モブは勇者に憧れない。 ~底辺配信者は、一度だけ本気を出すようです~
お久しぶりです
最後の投稿は4年ほど前ですかね?
久しぶりに新しく書いたので、楽しんでくれたら幸いです
配信タイトルは、いつもと同じだった。
『【Stardust Frontier】今日も村人として生きる #128』
画面の中央には、草原に面した小さな木の家があった。
それは派手な建築でもなければ、効率を突き詰めた拠点でもない。
畑があり、柵があり、井戸があり、道端には申し訳程度のランタンが並んでいるだけ。
ゲーム内の大きなイベントも、強いボスも、人気配信者なら飛びつくような目玉コンテンツも、彼――物部マサルはほとんど追わない。
物部マサル。通称「モブ」。
デビューから三年。所属事務所「ルミナプロ」の中で、彼はひどく地味な存在であった。
マスコットのように愛される後輩がいて、爆発的なトーク力を持つ先輩がいて、歌で数字を伸ばす者がいて、短時間で切り抜かれる面白さを自分から作れる者がいる。
そういう世界で、物部マサルはいつまでも「そこにいるだけの人」だった。
だが、それが彼のモットーであった。
ゲームの世界で主人公にならない。
ストーリーを壊さない。
無理に笑いを取りにいかない。
誰かの見せ場を奪わない。
ただその世界に自然に存在している、村人Aみたいな挙動を徹底する。
普通の配信者なら、そこから一捻りあって芸になる。
だが彼は、本当にそのままだった。
積極的に絡みに行かない。
リアクションは過不足なく、薄い。
叫ばない。
煽らない。
負けても大袈裟にへこまない。
勝っても誇らない。
ゲーム内でレアなものを引いても「お、出ましたね」で終わる。
「はい。では今日は、小麦が少し足りないので……畑を広げていきます」
落ち着いた、抑揚の少ない声だった。
「眠くなる」というコメントがたまにつく。
ただ、「安心する」というコメントも同じくらいつく。
それはどちらも悪口にはなり切らない、微妙な評価だった。
『きた』
『今日も地味で助かる』
『#128でまだ畑広げてるのおもろい』
『この人ほんと冒険しないよな』
『生活感ある配信すき』
『村人RPガチ勢』
モブはコメントを拾うことも少ない。
拾うとしても紡ぐ言葉は短い。
「ありがとうございます」
「そうですね」
「たぶん、今日は家畜も増やします」
それだけだ。
視聴者は多くない。常連ばかりだ。
コメント欄の流れも速くはなく、同じ名前が見慣れた調子で並ぶ。
派手な配信ではないからこそ、その空気は居心地の良さすら感じた。
ただ、それは数字の伸びない理由でもある。
同じ箱の人気配信者が数万人を集める裏で、モブの同接は二桁前半から、良くて三桁に届くかどうか。
事務所公式の集合サムネに映っても、コメントされることはない存在感。
にもかかわらず、その日ばかりは配信枠の待機人数がいつもより明らかに多かった。
理由は簡単だ。
「今日は途中から配信枠変わります。大型企画があるので」
事務所の大型企画――所属配信者全員参加の長時間コラボ。
普段、全くコラボなどにも参加しないモブ。
しかし全員参加と銘打たれてしまっては、流石のモブも参加しないわけにはいかなかった。
ゲームは『Craft World Online』
自由度の高いサンドボックス型ゲームで、建築も探索も対人戦も可能な、企画向きのタイトルだった。
昼は資源集め。ミニゲームなどを挟みつつ、夜はチーム対抗のミニゲームを行う。
普段ほとんどコラボをしないモブにとって、まるで別世界のような企画である。
『今日はまじで貴重』
『モブさんのコラボ、都市伝説じゃなかった』
『ちゃんと他人と会話できるの?』
『その言い方やめろw』
『今日は村人じゃなくて人間になれるか』
『箱企画の中に一人だけ野良NPC混ざってる感ある』
そんなことを話しているうちに配信が終了する。
事前の告知通り、コラボに合わせて、配信を変更した。
数少ない視聴者たちは、一斉に新しい配信枠に移動した。
配信タイトルは、変わらず地味だった。
『【事務所全体コラボ】全員参加らしいので端っこで生きます【クラフト開拓サバイバル】』
サムネイルも地味だった。灰色の背景に、白い文字が小さく並んでいるだけ。
右下に、申し訳程度に本人の立ち絵が置かれている。
「どうも。……えー、こんにちは。事務所の全体コラボということで。たぶん、いろんな人がいます。自分は、まあ、いつも通り……目立たない感じでやろうと思います。よろしくお願いします」
平坦すぎず、かといって明るすぎもしない声だった。
聞き流そうと思えばいくらでも聞き流せる。雑踏の中でぎりぎり拾える、無害な声。
コメント欄が、いつものように静かに流れ始める。
『きた』
『来ました』
『全体コラボ助かる』
『果たして見つかるかな』
『埋もれに来た』
『タイトルで笑う』
『端っこ宣言やめろ』
『でもそういうとこ好き』
「ありがとうございます。見つけてもらえたなら、今日はたぶんもう仕事の半分終わってます」
『始まってすぐ終わるな』
