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第4章

このシリーズをイメージした曲です

聴いてくださると嬉しいです

https://nico.ms/sm45970784?ref=others

一話 トーマ・ローザント〜どんなに時が経とうとも〜


 「あ、ガネッタ。こんな朝早くに何してたんだよ。」

「散歩がてら情報収集に。そうだ、…エリー。お姉さんに会ったんだが。…ほら、アルゲノーラ…何だっけ。」

「…あ、うん…。そう…なんだ。」

何だか二人の会話はぎこちなく感じた。やけに沈黙が多い。

単にエリーが姉のことを良く思っていない…というだけでも無さそうだ。かといって、無闇矢鱈に訊くのもどうかと思う。ここはそっとして置こう。

「ねーねー。どしたの?二人共。なんかあった?」とジュナ。

「え?あ、いや、特に何も…。」エリーが引きつった笑顔を見せた。

ジュナ。君がそんなに空気が読めないのは、きっとジューカ譲りだ。

「はは…。」気まずくなったので退出しようとしたが、二人の間に何があったのかについては気になっていたので、少し聞いてみることにした。


 「父さんは…、出ていってくれないか?」「え?」

「その…えっと…。…言いづらい。」

「気になるな…。俺がいると何か不都合があるのか?」「うん…。」

「分かったよ。もう行くから。」

そう言って部屋から出たものの、やはり気になってしまうのでこっそりと聞き耳を立てていた。

「ジュナには言っておくよ。あ、秘密にしろよ。」「そりゃね。勿論。」

「その、エリーに告白したんだ。」

「え!?」「しっ!声が大きい!」声量を最小まで絞ってガネッタは言う。

「ま、“力”で大体のことは分かってたけどねー。」

「便利なもんだな。俺にも分けてくれよ。」

「やだー。というか無理〜。」

いる筈のエリーは全く口を挟まず、無言で会話を見守っているようだ。

「で、どうなったの?」

「…返事待ってもらってる。」とエリー。

「ええー。その場のノリでオッケーしちゃったらいいのに〜。」

「権力者は判断を誤るべからず。迷うならば待つのも戦略の内。」とエリーは堂々と言った。

「…何それ?」ジュナは困惑気味だ。

「お父様の言葉よ。あー、恥ずかしいんだから…。もういいでしょ?この話はやめにしましょう。」

エリーが部屋から出てきた。


 「あーい。」とジュナは返事をしたが、すぐにガネッタに「どうやって告白したの?教えてよぉ。」と聞いていた。

「いや…普通に…。」「“俺で良ければ。…いや、俺が君のパートナーになりたい…!”って?」

「分かってんじゃねえかよ!便利だけどうぜぇなぁ、その力。」

「へへー、もっと褒めて。」

「褒めてねえよ。」とガネッタ。

「そっかあ。んじゃ!」

そう言ってジュナが部屋から出てきた。

ドアの近くにいた俺に気づくと「いくら剣士トーマでも、盗み聞きは良くないよー?」

と悪戯な笑みを浮かべ、走って何処かへ行ってしまった。

……ああ、駄目だ。俺はシャロンが一番なのに。どうしてジュナを見ると君の姿が脳裏に過るのだろうか。

狂おしい程に君が愛おしくなる。何時振りにこんな気持ちになっただろうか。…今更気が付いた。俺はずっとジューカに恋をしていたのだ。シャロンを愛しながらも。今更後悔しても、罪の意識に駆られても、もう遅い。

だって、もうジューカもシャロンもこの世にいないのだから。


 気が付くと、俺は教会の前まで来ていた。重い扉を開けると、スイレンがいた。

中に入り、扉が閉まると、ここだけ300年前から時が止まった儘のようだ。

急に視界が歪み、温い液体が左側の頬を撫でた。

涙だ。俺は泣いていた。思わず、両手で顔を覆い隠して蹲り、嗚咽を漏らした。

スイレンは初めて見る杖を床に置いて、何も言わずに俺の頭を撫でてくれた。スイレンは俺と同じで、あの時から容姿が全くと言っていい程変わっていない。

「殺してくれっ……!もう、苦しくて仕方ないんだ…。」

「心中お察しします。だって、私も同じですから。でも、生きてさえいれば…。」

「うるせぇっ…!!死にたくても、死ねねえんだよ…。スイセンは…違うだろ?オーサーの力を使えば徐々に死に向かえる。俺は…どうも出来ないんだ。」

「そうですね。確かに、オーサーの力を使えば死ぬことは容易いです。でも、この力は…もう使う気は無いんです。一度、永遠を手に入れたら手放せなくなりまして。」

「唯一の望みがその力なんだ。心臓に剣を突き刺しても、魔法で焼き払っても、猛毒を飲んでも、首を切り落としても…死ねない。もう、俺はどうすればいいんだよ?」


 俺は長い間泣いていたが、漸く落ち着いた。「そんなこと言われても…。」そう呟いたのが聞こえた。スイレンは困った顔をする。

すると、何かを思いついたように手をポンと叩いた。

「腕を斬り落とすのはどうです?右腕が無くなれば、ドラコ・メトシェラの毒が回らなくなるのでは?」

「それを言うなら300年前に言って欲しかったな。もう全身に回りきっている。」

「そうですか……。」スイレンは申し訳無さそうに俯いた。

「毒が薄まるとしたら、あと何年くらいだ?あと10年?それとも、100年か?」

「10000年です。」

「はは……。そうか、途方も無い時間だな。」

俺は笑った。笑いが止まらない。もう笑うしかない。

「まだまだ先は長いな。」と俺が言うとスイレンは頷いた。

「だから、子供に会いたくなかったんだ。嫌でも未来を見せつけられる。」


 およそ200年前、俺は故郷から離れて、誰にも知られずに死のうとしていた。子供の前でするのはやはり悪影響が及ぶかも知れないと思ったからだ。

色々な国を歩いて、様々な方法を試したが無意味だった。

エイヴェルド島に来た時、カペラーニャに会った。

「…ということなのさ。」

「ならば、我が眷属にならぬか?話を聞く限り、意識が完全に無くなればいい、と。」

「ああ、そうだ。」

「この鳥籠に入れ。この中に入れば、勝手に意識が無くなり我は力を借りられる。…安心なさい、トーマ。何も痛いようにはせん。」

そう言ってカペラーニャは、鳥籠を開いた。

「本当か?本当に…助けてくれるのか?」俺は思わず涙ぐんでしまったが、すぐに涙を拭った。

「勿論だとも。我も、かの有名な英雄の力を借りられるのは有り難い限りだ。」とカペラーニャは言った。そして俺は、その鳥籠の中に入った。

すると、俺の意識は一瞬で消えた。

次に目を覚ましたのは、ガネッタが檻を揺らしたときだった。

嬉しかった。でも、会いたくなかった。この儘…命尽きるまでこの儘で良かったのに。


 「…一つ聞いていいか?」「はい、どうぞ。」一瞬躊躇ったが、俺は聞くべきだと思い話し始めた。

「ジューカの墓って何処にあるんだ?」

「存じ上げません。ここにはシャロンの墓しかありません。」

「そうか…。面と向かって謝りたいことがあってな。」

「…私が思うにですね。死者は墓に留まる、なんてことはしないと思うのです。…少し、私の話を聞いてくれません?どうせ、時間は腐る程ありますし。」

「それもそうだな。」

「あの戦いの後、死亡したオーサーは数年間で、約100万人。そんなにも多くのオーサーが亡くなったにも関わらず、幽霊を見たという話は一度も聞いたことがありません。そして、その殆どには墓はありません。」

「何故?」

「肉体ごと消えるからです。辛うじて骨だけ残るものもあるといいますが。墓も無ければ、幽霊もいない。きっと、天界へ行ったか存在ごと消滅していると。」

「じゃあ、普通の人間だったジュナも墓にはいないと。…本当なのか?あまり筋が通っていないようにも思えるが。」

「さあ、分かりかねません。でも、人は頭では分かっていても拘ってしまう。そういうものです。」


 スイセンは話し終わったようで、先程の諭すような表情から、いつもも通りの微笑を浮かべ、両手を前に重ね佇んでいた。

「…疲れないのか?ずっと同じポーズでさ。俺には…苦しそうに見える。」

「…そうですか。」スイセンは、喜んでいるような、感情を押し殺しているような…そんな声をしている。

「なんでずっとそうやって出来るんだ?」

「ただの偶像崇拝の真似事ですよ。」

「はぁ…。シスターだからか?」

「ええ。だって、この教会には神はいないのですから。」

「それなら…。ここは教会とは言えないんじゃないか?」

「だからこそですよ。私が、神に成り代わっているのですよ。元はと言えばカモミールが、自身は神ではないと宣言したからですね。だから…だから、私が神としてここにいなければ。ここは教会ではなくなるのです。」


 「…スイセン、それは俺より大変なんじゃないか?」

「それ、とは?」

「…分かっているだろ?昔、戦ったことがあったな。そのときのスイセンは生き生きしていた。」

「…やめてください。あんなの…“私”なんかじゃ…。」

「スイセンは…。自分が誰なのかと考えたことはあるか?」

「な、何言っているのですか?そんな訳ない分からないこと…。」

「俺は、何度も考えた。自分が誰なのか分からないんだ。…スイセンもそうだろう?」

「違う!そんなバカらしいことなど…!」スイセンは珍しく声を荒げた。俺はそれを遮った。

「少なくとも!俺はそんなスイセンはらしくないと知っている。」

「…何処にもそんな証拠ないでしょ。どれが本心か、どれが演技かなんて本人以外分かる筈無い。」

「…はぁ。そっちの言い分は分かった。じゃあ白黒はっきりつけようじゃないか。」

「何、戦えって言うの?」「話が早くて助かるよ。お互いブランクは同じくらいだろ。」

「トーマ、面白いこと言えるのね。いいわ、乗ってあげる。」


 修道女の黒い服を身に纏ったスイセンは、艶がかかった杖をクルクルと回し、不敵に笑った。

俺は剣を構えて、相手の出方を見る。

先に動いたのはスイレンだった。

……速い。 杖で俺の剣を弾いたかと思うと、そのまま俺に飛びかかってきた。

どうにか躱してまた剣を構えた。

「前はそんな戦闘方法じゃなかったろ?どうしたんだ?」

「あの力を使いすぎると死んでしまいます。」

「あの時は沢山使ってくるから、心底腹が立ったよ。当たったら即死級だし。」

「ふふ、そうでしたね」とスイレンは言った。

「トーマこそ変わってないですね。前と同じです。」

「ああ、変わらないよ俺は。全然弱いままだ。外面も内面も。あの時から何も変わっちゃいないんだ。」「そうですかね?」スイレンは杖で突こうとしてきた。俺はそれを剣で弾き、距離を取る。

そして素早く駆け寄り、スイレンに剣を振り下ろすが、躱された。

今度は逆に俺が攻めに転じるが、あえなく跳ね返される。俺は何とか受け身をとって体勢を立て直す。

しかし、その隙を見逃さずスイレンは俺に向けて魔法を放った。

「聖火の禊ぎ。」

杖の先から放たれた炎は、俺の体を蝕み燃やし尽くす。

「ぐああっ…!?」俺は叫び声を上げた。

しかし、すぐに痛みは消え去った。……いや、正確にはまだ痛いのだが、それを上回る程の爽快感が俺を襲ったのだ。

「はっ…はっ…。久しぶりだ。この感じ。」

「何か?」「別に。ただの独り言さ。」そう言って俺は剣を構えた。

俺は一足飛びでスイレンに急接近し、剣を振りかぶる。しかし、それは杖によって受け止められた。

重い…!何だこの力は……!まだ本気を出していないというのか?明らかにさっきよりも強い。

…魔法で強化したのか。まあ、ただ単に“女性”ではないだけだからかも知れないが。


 流石妹を本気で殺そうとしていた奴だ。戦いに対する向き合い方が違う。

「トーマ。私は貴方に殺される気はさらさらありませんよ。」

「当たり前だ。……勝つのは俺だ!」

俺は再度攻撃する為に、距離を取ったが、スイセンが魔法で攻撃を仕掛けてくる気配はない。ただじっとこちらを見ていた。

魔法も使わないなんて、舐めているのか?いや違う、俺を試しているのか?

相手の裏を読まなければ……しかし、スイセンに隙はないように見えるが……どうする?剣で攻撃をしかけるか?それとも魔法で遠距離から攻めるか

「トーマ、何を考えているのです?戦闘中ですよ。」

「分かってる!うるさいな!」

俺は剣を構えたままスイセンへ突進する。……だが、全て読まれていたようで簡単に躱されてしまう。そして、その隙を狙われてまた魔法を食らう。

おかしい、こんなの。スイセンはやっぱり…。

「回りくどい自殺だな。」


 「なあ、聞きたいことがあるんだが。」「何でしょう。」

俺は剣を鞘に入れて、講壇の向こう側に立っているスイセンに歩みを進めた。

「スイセンは実の妹である、ユマを殺そうとしてオーサーになったんだよな?」

「ええ、そうですが。」スイセンは何を今更、というようなきょとんとした顔をしていた。

「なら…。目的はとうに達成されているじゃないか。そして、さっきからずっと俺の行動を先読みしている。」

「それは、貴方の行動パターンが分かっているからであって。」

「だとしても、200年近く経っているぞ。そんな細かなことなんて忘れている筈だ。」

「つまり、何が言いたいの。」

長い推理に飽きたのか、それとももう言いたいことは分かっているのか。答えを急かすようなことを言った。

「結論から言うと、スイセンも俺も、早死にしたいってことだよ。」

「ふーん。」最初から答えが手元にあったような、どうでもいいような相槌もどきをうった。


 「スイセンは最初から、アルターの力を使っていた。その証拠に、俺が来て戦いを挑むからその杖を持ってきていたのだろう。アルターの力を使いすぎると死んでしまう。それに、戦闘の誘いを快諾したのもそうだろう。」

「俺は…自分で言うのもおかしいが、有名な英雄だ。その戦闘中に命を落としたって誰も何も不思議に思わない。」

スイセンは何も言わない。ただ、じっと俺の話を聞いているようだった。

「素直になれよ。死にたいなら死にたいって言えよ。大体は同じ時間を生きてきたんだ。同じ悩みを持つのも不思議じゃないさ。」

「出来たら…してますよ。」長く伸ばした金髪が、幕が降りるように揺れた。

「“シスター”である私が、死にたい?そんなの…おかしい。迷える人々の心を照らさなければならない私が…。」

スイセンは相当動揺しているようで、苦しそうに息をしていた。

「真の救済とは、一体何なのでしょうかね。」

スイセンはその場に倒れこんだ。俺はゆっくりと近付き、様子を伺った。どうやら気絶しているらしい。

「今迄…こんな精神状態でどうやって生活してきたんだよ。」


 暫く、俺はまたシャロンの墓の前で自問自答していた。これからどうすべきなのか。

そういえば、周りの声がうるさい。

…中に誰かいるのか?

