第3章
pixivも見て欲しいなー
ちゃんと表紙頑張って描いてるんだよなー
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一話 ラック・フィニー〜親指は称賛の為に〜
闇市場で買い物をし終わり、みんなは悪魔の像の前に集まった。
「どうだ?みんな欲しいもの買えたか?」俺がそう言うとみんなは満足げな表情を浮かべる。
「勿論!ほら、これ見て!これ欲しかったんだ〜。」
そう言ってジュナが取り出したのは、可愛らしいお花のアクセサリーだった。
「良かったな、ジュナ。」
俺はそう言ってジュナの頭をポンポンと撫でてやる。するとジュナは嬉しそうに笑う。
「おにーちゃん、彼女にプレゼント買ったら?」
「だから…彼女じゃないっての。それに、今買ってもいつ渡せるか分からないだろ。」
「重いものじゃないならいいんじゃ?」とエリー。
「そうか…。女子が貰って嬉しい物ってなんだ?」
「うーん。時計とか?あると便利だな。」とガネッタ。
「ネックレスもありね。せっかくエイヴェルド島にいるし。」とエリー。
「長髪だったし、くしとかは?」と妹。
「それなら服とかどうだ?」
「分かってないねー、だっさいの買っても逆効果だよ?好みも分かんないならやめといたら?」
「別にどうでもいいし。もう彼女とか面倒だ。」
「それでもモテ続けるから厄介なんだよね。恋する乙女の気持ちを汲んでやってよ。」妹はむっとした顔で仁王立ちしていた。
「友達以上の関係なんて非効率だろ。」
「まあまあ、そう言わずに。自分以上に大切なものがあるのは生き甲斐になるさ。なくなると、どうしようもない悲しみに襲われるがな。」
トーマは遠い目をしていた。315年も生きた人の言葉は重みが違う。
「……。やっぱりいいかな。」
「えーっ、みんな意見出し合ったのに。勿体ない。」とグリーム。やはり不満げな表情をしている。
「分かった、分かったから。なんか用意すればいいんだろ?そうだな…、名入れペンとかならいいだろ。」
「いいんじゃないか?ペンを使わない人なんて、そうそういないしさ?」とガネッタ。
「そういや、彼女の職業ってなんなの?」と妹。
「何だったけな…魔導書の編纂者だったはず。」
「めっちゃペン使う職業じゃん。じゃあそれで決まりだね。早く買いに行こう!」
「そうね。フローライも待ちくたびれてるだろうし。」
「ここで良くね?文房具屋なんてどこも同じだろ。」とグリーム。
しばらく歩いて、ようやく文房具屋にたどり着いた。店内は広く、品揃えも豊富だった。
「これなんてどうかしら。」エリーはきらびやかな色とりどりの宝石が散りばめられたペンを差し出してきた。
「きれいだな…。え、値段は?」
「大体…1万ゴールドね。」
「ぐぇっ、そんなにするのか。じゃあそれはナシで…。」
「それくらい買ってあげなよ〜。長く使う物は高くっても良いものがいいはずだよ!」
「それはそうだけど…。」
「お決まりですカナ?」店主と思しき人物が話しかけてきた。
「あ、いや…。」「どれどれ…。」顔を覆う布を三本指の手でめくると大きな一つの目が現れた。
チアフィは驚いて後ずさると「おや、驚カせてシまったかね。」とそれは言った。店主は、その大きな一つ目をギョロリと動かし、俺たちを見た。が、目を閉じると笑ったように口角も上がった。
「人間のお客様は中々来られナイもので、どうすればイイものカと…。」
「あ…、はい。」
「それで、何カシまシょうカ?」
「おすすめのペンってあります?」
「でシたらあナたのお手元に。」
「これ、ですか…。」「当店一番のおすすめの品でござイますよ。贈り物用ですカ?」
「はい、その予定です…。」
「名入れもイたシまシょうカ?」
「是非っ!」と妹が飛び出してきた。
「ちょ…、じゃあお願いします。モナっていいます。」
「カシこまりまシた。少々お時間を頂戴シてもよろシいでシょうカ?」
「はい、大丈夫です。」とエリーは答えた。
しばらくすると、店主が奥の部屋からペンを持って出てきた。