『見つけるのがコンテンツ』
『かくれんぼ系配信者』
『今日は箱企画だからもう少し喋って』
「善処します」
画面が切り替わり、事務所の全体コラボサーバーが映る。
開始地点の大広場には、すでに何人ものライバーアバターが集まっている。
色味の強い衣装。動きの大きいエモート。賑やかな挨拶。ボイスチャット越しでも華やかさが伝わってくる。
「うわーっ、全員いる!?」
「ちょっと待って、人数多すぎて酔う酔う酔う!」
「まず集合写真じゃない!?」
「みんなこっち、こっち寄ってー!」
わっと広がる声の洪水の中で、モブは数歩だけ後ろに下がった。
誰かの背中に隠れるような位置で立ち止まり、カメラを少し引く。
『もう後ろにいる』
『定位置』
『始まって30秒で端』
『写真に写る気ある?』
『保護色みたいになってる』
「一応、いますよ」
言いながら、本人のアバターは本当に見失いそうな位置にいた。
前列でピースをしている派手な先輩の肩と、ぴょんぴょん跳ねる後輩の羽根にちょうど挟まれている。
スクリーンショットをあとで見返したら、「どこ?」と探すタイプのやつだった。
全体チャットでは、主催役のスタッフがルール説明をしている。
4チームに分かれ、前半は自由開拓。後半に対人戦の予定のようだ。
優勝チームには特製トロフィーオブジェと、次回大型企画の優先権。
勝敗もあるが、全体としてはお祭りを楽しんでほしい――そんな内容だった。
参加ライバーたちは四チームに分けられ、それぞれ拠点を構え、制限時間内に資源確保・装備作成・陣地攻略を行い、最終的なポイントで勝敗を決めるらしい。
単純な対人戦ではなく、建築・防衛・探索・討伐など複数の要素が絡む形式だった。
チーム分けが発表される。
「赤チーム!」
「青チーム!」
「黄チーム!」
「緑チーム!」
モブは、青チームだった。
そして同じチームの名前が読み上げられた瞬間、コメント欄の速度が少しだけ上がった。
『お?』
『あっ』
『セリナちゃんと一緒じゃん』
『これは珍しい』
『同期きた』
その名は、星見セリナ。
事務所のエース。
モブと同時にデビューした、いわゆる同期という関係だ。
『目立つセリナと、目立たないモブ』という対象的な組み合わせとしてデビューした通り、最初からひときわ目立つ存在だった。
抜群に通る声。人懐こい笑い方。誰とでも会話を回せる軽やかさ。
ゲームの実力も平均以上。歌も雑談も強い。企画でも中心に立てた。
デビューから三年での登録者の増加は衰え知らず。
今では事務所の顔の一人になっている人気配信者だ。
その彼女が、青チームの合流地点で声を上げる。
「えっ、モブくん同じチーム!? やった、同期いるじゃん!」
「どうも。同じチームですね、セリナ」
「どうも、じゃないのよ。もっとさ、喜んで?」
「嬉しいですよ」
「声に出して!?」
「嬉しいです」
「薄いなあ!」
からからと笑う声。
それだけで場が少し明るくなる。
『セリナちゃんだ』
『同期だー!』
『温度差すごい』
『セリナちゃんが拾ってくれるのありがたい』
『会話が成立してるようで成立してない』
「モブくんってさ、コラボほんと来ないよね。久しぶりに喋った気がする」
「呼ばれれば行きますよ。呼ばれないだけで」
「つまり来てないってことじゃん! 今日は見失わないようにしよ!」
「難しいかもしれないです」
「なんで本人が自信ないの」
セリナは、声だけで分かるくらい楽しそうだった。
誰に対しても壁がない。
気遣いを気遣いとして見せない。
同期という関係もあってか、モブに対してだけ少し遠慮のない物言いをする。その距離感が、画面越しにも自然だった。
「セリナちゃーん!」
モブの背後で、セリナを呼ぶ声が聞こえる。
「はーい! じゃあね、モブくん。今日は目立ってね?」
「善処します。セリナも頑張ってください」
「うん!」
そう言って、セリナは立ち去って行った。
『モブさんが名前呼び捨てしてるの初めて聞いたかも』
『先輩にも後輩にも敬語だからな。同期のセリナちゃんだけかも』
『なにそれ逆に良い』
『ゲームのNPCにも腰が低いんだよな、この人……』
「セリナはチームの中心として作戦会議ですか。頑張ってますね。同期として鼻が高いです」
『じゃあモブさんも頑張りなよ……』
『モブにそんなことを期待しちゃいけない』
『なんてったってモブだからな』
好き勝手言っているコメント欄を横目に、モブも歩き出した。
「じゃあ、自由時間スタートでーす!」
号令と同時に、ライバーたちが四方八方へ散っていく。
鉱山へ向かう者。木材集めを宣言する者。拠点建築を始める者。ひたすら雑談をする者。序盤から高所に登って落下する者。
モブはその騒ぎを数秒眺めてから、近くの低木を殴り始めた。
「とりあえず木を……。こういうのは木からなんで」
『知ってる』
『説明がRPGの村人』
『その通りすぎる』
『モブさんの配信だけ時速が違う』
『他枠めっちゃうるさいのにここ落ち着く』
周囲では、同じ事務所のライバーたちが次々と彼の横を通り抜けていく。