「おーい、誰かいるのか?」

俺が呼びかけながら教会に入ると、ガネッタとエリー、それに見覚えのない人物がいた。

エリーは謎の人物から魔導書を受け取り、魔法を使おうとしているようだ。

「あ、父さん!何してんだよ、こんな状態のスイセンさんを放っといて!」

「いや、ただ気絶してるだけだが…。」

「そんな訳ないだろ!ほら、顔の辺り触ってみろよ。」

言われるが儘にスイセンに触れてみると、まるで木陰にある石を触ったかのように冷たかった。

「…死んでる?」

「だから、エリーに頼んで蘇生して貰おうと…。」

「…やめろ。」咄嗟に声に出していた。

「なんで、まだ、可能性は…!」

「そうじゃない。」

「じゃあ、なんでだよ!」ガネッタは俺の胸ぐらを掴んだ。

「スイセンは…今迄どんな気持ちを抱えて生きてきたんだと思っているんだ。」

「は?なんだよそれ!」

「頼む、殺してやってくれ。」俺はあまりに冷たい顔をしていたのだろう。

3人は諦めたようだ。

「分かった…。」ガネッタは力なく手を離し、その場にへたり込んだ。


 俺は謎の人物の方を向いた。

「それで、君は誰なんだ?」俺がそう聞くと、その人物は「エリーの姉です。」とだけ言った。

「エリーの姉?じゃあ…。アルゲノーラさん?」

「ええ、そうですよ。」と彼女は言った。

「一体何の用だ?今は他国の王妃がわざわざこんな所まで来て。」

「我々は…スイセンさんの力について興味がありまして。」と彼女は淡々とした口調で言った。

「我々?興味がある?」

「私からは何も…。スイセンさんの力を諦めるとしたら、我々の計画は振り出しに戻ってしまいます。あの力を持った者を知りませんか?」

「あ、ジュナは?」とガネッタが言った。


二話 エリカノーラ・グラーヴァ〜何故君は往くの〜


 「…はっ。」死んだと思っていたシスターが息を吹き返した。

「ぎゃぁぁぁあ!?」姉は可愛らしい服装に似つかわしくない叫び声をあげた。

「お、驚かせてしまって申し訳ありません、アルゲノーラ様。」

「し、死んでしまったかと…!」

姉は恭しくも焦りを隠せていない。

「こほん。…さて、シスター・スイセンさん。アルターの力があると聞き、私はここに来ました。そのことは本当なのですか?」

「ええ、本当です。でも、もう二度と使う気は毛頭ございません。」

「…つまり。あの力を捨てた、という訳ですか?」

スイセンは頷いた。

姉は落ち着いているが、その心の奥底では憤怒しているように私には思えた。

「そうですか…。仕方がないですね。ならば…。代わりにジュナさんと言っていましたでしょうか。そちらの方をちょいと拝借しても?」

「は…?」

「あの力は我々の計画には必要不可欠な物です。しかし、その力を使う気は無いというのなら、代わりがいないと。仮にスイセンさんにまだ力を使う気があったとしても、サンプルは多い方が良いですからね。最初から数人を招くつもりでした。」


 「ジュナに一体何をするの?」と私は訊いた。

「さあ、まだ私にも分かりかねます。でも、この計画は何れ世界を救うことになるでしょう。」

「ジュナは私達の仲間なのよ。」

「ええ、存じています。ですが、仮に仲間を犠牲にしてでも、世界を救ったなら、それは英雄ではありませんか?」

私はこの人に怒りを覚えた。

姉の目の前に行き、靴を思いっきり踏みつけた。

「……エリー、落ち着け。」とガネッタがなだめてきた。

「でも…!」「いいから!」とガネッタは強く言った。

「だから、まだ何をするかは分かりませんから!あまり騒ぎ立てないで下さい。」

「今晩、貴方達の部屋に行きます。その時結論をお聞かせ下さい。」

そう言って姉は教会から出て行こうとしたが、ふと立ち止まり振り返っり、軽く会釈をして去って行った。


 「へー。そんなに私の力が大切なの?それなら、ちょっとくらい協力してあげてもいいんじゃないの?」

ジュナの回答は、実にあっけらかんとした内容だった。

「ジュナ、あなた自分が何を言ってるか分かってるの?」

「ええ。他国から態々来てくれたんだよ?エリーのお姉さんだし、別にそんな危険じゃないと思うしなー。」

「あのね…!」私は思わず声を荒らげてしまったが、すぐに冷静になる。

「…それにね。多分だけど、この力はずーっとある訳じゃないと思うのよ。」と彼女は言った。

一体どういうことだろう? 私が疑問を顔に浮かべていると、ジュナは説明を始めた。

「こんな凄い力がいきなり何の努力もしないで得られるなんておかしいよ。なんだか…、ジューカみたいだなって。」

「…狩人ジューカみたいって?」


 「うん…。ほら、ジューカって手足を欠損してミヨイに機械で補ってもらったんだよね?」

「そうね。よく覚えていたわね?」

そうだよね、とジュナは苦笑いした。

「機械のおかげでジューカは、常人とは思えない力を手に入れた。」と私。

「でも、討伐後に機械は壊れてしまった。」とトーマ。

「討伐後に会ったことがあるのか?」とガネッタ。

「そりゃそうだろ。みんなとは半年くらい一緒に旅したんだぞ。それに、ジューカとは幼馴染なんだから。」

「…ジューカはあの後、上手く歩けなくなってしまった。勿論、たまにミヨイのところにも行ってメンテナンスをしたけども。」

「…ま、だからこの力は一時的な物じゃないかって思った訳。」

「でも、具体的に力が消えていく感じはしないのよね?」「うん。」ジュナは頷いた。

もし仮に、ジュナの力が消えてしまったら、フローライの耳を永久に治せないことになる。

それに、他にも力を必要としている人がいるとしたら…。ジュナは、姉の元に行かないと何人もの人を一生苦しませてしまうかも知れない。

「分かった、行ってきなさい。命の危険を感じたら、直ぐに逃げるのよ?」


 金属音がするノックが聞こえた。

「どうぞ。」小さな悲鳴を上げて扉は開いた。

「考えは纏まったでしょうか?」と姉は言う。

「ええ、本人の意向もあってお姉様にジュナを連れて行かせる方向で…。」

「そうですか?嬉しいです。」姉はジュナの方を見て言った。

「善は急げといいます。さあ、ワデイオッタへ行きましょうか。明日の早朝には出発ですよ。」と姉は急かすように言う。

「え、そんなに早く?」とジュナは驚いた。

「ええ。出来るだけ早い方がいいでしょう?」

「…そうですね。じゃあ、そろそろ準備しないと。また明日会いましょう。」ジュナはそう言って姉に手を振った。


 私が起きたときには、ジュナの姿はもうなかった。

「ジュナ、大丈夫かしら……。」

「まあ、大丈夫だろう。」とガネッタは呑気に言う。

「でも……。もし何かあったら!」私は少し感情的になってしまった。

「大丈夫だ。あの力があれば、大抵のことは切り抜けられるだろう。銃も使えるし。」

「それはそうだけど…。」

「心配なのは分かるがな。」

「え?」

「俺も心配だ。ワデイオッタ王国とミヨイに何か接点があるとしたら…。相当不味いことになりそうだ。」

「…このこと、ラックに相談せずに決めて良かったのかしら。」

「後で謝ればいいさ。さあ、そろそろ俺達も準備しないとな。」

「何処か行くの?」

「ああ。…エリーも一緒に行かないか?」

「ふっ…ふふふ…!」

「……何がおかしい。」

「ごめんなさいね、なんか…。必死だなあって。デートのつもりでしょ?乗ってあげる、私も行くわ!」


 ガネッタに連れられてやって来たのは、中心部から少し離れたところにあった市場だった。

「何か買うの?」と訊いてみた。

「エリーの誕生日が近いだろ?だからプレゼントを買おうと思ってな。」

「嬉しいわ。でも、こういうものっていきなり渡されるから凄く嬉しいのに。」

「使いにくいのだったり、趣味が合わないものを贈っちゃうと、捨てられないし困るだろ?だったら本人を連れてった方がいいんじゃないか?」

「確かにそうね。…ガネッタって優しいのね。」

そう言うと、ガネッタは少し頬を赤らめて顔を背けた。

可愛いところもあるじゃない。


 雑貨屋、お土産屋、文房具屋…。様々な店を見ていったが、あまり目新しいものや心から欲しいものは見つからなかった。

ガネッタは、アクセサリーを売っている露店の前で立ち止まった。

その店には宝石をあしらった装飾品が並べられていた。

「こういうのは、もう十分に持ってるよな…。」

「そうね…。次行きましょうか。」

「あ、このネックレス…もう持ってるか。」ガネッタは売り物から手を引っ込めた。

そういえば、私のネックレスには紫色の宝石がついている。お店の人にこれはどんな宝石なのか聞いてみようか。

「あの、この宝石は…何という石なんですか?」

「これは…何でしょか?すいません、分かりかねます。」如何にも宝石に詳しそうな老婆は申し訳なさそうだ。

「そうですか……。ありがとうございました。」

「あ、この装飾と似ているのがありましてね…。ちょいとお待ちよ。」


 「え、ええ。」

老婆が持ってきたのは、私のとよく似たネックレスだった。ただ、宝石の色だけが違う。

「これ、私のにそっくり。」

「多分それの紛いもんですわ。ほれ、そこの嬢さんよ。貴方はエリカノーラ王女じゃろ?」

「わ、分かってたのですか…!?」

「ええ、それ作ったんは私らなのは知っとります。随分と昔に作ったのに、大事にしてくれて有り難い限りですわ。」

老婆は何か思い出したように口を開けた。

「そういや、その宝石をイヤリングにしたって先々代が言っておったのう。狩人の…なんつったかのお…。」

「もしかして、ジューカ?」ガネッタは真剣な目をしていた。

「おお、そうじゃった。ジューカ・ハイトじゃ。そこんとこのハイト家が、受け継いでいったと聞いたのう。」


 「貴重なお話ありがとうございます。…なんか買ってく?」ガネッタは話を聞いただけで帰るのは気が引けるようだ。

「そうね。あ、これなんてどう?」

「…指輪?しかも2つ?」

私は黄色と緑色、赤色と青色が混ざった宝石の指輪を指差した。

「ええ。……ダメかしら?」

「いや、いいさ。買うよ。」

老婆は有難うねぇと銀貨を受け取ろうとしたが、私は待ってと言った。

「これ、ガラス玉よね?」

「王女様は何でもお見通しかい。こいつが本物だよ。」

本物の指輪を、先程の半分の値段で指輪を買った。

「おお、そうじゃそうじゃ。も一つ思い出した。その宝石にはな……。」

「宝石には?」ガネッタが前のめりで訊く。

「全てを掌握する力をもたらす、という言い伝えがあるんじゃよ。」


 「ねえ、ガネッタ。」

「ん?」彼は黄色と緑色の指輪を眺めながら返事をした。

「その指輪、私だと思って大切にしてよね?」私は少し照れながら言った。

「ああ…。一つ訊いていいか?何で返事をして無いのに、こんなことを?それに、どうして返事を待たせたんだ?」

「…怖かった。仲間とか、友達のその先が。」

一息吐いてから私は話し始めた。

「仲間や友達は、ガネッタ以外にも沢山いる。でも…恋人は私、初めてなのよ。例えるなら…。ガラス玉は大体、どのくらいで割れるのか分かるわよね。でも宝石は、種類によって脆さが変わる。」

「ガラス玉は沢山買えるし、宝石はそれに比べれば高い。だから…躊躇しちゃった。」

私は涙を目に浮かべながらも、真っ直ぐガネッタの目を見据えていた。

彼は、静かに私の話を聞いていた。

「そうか。……俺も怖かった。今まで、恋はこんなにも長い人生で、一度も経験して来なかったからな。気持ちはよく分かるさ。」

「ねえ、もう一回プロポーズしてくれる?」私は彼色の指輪を渡した。

「ああ、何度だってするよ。…俺と付き合ってください!」と彼は真面目な顔で言った。

「……喜んで。」


 ジュナが姉に連れて行かれて3日が経った。

「ジュナのこと、やっぱり心配だ。行き先すら殆ど分からないしさ。」

トーマはまだそんなことを言っていた。

「もう1週間と1日もいるし、ラック達が心配しますよ。」と言った。

ガネッタは「ラックに何の断りも入れずにジュナを行かせてしまったのは…何と言えば許してもらえるかな…。」とあまり帰るのには乗り気ではないようだ。

そんな時、フローライは怒った表情で私達の近くまで歩いてきて、『私の存在忘れていたでしょ!?』と睨みつけてきた。

『忘れてはないよ。』と千切られたメモ用紙に小さく書いたが、

そんなの絶対に嘘でしょとフローライが怒りは収まらないようだ。

『近頃誰も筆談してくれないし、この国の料理は味が薄いし、あんなに花が咲いてるっていうのに匂い一つしなくて…。』と新しいページにグチグチと書き連ねていく。


 「…え、ちょっと待って?」と私はたった今気が付いたことを言い始めた。

「“味が薄い”って…ナハルシアは他の国よりも少し濃いわよ?後、“匂い一つしない”のも変。いつも国中花の匂いに包まれているのに。ねえガネッタ、バルコニーの扉を開けてもらえる?」

ガネッタは無言で窓を開けた。私はフローライについてきて、と伝えた。

フローライはバルコニーに出て深呼吸をしたが、怪訝な表情をしていた。

『いつからこうなの?』

『思い返せば6日前くらいからかしら…。』

「フローライ、この花の匂いは?」

プランターに植えてあった花を指差すと、彼女は顔を近づけて嗅いだ。

「別にしないけど。」

「…そう。」

私はそれ以上は何も言わず、部屋の中に戻った。ガネッタとトーマはその意味をすぐに理解したようだ。


 「…ご飯食べに行きましょうか。とびっきり濃い味の。」

フローライと、私達3人は重い足取りで食事へと出かけた。

外は相も変わらず、気が散る程に花が咲いていた。フローライは、歩いている時に花と虫を踏まないようにしていた。

…気にしなくてもいいのに。

でも、将来的には気にすることも出来なくなる可能性もあるので、私は何も言えなかった。

『ジュナは無事なの?』

フローライはそんなことを訊き始めた。

「きっと、ちゃんと生きて帰ってくるわよ。ジュナのことだし心配しなくても…。」

私はそう答えておいたが、正直心配だ。どこかで死んでいないかとか、無事に帰ってこれるかとか……。そんな考えが頭をよぎっていた。


三話 ラック・フィニー〜それは何の為に存在するのか〜


 「は?ジュナをワデイオッタに?…しかも、フローライの味覚と嗅覚が消えた?」

僕は急に詰め込まれた情報を飲み込むのに必死だった。

妹がワデイオッタに行った?一人で?