「これでよろシイですカね?」丁寧な字で彼女の名前が彫られていた。
「おお…!はい、これで!」
「他に何カお探しでシょうカ?」
「あー、じゃあ修正液も。」
「メモ帳とこのペンも追加で。会計は別でな。」とトーマ。
「はい。こちらは1万500ゴールド頂戴致シます。ラッピングもシますカ?」
「あ、まだ渡さないので…傷つかないようにだけしておいて下さい。」
「そシてこちらは8500ゴールド頂戴致シます。…付カぬことをお尋ねシますが…貴方は剣士トーマ様でおられますカ?」
「そうだが…。どうかしましたか。」
と代金を差し出しながらトーマは言う。
店主はギョロリとした大きな目を、さらに見開き興奮した様子で身を乗り出した。
……俺は思わず後ずさりする。
「ペディスティル様から手紙と品物を預かっております。」
「手紙?」とトーマは首を傾げた。
「はイ。ペディスティル様はトーマ様にお会いできナカったこと、大変残念に思われておりまシた。」
「でも、なんで父さんがここに来ることが分かっていたんだろう…。文房具屋なんて沢山あるだろうし。」とガネッタ。
「オーサーの力だろうな。…長らく預かっていてくれてありがとう。」
「イえイえ。とんでもござイません。ペディスティル様はそれよりも長イ時間、ここのみんなを助けてくださったのですカら。」
「ペディが…。」
「ペディスティル様からの贈り物をお渡しいたシます。」
「これは、記述石か…。」トーマが受け取ったのは、少し薄いピンクの石だった。
「記述石?」と俺はトーマに尋ねる。
「ああ、これはな……。持っている人の人生を記録していく石なんだ。ペディがくれたものとは色が違うな…。俺のは青紫色っぽいの何だがな。」
トーマは目を細めて石の刻印を見ている。
店主が追加で説明を始めた。
記述石には持ち主の人生を記録し続ける性質がある。また、他者が記述石に魔法を掛けることは一切出来ない。その仕組みは今も分かっていないらしい。記述石は、持ち主が死ぬと少しづつ色が落ちてゆき、記録も消えていくという。
「こちら手紙でござイます。大切にナさって下さイ。」
「ああ……。ありがとう。」
トーマは手紙を懐にしまった。
すると、店主は奥へ引っ込んだと思うとすぐに戻ってきた。
「当店カらです。このペンもどうぞ。」と店主は俺たちにペンを差し出した。インクも付けてくれるらしいので、ありがたく受け取ることにした。
その後俺たちは店を出て地上に向かったのだった。
金属製の扉を開けると、鉄格子越しにフローライが座っていた。フローライはこちらに気づくとすぐさま立ち上がり駆け寄ってきた。
鉄格子を開け、トーマがフローライを抱きしめた。無言で再開を喜ぶ二人はしばらくそのままだった。
やっと離れるとフローライは
「紙とペンを貸してくれない?」と言った。
トーマはフローライがそう言うことを分かりきったような顔でポケットからメモ帳と先程買ったペンを出した。
「流石だね、お父さん。」そう言ってフローライはそれらを受け取ると右手で小さくグッドサインをした。
フローライはメモ帳の一番上のページを開き、ペンを差し出した。
トーマはそれを受け取り、ペンを走らせる。
書き終えると、メモ帳をフローライに返した。
フローライはそれを受け取り、内容を見て少し涙ぐんだように見えたが、すぐに笑顔になった。そしてまた抱きしめ合ったのだった。
俺たちは何も言わず二人を見ていた。やがて、フローライがトーマから離れこちらを向いて、少し恥ずかしげな表情でこう言った。
「ありがと、お疲れ様。」たった一言だったが、それだけでも俺にはすごく嬉しく感じた。
「はーっ、やっと地上だ…。」グリームは伸びをしながらそう言った。
「長かったね〜。」とチアフィ。
「そういえば…、この二人って一体?」とトーマ。
「あ、忘れてた。」とガネッタ。
「あたしはグリーム…っす。何でも出来るんで。」
「あ、チアフィといいます…。魔法系弓使いです。よろしくお願いします。」
「ああ、よろしくな。」トーマは二人の頭を軽く撫でた。