「あ、モブくんいた! 何してるの?」
「木ですね」
「見れば分かる! 一緒に冒険行かない?」
「遠慮しておきます。たぶん、自分いるとテンポ落ちるんで」
「そんな断り方ある!?」
去っていく相手の笑い声。
コメント欄も少しだけ速くなる。
『会話成立してない』
『誘い方が悪いだろw』
『テンポ落ちるんで草』
『本人に悪気が全くないのが分かる』
『モブすぎる』
それでも、誰かが話しかければ、それなりに返す。
ただ、そこから先へ繋がらない。
相手が「じゃあまたねー!」と走り去れば、「はい、どうも」で終わる。
雑談の広がりも、ボケの応酬もない。まるで本当に、RPGのフィールド上で話しかけると一往復だけ台詞をくれるNPCだった。
自由開拓の時間はそんな調子で過ぎていった。
木を集める。
石を掘る。
余った食料をチェストに入れる。
壊れかけた橋を誰にも言わずに直す。
誰かが置きっぱなしにした作業台を使いやすい位置に寄せる。
拠点の片隅に、なぜか妙に見やすい倉庫ラベルだけが増えていく。
『地味に仕事してる』
『こういう人が一番ありがたい』
『誰も見てないところの整備が早い』
『主役の裏で世界回してる人』
『NPCというよりシステム担当』
「いや、まあ……散らかってると使いにくいんで」
そう言って、彼は誰かが雑に投げ入れた資材箱の中身をきれいに仕分ける。
石材、木材、鉱石、食料、その他。
整理されたチェストの列は、見ていて妙な満足感があった。
やがてちょっとしたミニイベントが始まり、参加者全員で簡単な障害物レースをすることになった。
盛り上がるにはちょうどいい催しだ。アスレチック得意勢が騒ぎ、苦手勢が悲鳴を上げる。
モブは中ほどの順位で淡々と進んだ。
上手すぎず、下手すぎず、本当に中ほどだった。
『ちょうどいい』
『中の中』
『すごくモブ』
『絶妙に目立たない』
「落ちもせず、勝ちもせず、ですね。いい感じです」
『本人は満足げ』
『基準が違う』
『この人だけゲームの評価軸違うんだよな』
そして配信開始から二時間ほどが経ち、後半戦のメイン企画――チーム対抗戦が始まった。
だがチーム戦が始まると、青チームの空気は微妙にちぐはぐだった。
賑やかなメンバーは多い。
会話も絶えない。
盛り上がりもある。
ただ、勝ち筋に向けた統率が薄かった。
「ねえ、せっかくだし拠点めっちゃ可愛くしない?」
「分かるー! どうせなら映えるやつ!」
「敵来た時に花火飛ぶ仕掛けとか作れない?」
「面白い!」
「誰か資材お願い!」
「私、羊の色揃えてるー!」
「防具? そのうち作る!」
楽しそうではある。
見ている分にはかなり楽しい。
だが勝負としては、どう見ても危うい。
モブの画面には、チーム共用倉庫の中身が映っていた。
木材不足。鉄不足。食料ぎりぎり。装備は中途半端。防衛設備は見た目重視。資源ルートの共有なし。
その一方で、拠点中央には無駄に立派な噴水ができつつある。
『あー、これは……』
『楽しそうだけど……』
『青チーム、雰囲気はいい』
『文化祭前日みたい』
『優勝より思い出作りの空気ある』
『モブさんの画面だと現実が見えるの草』
「まあ……賑やかではありますね」
モブはそう言いながら、黙々と不足資材を補っていた。
最低限の装備を作り、チェストに入れ、遠回りで安全な採掘ルートを見つけ、誰かが落とした食料を回収し、崩れた柵を直す。
何人かが「助かるー!」と通りすがりに言う。
彼は「どうも」と返す。
それだけだった。
中盤、チームごとの小競り合いが始まる。
赤チームは火力が高い。
緑チームは統率が取れている。
黄チームは奇策が多い。
青チームは、華やかだった。
それが長所であり、短所でもあった。
敵襲の報告が入っても、誰かが面白い返しをして笑いに変える。
資材が足りないと言えば、「じゃあ素手で行こうぜ!」みたいなノリが返る。
本気で戦っていないわけではない。
ただ、「勝つために最適な選択をする」より、「今この瞬間の配信を面白くする」方へ自然と舵が切れている。
エースであるセリナも、その空気の中心にいるようで、しかし不思議と煽りすぎない。
明るい声で流れを作りつつ、崩れそうな会話を拾って回している。
「オッケーオッケー、じゃあ一旦、作れる人だけ装備作ろ! 可愛い拠点は可愛いんだけど可愛いだけだと殴られるから!」
「それはそう!」
「セリナちゃんが正論だ!」
「いや私も噴水には加担したけど!」
『セリナちゃんずっと偉い』
『空気壊さずまとめてるの強い』
『人気出るの分かる』
『同時にモブさんが裏方すぎる』
そうしているうちに、運営側からのアナウンスがあった。
長時間配信になることもあり、30分ほど対戦禁止時間になるとのことである。
やはり長時間喋り続けていて疲れたのか、大半の配信者は一度休憩を取るようであった。
多くのアバターがその場で立ち止まっている。
「では自分も休憩しますか。……その前に、資材の整理をしていからですね」
『おけ』
『了解です』
『どこが勝つかな?』