しかも、聴覚に続いて味覚と嗅覚が…もうどういうことなんだよ!?

ジュナのことと、何か関係があるのか?

「おい、何で僕らに相談せずに決断をしたんだ。」

「往復何時間掛かると思ってるのよ…。それに急かされていたし。」エリーは呆れている。

「ジュナはどうしてワデイオッタに行くことになったんだよ。もっと詳しく聞かせてくれよ。」

 「あ、窓に新聞紙が張り付いてる。」とチアフィ。「最近は風が強いからな。いちいち引っ剥がすのも面倒だし、そのままに…。」とグリームが言いかけたところでチアフィは「え、[ワデイオッタ国王と王妃、魔王城に]だって!」


 「…そのアルゲノーラとかいう奴、ミヨイと繋がってるって考えた方がいいんじゃないか。」事情を聞いた僕はそう言った。

ミヨイはソファラを僕らによって殺された。冷酷な天使とはいえ僕らを恨んでいる筈である。

そんな中ジュナがアルターの力を持ったとミヨイが知ったなら…。僕らへの復讐も兼ねてジュナを攫い、その力も思うままに利用したいと思うのが普通だ。

エリーの姉であるアルゲノーラはまだ僕らにとっては信用出来る。

そんなアルゲノーラならジュナを預けてしまってもいいと考えやすい。

ワデイオッタ国の計画に協力してもらうという名目で、魔王城に連れて行くということも容易に出来る。

…この考察が当たっているならば、相当不味い状況に僕らは置かれていることになる。


 「…ミヨイが今一番望んでいることは何だ…?最初にする事が分かればまだ先手は打てる。」

「つーか、何でミヨイはジュナを攫ってまでしてどう復讐したいんだよ?てかさ、ミヨイは魔王が殺されたことが憎いんだろ?何でも出来るってんなら、最初にしたいことはソファラを復活させることじゃね?失ったものを取り返す前に、復讐に取り掛かるなんて可笑しくないか?」

グリームが至極真っ当な疑問をぶつけてきた。

「確かに、それはそうだな……。」

「魔王が復活するならば、オーサーの力を使える人が2人になるわ。そうなると…相当きついわね。そこの対策もすべきね。」とエリー。

「…どうしてそれをワデイオッタでやらなかったんだ?ここには立ち寄っただけだって書いてある。つまり、ミヨイは直ぐに魔王城に戻ったってことじゃ?」ガネッタが疑問をぶつけてきた。

「ワデイオッタから魔王城までってなると結構な距離があるよな…。もしも俺がミヨイなら、一刻も早くソファラに会いたいからワデイオッタ国内で復活させるな。」

「何かそうしないといけない理由があったのかも知れない…。」とエリー。


 長らく議論を続けてはみたが、結局結論は出ずに終わった。

「なあ…。これからどうする?オーサーの力が使われると直ぐに僕らの居場所はバレる。早い内に移動をしたほうがいいと思うんだが。」

「海に行かないか?海底には人魚が住んでいるだ。」とガネッタが言うので、僕は吹き出してしまった。

「人魚って…、お伽話だろ?」

「いるんだよ、実在するんだ。」

「えぇ?何言って…。」

ガネッタが真剣な表情になったのを察して、僕も真面目に話を聞くことにした。


 「……オーサーの力は、海の中心に集中している。カペラーニャもそこに行けと言っていたし、やはり何か重要なものがあるんじゃないかと踏んでいるんだ。」

「なるほど……。でも、海底は深海なんだよな?どうするんだ?」

「ちょっと待てよ……。」

『ねえライ姉。』と紙に書いて見せた。

『何か用?』とフローライトは素っ気なく返事をした。が、やはり口元を手で隠し、口角が上がっていることを見せなかった。彼女は、実は根っからの恥ずかしがり屋なのかも知れない。

「どうやって行くんだ?海の底なんて。」とラックが訊くと、

『安心して。考えがあるの。

「考えがあるの。」

「何だよ?」とライ姉に訊いた。

『人魚化の魔法よ。』

「そんな都合のいいもんがあるのか?」と俺は呆れて言った。

『あるのよねぇ。』と言い、ライ姉は魔導書を開いた。

ライ姉は俺達に方法を教えてくれた。この魔法には特に条件などはなく、初心者でも使える程度のものだった。人魚化とは言ったものの、実際に足が鰭になる訳ではなく水中での呼吸が出来るようになるだけの魔法だ。


 「この魔法はどのくらいで切れるんだ?」

『大体14時間程度ね。』

「ふーん。じゃあ、行こうか。」

「え?」とフローライが素っ頓狂な声を久しぶりに上げた。

「だから……海へ行こうって。」ガネッタはそう答えた。

『本気?』「ああ、勿論だ!」

『…分かったわ。じゃあ、準備をしましょう。』

『あ!ちょっと待って!』彼女は慌てて言った。

『私も行くの?』

「え、そんなの当たり前じゃないの?」とエリー。

『いや、だって私は耳が聞こえないし、それに…。』

「関係ないさ、水の中じゃ僕達の声が聴こえないことなんて。」

『それはそうだけど…。』

「あーもう、行こうよ!」ラックはライ姉の手を取った。

「え?」「一緒に行こうって意味さ。」


 「む、むり…!!」フローライは膝下程が海に浸かった状態で青ざめていた。水に落としてしまうと困るので紙とペンは持っていない。

「どうして?」とジェスチャーで示すと、「だって、わたしねこだよ?」

とフローライ。しばらく自分の声を聞いていないからか、拙い発音だ。僕がフローライを海の中に入れてもいいかと、ガネッタに問うと少し迷ったような表情を見せたが了承した。

「うにゃぁあ!」と、フローライが悲鳴を挙げた。

僕はフローライをお姫様抱っこで持ち上げる。

すると彼女は僕の首に腕を回して抱きつき、顔を肩にうずめた。

耳元で小さく囁いた。……ありがとう。

彼女の声はやはり聞こえないが、口の動きで何を言ったかは分かった。

どういたしまして、と僕は笑顔で返した。


 結局、フローライとチアフィ(泳ぎが絶望的に出来なかった為)とトーマ(島のお祭りに参加してほしいと言われた為)は陸で待機となった。

『大丈夫か?』

『大丈夫な訳ないでしょう!』と勢い良く紙を見せてきた。

「じゃあ何で海に来たんだよ……。」僕は呆れてしまった。

『ラックが行こうって言うから仕方なく来たまでよ。』それはそうだが。

『折角だから楽しんでいこうよ。水着も着たんだし。』と恐る恐る書くと、彼女は無言で何かを描き始めた。

「何これ…。」聞こえていないからこそ言えた。本当に何を描いているのか分からなかった。

フローライは字が綺麗なのに絵が描けないタイプの人らしい。

『↙人魚(泳いでる)』

思わず吹き出してしまった。言われてみれば何となく分かってきた。フローライは僕が笑ったことが不満なようで、ほっぺをつまんできた。

「い゛だぃい!!」幾ら叫んでも、彼女には悲鳴は届かないんだった。


 島を離れてしばらく泳いでいると、ガネッタの言っていた通り建物が見えてきた。

ガネッタは足元にあった建物を指差してから向かっていった。建物内には一匹?いや一人?の女性と思われる人魚がいた。

彼女はガネッタとエリーを見るなり嬉しそうにくるくる回り始めた。

「息しなくて大丈夫なの?あ、まずは自己紹介しないとなの!わっちゃはカロースズなの!よろしくなの!」

「へぇ、カロースズか。あたしはグリーム。」

「僕はラックだ。よろしくな。」

「ラックさん、グリームさん、握手なの!」と言って手を差し出してきたのでその手を取った。グリームは苦笑いをしてから手を取った。

「うぅ、わっちゃお腹が空いていたの!何か食べ物を恵んでほしいなの…。」と言ってきた。

「え?でも何も持ってないんだよな…。そうだ、魚でも…。」

「それはだめなのー!お魚さんをころしちゃだめなのー!大事なお友達なのー!」やけに騒ぎ回る人魚は見ていて滑稽なものだ。

「そ、そうか…、なら陸の動物も、か。」

「あ、それはありなの!」「お、おう…。そうなんだ…。」

きっと陸には殆ど行かないからだろう。そこには友達はいないらしい。


 「じゃあ普段何を食べるんだよ?一人じゃ陸に行けないだろ?」

「えっとねー、わっちゃは食べられるお魚さんが大好きなの!ちっちゃな網に入ったお魚さんは大丈夫なの。」

「それ、養殖とかなのか?」と僕。

「なの?ヨーショクってなんなの?」

何だかカロースズと話していると調子が狂ってしまいそうだ……。

「メズさんが持ってきてくれるなの!…あ、来たなの!」

ゴゴゴ、と水を掻き進むような音がしたかと思うと、ただの魚ではなく幻獣のような巨大が窓越しに見えた。

「メズさんなの!」

彼女の言葉を信じるならば、それは水棲幻獣、“メズ”と呼ばれるものだった。

しばらくすると網に入った魚を咥えたメズが、ぬっと入ってきた。

「ありがとうなのー!」とカロースズは嬉しそうにしている。

言葉は通じていないようで、会釈もせず直ぐに遠くへ行ってしまった。


 「メズさん、つーのはいつも決まった時間に来るのか?」とグリーム。

「そうなのー。わっちゃはメズさんのおかげで毎日お魚を食べられてるなのー!」

言葉が通じていない魚が毎日決まった時間に来るなんて。見た目に反してメズは賢いのかもしれない。

僕がそんなことを考えていると、カロースズが僕に話しかけてきた。

「ラックさん、今日はなんでここに来たなの?」とカロースズ。

「え?ああ……、ちょっとな。」

「もしかして、わっちゃに会いに来てくれたなの?」と、瞳を輝かせてカロースズは言う。

「え?いや違っ…。」

「嬉しいなのー!花冠あげちゃうなの!」と言ってカロースズは僕の頭に花冠をそっと被せた。

「似合ってるなの!」と彼女は嬉しそうに言った。

「あはは…ありがとう。」


 一段落して、僕達はようやく旅の目的を話した。

「世界の中心…なの?それって、“オリジ・マーコメット”のことなの!」

「…オリジ・マーコメット?それについて詳しく教えて貰える?」とエリー。

「凄いところなの!だって、お姫様がそこに住んでるからなの!」

「さしずめ人魚姫といったところか。」とガネッタ。

「まあ、とにかく行ってみるか。」とグリームが言うので、僕らはそこに向かうことにした。


 珊瑚礁や海藻の森、砂地に岩場が広がっている場所を進むと、開けた場所に出た。

そこには、熱帯魚がぽつぽつと行進をしているかのようなところや、千切れた海藻が揺蕩っている農場のようなところ、人魚達が岩場で話しているところ…。

そして中央には、ペン立てのような宮殿や居住地だと思われるところ…。

まさに海底都市といった風貌をした場所だった。

「凄いな……。」僕は思わず感嘆の声を漏らした。

「ふふーん。ここが海底都市、オリジ・マーコメットなの!」とカロースズが言った。

…どうやら都市名だったらしい。

「あ!ゲイジーなの!」と言ってカロースズは泳いで行ってしまった。

「え…!?待てって……!」と僕達も追い掛けた。

カロースズを追いかけている間、人魚達の視線を感じた。彼らの中にはひそひそと話す者、驚いた表情を見せる者、睨みつける者までいた。

何となくではあるが、その視線に敵意が含まれているように感じて不快だった。


 この海底都市に住んでいる人魚達は、陸上とは孤立した文明を500年近く築いてきたらしい。その為言葉はおろか、文字も変形が激しく僕には読めたものではなかった。

拙いながらもカロースズと言葉が通じるのは、こっそり都市を抜け出してエイヴェルド島に通っていたからだと言う。

「わっちゃ、凄いなの〜。人間さん達が話していた言葉だけ聞いて喋られるようになったなの。」

「そっかー。凄いじゃないの、頑張ったのね。」とエリーはカロースズの頭を撫でた。

「えへへ……。あ、お友達の紹介してなかったなの!この子はゲイジーなの!とっても綺麗なの。」と言って、鰭の部分が何かの触手になっている人魚を指差した。


 ゲイジーは「あわわ…。」というような聞き取れない声を出して、カロースズの後ろに隠れてしまった。

「えーと、何て言ってるなの?…ボクはゲイジー…。蛸系の人魚だけど…。陸の生き物がなんでここに?…なの?」

いきなり陸から来た得体の知れない生き物が四体もゾロゾロと出てきたら、誰でも驚くだろう。

ゲイジーは僕らを警戒しているようだったが、カロースズが味方だと説明すると警戒を解いた。

「みんな人間さんの言葉を知らないから、わっちゃが代わりに伝えるなの!」

「翻訳者か、よくやるよ本当。」とグリーム。

「ホンヤクシャ…?なんかかっこいいなの!わっちゃは翻訳者なの?」

「ああ、かっこいいと思うぞ。」

「そう…なの?えへへ…。」とカロースズは頬を赤らめて笑った。可愛いな本当に。


 僕らはまた、都市をカロースズと泳いで行った。ゲイジーも着いてきたのは予想外だったが、やはり人間がどのような生き物なのか気になるようだった。

「ここはゲイジーの海藻畑なの!わっちゃは、たまに海藻を育てるのを手伝ってるなの。」

「へぇー。海藻って美味しいのか?」とガネッタ。

「分かんないなの!でも、わっちゃが植えたやつは美味しい気がするなの!」

「食ったことねぇのかよ。じゃあ誰が食べんだそんなもん。」とグリーム。

「うーん、何に使われているのか分かんないなの…。ん、ゲイジーが何か言ってるなの…。でも、海藻は買い取ってくれる仲間がいるから。きっと誰かにとっては大切なものだと思う。…なの!」