外に出ると、もう夕方になっていた。
「こんなに時間経ってたんだ…!」
「もう夕方ね。」
「このくらいの時間の方が涼しくて過ごしやすいな。」とトーマは言う。確かに、日が暮れ始めているからか、暑さは和らいでいた。
「今年は涼しいですね。」とチアフィ。
「この暑さで?」とジュナ。確かに、地下にいるときさえ少し汗ばむ程だったにも関わらず涼しいとは…普段はどれ程暑いところなのだろう。
「あ、見てみて!夕日が落ちてってる!」ジュナが指差す方向には沈みゆく太陽があった。
真っ直ぐな水平線に沈んでいくのは見ものだった。
「綺麗だ……。」俺は思わずそう呟いた。
「わぁー、全部沈んじゃうよ!」
惜しむジュナの声をよそに夕日は沈んだ。
「綺麗だったわね。」とエリー。
「そろそろ帰るか。」トーマがそう言ったので俺たちは宿探しを始めた。
幸い、直ぐに空いている宿が見つかったのですぐに部屋をとった。
適当な屋台で腹ごしらえをして、それぞれ部屋に向かった。
僕の部屋はガネッタとトーマ、チアフィ。残る四人はもう一つの部屋に。チアフィは部屋に入るとすぐにベッドにダイブし、そのまま寝てしまった。
「早っ!」とガネッタ。
しばらくして、トーマとガネッタは一緒に風呂に入っていた。「覗くなよ〜?」という声とともに扉が閉じる音がした。
朝、まだ日も昇りきってない時間に外に出るとエリーがいた。誰もいないと思いこんでいたから酷く驚いてしまった。
昨日あんなに歩いて疲れたはずなのにもかかわらず、こんな早朝に起きているとは…。エリーは海辺で、波が押し寄せては引いていくのをただ見つめていた。
僕は静かに彼女の隣に立ち、しばらくその横顔を見つめていた。
波の音と彼女の吐息だけが耳に入ってきて、なんだか立ち去るのも違うなと思い隣で横顔と波を見ていた。
彼女は視線を動かさずに小さな声でこう言った。
「人魚がいた。」…聞き違いだろうか。人魚なんているのか?エリーのあまりにも真剣な横顔を見ると、とてもふざけているようには見えなかった。
「人魚…?」
「ええ。」と彼女は答えた。
「でも、一瞬だけだったかったから見間違えかも。」
「そうか…。」俺はそう返すしかなかった。エリーはまた、しばらく波を見ていた。そして俺の方に向き直り、こう言った。
「……ねえ、貴方って本当に強いの?私、あまり貴方が戦っているときを見たことないわ。」…正直気が動転した。今、僕は僕自身の能力に自信が持てていないからだ。妹に対してはあんな大口を叩けたが、いざ自分のことになると…不安という単純な感情が湧いてくる。
「それは…、僕を注目して見ていないからそう思うだけだよ。」
そそくさと宿に帰ろうとしたが呼び止められた。
「じゃあ見せなさいよ。」「え?」
エリーは軽く口を閉じ、鋭い目で僕を見た。
「……分かったよ、でも少しだけな?」僕はそう言って短剣を抜き、それを軽く振るって戻した。
「これで満足か?」と俺は聞いたが彼女は無言で首を横に振った。
それとほぼ同時に、彼女は何も無いところから杖を取り出し、構えた。
「実演してみろってことか。エリーも中々に強引なところあるよな。」
「早く。」とエリー。
「分かったよ……。」俺はそう言って構えた。
「じゃあ、行くぞ。」と僕は言ってエリーに斬りかかった。
彼女は「遅いわね。」と鼻で笑うと、何かを唱え背後に5つ程の魔法陣を展開した。僕は咄嗟に後ろに跳ぶ。エリーが放ったレーザーは魔法陣から掃射された。5つのレーザーはそれぞれ違う軌道で僕に襲いかかってきた。
この程度、容易く避けれる…。
僕の想像通りの動きをしてレーザーは横を通り抜ける。
……しかし、エリーが不敵な笑みを浮かべたのが見えた。
「…疾うに分かってるさ。」
あれは『五属性魔法攻撃・壊城』である、と。魔法使いユマ…エリーの先祖に当たる英雄が使っていた魔法だ。
魔法使いユマは自身の祖国である旧ナハルシア王国を滅ぼした幻の姫だ。そんなユマが創った“異常”ともいえる魔法…それが『五属性魔法攻撃・壊城』だ。壊城…その字の如く城を一撃で壊す威力を持った魔法だ。