ここまでを通して、青チームと他チームの点差はじわじわ開いていった。
勝敗予想を出す視聴者コメントでも、青は最下位と予想しているコメントが多い。
そんな折だった。
拠点裏の資材置き場。
さっきまでわいわいしていた声が少し遠のき、周囲に他チームの気配もない一角で、偶然、モブの画面にセリナのアバターが映り込んだ。
「……あ、モブくん」
「どうも」
「どうも、じゃなくて。ずっと倉庫番みたいなことしてない? 大丈夫?」
「まあ、向いてるんで」
「向いてるんだ……」
セリナが笑う。
少しだけ、いつもより力の抜けた笑い方だった。
「セリナは休憩しないんですか?」
「ん? 今休憩してるよ? ゆっくりしてるじゃん」
「……チームのリーダーってのも大変ですね」
近くに他の配信者はいない。
パーティー全体の喧騒だけが遠くに聞こえている。
拠点裏の影に並んだ木箱と、夕暮れ色の空。モブは石壁の補修をしながら、セリナはその横で跳ねもせず立っていた。
『二人だ』
『同期会話たすかる』
『なんかレア』
『この距離感いいな』
「青、やばそうですね」
先ほどコメント欄で話題になっていたこともあり、ふとそんな言葉が飛び出してきた。
モブがそう言うと、セリナは少しだけ間を置いた。
「……そうだねえ。やばいね」
「楽しいですけど」
「うん。楽しいは楽しい」
彼女の声は普段と同じように明るい。
少なくとも最初の数秒は、そう聞こえた。
画面の端で、モブが作業の手を止める。
コメント欄も、なんとなく静かになる。
「でも、みんなたぶん、もう半分くらい“面白い負け方”の方に寄ってる気はします」
「……あはは」
「違ったらすみません」
「いや。……違わない、かも」
セリナのアバターが、ほんの少し下を向いたように見えた。
ゲームのモーションとしては、ただ視点を落としただけかもしれない。それでも、不思議とそう見えた。
「なんかさ」
そこで、彼女の声色が、ほんのわずかに変わった。
「みんな楽しくやってるし、それは全然いいんだけど」
「はい」
「……それでも悔しいんだよね。”負け方”を探す。なんてさ」
「そうですね」
その一言だけ、妙に生っぽく聞こえた。
いつもの、場を明るく繋ぐための声ではない。
誰かに聞かせるために整えた声でもない。
「別に、こう、勝ちだけが全てじゃないのも分かるんだけどさ」
「はい」
「でもせっかくチームなんだし、勝ちたかったなって。……ごめん、なんか変なこと言った」
『え』
『お』
『おお……』
『なんか今』
『セリナちゃんの本音だ』
コメントが流れた、その次の瞬間。
モブが、いつもの薄い調子のまま言った。
「まだ、自分の配信、音載ってますけど」
数秒。
本当に、数秒の沈黙があった。
遠くでは誰かが「うわー落ちたー!」と叫んでいる。
風のSEが吹く。
拠点のかまどがぱちぱち鳴る。
セリナのアバターが、ぴくっと跳ねた。
「……え?」
「配信」
「え?」
「自分の方」
「え、ちょ、え、うそ、待って」
声が一気に素になる。
普段の華やかな配信声より、少し高くて早い。
「で、でも、モブくん全然喋ってなかったし……!」
「自分の配信はいつもこんな感じですよ」
「待って待って待って、私、ミュートにしてたの自分の配信だけ――」
「はい」
「え、じゃあ今の」
「たぶん、乗ってますね」
「やばっ……え、やだ、やだやだやだ! ちょ、聞かなかったことにして!」
「そうですね。視聴者にもお願いします」
「お願いして!? 本気でお願いして!? ほんとに!」
「わかりました」
「うわああ最悪! ちが、最悪っていうか最悪なの私なんだけど! もう、もう忘れて! いい!? 忘れて!」
「はい」
「絶対だよ!」
「善処します」
「そこは約束して!?」
言うだけ言って、セリナはそのまま駆け去っていった。
去り際にジャンプを一回失敗して小さく引っかかり、余計に慌てた感じになっていた。
コメント欄が一気に加速する。
『かわいい』
『オフレコ事故www』
『今の本音か』
『セリナちゃんガチで悔しかったんだ』
『聞かなかったことにして草』
『モブさんの「ついてますけど」平坦すぎる』
『温度差で風邪ひく』
『今の絶対切り抜かれるやつ』
『巻き戻し不可なの?』
『この枠アーカイブどうするんだ』
モブは少しだけ画面をチェストに向けたまま、咳払いもせずに言った。
「えー……今のところ、たぶん後で該当箇所は編集します。アーカイブ巻き戻し不可ですし、今見ている人が黙っていれば漏れることはないと思います。今録画していた人は切り抜き禁止。当然口外禁止です」
『了解』
『承知』
『口外しません』
『墓まで持っていく』
『忘れろビーム!!』
『我々は何も聞いていない』
『ここにいる全員、石になる』
『チャット欄の守秘義務』
「ありがとうございます。たぶん皆さん、そこまで多くないので……管理しやすくて助かります」
『自虐やめろw』
『少人数なのを今だけ利点にするな』
『こういう時だけ古参の結束が強い』
『任せろ』
『モブ軍団、緘口令』
「じゃあ、忘れてください」