「そんなビジネスもあるのか。」と僕。カロースズはビジネスという言葉が分からないようだったが、話を進めた。

「もちろん、お金はわっちゃたちにとっても大事なものなの!だから頑張ってお仕事してるなの!」


 色々なところを見て回るにつれて、このオリジ・マーコメットという都市についてある程度分かってきた。辺りが薄暗くなってきたので、エイヴェルド島に戻り始めた。

ゲイジーは帰ったがカロースズは見送ってくれるようだ。その間も情報収集の為に会話を止めなかった。

「人魚って頑張り屋さんが多いんだね。」

「わっちゃたちは海水がなきゃ死んじゃうなの。それでも仲間を増やして生きやすくするのが大事なの!だから、お勉強もするしお仕事もするなの!」とカロースズは鼻を鳴らした。だが海の中ではいくつかの細かな泡が海の外に還っていっただけだった。

エリーが頭を撫でるとカロースズは気持ち良さそうに目を細めた。

「えへへ……、でも、みんなに比べたらまだまだなの!わっちゃなんて、まだ100歳なの!」

「100歳?人魚ってそんなに長寿…ああいや、長生きするの?」とエリーが言うとカロースズは嬉しそうに答えた。

「そうなの!250歳になるまで頑張るなの!」

「250歳になったら何か起きるのか?俺は315歳だけど、なにも起きていないが…。」

「わっちゃ、250歳になったら海を出なきゃいけないの!だからそれまで頑張るなの!」

「海を出る?なんでだ?」と僕は思わず聞いた。カロースズは悲しげな表情になったが、すぐに笑顔になって答えた。

「…どうなるのか分かんないなの。でも、どこか遠くに行くことになるなの。」

「そうか…、じゃあまた明日。」

「お家で待ってるなの!」

そう言って彼女は泳いで行ってしまった。


 宿のテラスで休みつつ、僕はみんなを集めて話し合いを始めた。

「さ、今日分かったことを整理するか。まず…海底都市の名称はオリジ・マーコメットとのことだ。何か意味がありそうだが…。チアフィ、どう思う?」

僕はあまり興味がなさそうなチアフィに話を振ると、やはり何も聞いていなかったようで驚いた顔をしていた。

「え!?ああ…えっと…?分かんないです。」

「オリジっていうのは、古典に原初とか、起源って意味が載っていた気がするけど……。」とエリー。

「マーコメット…。長い単語だから、もしかしたら、2つの単語が組み合わせて作った言葉なのかも知れないな。」とトーマ。

「マーコ、メット。マーコメ、ト。マー、コメット…?」とガネッタがぶつぶつと呟いていると、フローライがいきなり立ち上がった。

「コメットって…。」

「あ…分かった!マーは海、コメットは彗星のことよ。」

「そうなのか…。じゃあ原初の海の彗星…っていうことか?いまいち意味は分からないが、調べたら何か分かるかも知れないな。」


 「そうだ、フローライに訊きたいんだが、メズという水棲幻獣を知っているか?」

『とっくに絶滅してる筈だけど。』

「今日普通に泳いでたが。」

『そんな筈あり得ないわ!』フローライは余程それが異常だと言うような目で僕を見た。

『メズは脳の造りが簡単で、すぐに行動パターンを変えられるの。そして、それはどんどん遺伝していく形質がある。大半のメズは500年前に大量絶滅して、生き残りは人間達に都合の良い行動パターンを植え付けられ、自然に適応出来ずに死んでいったわ。』

「500年前か…。人魚と人間が交流しなくなった頃と一致するな。何かあったのか?」

「…ワデイオッタ大戦。」とエリーは何か気が付いたように息を飲んだ。


 「何ですか、それ。」

「ワデイオッタ大戦は、まだ王国が成立して間もない頃に、隣国であるティドキーナ国に無断で攻め入って起こった大戦よ。ティドキーナ国派にはナハルシア王国もついたから良く知っているわ。」

「ワデイオッタ王国は弱小国を植民地にして物資を集めて、勝利した。海とあまり離れていなかったから人魚との交流もあった可能性は十分にあると思うわ。」

海から遠く離れることは、人魚達にとっては死活問題だ。ワデイオッタ王国派につくのは必然的だったのだろう。

「大戦と名前が付くほどに大きな戦争だったから、戦うのに必死で人魚と交流しなくなったとか?」とチアフィ。

『その可能性はあるわね。』とフローライは頷く。

「いや…待て。そもそもワデイオッタ王国は何故戦争をふっかけてきたんだ?」とガネッタ。

「それは…分からないわ。今も謎のまま。とても勝算があったとは思えないし、勝ったといっても少し状況が違えば負けた可能性も十分にある。」

「そうか……。まだまだ情報が足りないな。明日また調査しよう。」


 みんなが自分の部屋に帰って行った後、残っていたエリーが僕に話しかけてきた。

「単なる言い伝えに過ぎないだけど、一つ気になっていることがあるの。」

「なんだ?」

「大戦を仕掛ける前のワデイオッタ王国に、銀髪の少女が舞い降りた、って。見た目は翼も生えていないただの人間にしか見えなかったけど、何故か空中からいきなり出てきたんだって。」

「見間違いか何かじゃないか?」

「そうかも知れない。でも…これは私の勘だけど、その少女は大戦に何かしらの関わりがあると思うの。」

「それと…、大戦後のティドキーナ国には、右翼が包帯の天使が舞い降りたって。」

「それって…ミヨイじゃないのか?」「私もそう思って。」

僕達はしばらく黙った。

「…そろそろ寝ましょうか。また明日ね。」とエリーは自室に帰っていった。

「…ああ、おやすみ。」と僕は答えながらベッドに向かった。


 ティドキーナ国…そういえば、学校で習ったきり一度も聞いたことのなかった単語だ。今はどうなっているのだろうか。

この辺の歴史、学校に入学したての頃にジュナがテスト前に訊いてきたことがあったな。いっつも追試ギリギリの点数を取ってきてヒヤヒヤさせやがって。

勉強はからっきしだったけど、集中すれば銃の腕は確かで、的当ては歴代記録を大きく上回ったりだとか、実技試験の幻獣狩りは倒し過ぎて試験監督にブチギレられて酷い目に遭ったりだとか…。

…懐かしいな。今は会えないと思うと寂しい。何だかひとのことを気にするって苦しいものだな。

モナは今もずっとこんな気持ちなのかな。僕のことなんてすっかり忘れて自分の人生を大切にすればいいのに。でも僕の人生には大切にするものなんて…。


四話 フローライ・ローザント〜誰と出会って誰と生きるか〜


 それじゃあ、行ってらっしゃい。と、4人に手を振ってから私は部屋に戻った。

相も変わらず、実質的に私は室内に閉じ込められた。視覚と触覚しかない人を外出させるものかと、前よりも仲間の監視は厳重になっていた。

今日も今日とて私は二人の幻獣の世話をする他無かった。

最近、ファングは計算が出来るようになった。紙とペンを使った簡単な計算なら何とか出来るようになったのだ。

ユラはそのことが嬉しいようでたまに頭を撫でて褒めるようにもなった。ファングの無邪気な笑みで、ユラは母性本能を擽られているらしい。私は、そんな二人を見て微笑ましいと思う反面、少し嫉妬していた。私もあんな風に褒めてもらいたかった。頭を撫でて欲しかった。抱きしめて欲しかった……。

まあ、あの頃にお父さんを止める為に、魔法を沢山使ったから今の私がいるのだけれど。


 『そういえば、貴方のお父さんはどんなお祭りに呼ばれてるの?』

『こっちが知りたいわ。私は何も聞いていないし。』

『じゃあ行ってみようよ?オレ、気になってた。』

そうそう、ファングも会話に入ってこれるようになったんだった。

『でも私はここから出られないし。二人で行って来なさいよ。』

『えー?オレ、人間の顔あんまり覚えられないから分かんないよー。』

『折角ならみんなで行きましょうよ。玄関を通ったらチアフィに見つかるって言うなら、窓から出ればいいじゃないの。』

ユラとファングは既に窓から身を乗り出していた。

『ちょっと待って!私も行くから!』

そうして私達は窓から外に出たのだった。


 窓から出たはいいものの、何処に向かえばいいのか分からず、立ち止まってしまった。

私達は顔を見合わせて、どうしたものかと思っていると、近くを通行人が通りかかった。

取り敢えず、ついていってみようということで、暫く進むとその先にはメインストリートと思われる道が

なんだろうね?と言うようにファングは私の顔を覗き込んだ。

「貴方達、ずっと幻獣の姿のままだけど。人の姿にならないのは何故?」

ユラは少し考えて細い路地に入っていった。人の姿になると私からペンを取って『見られると困る人がいるかも知れないじゃないの。』と書いた。

『どういうこと?』


 『フローライ、300年生きてきた貴方よりも、100年、1000年多く生きている人もいる筈よ。』

『それはそうね。』

はぁ、とユラは息を吐くと、身震いをした。

『怖いじゃない。ばったり会っちゃったら。そんなに長寿な生き物に会ったら…。長年の研鑽を積んできた生き物に為す術無く潰される。』

『ほんの一瞬。これからも悠久の時を生きていくと思っていたのに一瞬で終わる。長く生きていればいるだけ顔を合わせる人は増えていく。いつしか知らない間に誰かの恨みを買う。殺そう、殺さないと。見つけた瞬間、ぐしゃっ。』

私の肩にしがみついていたファングが縮こまったのが分かった。

ファングは大丈夫だよ、とユラはファングの頭を撫でた。


 『逆にフローライは幻獣の姿にならないの?』

『そうね…。暫くなってないわね。なったところで得することなんてあんまり無いし。』

『なってみてよ!ユラ姉も気になるよね?』

『まぁ…。気になるっちゃ気になるけど。』

『分かったから。でも、幻獣の姿になったら服はどうなるのよ?』

やっぱり二人は顔を見合わせたが、答えは出る筈もなく。

『分かんない!それよりお祭り見に行こーよ!』とファングは論点のズレたことを言った。私達は人混みに紛れて、祭りとやらに参加することにした。


 道にいるのは普通の人間が多いが、幻獣や悪魔、魔物、他にも色々な人がいる。そして、その幻獣達は皆、同じ方向に歩いている。道の両側には出店があって、食べ物や呪物のようなものが売ってある。

…これは一体どういう祭りなの?と私は思ったが、ファングもユラも楽しそうにしているからいいかと思い直した。

奥の方まで行くと、人集りや祭壇のようなものが見えたので、そっちに行ってみることにした。

祭壇のようなものは、宝石や金銀銅の装飾が散りばめられていた。その中心には…悪魔?

金髪と包帯で隠された左目、角ばった双角、凛とした面持ちは、只者では無さそうな雰囲気を醸し出していた。


 呆気に取られていると、いきなり肩を叩かれたから驚いて変な声が出てしまったかも知れない。振り向くとそこにはお父さんがいた。

思っていた通りお父さんは、何でここにいるんだ?という目で見てきた。そもそも、お父さんが何も祭りのことを言っていないから気になって来たのに…。

お父さんはこの祭りについて説明してくれた。この祭りは、昔この島で働いていた労働者と、島を守っていたペディスティルへの感謝の気持ちを忘れない為と、地下の文明を築きあげてきた悪魔達との親交を深める為にあるのだという。

そして祭壇の上にいる悪魔は金色の一等星、カペラーニャだ。彼女は悪魔代表としてここに鎮座しているらしい。


 突然、私の肩から祭壇へ、ファングが飛び移った。幻獣の姿から人になってカペラーニャに話しかけた。

彼女ははっとしたような表情になり、優しく微笑んだ。

…かなり力のあるであろう悪魔の心を、まだ子どもの幻獣が一言で開くとは。ファング、君は凄い子なのかもね。

カペラーニャは祭壇から降りてきた。私と並んで見ると、思ったよりも小さく見えた。かといっても、同じくらいの背丈だから親近感も湧いた。

…そんなこと言ったら一発で殺されるかも知れないかも。発言には気をつけましょうか。


 お父さん、カペラーニャに、ユラとファング、それと私。四人と一匹で出店を回っていると、何だか家族みたいな気分になってきた。もし、お母さんがいたらこうやって、“なんてことないいちにち”が続いていたのかもね。

でも、そんなことを考えるよりも、今はこの時間を楽しむことが一番大切か。

味が無かった飲み終わったジュースの氷が溶けて、変な色の水になったものを飲んでいると、カペラーニャが私の手を握った。そして、夜闇を真っ直ぐに見て、 彼女は言った。私はその時だけ、彼女が言ったことがはっきり分かった。

「殺し屋は、月も敵に回したの?」


 私はやっぱり聞こえていなかった。人々のどよめきも、並べられた燭台が崩れる音も、翼が闇を切る音も、全部。全部、全部!私には聞こえていなかった。ああ、聞こえていたならば。

私も遠ざかる群衆の中の一人になりたいと思ったが、それは無理だと悟った。

忘れてはいけなかった。私達には命を繋ぎ、命を断ち切る為の殺ししかないのだった。

月明かりを覆うように、3体のドラコンが私を見ていた。彼女、カペラーニャは手を握っている。いや、握ってくれている。カペラーニャは不安な表情をするどころか、睨みつつも笑っていた。

私を助けてくれるの? 私は、カペラーニャの手を一度離し、彼女の目を見つめた。そして再び握った。

一斉に襲いかかって来た3体のドラコンに、私達は立ち向かった。


 「ユラ!焼き払って!」そう言うとユラは炎の渦を作った。ドラコンはそれに焼かれ、上へ上へと昇っていく。ファングは炎に怯まずに攻撃を続けた。

隣を見ると、カペラーニャが華麗な立ち回りで攻撃を続けていた。翼があると幾分かは楽らしい。

近くで稲妻が走っているのを見た。彼女は雷の魔法を使うらしい。

カペラーニャは私の手を引いてドラコンから距離をとった。

そして、ファングに目配せをすると、彼は魔法で風を起こしてさらに炎の火力を上げてくれた。あのドラコンは二人に任せよう。

お父さんはいつもどおりの剣で、瀕死状態までドラコンを追いやっていた。

そっちを見ている内に、カペラーニャが担当していたのが逃げようとしていたので、連れ戻す援助をした。


 2体のドラコンは力尽きて地面に落ちたが、ユラとファングのドラコンは中々倒れなかった。

しまった、放っておき過ぎた。火力が上がり過ぎている。ファングが危険だ。

魔法で連れ戻そうにも、姿が見当たらない。水も近くにない。

どうすれば…、いや。一つ策があるが、危険過ぎる。でも…やらないと2人とも死んでしまう。やはり、こうするしか!