万一命中しなかった場合でも、また戻って来るという特性、何かにぶつからない限り半永久的に存在し続ける特性があること。そしてそれを永遠に避け続ける体力が自分にないことくらい僕には分かっていた。
だが…、僕にはある疑問がよぎった。もし、レーザーとレーザーをぶつけたら…。
「やってみる価値はある。」
戦っているふりをしながらレーザーをバラけさせ、全てのレーザーが一点に集まるように調整した。エリーは僕には戦う能力が無いと思っているのだろう。杖を構えるのをやめ、高笑いをしている。
「貴方…こんなものなのね。」
「いや、まださ。」
僕はレーザーが衝突するタイミングを見計らい、上に飛び上がろうとした。
魔法戦士ロイド…僕の祖先に当たる英雄だ。臆病な性格で、本気を出したことはほとんど無いといわれている。だが…本気を出すとき、狼男らしく、“狼化”したときは他の英雄とは比べ物にならない強さを発揮したという。狼化の条件は“丸いものを見たとき”だ。
…朝日が昇った。僕は人間の状態では考えられない程のジャンプをした。
鼓膜が破れるかと思うくらいの音がする。…レーザーが衝突した。着地したと同時に、色とりどりの煙幕を切り裂くように進む。
自分の嗅覚だけを頼りにエリーのところに進み続けた。
流石に刃を突き刺すのは気が引けたのでナイフの柄をエリーの胸に触れそうな程に近付けた。
彼女は目を見開き、その場にへたりこんだ。
「これが…貴方の強さなのね。」エリーは下を向いて呟く。
「これで僕が戦えることを証明できたな?」
そういうと、僕の狼化が解けた。代がかわるにつれて英雄の能力は大分薄れてしまった。今の時代、このくらいが丁度いい。
「いい戦いぶりだったよ。」僕はエリーに親指を立て、称賛した。
二話 エリカノーラ・グラーヴァ〜人差し指の先には〜
「凄いすごーい!」ジュナが駆け寄ってきた。ジュナだけではない。寝ていた筈のみんなが宿の方向から興奮気味の表情で歩いてきた。さっきの戦闘の音でみんなを起こしてしまったようだ。
「ラックさん、めっちゃ強いじゃないですか!」チアフィは目を輝かせている。
「本当……あれなら私も安心して背中を預けられるわ。」と私。
「いやー、ラックの意外な一面を見れたよ!な、みんな?」トーマがそう言うと全員が頷きながら笑っていた。
「正直、貴方の強さを疑っていたのよ。ごめんなさいね?」
「もういいよ。分かってくれたんならそれで。」とラックは苦笑いしながら言った。
「さて…後片付けも最小限で済みそうだな。」とガネッタ。
私の前には大きく抉れた砂浜があった。フローライはメモ帳に何か書いてそれを見せた。
『レーザーが分散していたら、もっと酷いことになっていたわね。ラックはその点も考えて戦ったのでしょう?』
ラックはそれを読むと「いや、そこまでは…。」と少し気恥ずかしげに言って手でばつをつくった。フローライは意思を汲み取ったようで少し苦笑いを浮かべていた。
「抉れたところさっさと埋めちゃおっか!」とジュナ。
「はあ…。食前運動と思えばね…。」グリームは不満げだ。
「あんな凄い戦闘をタダで見れたんだよ。このくらい良いじゃん!」
とチアフィ。
グリームは言いくるめられたように口を噤みながらも「スコップ持ってくる。」と言い残し街の方に向かっていった。
グリームが持ってきてくれたスコップを使って砂浜を平らにしながら私はさっきのことを思い返していた。
レーザーが戻って来る特性を利用して、それを一点に集めてぶつけるという発想は私にはなかった。それに、狼化…あれには本当に驚かされた。……でも、私が驚いたのはそれだけじゃない。ラックは朝日が昇る時間まで調整していた筈だ。ベルトに取り付けてある懐中時計はその為にあるのだろうか…。
いや、狼化の時間を計るためということも考えられる。
…彼は本気を出していたのだろうか?もしそうでなかったとしたら…。それにすら勝てない私は強いの?そしてそんな私が彼の能力を測る権利などあるの?