『はい』
『はい』
『はい』
『でも忘れられない』
『あれは刺さる』
『セリナちゃん、いつも明るいから余計にね』
そこからしばらく、モブは黙って作業を続けた。
画面には、整えられていく倉庫。
補強される防壁。
消耗品の並び替え。
遠くで続く味方の明るい声。
そして数分後、彼はぽつりとだけ言った。
「セリナ、あんなこと思っていたんですね」
『ん?』
『急にどうした?』
『俺たちは何も知らないぞ』
『キイテナイ。ミテナイ』
ちゃんと約束を守ってくれている視聴者にフッと笑い、一言呟いた。
「……すみません。今回は、いつもの感じにできないかもしれないです」
『え』
『お?』
『どうした』
『珍しいこと言う』
『モブさん?』
「ちょっと、本気でやろうと思います」
コメント欄が止まる。
一瞬置いて、爆発する。
『は???』
『本気って概念あったの!?』
『えっっっ』
『激アツ』
『聞き間違いか?』
『今なんて?』
『ついにラスボス起動』
『古参、これどういうこと?』
『いや待って』
数少ない古参らしき視聴者が、早めに反応した。
『来るぞ』
『見たことない人はマジで驚くと思う』
「いや、期待はしないでください」
そう言う声も、まだいつも通りだった。
『それでは、休憩時間終了ということで、対戦再開です!』
だがアナウンスがあった瞬間から、配信の質感が少し変わった。
まず彼は、共用チェストの中身を一瞥しただけで必要物資を最短で見繕い、防具、食料、回復、予備ツールを一気に組んだ。
無駄がない。操作が早い。メニューを開いて閉じるまでの手数が異様に少ない。
『手速』
『あれ?』
『なんか急に……』
『装備作成が早い』
「青チーム、いま装備ない人、倉庫左二列に一式あります。食料は右、矢は奥。予備ピッケルもあります」
その声が、さっきまでと違った。
音量は大きくない。
叫んでもいない。
なのに通る。
平坦なだけだった声に、芯が入る。
情報を渡すための声になっている。
近くにいた味方ライバーが即座に反応した。
「え、まじ!? 助かる!」
「誰だこれ整理したの!?」
「北西の採掘路、二本目は行き止まりなんで、一番左だけ掘ってください。鉄と石炭まとまってます」
「なんで把握してんの!? っていうかこの声誰!?」
「さっき見たので」
いつもとあまりにも違う声色に、誰もそれがモブだと気が付かない。
しかし、名前を出すこともなく、モブは行動を続ける。
そのまま彼は拠点を飛び出した。
カメラの振りが速い。視点移動に迷いがない。段差を一切引っかからず越え、障害物の合間を縫うように走る。
道中で敵チーム二人と遭遇。
彼は素早い動きで射線をずらし、味方打ちで一人を撃破。焦って突っ込んできたもう一人を崖まで誘導し、落下させた。
『は????』
『うっま』
『動きが別人』
『今の何』
『戦わずに勝ってる』
『判断がやばい』
『誰!?』
「正面からやると人数不利なんで。運びます」
言いながら、背負った資材を拠点に戻す。
寄り道の途中で、敵が通りそうな細道に一瞬で簡易トラップを置き、気づかれない角度で草むらに埋める。
次の瞬間、別ルートから来た敵が見事に踏んで転落した。
『うわ』
『えぐ』
『罠の置き方がきたないw』
『いや上手い』
『さっきまで木こりしてた人?』
青チームのVCもざわつき始める。
「え、いまの誰がやった!?」
「知らない声なんだけど!?」
「北東から来る二人、片方だけ弓あるんで先に右倒してください。左は近接です」
「なんで分かるの!?」
「見えたので」
「見えたので、で済む!?」
コメント欄が笑いと困惑で埋まる。
『急に軍師』
『言ってることが全部具体的』
『見えたので、じゃないんだわ』
『いつものテンションとの落差』
『声違くない?』
『なんか普段より低く聞こえる』
『集中してる人の声だ』
作っているわけではないのだろう。ただ、本気で状況を読んで、最短で言葉を出しているせいで、余計な間も抑揚も消えている。
その結果、普段の「埋もれる普通さ」ではなく、研ぎ澄まされた無機質さに近い響きになっていた。
彼は目立つ撃破数を稼ぐのではなく、まず青チーム全体の土台を整え始めた。
資源供給。
装備の均一化。
無駄な移動の削減。
敵ルートの観測。
要所の補強。
崩れた時の再集合地点の設定。
そのどれもが地味で、だが勝率に直結するものばかりだった。
『派手さの前に勝ち筋作ってる』
『これガチで理解度高い人だ』
『エグイエグイエグイ』
流れが変わったのは、中盤の拠点争奪だった。
点差では依然青チームは不利。
だが相手チームも「青は盛り上がり重視」と見て、やや警戒を緩めていた。
そこを、モブが突いた。
「中央旗、いま緑が薄いです。青三人で正面騒いでもらって、二人は右回り。自分が裏のから内部に侵入します」
「え、できる?」
「できます」
「言い切った!?」
彼は先行して中央へ向かう。
敵拠点の建築構造を一度見ただけで把握しているのか、迷いなく死角へ入り、足場を一段だけ壊し、そのまま旗の裏側へ滑り込んだ。