私は2人ではなく、ドラコンの方を操った。上下左右に空中を飛び回らせた。

カペラーニャが何をしているの!?と驚いていたが、私は無視してドラコンを操った。カペラーニャはどうにか助けないと、と思いドラコンに近づいていった。

そして、私の思惑通り、ファングとユラは地面に叩きつけられた。


 地面に降りたカペラーニャは、焦りと驚きが混じったような表情で、倒れた2人を見下ろしていた。

ユラは人の姿になって、小さくなったファングの守るように抱き締めていた。

「ファング!ユラ!大丈夫!?」

私は2人の様子を見に行った。ユラは怪我、ファングは火傷を負っていて、暫くは動くことも出来そうにない。

私がカペラーニャの目を見ると、彼女は少し戸惑ったが、すぐに地下へのエントランスへと連れ出した。

ここには回復系魔法使いが多くいるようで、一先ず応急処置をしてもらった。


 宿へ戻るときも、カペラーニャが一緒についてきてくれた。色々と聞いてきているらしいが、何を言っているか全く聞こえない。

漸く聞こえていないのに気づいたときには、宿に着いてしまった。

海から帰ってきたみんなは、やはり驚き、どうしたんだと口々に訊いてきた。

エリーに頼むと直ぐにはユラとファングの手当てを始めてくれた。

その間、カペラーニャと筆談をした。

『どうして二人を振り落とした?』

『ファングが焼死するのは時間の問題だったわ。ウェルダンの状態のを安全に降ろすより、多少乱暴でもミディアムレアの状態で落とした方が生存率は上がると思って。』

『我はウェルダンの方が美味いと思うが。』

『冗談は止してよね。私もそうだけど。』


 『あのイグナイトフォックスはユラ、といったか。』

『ええ。ユラがどうかした?』

彼女は思っていたよりも豪快に、あははっ、と笑った。

『まさかまだ生きておったとは。』『貴方、ユラを知っているの?』

カペラーニャは蝙蝠とよく似た翼をバサバサと振るわせながら答えた。

『奴はな、我が育ててやったんだ。』

驚きのあまり、訊き返すというか、二度見をしてしまった。

『育てたといっても、餌をちまちまやってただけだが。』

『それって何年前のことなの?』

『昔過ぎて忘れた。ざっと1000年とか。』

『じゃあ、カペラーニャは今、ざっくり何歳くらいなの?』

『我か?それは…考えるだけ無駄な気がする。分からない。そもそも悪魔とは、天使がそのまま悪魔になったものと、もとから悪魔だったのもがいるんだ。我は元から悪魔だが。』

『元々悪魔ね。貴方の体はどういった原理で出来てるの?』

『さぁ。我もよく分かってないな。腹は減らないが食事は取れはする。寝る必要はないが気分的に寝たくなるときもある。どうやって成り立っているのやら。』


 そんなことを話しているうちにユラとファングの治療が終わったようだ。エリーは疲れきった様子で自分の部屋に入ったきり出て来なかった。

一日中泳ぎ回って、そのうえ二匹の幻獣の治療までさせられるのは流石に大変だっただろうな、と今更エリーのことが可哀想に感じた。

私のベッドに二人は横たわって、安静にしている。顔や腕などには包帯や布が当てられている。

カペラーニャはベッドの横に椅子を置いて、そこに座った。少しその場を離れて、戻って来たときには彼女も寝てしまったようだ。私はそっと毛布を掛けてあげた。

さて…。私は一体どこで寝ればいいのだろうか。ユラとファングはベッドの大部分を使っていて座れる程のスペースしかない。


 もうみんな眠ってしまった。ガネッタのベッドに行っても、弟は大の字になって鼾をかいている。五月蝿くて寝れたものじゃない。

クッションの上で寝るとしても数が足りない。ソファーはないし、毛布もない。

最後の手段を使うしかないようだ。幻獣化してファングの寝床で寝る。これに尽きる。早速幻獣化してみると、あまりに低い視点に吃驚した。最早ただの白猫になった私は底に薄い毛布が敷かれたバスケットに入った。入ってみると案外寝やすいかもしれない。毛布がふわふわだから中々いい感じだ。バスケットに囲まれているから、なんとなく安心感もある。

いつの間にかうとうとと、寝てしまっていた。


 んぐーっ、とバスケットの中で伸びをして、周りを見るともう日が昇っていた。

バスケットから飛び出ると、ファングもユラも私のベッドでまだ寝ていた。

カペラーニャは起きたばかりで目が半開きだった。目を擦って欠伸をし、眠そうにこちらを見ていた彼女はやがて目が覚めてきたようで、こちらを見てにっ、と笑った。

椅子から立ち上がって、私の前で屈んだ。両手を前に出して、私の腕の付け根辺りを掴んで持ち上げた。

彼女は何の躊躇いも無く、頬を擦り寄せてきて困惑した。

…え、もしかして私がフローライってことに気づいていないの?

彼女は私の姿が愛おしそうな表情をしていて、私は少し、いやかなり恥ずかしかった。

昨日の彼女の振る舞いからは考えられないような行動を見てしまったからには、今更拒否も出来ず、暫くの間されるが儘の状態で愛でられ続けた。


 ファングが起きて、この光景を目の当たりにする迄、延々とちょっかいをかけられた。

彼女は先程までの行動を見られていたのが恥ずかしかったようだ。私をファングに差し出すと、窓から飛んでいった。

ファングは特異なものを見るように私の顔をまじまじと見てから、隣で寝ていたユラを起こした。

鬱陶しそうに手でファングを叩いて、もう片方の手は枕を掴んで離さなかった。

ファングはユラを起こすのを諦めて、普段自分用に使っているブラシを引っ張り出して、私の毛並みを整えてくれた。


 くぁーっ、と欠伸をするとファングは無邪気に笑った。その声で起きたのか、ユラがベッドから上体を起こした。私を見て、はっ、としたような表情をしてから、ブラシを持ったファングをキッと睨んだ。

そして私の脇の下に手を差し込んで持ち上げたかと思うと、にやけてから自分の膝上に乗せた。私が呆れた目をユラに向けていると、ファングは私に顔を近づけて顎をくいっ、と手に乗せた。

ファングがブラシを片付けに行っている間、カペラーニャが窓から入ってきた。彼女は私とユラのじゃれあいを暫く見ていたかと思うと、徐にベッドに乗り込んできて私を持ち上げると自分の膝の上に置いた。そして私の体をわしゃわしゃ撫で始めた。


 いい加減飽きてきて、3人の手や足の間を通り抜けて他の部屋に行き、人の姿に戻った。直ぐさま服を着て戻って来ると、3人は落胆した表情を浮かべていた。

『もう嫌よ。暫くは幻獣の姿にはならないんだから。』

『我は久々に癒されたのだが…。頼む、もう一度だけお願いしても?』

『諦めて。あ、そうだ、貴方ユラに何か話したいことは無いの?』

『…特に無い。』カペラーニャは少し間を置いてから答えた。


 『その様子だと、何かあるんじゃ?』

ありそうだよね、とユラをつつくとよく分かっていないようで、曖昧に首を傾げていた。

『何?何か用なの?』とユラ。

『ほら、この…人?かどうかは分かんないけど、カペラーニャっていうの。』

『それで、カペラーニャがどうかしたの?』ユラは本気で知らないようだ。

『カペラーニャは貴方の育て親だって。』

『育て親って程じゃないが…、餌をやってたじゃないか?』

『貴方が?うーん、よく知らないわ。でも、同じようなことをしていた悪魔なら知っているわ。』


 『黒っぽいボロボロの布切れを羽織ってて、髪は…そうね、貴方と近い髪色で短髪ね。瞳の色は見たことないわ。緩く包帯を目に巻きつけていたから。』

『それは昔の我だ。今とは大分変わってしまったから分からないのも無理は無い。』

その文面を見て、ユラは正面に視線を移した。

『本当なの?本気で言っているの?それなら、なんで、今ここに?それとなんで私を育てたの?』

ユラは相当そのことが信じられないようで、ベッドから立ち上がって書き切れないことを言っていた。

『まぁ、色々あってな。一つずつ聞いていってくれ。』

『長丁場になりそうだから、飲み物取ってくるわね。紅茶でいい?』


 カペラーニャは紅茶を啜りながら、ユラに口頭で事の顛末を話した。話し終わってから、カペラーニャは私にも説明してくれた。

850年前、その頃のカペラーニャは生まれたての悪魔で、魔力も力も殆ど無く人間を唆すことすら出来なかった。生き物の魂を盗る能力が無ければオーサーに消されてしまう為、仕方なく知能が高い幻獣の魂を盗っていった。

ある時、3頭のイグナイトフォックスを唆した。その内成獣の2頭は、抵抗も虚しく倒れたが残りの1頭は幼獣だったからか何も影響を受けなかった。

それから何度もその幼獣を見かけ、流石に気になったカペラーニャは、魂を盗ったばかりの幻獣を近くに置いてやった。


 その仔は元気そうに走り回っていたが、ある日を境に姿を見せなくなった。カペラーニャは必死で捜した。左目が潰れようと、雷に撃たれようと、捜し続けた。

到頭見つからず、初めて立ち止まった時に自身の変化に気が付いた。弱々しかった翼も足も力がつき、魔力も魔法も使えるようになった。

『と、まぁこれにて金色の一等星の完成ってことだ。』

『ふーん。ユラって名前も貴方が付けたの?』

『そうだ。だって炎って揺らいでいるものだろう?』


五話 ガネッタ・ローザント〜安住の地は何処に〜


 昨夜はライ姉の件でちょっとした騒ぎになったが、実はそれどころじゃなかった。海中をひたすらに泳ぎ回り、人助けだとか、権力者に頭を下げに行ったりだとか、空いた時間でも情報収集をしたりだとか…。

丸ごと一日使って都市の中心部にある建造物への通行許可が下りた。

中でもエリーは地上の姫だということで、取り立てられていた。やっと休めると宿に帰るや否や、幻獣の治療までさせられていたから、本当に気の毒に思えた。

翌朝になっても、やはりエリーは疲れが取れず、何度揺すっても呻き声を出して枕に顔を埋めるばかりだった。これ以上は可哀想だし、時間の無駄になるだけだということで、3人で行くことになった。が、ライ姉もついていきたいとのことで同行することになった。


 ライ姉は水が嫌いと言っていたのにどうするのだろうかと思っていたら、何らや体がすっぽり入る大きさのバブルを出現させて、魔法陣を内部で発動している。多分酸素を補給する為のものなのだろう。

そこまでしてもたまに水滴が落ちてくるようで、ひぅっ、というような声を発していた。

因みに、ライ姉はエリーの水着を着ようとしたが、何処かしらの部分が小さすぎるから新しい水着を買うことになってしまった。

そこまでして水着を着なくてもいいのに、と思ったが服が湿気るのが嫌だし、海なのだからということでどうしても着たかったのだと言う。

もう昼過ぎになってしまったが、カロースズと合流してオリジ・マーコメットへ到着した。


 姉は海底の砂を踏むと、ほっとしたような、何かから解き放たれたような表情になった。

「なの?フローライさん、どうしたなの?」カロースズもそれに気が付いたようだ。

「あ、もしかしてずっと飛行魔法使ってたのか?」

手でパタパタと飛ぶ動作をすると、姉は何となく意味が分かったようで、こくりと頷いた。

「ひこー?ってなんなの?」

「飛ぶってことだよ。」

「とぶ?」…そこからか。

「えーと、ほら鳥とかさ。」

「とり?」

うーん…。分からないか…。ライ姉、どうにかカロースズに飛行を体験させてやりたいんだけど…。やっぱり伝わらなさそうだ。


 ゴォッ、と強い水圧を感じると同時に何かが視界を通り過ぎた。

3秒程経つと、ザバーンと大きなものが入水した音がした。

何だ?まさか昨日の奴らか?何か血みたいなものが漂っているし…。

そう思ったのも束の間、鳥を咥えた人魚が海面近くで泳いでいた。

「はぁ?…なんだあいつ。」とグリーム。まあ、そうなるよな。俺もそう思う。

「カロースズ、あの人魚に話しかけてくれないか?俺、あの人魚が気になるんだ。」

「わかったなの!」

そう言うと、カロースズは鳥を咥えた人魚に近寄っていった。


暫くして、カロースズが戻ってきた。その後ろには人魚がいた。

「えっと…初めまして?わたしの名前はウェニディユ。貴方の名前は?」

「カロースズなの!」

カロースズがそういうと、ウェニディユは訝しげに目を細めた。

「あれ?貴方…人間の言葉が通じるの?」

「うん!そうなの!」

「私もよ。初めてね、人間の言葉が通じる人魚と会ったのは。」

「わーっ!何だか嬉しいなの!」とカロースズは少し恥ずかしそうにしていた。

「それで?貴方の名前は?」

「あ、俺はガネッタだ。こっちは俺の姉のフローライ。耳が聞こえないけどいい奴だから。」

ウェニディユは嬉しそうに俺とライ姉と同時に握手を交わした。


 「ねね、ウェニディユはとべるの?」

「飛ぶ…、そうね。貴方も出来るんじゃない?」

「高速で水中を泳いでから、手で水面を叩くの。少しの間なら水面上を飛べるの。」

「なのー?」カロースズはよく分かっていないらしい。

「あぁもう!やってみろよ!説明して分かんないんなら、とっととやれや!!」グリームは今日も通常運転だ。ウェニディユはその強い口調に驚きながらも実践してみるようだ。

「ばーっ!って進んで、どーん!って叩いて、ずみょーん!!ってとぶなの!」

2人は都市の中心部へ向かって泳いでいった。俺達もついていったがあまりにも早く、遠目にしか見えなかった。

が、2匹の魚影が跳ね上がったのが分かった。

「うおっ!?飛べた!」


「わたしはオリジ・マーコメットの宮殿で働いているのですが。もしかして、最近噂の勇者様方だったりします…?宮殿中でも大変な噂になっていまして。」

「あぁ、まぁ…。そうですけど。」

「やっぱり…!正真正銘の人間なのですね。」

ウェニディユは目をきらきらさせて、興奮していた。

「姫様も気にかけておられました。聞くところによると、侵入許可はもう下りているようですが。今日、姫様と接見されるのですか?」

「その予定です。」

「…気を付けてくださいね。あの近衛兵厄介なので。」

「あ、あぁ……。忠告ありがとうございます……。」

「じゃあまた。」ウェニディユはそういうと、小魚の群れに混ざって行ってしまった。


 宮殿に入ると、地上とはかけ離れた、特殊な構造に驚かされた。兎に角上に細長く、階段はない。所々に通風…いや、通水の為に格子が取り付けてある。

天井は珊瑚で作られている。その二箇所にハッチが取り付けてある。そもそも、全体的に大きな珊瑚のブロックを積み上げて造られているのだが。中心には、太い四角柱が一本ある。その柱だけガラスで出来ていて、中には…よく分からないオブジェクトがある。黒と白の何かが絡み合っている。何だこれ。