「何ぼんやりしてるの?エリーらしくないね。」とジュナが声をかけた。
「いや、別に……。」と私は答えた。
「ふーん?」とジュナは小首を傾げながら私の顔を覗き込んできた。
「あ!もしかしておにーちゃんの強さに見惚れちゃったとか〜?」とジュナが茶化してきた。
「駄目だよ〜?おにーちゃんにはもう彼女がいるもんね。」「もう、違うって…。」と私は弱々しく反論する。
彼女はそんな私を見て笑った。
私は、これ以上は深く考えないことにした。
なんだかガネッタの様子がおかしいように見えた。何か思い詰めたような顔をしているように見える。
ガネッタは私に気付くと少し驚いたような顔をした後、すぐに取り繕ったような笑顔になった。
「何か考え事でもしてた?」と私。
「いや、そんな大したことじゃないんだけどよ……。ほら、あの魔法凄かったなって…。俺、それしか浮かばなくってな。」とガネッタは苦笑いしながら言った。
「ありがとう。でも、私はラックの方が凄いと思ったわよ。」
「そうか……。そうだよな。」とガネッタは俯くように頷いた。
「どうかした?」と私。
「ああ、いや……何というかさ、俺もエリーと戦ってみたいなって…。」
「そうね……、機会があればね。」と私は笑いながら答えた。
「よーし!こんなもんか!」
とトーマの声が聞こえた。
「じゃあ、宿に戻ろうか。」
宿に戻ると、簡単な朝食がテーブルに並べられていた。
「あ、意外と早かったですね。勝手に戻っちゃってすいません。この宿食事ついてないらしくて。作っておきました!」チアフィとチアフィ
「ありがとう。」と私は言いながら席に着いた。
「頂きます。」私含め全員がそう言った後、朝食を頬張った。
「あ……美味しいね。」と私。
「ほんとですか!?良かったです…!」チアフィは嬉しそうだ。
和気あいあいとした朝食はやはり先程の話で持ち切りだった。私はたまに飛んでくる質問に簡単に答えながら紅茶を啜っていた。
だが、私はあまり落ち着けなかった。ガネッタが私を見ているのだ。それも、鋭く嫉妬するような目で……。私は何かしたのだろうか……?でも彼は何も言ってこない。
朝食が終わり、部屋に戻った後、私は再びガネッタに声をかけた。
「さっきからどうしたの?あんまりジロジロ見ないでほしいのだけど。」
「あ、悪い……。いや、俺さ。もっと強くなりたくて……。」とガネッタは歯切れ悪く答えた。
「…でも私を特訓相手にするは不十分じゃないかしら?さっき負けたばかりだし……。」
「いや、エリーなら良い相手になると思ったんだ!それに、あの魔法以外も使って欲しいんだ!」と彼は少し興奮気味だった。
「分かったわ……じゃあやりましょうか。幸い、体力も魔力もほとんど消費してないし。どこでする?」
「島の裏手に広い草原があった筈だ。そことかどうだ?」
「良いわね。じゃあそこで。」
ガネッタが部屋を出ると、私は後ろに付いていった。
少し歩くとすぐに目的地の草原に着いた。なるほど、確かに広々として、周りに人影もない。特訓にはうってつけの場所かもしれない。
「始めましょうか。」
「ああ、よろしく頼む。」と彼は頭を下げた。
まず仕掛けてきたのはガネッタだった。大剣を振りかざし、私に向かって来た。
……だが、正直言って遅い。遅すぎる。私はすぐにガネッタの攻撃をかわした。そして間髪入れずに反撃をした。
「ぐっ…!」
「ねえ、飛行魔法ってありかしら?」「なしで…。」
「そう。」
私は彼の攻撃をかわしながら、彼の体に軽く傷をつけた。
「まだやるの?」と私。
ガネッタは息を切らしながらも「ああ、頼む!」と力強く言った。
また反撃してきたのでバリアを張って大剣を弾いた。
「勝つ気あるの?」