正面では青チームの賑やか勢がいつも通り大騒ぎしている。だがそれすら囮として機能し始めていた。
「うわ、誰か来てる!」
「青、正面多くない!?」
「いや裏! 裏いる!」
遅い。
モブはすでに目的だけを終えて引いていた。
奪取条件を満たし、ポイント更新の音が鳴る。
『取ったああああ』
『うそだろ』
『今の流れ綺麗すぎる』
『青チーム急に勝負してる!』
『モブさん、仕事人すぎる』
青チーム側のVCが爆発する。
「やったああああ!」
「え、待って待って、ほんとに取った!?」
その歓声の中で、一人だけ、少し遅れて聞こえた声があった。
「……モブくん?」
セリナだった。
コメント欄もすぐ反応する。
『あ』
『セリナちゃん気づいた?』
『同期だけ分かるやつか』
『俺たちでも見てないと分からないのに』
だがセリナは、それ以上は何も言わなかった。
代わりに次の局面から、彼女の動きが少し変わる。
「青、今いける! 拠点守り二人残して、前出れる人前!」
「セリナちゃん了解!」
「次どうする!?」
「右手の丘押さえれば射線通ります」
「オッケー、右丘取ろう!」
彼女は、彼の指示を拾うのが早くなった。
明るい声のまま、チーム全体に通る形へ翻訳して流す。
モブが見つけた勝ち筋を、セリナが空気を壊さず共有する。
その連携が妙に自然だった。
『言葉の受け渡しが早い』
『同期連携きた』
『熱い』
『この二人の温度差が逆に噛み合ってる』
試合は後半へ進む。
ここから、モブのプレイはさらに目立ち始めた。
崖際で敵三人を相手にしながら、真正面の撃ち合いではなく地形を生かして各個撃破。
味方の退路が塞がれた瞬間、敵のヘイトを買いながら退路を開く。
敵のチェスト位置を読み、補給線を切る。
わざと一度見つかって追わせ、味方側の狭所に誘導して各個撃破の形にする。
そのどれもが、派手な無双というより、綺麗な攻略だった。
だが結果だけ見れば、十分に無双だった。
『これもう主人公だろ』
『いや主人公になってしまってる』
『モブどこいった』
『NPCが裏ボスだったパターン』
『普段何してんだこの人』
『情けない配信しかしてなかったのに』
「情けない配信はしてますよ」
『否定しないの草』
『そこは自覚あるんだw』
終盤、総ポイントは僅差になった。
赤と青の一騎打ち。
残り時間は少ない。
最後の大型目標を取った方が優勝、という状況。
事務所全体の空気も最高潮だった。
各視点から悲鳴と歓声が飛び交い、公式ハッシュタグも動いている頃だろう。
そんな中でも、モブの配信は不思議と状況が見やすかった。
カメラが無駄に揺れない。
情報が整理されている。
何を狙って、何を捨てたのかがはっきり分かる。
『見やすすぎる』
『配信者向きかどうかはともかく観戦向きではある』
『実況なくても分かる』
『今どこが重要か全部伝わる』
「赤、正面強いんで、ぶつからない方がいいです。セリナ、左から音だけ出してもらえますか」
「オッケー! 派手にやる!」
「自分、裏いきます」
「了解!」
セリナの声が弾む。
いつもの明るさの中に、明確な熱が混じっている。
彼女は左側で大きく騒ぎ、敵の注意を引きつける。
青チームの他メンバーも、そのノリに乗って前へ出る。
歓声と雑音が膨らむ。
その裏で、モブは誰にも見つからない最短ルートを抜けた。
事前に設置しておいた足場。序盤に作れられ使われなくなった抜け道。
敵がさっき壊した壁の隙間。全部、最初から見ていたかのように利用していく。
大型目標前の制御装置にたどり着き、操作を開始。
そこれやっと敵が気づいた。
だが遅い。
「裏! 裏いる!!」
「誰!?」
「止めろ止めろ!」
追ってきた一人を足止め。
二人目の射線を壁で切る。
三人目にわざと一発見せて位置をずらさせる。
操作完了まで、あと少し。
その時、正面でセリナの声が響いた。
「モブくん、上!!」
「了解です」
短い返答と同時に、天井を突き破って敵が降ってくる。捨て身の奇襲攻撃であった。
しかし、モブは落下地点を予測し地面に穴を開ける。敵はそのまま落ちていった。
大型目標起動。
青チームにポイントが加算される。
そのタイミングで、制限時間終了の鐘が鳴った。
勝利のSEが鳴る。
ほんの一瞬、誰もが理解に遅れた。
次の瞬間、青チームVCが弾ける。
「勝ったあああああ!!」
「うそでしょ!?」
「やばいやばいやばい!」
「青が優勝!?」
「声、モブくんだって!」
「モブくん!? 何者!?」
「すごっ、すごっ、え、すごっ!!」
コメント欄も、もはや追えない速度になっていた。
『うおおおおおお』
『優勝したあああ』
『青逆転優勝!?』
『モブさんやばすぎる』
『伝説回だろこれ』
『切り抜き確定』
『今日初めて見たけど何者?』
『別人じゃないの?』
『普段からこれやれよ!』
『いや普段やらないから今日が熱いんだろ!!!』
画面の中央で、青チームに優勝演出が出る。
花火が上がる。
トロフィーが出現する。
味方たちがその場で跳ね回り、エモートを乱舞させる。