そうこう思っていると、天井のハッチが開き、誰かが出てきた。

「あれが…姫?」

「わっちゃ、知らないなの。」

それが完全に姿を現したとき、何かが視界の端を通り抜けたのが見えた。


 「ぅあ…!?」一歩間違ったら酷い傷を負っていたかも知れない。何かが飛んできたらしい。どうやらそれは何かの毒牙のようで、禍々しい色の霧が漂っている。

「ライ姉とカロースズ、危ないから後ろに下がってて。もし、またなんか飛んできたらカロースズが守ってあげて。」

こくっ、と頷いてカロースズはライ姉の前に立ち塞がった。

さぁて、誰だか知らないが、話は通じなさそうだな。一言も何も発さないし、戦うしかなさそうだ。

一対ニか…。後ろの2人は使い物にならなさそうだから、少し不安だ。

「グリーム、あいつ倒せそうって思うか?」

「…いいや、どうだろな。本気の目ぇしてっから分からねぇ。あんな目してるやつ、久しぶりに見たな。まるで…。」

「まるで?」グリームは何か言いかけたが、「…それより、油断してたら負けるかもだろ。」とはぐらかされてしまった。


 「ぐ、重い…。」頭上の相手に攻撃しようとしても、俺の大剣は錨のように海底から離れようとしない。その間に毒牙らしきものが飛んでくる。避けながらも、隙を見つけては大剣を引っ張る。

グリームはライ姉から借りた杖で攻撃を仕掛けてはいるが、水中だからか思うように制御出来ていないよいに見える。

「ガネッタ、正気か?自分の武器すら十分に扱えてないじゃねぇか。」

「仕方ないだろ……、っくそ、手が痺れる……!」

攻撃が当たらないからか、相手は攻撃を止めている。その間にカロースズが相手に話しかけていた。

だが、説得に応じないようで、今度はカロースズに攻撃を仕掛けた。

飛んでくる毒牙をカロースズは手で掴み、それを握りつぶした。


 「……な、なの?」とカロースズも不思議に思っているようだ。

「おまっ…それ!大丈夫なのか!?」

グリームも驚いている。俺も驚いている。

カロースズは手を少し開いて、そこには小さな珊瑚の…残骸があった。

確かに毒牙だったものだ。でもどうして?人魚の力?魔法か?何にせよ不思議だ……。

相手は攻撃が通らないと悟ったのか、また天井へ戻っていった。

「はは…。このままだと負けてたな。ありがと、カロースズ。」

カロースズはまたにこりと笑うと、相手の方に向き直っていた。

俺は大剣を一旦地面に置いてから、ライ姉とカロースズの所へ行った。

カロースズが言うに、さっきのやつが姫に会わせてくれるというので、ついていった。


 通水の為の格子が取り外されたハッチを通る。するとそこには大きな空間があった。天井や壁には珊瑚が敷き詰められ、中央には人魚がきょとんとした表情で立ち上がり、あいつに耳打ちした。するとまた武器らしきものを持って構え、俺達に向かってきた。

「おい…正気か!?俺は丸腰なのによ!」

「ごたごた言ってねぇで避けろ避けろ!」

グリームは何となく杖の扱いが分かってきたようで、毒牙の軌道を変えて避けやすくしてくれた。

俺はどうにか避けながらカロースズにそいつを説得しろと言ったが、説得が何か分からないと返された。語彙力が相当無いと、会話が難しいということを思い知らされた。

「えーと、簡単に言うと…!」

避けるのに必死で頭が回らない。


 「ああもういいや、どうにか攻撃をやめさせてくれ!」

「分かったなの!」そう言って人魚の言葉で幾ら説得しても、駄目らしい。

「んぁー!!もう話を聞くなのー!!」と言った直後のことだった。引っ掻き傷のような閃光が眼前を走ったと思いきや、床が崩れ謎のオブジェが腕を伸ばした。

「は!?おい、おめっ、一体何を…!?」

足元が崩れた俺は、泡と反対の方向に引き寄せられていった。呆気に取られ、上に進むことを忘れていた。バラバラの珊瑚のブロックと巨大化したオブジェを掻き分けて、上の方に戻って来ると当のカロースズは、困惑した表情で俺を見つけるなり

「どうしようなのー!お城壊しちゃったなのー!お姫様にどんな顔向ければいいなのー!?」と言ってきた。

「さ、さあ…。俺にも分からない…。あ、まさかっ…。」


 「カロースズはオーサーなのか?」

「オーサー…なの?」カロースズはピンと来ていないようだ。

「ああ、その…要は凄い魔法使い…みたいな?」

「わっちゃ、魔法使いなのー!!」キラキラ目を輝かせていた彼女の目には、弓なりに赤い虹彩が見えた。

「赤い…!ちょ、ライ姉これ見て!」ライ姉はカロースズの後ろから出て、危険は無いと確認すると彼女の瞳をじっくり見た。暫くして、漸くカロースズがオーサーだということに気が付いた。

「そうと分かれば、カロースズはライ姉の耳を治せる筈だ!ジュナはアルゲノーラに連れ去られてからはもう無理だって思っていたけど、カロースズもオーサーなら!」


 「でも、エアーズタワーに行けるか?そこじゃなきゃ赤から色を変えられないんじゃねえの?」とグリーム。

「うーん…。本人がいないと駄目な可能性もあるのか…。」

「というかほぼ確でそうだろ。ダンジョンとかさ、指定された石の上とかいたら扉開くやつあんじゃん?それと同じ仕組みな気がする。」

「あれは重さで動くのが多いが…。よく知っていたな、今じゃ攻略し尽くされたろ。」

「あ?ああ……。常識じゃねぇの?」

「それはさておき、カロースズとエアーズタワーに行けばライ姉の耳が治るってことだな。」と俺は言った。


 ライ姉は俺の肩を叩くと、真上を指差した。

「あれは…魔王軍のドラゴン?不味い、居場所がバレてるのか!?隠れろ!」

俺達は瓦礫の影に隠れた。幸い、少しするとそいつは何処かに飛び去っていた。

「ね、ガネッタさん…ガネッタさんってわるい人なの?」

「……え?なんでそう思ったんだ?」

「だって…かくれんぼしてないなの、でも、隠れないといけないなの?もしかして、いじめられてるなの?」

「違う。……あいつらは、俺達を捕まえようとしてるんだ!」

「なんで?ガネッタさん悪いことしてないなの!」


 「ガネッタさん、大事なもの無くしちゃったなの?壊しちゃったなの?約束破っちゃったなの?それとも…、動物さんも、こ、ころしちゃったなの?」

「…全部かな。」

すっかり怯えきったカロースズをどうにか宥めようとした。だが、逆効果で余計に怖がってしまった。

「100年生きていれば、魚を間違って、何匹か殺してしまったことは一度くらいはあるだろ?」

彼女は小刻みに首を横に振った。

「そうかい…。もう…大丈夫だよ、何も君には手を出すつもりはさらさらないよ。」そう言って彼女の頭を撫でようとすると、その手を払い除けられた。

「ガネッタさん…。わっちゃはガネッタさんのことをもう信じられそうにないなの…。」カロースズは泣きそうな顔をして、その場を去ってしまった。追いかけようとすると、ライ姉に止められた。


 「なぅ…!?」先程のドラゴンが水の中に飛び込んで、カロースズを喰おうとしている。

「カロースズ!」俺は必死に手を伸ばした。

海底に足を蹴りつけると、砕けた珊瑚の欠片が飛び散る。重さの問題で大剣も何も無いがドラゴンの強大な力に必死で抵抗した。

が、それよりも遥かに強い力で上空まで飛ばされた。

…何だこれ?ああ、ライ姉の水から引き摺り出す魔法か。それなら安心だ…、とも言えないな。

「カロースズ、息大丈夫か!?」

「なんかよく分かんないけど、だいじょぶなの。」

これもライ姉のお陰みたいだ。ライ姉ほんとありがとう……。


 「で、こっからだよな。魔王軍のやつは、さっきので落ちたみたいだな。じゃあドラゴンを倒せばいいだけか。」

「だけって言っても…わっちゃ達、武器持ってないなの。」

短く息を吸って、あれこれ考えたが、「俺達終わったな。」ということしか思い浮かばなかった。

「わっちゃ天才!いいこと思いついたなの!ガネッタさんは耳をしぃーっかり塞いでおいてなの!もしちょっとだけでも空いてたら、めっ!なの。」

「あ、あと…飛び込むときは巻き貝みたいに手の先を尖らせてするなの!じゃ、いくなの!」

「え!?ちょ…!」

正直言って怖くて堪らない。早くしてくれないかな……と心臓の鼓動を抑えながら待っていた。すると突然「いっけぇー!」というカロースズの大きな声が聞こえてきた。

耳を塞ぎきってはいたが、俺はあまりのうるささに心底驚いた。


 「んギャァァァアアァァァア!!!」

……え?これ、カロースズの声なのか?

その耳を劈く叫び声を聞くなり、ドラゴンはへなへなと垂直方向に落下を始めた。

「こいつから離れてなのー!」

水面が近づくと、俺はさっき言われた通りに飛び込み、事なきを得た。

ドラゴンは俺の後に水面と激突して動かなくなった。カロースズはというと、満面の笑みで俺に物凄い勢いで向かってきた。

「なんとかなったなのー!!」

「ははは、凄いなのー!!…こんな感じか?」


 「どうにかなったみたいだな。ヒヤヒヤさせやがって。」とグリーム。フローライもそれについてきた。帰ったらしっかりとお礼を言ってあげないとな。

「さ…ドラゴンどうする?全身打撲で死んだみてぇだけども…。肉や素材としてはひっでぇもんだな。」

「このままで大丈夫なの!みんなの栄養分に戻るだけなの。」

カロースズが手を翳すと、ドラゴンはバラバラに散って消えていった。

「何となく使い方分かってきたなの!」

「使い過ぎは良くないからな。まーたあいつらにバレる。気を付けろよ。」

「…日が暮れるにはまだ早ぇな。さっきんとこ寄ってくか?」

「ああ、白黒の?そうだな、何か新しい情報も得られるかも知れない。」


 俺達はまたオリジ・マーコメットの城に戻って来た。城といっても城跡としか言えないような状態にしてしまったが。最早基礎の部分が何処かもよく分からない。

「姫死んでなけりゃいいけど。ますます顔向け出来ないだろ。しっかし派手にやったな。」

それはそうとして、このオブジェは一体…?

素材は…硬くて柔らかくて、ツルッとしているが、凸凹しているところもある。

兎に角、ただの石ではないのは確実だ。

水の中なのに、仄かに温かいのも気になるし、周りを少し掘ってみると、下の部分は意外と浅いところにありそうなのも気になる。


 「なんか…聞こえる。」とグリーム。

「本当だ、歌みたいだけど…。笑っているみたいで…。カロースズ、この歌知ってるか?」

「むー…。全然知らないなの。」

それから暫くして、俺達は城跡を後にして、海中から出た。太陽は水平線に沈みかけており、海を橙色に染めていた。

「……そろそろ帰るか?早くしないと魔法が解けるかも知れねぇしよ。」

「ああ、そうだな。カロースズ、お見送りはここで大丈夫だよ。またドラゴンに見つかるかもだから。」

「分かったなの!ばいばーい!」といって海中に戻っていった。

「気をつけるんだよー!」


六話 ジュナ・フィニー〜何時でも人は信用出来ない〜


 今日の早朝からずっと馬車に揺られ、やっと夕方になった頃。遥か前方に堂々とそびえ立つ四角い城が見えた。

「…ふわぁあっ、ここはワディオッタですか?」あくびを漏らしつつも訊いてみると、「ええ、そうですよ。思っていたよりも早くに着きそうですね。」とアルゲノーラさんは言った。

窓枠に掴まっていたアルゲノーラさんは、その手をぎゅうっと握って流れていく景色を見ていた。

「何か、不安な事でもあるんですか?」

「いえ、何も。全て順調過ぎるくらい…。」明るくなる前からずっと馬車に乗っているのにも関わらず、アルゲノーラさんは自分の事を何も話してくれなかった。

「それじゃお疲れですか?あ…いや、そりゃそっか。」


 馬車を降りて、今晩使わせてくれる部屋に案内された。私の銃は暴発の危険があるらしいのでアルゲノーラさん達が預かっておくらしい。

「後程メイドが夕食を持ってきますので、本棚の本や窓からの眺めでも見て時間を潰してくださいね。」と言われたので、何か面白い本でもあるかなと漁ってみたが、どうも難しそうな本ばかりで落胆した。

一方窓からの景色は最高で、小高い丘に建てられた地上6階建ての城からの眺めは壮大で、豊かな森とぽつぽつと灯りが灯る民家や教会などが一面にあった。

太い街道で行われていたであろう市場の片付けに追われる人、魔法の練習をしている人、城壁の外では先程の私のように走る馬車に乗っている人が見えた。


 ノックの音で我に返った。メイドが食事を持って来たみたいだ。「お待たせしてすみません。今メイドが来ます、少々お待ちくださいね。」アルゲノーラさんはニコリと微笑んだ。彼女の目は金色の糸のような睫毛で縁取られていて、時折煌びやかに輝いているのには、思わず見とれてしまうことがあった。