「…正直ない。ただ、俺は俺の限界に挑戦したいだけだ。」
そう言うと、ガネッタはいきなり剣を振り上げた。咄嗟に物理特化バリアを張る。
「っ…!」大剣が伸びてバリアを割った。
「きゃっ…!」ギリギリで横に避けて事なきを得る。成る程、弾かれる前に大剣を伸ばせば物理特化バリアを割れるのね。
「へぇ、面白いじゃないの!」
私の物理特化バリアを割られたのは初めてだった。今までどんな攻撃でも塵一つ通さなかったバリアが割られたのだ。
…まずい。また、私は相手の力量を見誤ったのかもしれない。
「ほ、本気で行くわ!」
「ああ、来い!」
ガネッタは鈍い動きながらも力強く向かってきた。
私は、足元の短い草を成長させ、それを勢い良く伸ばした。
「ふっ!」ガネッタはそれを大剣で振り払う。
そして隙を見て私に詰め寄ってきた。魔力消費が最低限で済むレーザーを後ろに飛びながら放つ。
彼はそれを剣で防いだ。
「まだだ!」ガネッタはまた私に詰め寄る。
今度は彼の足元の草を急成長させた。
「なっ……!」ガネッタはバランスを崩した。その隙に私は彼に向かって魔法を放つ。
「っ……!?」だが、それは彼の大剣によって弾かれた。立ち上がり、そしてそのまま私に斬りかかってきた。
「くっ……!」ギリギリで避けるが、少し斬られてしまった。長い金髪が地面に落ちた。
「ごめっ…!」「もう、手入れ大変なのに…。」
次は花を巨大化させて上空まで一気に上がった。
「これは飛行魔法じゃないわ。」
「実質そうだろ!」
彼は彼の限界に挑んでいるはずだから私も最大限の力をもって迎え撃った方がいい筈だ。
ガネッタがジャンプし、剣を突き立てて花の茎を登ってきた。
「…っ、これで…!」
彼は大剣を振りかざした。私もバリアを張りながら、レーザーを放つ。
「うおおっ!!」
彼の大剣はバリアを砕き、私のレーザーをも貫いた。…逃げないと…!
花から飛び降りるとガネッタは
「何やってるんだよぉ!死ぬ気か!?」と叫んでいた。
そんなわけない。私は足元にバリアを張って軽やかに地面に向かった。
「危なくないでしょ?」振り向くとガネッタはそこにいなかった。
「え?」
下を見ると随分と地面に近いところにガネッタの姿が小さく見えた。
「何してるのよ!」足元のバリアを消して地面に飛び込んだ。
ガネッタが地面と衝突する寸前に、私は地面に生えた草を急成長させて事なきを得た。
「手間かけさせないでよね。」と私。
「正直焦った。」とガネッタは汗を拭いながら言った。「まあ、今回は俺の負けだな。」「どうして?」
「だって……。」ガネッタは言葉を詰まらせた。
「でも、貴方は私のバリアを初めて破ったわ。」
「バリアの先に攻撃出来なきゃ意味がないだろ?」彼は苦笑いした。
「それもそうね。」
「このまま話してても埒が明かないし引き分けにする?」と私も笑う。
ガネッタは頷いた。
「さっきはごめん。綺麗な髪、斬っちゃって。」「髪を束ねていなかった私も悪いわよ。戦闘なのにね。」
ガネッタは意を決したように言い出した。
「……海!行かないか?」
「朝も行ったんだけど。」
「じゃあいいや…。」「行きましょ!」遮るように言ってしまったと思い、口に手を当てた。
「いいのか?」
「ええ、でも皆は誘わないの?」と私は疑問に思ったので聞いてみた。
「いや、俺はエリーと二人で行きたいんだ。」
「…そう、分かった。」私は戸惑いながらも了承した。
さっき来た道を引き返して港の方に向かった。
「ねえ、なんで誘ったの?」
「……汗かいちゃってさ。この島暑いじゃん?だから余計に。海なら少し涼しいかなって。」
「…話変わるけど。朝にラックと戦闘する前に人魚を見たの。」
「え?人魚?」
「信じてくれる?」「ああ、信じるさ。エリーの言う事だし。…あ、あれって…?」
