到着間際のオルゴール
僕が目を覚ますと、いつの間にかこの列車の終着駅だった。
周りの乗客たちは表情を消したまま、皆開いた扉からホームに降り立つ。
周囲の乗客に倣って、僕も列車から降りてみると、目の前には大きな掲示板が一つぶら下がっていた。
【特別急行列車 #N/A 号 *****行】
「これ、みたいだな」
何の疑いもなく、僕は手に持っていた切符に印字されている列車の名前と照らし合わせると、向かいに止まっている予定の列車に乗り込んだ。
【旧名:藤田 宏伸 参号車 弐番 ア席】
指定された座席を確認して、僕はフカフカの座席に着席する。
車内は全席指定なのか、他の乗客も同じように切符を確認しながら、決まって窓際の席に皆腰を下ろしていった。
やがてすべての窓際の席が埋まると、列車の扉が閉まる音が聞こえる。
とはいえすぐに動き始めたわけでもなく、代わりに車両前方から車掌が検札に回ってきた。
紺色の制服をキッチリと着こなした、やたらガタイのいいその車掌は、僕の前に座る3人分の検札を済ませると、
「切符を拝見」
野太い声で言いながら片手を差し出してくる。
「はい……」
僕は震える手で切符を差し出すと、車掌はパチンっ、と鋏を切った。
「貴方の到着は、3日後です」
「3日……?」
「はい。長旅ですが、寝ていればあっという間ですよ」
車掌はそれだけ言うと、切符を僕に返して他の乗客の検札に戻っていく。
どうやら人によって到着までの時間はバラバラみたいで、人によっては次の駅で降ろされる人もいるようだった。
全員分の検札が終わると、車掌は隣の車両へと姿を消していく。
するとまもなくして列車は、ようやく音を立てながらも走り始めた。
車輪とレールの振動と、連結器同士が擦れあう鉄の音。
決して乗り心地がいいとは言えないそんな列車内に、列車が出発したことを告げるオルゴールが響く。
ハイケンスのセレナーデ。
かつて何度も聞き覚えのあるそのチャイムは、何処かとても懐かしく感じさせるものだった。
するとその時、
「誰……だろ……?」
ズボンのポケットに入れっぱなしだったスマホから、一通のメッセージを受信していた。
「僕……から?」
相手は【ヒロノブ】と表示されているが、それは紛れもない自分の名前。
僕は興味本位でメッセージを返してみると、どうやらメッセージの相手は【ヒロノブ】の彼女を自称する人からだった。
「へぇ……。ヒロノブって、同棲してる人いるんだ……」
あいにく、自分のことがすべて曖昧な今の僕には、画面越しの相手が誰なのかはよく分かっていない。
だけど、突然大切な人と離れ離れにされて、苦しんでいるという相手の気持ちには同情できる。
そんな名も知らない女性と、僕はしばらくとりとめもないチャットを繰り返す。
一切途切れることがないそのやり取りに、あっという間に時が流れ続けた。
そして列車は、やがて初めての減速をし始める。
「お客さん、まもなく到着です」
突然車掌から声をかけられた僕は、ビクッと身体を震わせながら顔を上げる。
「到着って……、何処に?」
「貴方が残した場所です。この列車の折り返しますが、多分あっという間に帰れますよ」
「はっ……? それって、どういう……」
「これ以上は言えません。ですが、貴方はそういう運命ですので」
「折り返しって……」
「大丈夫、その不安も疑問も、いずれ感じなくなります」
車掌は軽く頭を下げると、隣の車両へと姿を消していった。
あまりにもスマホに夢中になっていたせいか、いつの間にか他の乗客の姿はどこにもない。
「最後の乗客……、みたいだな」
そんな事実だけを認識すると、僕は急に不安に苛まれる。
車掌が言い残していった言葉の一つ一つを思い出すと、僕は不意にスマホを握る指を動き始める。
anonymous:急でゴメンね。そろそろ、お別れみたいです。
ヒロノブ:え、どういうこと?
anonymous:そのままの意味だよ。僕はもう、君とお話しすることはできないみたいなんだ。
それから僕は、短い時間で心を許せた【ヒロノブ】相手に、自分でも知らないはずのチャットの仕組みを説明していた。
(そうだ、これは……、”僕”だ)
自分の存在をようやく認識できた僕は、瞳に涙を貯めながら、最愛の彼女へ最初最後のメッセージを綴る。
anonymous:またね、マオちゃん。”真宙”をよろしく。
僕は未練を残さないように、最期に精一杯の願いを込めてスマホを閉じた。
やがて再び車内に響く、ハイケンスのセレナーデ。
最後の高音が響いたと同時に、僕を含め車内からは、誰一人としてその影は消えてしまった。
誰も降りることがない名の知らない停車場で、列車の扉は独りでに開く。
しばらくすると、それまで人が座っていたはずの座席に、簡素な段ボールの箱が一つずつ置かれていった。
僕が座っていた席にも一つ、荷札が張られた箱が置かれる。
【宛先:前田 真宙 荷送人:藤田 宏伸】
やがてすべての座席に同じ箱が置かれると、列車の扉が再び閉まる。
反対方向に向かって走り始めるその列車は、再びハイケンスのセレナーデを車内に響かせると、折り返し終点が異なる路線を音もなく走り始めた。
ー終わりー
初めて短編を2作書いてみましたが、少ない文字数で世界を表現するのは難しいですね。
とはいっても、この物語は特に元ネタがあるわけでもなければ、描きたかった何かがあるわけでもありませんでした。
ふと頭の中で湧いて出たストーリーを出力しただけにしかすぎませんので、読みにくかったり展開に矛盾がある個所もあるかと思います。
どうかそれは、単なる作者の夢日記と思って読んでいただけたら幸いです。
継続しているシリーズの執筆もありますし、、、・
それでもまた、気が向いたら短編を書いてみたいと思います。