「一緒に食べましょうか。今はそういう気分でして。あ、ご迷惑ですかね?」突然のお誘いで固まってしまったが、慌てて「…いえいえ!そんな、嬉しいです!」と言った。

少ししてメイドが食事を持ってきてくれた。「では……いただきます!」

料理は一見すると普通の料理だったが、味は格別だった。美味しいと素直に言うとアルゲノーラさんは安堵したような表情をした。


 「んー、美味しいですねこのステーキ!なんか独特の風味があって不思議な感じがしますけど。」そう言った途端にアルゲノーラさんは目の色を変えた。

「あ…そ、そういう調味料がありましてね?お口に合いませんでしたか?」

「いえいえ全然!美味しいですよ、ただちょっと珍しい味だなって。」

「…はぁ…そうですか。あ、今日は部屋に付いているお風呂をお使い下さい。」

「はぁい。そういえば明日は?」

「あー…。少し、遠出しますね。」

遠出か、どんな所に行くのだろう?それにしてもなんか焦っているように見えるのは気のせいかな。

食事が終わってお風呂も入り終わった私は、移動疲れのせいか直ぐに眠りに就いた。


 その夜私は少し怖い夢を見た。ただただ、海に向かって真っ逆さまに落ちる夢。私の手を取って、黒髪の知らない男の人が聞き取れない言葉を叫び続ける。

もしかしたら、これはオーサーの力で誰かの記憶を見ているのかも知れない。だとしたら…、これは誰の記憶だろうか。私が何を思っても、この体は言うことを聞かない。服装は…スカート部分はふわっとしたワンピースに、頭にはカチューシャが付いているみたいだ。髪は…銀髪。

段々と男の人は諦めたような顔になって、最期の力を振り絞って私を抱き締める。少しずつ私の体は、体が不透明な白い宝石になっていく。反対に、彼は黒い色をしている。そして、彼は口を開いた。

「…マリアベル。」


 「…はっ…!」良かった、ちゃんと夢だった。が、夢と同じように体が動かない。まだ、夢の中…?でも昨日の部屋と同じ匂いがする。

「おにーちゃ、あ……アルゲノーラさん…?」

私の目には目隠しがされており、何も見えない。私の声に応じてか、アルゲノーラさんがやって来たようだ。コツコツと靴で歩く音が聞こえる。

「アルゲノーラさんですか!?一体私に何を…!?」

「お静かに。」「は……。」

「貴女は、選ばれたのですよ。あの御方によって。」

「……よく分からないです……。とにかく私を帰してください!あとこの目隠しも外して!」

「申し訳ございませんが、それは出来ませんね。」数歩近づいて、アルゲノーラさんは「…申し訳、ございませんっ…!」と言った。


 「アルゲノーラ王妃、ご協力感謝致します。」また誰か部屋に入ってきたようだ。どこかで聞いたことがある声…。

「み、ミヨイ…!?」

「呼び捨てとは感心しませんね。私の妻のソファラを殺しておいてその態度…。本当に貴女方が……憎い。」

「う……。」

「ソファラが死んでしまった今、貴女は償いをするべきです。」

「償い…?何、私は何をさせられるんです!?」私はすっかりパニック状態に陥ってしまった。

「ソファラを復活させる。そして、貴女方のお仲間のラック、フローライ、ガネッタ、エリカノーラを極悪人の暗殺者として、処刑する。ジュナ、お前の力で、だ。」

「……。私をその後どうするつもりですか。」

「オーサーとして、この世界を一生制御し続けるだけだ。」


 「もう何も言いたくないです、アルゲノーラさんもグルで私を騙し続けていたんですね?」

「ええ。ですが、これからが大変ですよ?世界の命運が掛かっていますから。」

「全て……私のせいなの?」私は絶望した。ソファラを殺したのは私達。それは紛れもない真実で、ああ、そんなことしなければ…。反抗なんてしないで今まで通りでいられた…?こんな事には、ならなかった……?

その思考に至った時、私は何故か泣き出してしまった。みんなの顔が一斉に思い出された。おにーちゃん、ガネッタ、エリー、フローライ、魔法学校の友達、それにママとパパ。

ママとパパも…暗殺者で…それで…私達と同じように、ソファラを、殺そうとして…。

死んだ。殺された。お互いが、お互いを守ろうとして…。


 容赦なく、普通の魔法で殺されたと聞いた時、私は呆れてしまった。じゃあなんでそんな馬鹿なことをしたんだ、そのくらいそれぞれ避ければ…なんてことなかったのに。

ソファラも、手加減してあげれば良かったのに。自分の配下にすら手加減しなかったなんて…。

「…そういうことか。なんだ、そんなことか!!」

「おい、遂に気が狂ったか?」とミヨイはそう言ってきたが気にせず、私は叫び始めた。

「あのときソファラは手加減していたんだ!オーサーの力も使わないで、昔からずっと使っていた魔法しか使わなかった!それは、みんな知ってるから、絶対、避けられるはずって!」

「っ…はっ、ママとパパのときも手加減していた!でも、お互いを守りたいってだけでヘマして、避けられるのはソファラは分かっていたのに!」


 「なのに…。私達はソファラが手加減しているのに、今の今まで気が付かなくて、ありがとうの一言も言わないで、それこそ冷酷に…。」

「私は慢心していた、用意周到に準備をしたから簡単に倒せたって思い込んでいた!きっと、ソファラは私達の為を思っていた…もう非業の死を遂げさせないって…。そしてソファラも、こんなこと終わらせたいって思っていたのかも…。」

「黙れ、…黙れっ!そんな訳…ないだろ…!」

「違う!あんたこそ、ソファラのこと何も分かっちゃいない!」大きく首を振ったはずみで目隠しが取れた。目の前にいたミヨイは…咽び泣いていた。

「え……。」


 「っ……!来い、話は後だ。アルゲノーラ、ジュナを立たせろ。馬車に乗せる。」そう言い、ミヨイは部屋の扉を開けた。

「はい…。」とアルゲノーラは後ろで手錠を掛けられている私の肩を支えた。

「やめてっ!どこに行くのかくらい教えなさいよ!!」乱暴に立ち上がって、よろけながらもミヨイに向かってそう言った。

「魔王城に決まっているじゃないか。」後ろ姿だったからよく見えなかったが、涙を手で拭いながら言っていた。それはただの、一匹のか弱い天使にしか私には見えなかった。

アルゲノーラに背中を押されて部屋から出された。

「っ……!ちょっと!」

「馬車を出して下さい。なるべく急ぎで。」


 粗末な牢屋のような、木製の箱に私は入れられた。馬車自体は豪華で、その箱は後続の荷物置きの部分の奥の方に押し込められたらしい。

もしライフルがあったとしても、分解しないと入らないくらいに窮屈な箱だった。口と足にも枷がつけられ、いよいよ何も抵抗が出来ない状態にされてしまった。

移動中、ミヨイとアルゲノーラの会話を断片的にだが聞くことが出来た。

「…に着いた後の事だが、新聞にこの事を載せるべきだろうか。それとも…という事実だけにするか。」

「もし…すれば、このことを知らない…達がこっちに来てジュナを取り返そうと…ますが。」

「…面倒なことになりそうだな。では前者で…。…ならあいつらも安心…だろう。」

「…ういえば、…のオーサーの…をどうやって抑えているの…。何か特別な…を着けている…?」

「そうだ。あの…にはソファラが…した魔法が…。」


 「これも…が開発した魔法何だがな、それによるとどうやら…も一緒にいるらしい。」

「え!?それって剣士…ですよね?まだ…ていたんですね。」

「ああ、歴史上では…に死んだことになっているな。この…がどこまで正確…は分からないが…。実は私も…と思っていた。」

「ふふふ…、普通の…なら絶対死んで…よね。そう…も無理はないです。今まで…にいたのでしょうか?」

「長らく表舞台には…かったからなんとも…。」

その後も会話は続いた。私と馬車に乗っていた時はあまり話をしなかったのに、ミヨイとの会話は途切れることは無かった。

ずっと話を聞いていたが、グリームとチアフィとスティアの名前は一度も出なかった。まだ存在に気が付いていないのかも知れない…。


 急に細かな振動が増えた。箱の隙間から外を確認した。石畳と禍々しい家屋…魔王城下街についたみたいだ。

馬車が止まり、人の歩く足音が聞こえ始めた。そして、私はまた箱ごと持ち上げられてどこかに運ばれている。少しして、今度は地面に置かれて鍵の開く音がした。

扉が開き、光が差し込んだ。眩しさに思わず目を瞑ったが……すぐに目を開いた。そこには、赤い絨毯と大きな玉座があった。

「ご苦労だったな、ジュナ。魔王城へようこそ。レガシィ、例の物を。」とミヨイ。

レガシィ…?初めて聞く名前だ。そんな人、魔王城にいたっけ…?


 少しすると「遅くなってしまい、申し訳ありません。」と長髪の少女が扉の向こうからやって来た。

「いいんだよ、私の代わりに公務をしてくれたんだろう?ありがとう。」とミヨイ。

「いえ、大したことでは。」とレガシィは言った。

「アルゲノーラ、これが欲しかったんだろう。バベル・ノアの培養魔法…本当にこれでいいのか?」

「ええ、ワディオッタ大戦のいざこざで、なぜかそちらの資料に紛れ込んでしまったみたいで。これ、ありがとうございます。」

「こちらこそありがとう。こちらはティドキーナ国の資料が欲しかったからな。」

「…なぜそんなにティドキーナ国に興味があるのですか?」

「昔、色々あってな。」

「ミヨイ様の昔ってどれ程前の事なのか、私には想像つきませんね。」


 「せっかくなら、もう一つくらい何か持って行くか?それだけだと、割にあっていないと思うが。」

「え、本当にいいのですか?」

「ああ、構わない。」

「ではお言葉に甘えて、うーん…。」アルゲノーラは悩み始めた。

「あ、肖像画もそちらに紛れ込んでいませんか?前に宝物庫を整理した時幾つか見つからなくて…。」

「肖像画…歴代の魔王の肖像画しか見た覚えがないな。」とミヨイ。

「では、魔法使いユマの服はありますか?」とアルゲノーラ。

「あー…あるはずだ。一緒に探しに行こうか。レガシィ、そいつの口枷を外して椅子にでも座らせておいてくれ。」

「はい。」レガシィは返事をした。


 「っ……!」口枷が外され、急に解放されたような感覚がした。

「お名前はジュナさん…でしたかね。」とレガシィは微笑んだ。

「貴女は何者なの?ミヨイとはどういう関係?」私の言葉を聞くと、彼女は驚いた表情をした。しかしすぐ、彼女の表情は微笑みに変わった。

「レガシィです。レガシィ・アルデバラン。あの方の娘です。」

「娘…?そうなんだ、ごめんね?私、知らなかった。」

「無理はありません。城からほとんど出たことはありませんから。」

…何だかとっつきにくい人だなぁ。

「あ、私の名前はジュナ・フィニーだよ。英雄の末裔なんだよ?」

「へぇ、そうなんですね。」

「……。」気まずいなぁ。いや、そんなことよりもここから出ないと!


 「レガシィ、どうにかここから出たいの。協力してくれない?」

「それは無理なお願いですね。レガシィはあの方が命令されたことしか、レガシィは行動することは許されません。」

「でも!ここからは出ないとダメなんだ!」私は手足が拘束されているが、それでも芋虫のように進んで扉に向かった。

「無駄ですよ。」レガシィはそう呟いた。

「レガシィは本当にそのままでいいの?ミヨイに支配されたままでいいの?」

「ミヨイにいいように使われて、レガシィはそれで幸せなの?」

「幸せは、人が一生をかけて知っていくものです。今その答えを出すのは時期尚早といったものではないでしょうか。」

「……そっか、もういいよ。」私は扉まで辿り着いた。どうにか押してみたがビクともしない。

「その扉、内開きですけど。」


 「よくもまあ飽きずに抵抗するな。これから世話になるし…レガシィ、余っている部屋に連れて行ってくれ。」

「承知致しました。」

「わ…!」思っていたよりも強い力で押さえられた。

「もう昼時だ。これを持っていってくれ。」

扉が閉められ、ミヨイ達は姿を消した。私をお姫様抱っこして、レガシィは歩いていく。

何分かした後、どこかの部屋の前で止まり扉が開かれた。中は昨日の部屋と同じくらいの広さで、窓は無く、机と椅子とベッドがあるだけだった。

そして、その机の上には目玉焼きが一つ乗ったパンと水が置かれていた。私は椅子に座らされた。


 「これ、食べていいんだよね……?」

「どうぞ。」と彼女は微笑んだ。「……本当に?毒とか入ってない?」私は冗談めかしてそう言ったが、実際これが罠かも……なんて思っていた。でも、お腹はすごく空いているし…。

「心配しなくても大丈夫ですよ。」そう言って彼女は私の向かいに座った。

私はパンを一口かじった。お腹が減っていたからか、パンはすごく美味しく感じられた。

「美味しいですか?」「そりゃそうじゃん。」

一口…一口…。パンは胃の中に入っていく。でもねエリー…、あの洋館で食べた目玉焼きの方が美味しかったよ。


 次の日、よく分からない椅子みたいな装置に、私は座らされた。

「ジュナ、もう君には自由なんてないよ。抵抗する為の銃もない。でも、私は君を殺すつもりはない。さ、手始めに…私の記憶を遡ってみろ。」「はい。」

私は言われたままに、ミヨイの記憶を遡ってみた。どうやら、この装置を通じて外部に私の思考が見られるみたいた。

それを見守っていたアルゲノーラは驚愕した。

「すごい…本当にこんなことが出来るなんて。」


 「よし、止め。次は…ソファラを復活させろ。」

「…嫌です。」

「お前に拒否権は無い。早く、早くやれ。」

「…ミヨイ…分かって言っているの?たとえ復活させたとして、それは本物じゃない。実体があっても、魔法が使えても、それは本物のソファラじゃない。魔力を垂れ流して虚像を創っても、貴方はそれを本物だって思い込めるの?」

「そうに決まっている。私は出来る。だから早く!」

…私はソファラの記憶を元に姿、声、振る舞い…本物そっくりのソファラを創り出した。

「久し振りねミヨイ、レガシィ。会いたかったわ。あら、ジュナ、アルゲノーラ王妃!」


〜〜

 私はーー振りの妻を見て感激が込み上げた。彼奴等に汚された姿は見る影もなく、健やかな顔をしていた。

とはいったものの、城に籠もりっきりにさせてしまっていたから青白い肌をしていた。…ああ、もっと自由な時間を作ってあげたら良かった。でも少し前の私達は、オーサー討伐300年ということもあり、多忙を極めていた。500年もの間一緒にいたのに、今更後悔をするなんて…情けないやつだ。