ガネッタが指差す方向に一瞬だけ鮮やかな鱗が見えた。…私が朝に見たのと同じ色をしていた。
「あれ…!」
私は人魚の方へ駆けた。
だが、もうそこに姿はなかった。
「今、いたわよね?」「確かにいた。」
「追いかけるの、陸上だと限界があるわね…。いっそ、潜ってみる?」
「ああ、そうするか!流石に今は無理だけども。」
「夕方なんてどう?」「いいな、それ!」「早速水着買いに行っちゃおうかしら?」
その時、二人のお腹が鳴った。
「あはは…。先ずは腹ごしらえだな。」
私達はみんながいる宿に戻った。「あ、お帰りなさい。エリーさん、ガネッタさん。」
とチアフィが出迎えてくれた。
「どこ行ってたんですか?」チアフィはクスクス笑いながら言った。
「…なんで笑ってるの?」
「二人共…服が草だらけですよ。」
「え?うわ。酷い有様ね。…さっきガネッタと草原で特訓した時に付いたのかしら?それに、髪も微妙な切れ方をしているし…。」
「楽しかったですか?」チアフィはまたクスクス笑った。
「ええ、まあね……。」私は少し恥ずかしくなってきた。
「じゃあ、お昼ご飯にしましょうか!」と私。「そうだな。」とガネッタ。
お昼ご飯をたべ、髪を床屋で切ってもらい、夕方頃になると私達は再び港に来ていた。
先程買った少し洒落た水着を、薄い上着の中に来ておいた。そして、半ば強引に連れてきたチアフィに脱いだ上着を押し付けた。
軽く準備運動をして、波に足をつけた。ひんやり冷たい。
「遅くなっても、明日の夜明けには帰るから!」
私とガネッタは魔法で簡易的な水流を生み出し、海の中を進んでいくことにした。ついでに長く海の中に居れる魔法も。
海面から顔を出すとガネッタは
「普通に泳ぐより凄く楽だ。なんか面白いな。」と言った。
人魚は未だ見つからないが、小さな魚の群れがいたからそれと並んで泳いだり、綺麗な貝殻を拾ったりして遊んだ。
しばらく泳ぐと、海中に細長い建造物が見えてきた。ガネッタもそれに気づいたようで、お互い顔を見合わせた。
再び水から顔を出すと私は、「あれ、人魚が住んでる家なんじゃないかしら?」
「俺もそう思った。いかにもって感じだし。」
「思っていたよりも暗いし、これ以上は無理かもね。」辺りは大分暗くなって、周りに島も街もないからか、星が綺麗に見えた。
「折角だし、もう少し行ってみないか?」
「分かったわ、じゃあもう少しだけ。調べ終わったら適当な島で休みましょ。」
また潜って、海底の建造物に足を踏み入れた。
中は暗く、何も見えない。
私は魔法で小さな明かりを生み出して辺りを照らした。
…私は息をのんだ。ガネッタもこちらに視線を向ける。
人魚だ。海藻のような寝具に包まりながら眠っている。
すると人魚は目を覚まし、私達を見つめた。「あ、あの……。」
私は恐る恐る声をかけた。実際は泡が口から漏れ出ただけだったが。すると人魚は歌を歌い始めた。凛々しく、美しい声だ。私達は思わず聞き入った。
歌い終わると人魚は建造物の外へ出ていった。何処へ行くのかと追いかけてみると、彼女は小さな島に向かっていった。
「きこ、えますなの…?」
たどたどしくもはっきりとした声だった。私達は砂浜に座って、彼女は少し離れた海から顔を出して話しかけてきた。
「ええ…。」困惑しつつも返答を返した。
「わっちゃ、は…人魚なのです。あなたは人間なのです?」
「……そうだけれども。」ガネッタも少々困惑だ。
「人間さん、…何をしに来たなのです?」
彼女は少し不安げな表情をしている。
「人魚を捜してたのよ。」
「そなのですか。えと…お話し、しませんの?」
「勿論だよ!」ガネッタも頷いた。
「でも…ちょっと寒いかも。ずっと泳いでたし。」
