信タイトルはこうだった。


『【Stardust Frontier】今日も村人として生きる #128【特に事件は起きません】』


 開始数分、少し増えた視聴者たちがざわざわしている。


『きた!』

『例の人!?』

『無双配信者だ』

『今日は何するの』

『本気モードある?』

『初見です、先日の切り抜きから』


 モブは、いつも通りの、埋もれるような声で言った。


「どうも。えー、今日は道端にベンチを置きます」


『え?』

『ベンチ?』

『温度差w』

『もっとこう……戦わないの?』

『前回のあれは?』


「前回のあれは、たぶん、もうしばらくないです」


『ないんだ』

『即封印』

『なんでw』


「疲れるので」


『またそれか』

『でも嫌いじゃない』

『通常回も見てみるか』


 画面の中で、彼は木材を集める。

 石を削る。

 道の脇に、等間隔でベンチを置いていく。

 本当に、それだけだった。


 コメント欄は戸惑い、やがて少しずつ順応していく。


『……いや、これはこれで落ち着くな』

『BGMみたいな配信だ』

『さっきから通行人に座られてるのちょっと嬉しい』

『地味だけど街が良くなっていく』

『前回の切り抜きから来たのに普通に見てる自分がいる』


「ベンチあると、ちょっと生活感が出るんで」


『急に分かる気がしてきた』

『この人の配信、世界の隙間を埋める感じなんだな』

『派手じゃないけど嫌いじゃない』


 さらにしばらくすると、古参たちがいつもの調子でコメントし始める。


『新規さんへ。これが通常運転です』

『本当に事件は起きません』

『でもたまに起きると前回みたいになる』

『埋もれることに全力な人』


 モブはベンチをもう一つ置いて、少しだけ位置をずらした。


「……こっちの方が、景観に馴染みますね」


『景観に馴染むw』

『ほんとに世界に溶け込むのが好きなんだな』

『モブプレイの意味、ちょっと分かったかも』

『ゲームの自分を、現実のように動かせないとモブプレイはできないってことか』

『前回だけじゃなくて、普段からゲーム上手い人の視点なんだろうな』


「たぶん、目立たない方が面白い時もあるので」


 その言葉は、別に名言めいてもいなかった。

 いつもと同じ、何でもない口調だった。


 チャット欄に、ふとそんなコメントが流れる。


『この前みたいなの、また見たい気もするけど』


 モブはそのコメントを読んだのか読まなかったのか、何も答えなかった。

 代わりに、道の角へ最後のベンチを置く。


 通りがかったNPCがそこに座る。

 夕方の光が、ゲームの街並みに薄く差す。


「……はい。だいぶ良くなりましたね」


『良くなった』

『たしかに』

『何も起きてないのに満足感ある』

『また来るわ』

『通常回も好きかもしれん』


「ありがとうございます。じゃあ次は、街灯も置こうと思います」


 コメント欄が、いつもの速度で流れていく。

 派手な絶叫も、劇的な展開もない。

 けれど、確かにそこに人が集まっていた。


 大騒ぎの中心にはなれない。

 最前列で光を浴びることも、たぶんこれから先そう多くはない。

 それでも、目立たない場所で世界を整え、必要な時だけ静かに前へ出る。


 そんな配信者の枠に、今日も人がいる。


 画面の隅で、チャットが流れる。


『ここ、なんか落ち着く』

『分かる』

『気づいたら見てる』

『モブなのに唯一無二なんだよな』


 それに対して、物部マサルは、少しだけ間を置いてから言った。


「……それは、まあ。ありがとうございます」


 照れたわけでも、誇ったわけでもない。

 ただ本当に、そう言うしかない時の声だった。


 そして彼は、また次の街灯を置く場所を探しに歩き出す。

 誰かの物語の真ん中ではない場所へ。

 けれど確かに、その世界に必要な場所へ。


ありがとうございました!

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