「何だか…昨日も一緒にいたのに、凄く久し振りな感覚がするわね。不思議だわ。あ、そうだ。ミヨイ、秋の式典の準備をしないと!」

「ソファラ…残念ながらその必要はない。」

「どうして?昨日も招待状をワディオッタ国王に書いたばかりよ?まだまだ出さないといけない人が沢山いるじゃない?」

「その……。ソファラ、落ち着いて聞いてくれ。君は…、君は随分と長い間、寝込んでいたんだ。」


 「え?何それ、どういうことなの?」

「原因はよく分からないが…。兎も角、去年の夏の終わりから冬を越して、今日まで…。」そう咄嗟に嘘を吐くと彼女は「…どういうこと?」さも怪訝そうに訊き返した。

「私は昨日の記憶は鮮明に覚えているわ。何時にも増して豪勢な食事だったわね。久々に大好物のセマテーンのポタージュが出たし、…ジカタカのグプダーッロもあったわ。香ばしくて美味しかった。それでミヨイはナイフを落として…メイドに拾ってもらって、少し照れくさそうにしていたわ。あれには思わずクスクス笑っちゃった!」

「んー…。そんなに元気だったのに…それに今もね。なんでそんな、寝込むようなことに…?というか、なんでジュナもルーラも…あ、アルゲノーラ王妃もここに?」

「あ、えーっと…。つい先日お兄ちゃんが此処に来るって話聞いてますよね?それの…何だろ?説明というか…。」とジュナ。


 「…もう言っちゃっていいんじゃないの?サプライズするつもりだったんでしょ?」とアルゲノーラが助け舟を出してくれた。

「え、そうだったの?」

「はい…、いつもお世話になってるお礼にって。」

「まぁ…!!ありがとうね。気持ちだけでも嬉しいわ!そのジュナの後ろにあるのは、その為の物なのね?」

「あ、そうですよ!あまり使い方は分からないですけど…。」

「それでルーラは?あ…もう、ここでもルーラでいいかしら?」

「はい!ジュナ、私はソファラ様にはルラと呼ばれているの。」

「へー…。」

「それにしても、ルーラがこっちに来るのも久し振りね!」ソファラは嬉しそうだった。

「うん…まあ。お見舞いには何度も伺ったのですが、覚えている筈ありませんものね。」

「あら…、そこまで私のこと気に掛けてくれていたのね!」

「…話の腰を折るようで悪いが。ソファラ、体調は大丈夫なのか?此処に連れてきてからいきなりそんなに喋れるなら元気なんだろうが…。念の為に回復系魔法使いに診て貰おうか。」


第四章~終~

 口裏を合わせておいた魔法使いに偽の診療をさせて、ソファラをベッドに座らせた。

「…私って今、何歳なんだったけ。」

「さぁ…。えーと、確か…572歳じゃないか?」

「ああ、寝ている間に私の誕生日ってもう過ぎているわよね?」

「ああ、そうだな。だとすると573歳か。」

「うーん…、もうまどろっこしいから0歳ってことにしない?眠りからの復活って言うことなら、実質の“死者蘇生”ということにすれば!」

「……。ははは…!ソファラ…久々に突拍子も無いことを言うね。」

「あらぁ?それじゃ駄目かしら?っふふふ…!若くなった気もするでしょお?」

「それじゃあ私もそういうことにするかな。」

「ミヨイは駄目よ!ちゃんと生き返ってこないとね!」


 …もしかしたら、ソファラは全部分かって言っているのかも知れない。

こんな突拍子も無いことを言う君なんてもう数十年は見ていなかった。

私は…そんな君が大好きだった。

私もベッドに座って、向こう側の肩に手を添えて寄りかかってみた。

「なぁに?」

「いいや、…こうしたかっただけだよ。」

ソファラも寄りかかってきた。魔力だけがソファラの体内を廻っているのが手の感覚で分かる。ソファラの体は仄かに温かく、私の手がすり抜けそうな程に弱い魔法で繋ぎ止めてある。この温かさも、所詮は魔力と空気の摩擦によって出来ていると、頭では分かっている筈なのに。無性に、君は確かにそこに居ると信じたくなる。

「ただいま、ミヨイ。」

「おかえり。」君であり、君じゃないソファラ。


 3度ノックをして、レガシィが入って来た。

「あ…。お邪魔してしまったでしょうか?」

「いいえ!レガシィも久し振りね。ほら、こっちおいで!」

そう言ってソファラは私の方に間を詰めて、レガシィが座れるようスペースを空けた。

「はい。お久し振りです、ソファラ様。」そう言って彼女は私達を挟むようにして座った。

「もう……ただ話すだけじゃあ物足りないわ!レガシィも何か食べたいのがあったら言いなさいね?」とソファに促すように言った。

「いいえ、私は必要ないので…。ご遠慮致します。」

「そぉう?美味しいわよ、このクッキー。」

「では、少しだけ頂戴致します。」そう言ってレガシィは一枚手に取った。


 「で…どうするの?ここから。何とかソファラのこと騙せたけど…ずっとこのままって訳にはいかないよね。」とジュナ。

「ああ…、本当に困ったものだ。ソファラにオーサーの力があったとすると、もうとっくにバレてるな。」

「まあ…それなら無駄に気づいていない演技をするなんて…、でも茶番に乗ってくれているなら、話は別ですね。」とアルゲノーラ。

「さっき、ラック達のことも訊いてきた。誤魔化したがな。恐らく、何も把握していない状態だと考えられる。」

そう…と、二人は頷き私の次の言葉を待っていた。

「それはそうとして、ジュナにはこれからも力を使って色々もらう。もし逃げ出したら…分かるな?」

ジュナは慌てて背筋を伸ばした。

「…分かってます。私は覚悟の上ですよ。」


 「アルゲノーラはもう戻っていい。やるべきことはもう済んだ。」

「そうですか…。」彼女は少し落胆したように肩を落とした。

「…戻りたくないのか?」

「あ、いえ。そう言う訳では……。」「まあいい。無理に戻りたくないところには戻らなければいいさ。」

私がそういうのが余程意外だったのか、珍しそうに目を見開き手を口元に添えた。

私は冷酷なやつだと思われているのだろうか…?そう思われていても無理はないか。

「少しソファラ様と話をしてから、この後どうするか考えます。」

「そうか。私もしなければいけないことがあるから…じゃあな。」と言って私はジュナを残して、部屋から出た。

「おーい、レガシィ。ジュナを見張っていてくれ。」何処からか現れた彼女は、少しだけ面倒臭そうに眉を顰めた。


 ソファラと二人きりで話をさせる訳にはいかないので、私は扉の近くで聞き耳を立てていた。

万一、アルゲノーラがソファラに今の状況を話したとすると、さっきまでの努力が水の泡になってしまう。彼女がそんなことする筈無いだろうとは思いつつ、私はそこに居座り続けた。

「最近どうなの?ルーラ。ワディオッタは快適?」

「…あまり快適ではないです。待遇は凄くいいんですけど、なんだか落ち着かないというか。」

「そう…。もう、ワディオッタになんて戻らないで此処で暮らせばいいのに!」

「……ありがとうございます。でも、私は戻らないと。」

「ねえルーラ…最近大丈夫?何か辛いこととか無かった……?」

ソファラは心配そうにアルゲノーラを見遣った。

「特に何も……あ、そういえば…。」とルラは言いかけて止めたが、続きをソファラが促した。「何かあったの?」


 「……あの、私ってミヨイ様からどう思われているのでしょうか?」ソファラは驚いた。

「どう、って…。娘のように思っているわよ、私と同じように。」

「それだったら、レガシィはどうなるんです?私が娘だと思っているとして、レガシィは…?」

「レガシィも、勿論娘だと……。」

「本当ですか?私は分かります、ソファラ様は嘘を吐いているように思います。それこそ、レガシィよりも長い間一緒にいたから。」

ソファラは酷く焦っているようだ。

扉一つ挟んだ部屋にある時計の音が、まるで私達の心臓の鼓動のように聞こえる。

私はすぐにでも扉を開けられるように立ち上がり、ノブに手を掛けた。これ以上、私達の琴線に触れるようなことを言ってほしくないからだ。

そして、ソファラの口からは意外な言葉が飛び出した。……いや、意外ではないのかも知れない。

彼女はアルゲノーラよりも長く生きており、その経験から導き出した答えなのだと思う。

「私は、どんなモノであろうと…家族のように思っていますよ。」


 私はそうは思えなかった。心の底ではやはり何処か違うモノだと感じていた。でも…もう一人の私がその感情を押し殺そうと必死になっている様子が、鮮明に脳裏に浮かび、掻き消された。

私はノブから手が滑り落ちるのを傍観していた。その乱暴な音を聞き、中にいる2人が立ち上がったらしい。

こうしてはいられない。今、どうして、私は自我を手放してしまったのか…。本当は分かっている、が…私は何時もそうだ。何時もすぐに都合の悪いことから目を背けようとしてしまう。

ずっと前から…私はレガシィを娘だとは……。

「ねえ、ミヨイ?」

「……っは…!?ソファラっ。それに…。」


 「ミヨイ様、大丈夫ですか?顔色が優れません。」

レガシィは一体何処から現れたのか。いつから私の近くにいたのだろうか。

「ああ……大丈夫だ。…どうかしたのか?」

「別にどうも?ただ…ミヨイが何かしてたように見えたから。私の気の所為だったかしら?」

「……うん。そうに違いないさ。」

「レガシィはそうは思いません。ミヨイ様は…。」

「ねぇレガシィ?頼みたかったことがあるの。ちょっとついてきて!」

「レガシィは…。」

「急ぎの用なのよ。」

ソファラは彼女の手を引いた。

「…ん……!」

ソファラは何時にも増して強く彼女の腕を引いた。人の肌に似た素材は千切れそうだ。

だが、レガシィは動かなかった。


 「子供は…時に叱ることも大切ですよ。」とレガシィ。

私達を一瞥して「…出来ないのですか?」と言った。

「出来る、出来るさ。」

「では、何故しないのですか?」

「…そんな言葉、何処で覚えた?」

「貴方様の口から出た言葉ですよ。」

私は咄嗟にレガシィを突き飛ばした。

私の魔力が彼女を突き飛ばした。

レガシィの体は簡単に壁へ打ち付けられた。レガシィは抵抗しなかった。

「貴方様は何時もそうですね。せめてご自身のお言葉に責任を持ってください。もしそうであれば私はこうなる必要は…。」


 「黙れ……!!」

レガシィは少しの間口を噤んだ。

「…ミヨイ様。私は必要な存在なのですか?」

「ああ……!お前は、……必要だ。少なくとも私にとっては。」

「では、今一度問わせていただきます。ミヨイ様にとって私はどのような存在なのでしょうか?」

「娘だ。たった一人の……。」

「一人の娘の……代わりでは?」

私は思わず息を呑んだ。

やはりレガシィは分かっていた…。分からないように誤魔化していたが、その努力は無駄だったようだ。記憶ごと移植しているから当然といえば当然なのだが。

「ゾスフィリーン・アルデバラン。私の記憶は彼女のものです。そして、私は彼女のレプリカです。彼女の5年間の記憶を引き継いだだけの機械です。」


 「違う。違う、違う違う…!!」

「何も違いありません。私は彼女の記憶とミヨイ様の手によって作られました。」

「…違う。お前は…レガシィは元から私の娘だ!」

「いいえ、違います。貴方様が私に生を与えてくれたのです。」

「じゃあ何故、レガシィはずっと反抗しなかったんだ。」

「……それが、私が為すべきことだと感じたからです。せめて、私のことを娘として扱おうというお気持ちには応えるべきだと。ゾスフィリーンならそうするようです。」

私の娘は、私の我儘に付き合わされている。そんな気がしたのだ。

これは、私がして欲しかったことなのだろうか……? 私は何故、こんなことをするのだろう。何が目的なのだろう? いや……本当は分かっている筈だ。でもそれを認めたくないだけだ。その現実を見たくないだけだ。何故ならそれは、私の精神の中枢を奪い去るものだからだ。だから私はそれを遠ざけようとしているのだろう……。


 「ミヨイ様……、貴方様は何をお求めですか。」

「たった一度でいいのです。私に機会をください。そして……私を娘として見てはくれませんか?」

「いえ…私をゾスフィリーンとしてではなく、私をレガシィとして見てくれませんか?」

「あ…うぁ………。」

私は何も考えられなかった。

脳内ではゾスフィリーンとの記憶と、レガシィとの記憶が合金のように溶け出し、大釜の中で混ざり合うような、気味の悪い感覚がしていた。

私は何を望んでいたのか?それともどちらも求めていなかったのだろうか?

ただ一つだけ分かっているのは。私はただ…とてつもなく寂しいだけで……。

永遠とも呼べる時間の中で、寂しくて死んでしまいそうなだけなのだ……。


 出会っては死に、それらを天界へ送り出して別れる。もう名前も思い出せない、翼に包帯を巻いてくれた子どもともまたそうであった。

ソファラに出会い、英雄と出会い…そして当然のように別れが来る。

もしあの時、地面に叩きつけられていたなら、私は500年分の出会いも別れも経験しなくて良かったのだろう。私はその運命を捻じ伏せて生き延びている。だから私は今ここに存在する。その為に何千、何万個の命の運命を変えてきたのだろう。

でも……もう疲れたな……。私が私である限り、この苦しみからは解放されないのだから……。

もういっそ、全て投げ出してしまおうか……?

「もう…嫌だ…。こんな世界が終わらないのなら、私を殺してくれ。その瞬間だけは…君を君自身として見られる気がする。」


 「ミヨイ…!?…貴方、自分が何言ってるのか分かっているの…!?」とソファラ。

「ああ分かっているさ。」

「じゃあなんでそんなことを…!」

「もういいんだよ!……あの時私を助けてくれたことも、私を愛してくれたことも、今この瞬間だって感謝している。」

「…私を残して死ぬつもりなの……?」

どの口が言っているんだ……。

君は知らないだろうが、残されているのは私の方なんだ……!!

そう言いたくても、言えなかった。

今や“アルデバラン”という姓を名乗れるのはこの私しかいないんだ。

「ミヨイ……、貴方……。」とソファラは呟く。


 「私はね……もう疲れたんだ。だから、許してくれよ。」

「私もゾスフィリーンもレガシィも貴方を愛しているわ!そして貴方は私を救ってくれた!ねぇどうして……それを分かってくれないの!?」

分かっているさ。十分過ぎる程知っているつもりだ。そしてそれは私が私である限り変わらない事実だ。

「ああそうだとも、私達は愛しあっているさ。…でも。」

…それは“愛していた”という間違いなんだ。君達はもう死んでいるんだ、もう終わったことなんだ。

全ての矛盾と間違いを指摘出来る程、私は強くない。真実と痛みを共有出来る程、時間は残されていない。私はこれ程までに死者との会話が苦痛になるなど、思っていなかった。

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