その中で、モブのアバターだけは、少し後ろで立っていた。
また半歩引いた位置だ。
それなのに今日ばかりは、そこにいるだけで目立って見えた。
「おめでとうございます」
『お前もだよ』
『他人事みたいに言うな』
『主役が後ろに下がるな』
『最後くらい前出ろw』
勝利後のわちゃわちゃが一段落した頃、セリナが近くに来た。
彼女のアバターが、画面の真正面に立つ。
『セリナちゃんきた』
『セリナちゃんだけがモブの場所に気が付くんだよな』
『エモい』
「……モブくん」
「はい」
「なんで本気出してたの?」
「なんででしょう」
「とぼけるなー」
声は笑っている。
けれど、どこか確かめるようでもある。
モブは少しだけ間を置いた。
その間さえ、彼の配信では珍しく見えた。
「……勝った方が楽しいじゃないですか」
たったそれだけ。
具体的な説明はない。
誰の言葉を聞いたかも言わない。
何をきっかけにしたかも言わない。
ただ、その一言だけが落ちる。
セリナの方も、数秒黙った。
それから、いつもの少し大きめの笑い声をこぼした。
「そっか」
「はい」
「じゃあ、……ありがと」
「どうも」
「そこは“どういたしまして”とかないの?」
「……どういたしまして」
「遅いんだよなあ!」
からっとした笑い声が戻る。
でも、その「ありがと」は、さっきまでとは少しだけ違って聞こえた。
『いい』
『よすぎる』
『同期……』
『これ以上言わないのがいい』
『ずるいなぁ』
その後の全体締めでは、他のライバーたちが口々にモブをいじった。
「モブくん、今日だけ主人公だったじゃん!」
「いや本当に誰!? ってなったんだけど!」
「次からもそのテンションで来て!?」
「難しいと思います」
「なんで!?」
「疲れるので」
「正直でよろしい!」
笑いに包まれてコラボは終わる。
一人ずつ通話を抜け、配信を閉じていく。
モブの枠だけが最後まで残った。
静かになったサーバー。
花火の残骸。
優勝トロフィーの前で、彼のアバターが立っている。
「……はい。というわけで、終わりました」
『おつかれさま!』
『最高だった』
『神回ありがとう』
『アーカイブ残る?』
『切り抜き増えそう』
『登録した』
『初見だけど好きになった』
「たぶん、少し編集して残します。該当箇所だけ切って」
『何のこと?』
『忘れろビームを食らったので、なにも知りません』
『俺は誰? ここはどこ?』
「ありがとうございます。助かります」
コメント欄はまだ熱いままだった。
今まで見たことがない速度で流れている。
普段なら一分間に数件の枠で、今日は十倍以上はあるかもしれない。
それでも、モブの声はいつものトーンに戻りつつあった。
「えー……今日は、珍しくちゃんとゲームしました」
『珍しくのレベルじゃない』
『封印解除だった』
『普段なんなの』
『本気出せば強い系主人公じゃん』
『でも次も見たい』
「次はたぶん、普通に戻ると思います」
『えー』
『もったいない』
『なんで』
『伸びるぞ!?』
『今日でバズるぞ!?』
「まあ……それはそれとして。自分、いつもの方が楽なんで」
『ブレないなあ』
『そこがいい』
『だから好きなんだけど』
『今日知った人は困惑するだろ』
「困惑したままでいてもらえれば」
その言い方が、少しだけおかしかった。
コメント欄に笑いが流れる。
『今日だけちょっと面白い』
『勝ったから余裕あるな』
『いや元々こういう乾いた返しはある』
「あと、切り抜かれるとしても、たぶん変なタイトルになると思うんで」
『“埋もれてた同期が実は最強だった件”』
『“全体コラボで空気だった男、最後に全部持っていく”』
『“NPCだと思ってたらラスボス”』
『全部ありそう』
「やめてください。恥ずかしいので」
『恥ずかしがる概念あったんだ』
『今日一番の驚き』
『トレンド入りしろ』
配信はそこで終わるかと思われた。
だが、彼は少しだけ迷うように立ち止まり、それからトロフィーの前を離れた。
「……せっかくなんで、ちょっとだけ片付けます」
『は?』
『片付け?』
『優勝の余韻どこいった』
『らしすぎる』
『ほんとにモブで笑う』
彼は拠点へ戻り、散らかったチェストを開けた。
使い残した食料、半端な建材、途中で脱ぎ捨てられた防具、ぐちゃぐちゃのまま押し込まれた資材。
それをいつものように淡々と分類していく。
『通常運転だ』
『帰ってきた』
『安心する』
『この落差たまらん』
『さっきまで優勝の立役者だったのに今は倉庫整理してる』
「たとえ今日このサーバーが消えるとしても、終わったあと汚いと、なんか落ち着かないので」
『分かる』
『でも今やる?』
『この人の美学だ』
『主人公が片付けしてる』
片付けが終わる頃には、コメント欄もようやく落ち着いてきていた。
初見らしき名前も増えている。
登録報告もちらほら流れる。
『登録しました』
『今日初見でした、普段もこんな感じ?』
『普段のアーカイブ見れば分かる?』
『たぶんびっくりするぞ』
『今日から来ました』
「初めて来た方は、たぶん今日の感じを想像しない方がいいです。だいたい、もっと何も起きないので」
『予防線を張るな』
『正直』
『でもそれで見に来る人もいる』
「何も起きないのを見に来るのも、まあ、いい趣味だと思います」
『自己評価低いw』
『褒めてるのに』
『その感じも含めて好き』
ようやく配信終了の挨拶に入る。
「では、今日はこの辺で。来てくれてありがとうございます。該当箇所は編集します。切り抜きは……たぶん好きにされると思うので、まあ、その時は、はい。よろしくお願いします」
『おつかれさま!』
『最高だった』
『おつモブ』
『次も楽しみ』
『神回ありがとう』
「おつかれさまでした」
そこで配信は終わった。
――そして数日後。
切り抜きは案の定、好き放題に出回った。
『箱コラボで空気だった男、終盤だけ全てを破壊する』
『誰も注目してなかった同期、実は最強格でした』
『【モブくん?】同期だけが気づいた黒幕の正体』
『NPCだと思っていたら化け物だった配信者』
再生数は伸びた。
SNSでも話題になった。
元枠が掘り起こされ、「あの地味な人は誰だ」と一時的な騒ぎにもなった。
そして、その次の通常配信の日。
配信タイトルはこうだった。
『【Stardust Frontier】今日も村人として生きる #128【特に事件は起きません】』
開始数分、少し増えた視聴者たちがざわざわしている。
『きた!』
『例の人!?』
『無双配信者だ』
『今日は何するの』
『本気モードある?』
『初見です、先日の切り抜きから』
モブは、いつも通りの、埋もれるような声で言った。
「どうも。えー、今日は道端にベンチを置きます」
『え?』
『ベンチ?』
『温度差w』
『もっとこう……戦わないの?』
『前回のあれは?』
「前回のあれは、たぶん、もうしばらくないです」
『ないんだ』
『即封印』
『なんでw』
「疲れるので」
『またそれか』
『でも嫌いじゃない』
『通常回も見てみるか』
画面の中で、彼は木材を集める。
石を削る。
道の脇に、等間隔でベンチを置いていく。
本当に、それだけだった。
コメント欄は戸惑い、やがて少しずつ順応していく。
『……いや、これはこれで落ち着くな』
『BGMみたいな配信だ』
『さっきから通行人に座られてるのちょっと嬉しい』
『地味だけど街が良くなっていく』
『前回の切り抜きから来たのに普通に見てる自分がいる』
「ベンチあると、ちょっと生活感が出るんで」
『急に分かる気がしてきた』
『この人の配信、世界の隙間を埋める感じなんだな』
『派手じゃないけど嫌いじゃない』
さらにしばらくすると、古参たちがいつもの調子でコメントし始める。
『新規さんへ。これが通常運転です』
『本当に事件は起きません』
『でもたまに起きると前回みたいになる』
『埋もれることに全力な人』
モブはベンチをもう一つ置いて、少しだけ位置をずらした。
「……こっちの方が、景観に馴染みますね」
『景観に馴染むw』
『ほんとに世界に溶け込むのが好きなんだな』
『モブプレイの意味、ちょっと分かったかも』
『ゲームの自分を、現実のように動かせないとモブプレイはできないってことか』
『前回だけじゃなくて、普段からゲーム上手い人の視点なんだろうな』
「たぶん、目立たない方が面白い時もあるので」
その言葉は、別に名言めいてもいなかった。
いつもと同じ、何でもない口調だった。
チャット欄に、ふとそんなコメントが流れる。
『この前みたいなの、また見たい気もするけど』
モブはそのコメントを読んだのか読まなかったのか、何も答えなかった。
代わりに、道の角へ最後のベンチを置く。
通りがかったNPCがそこに座る。
夕方の光が、ゲームの街並みに薄く差す。
「……はい。だいぶ良くなりましたね」
『良くなった』
『たしかに』
『何も起きてないのに満足感ある』
『また来るわ』
『通常回も好きかもしれん』
「ありがとうございます。じゃあ次は、街灯も置こうと思います」
コメント欄が、いつもの速度で流れていく。
派手な絶叫も、劇的な展開もない。
けれど、確かにそこに人が集まっていた。
大騒ぎの中心にはなれない。
最前列で光を浴びることも、たぶんこれから先そう多くはない。
それでも、目立たない場所で世界を整え、必要な時だけ静かに前へ出る。
そんな配信者の枠に、今日も人がいる。
画面の隅で、チャットが流れる。
『ここ、なんか落ち着く』
『分かる』
『気づいたら見てる』
『モブなのに唯一無二なんだよな』
それに対して、物部マサルは、少しだけ間を置いてから言った。
「……それは、まあ。ありがとうございます」
照れたわけでも、誇ったわけでもない。
ただ本当に、そう言うしかない時の声だった。
そして彼は、また次の街灯を置く場所を探しに歩き出す。
誰かの物語の真ん中ではない場所へ。
けれど確かに、その世界に必要な場所へ。
ありがとうございました!
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