「お家、帰らないとなのです。わっちゃ達が、送ってあげるなのです。」
「“達が”?貴方一人なんじゃ…?」
そう言った直後、再び彼女は歌い始めた。
だが、先程とは打って変わって優しく、旋律を撫でるようなうっとりとさせられる歌声だ。しばらくすると、海から大型の魚達がやってきて海岸沿いを囲んだ。私は恐怖を感じたが、ガネッタは目を輝かせて喜んでいた。
「みんな来てくれたなの!さあさ、背中に乗ってなの。」
ガネッタと私は促されるまま魚達の上に乗った。そのまま海上へ出ると、「どっちですなの?」と彼女が訊いてきたので「あっちの小さく見える光の方よ。」と答えた。
船着き場に着くと、ガネッタは「ありがとう!また会おう!」と満面の笑みで言った。
「わっちゃもまた会いたいのです!また来て下さいなの!」
海の中から顔を出した人魚はとても楽しそうに言っていた。
「ええ。あ、待って。お名前教えてくれない?」
「わっちゃの?わっちゃの名前はカロースズなのです。」
「カロースズ!可憐な名前ね。」
「んー?よくわかんないけど、ありがとなの!わっちゃのお家でまってるなの!」
ざぶんと音を立ててカロースズは帰っていった。
「二人でまた、近い内に会いに行こうぜ!」
「そうね、カロースズが寂しがると思うし。」
ガネッタは軽い溜め息を吐いて、夜闇に溶け込んでいった。
三話 ジュナ・フィニー〜そんなものにゃ中指立てて〜
「おかえり!どうだった?人魚見つかった?」私は海から帰ってきた二人を出迎えた。
「ええ、一匹だけね。」とエリー。
「すごーい!本当にいたんだ!」
「ちょっとしたお土産持ってきたぜ!」とガネッタ。
「ん?なになに?」「これなんだけどさ。」とガネッタが小さな袋から取り出したのは貝殻やさんごだった。
「綺麗……!」思わず声を漏らしてしまった私を見て二人は笑っていたけども、そのくらい綺麗な物ばかりだったのだ。
「見たことない柄ばっかり!どこまで泳いできたの?」
「どこまでって…結構遠くとしか言えないな。」
「これ、何かに使えるかな?」
「…イヤリングとか?作ってみる?この小さい貝とか丁度良いんじゃない?」
「いいね!作ってみよ!」
「今日はもう遅いから明日だな。」
そう話していたとき、再び玄関の扉が開いた。扉の向こうから現れたのはチアフィだった。
「あれ、チアフィ?どこ行ってたの?みんな探してたよ。」
「お二人の荷物持ちしてたんですよ!!遅くとも朝には帰るって曖昧過ぎますし…!勝手に帰ってもなんで帰ったのって言われますし…!」
「ごめんごめん。悪かったよ。ほら…、俺にものを言うならエリーにも…。」
ガネッタはチアフィに詰め寄られていた。ガネッタの身長が低いことが拍車をかけて、より縮こまっているように見えた。
「…だったら断れば良かったじゃないかよ。」「俺、頼まれたら断れない性格なんです。」「損な性分だな。」「そうですが何か。」
「ま、まあまあ!お腹空いてるでしょ?ね?」
「そりゃそうだ!遠くまで泳いで来たし、…結構な時間待たせちゃったし…。」
チアフィは3歩下がってムスッとしてから「分かればよろしい、です。」と言った。
「せっかくだし、お詫びも兼ねてお店で食べない?チアフィの分はおごってあげるわよ。他のみんなはもう食べた?」
「うん!チアフィがいないから諦めて各自食べてきたよ!あ、私はまだだけどね。」
「…それで許してあげます。」
「よし、この四人で行くか!」
「あ、待って。私とガネッタ着替えてない。」とエリー。
「分かった!じゃあ玄関前で待ってるよ。」
二、三分待つとガネッタが出てきた。「やっぱりエリーはまだか。女性は何かと大変だからな。気長に待つか。」
「ガネッタ、分かってるねー。急かしたところで無意味なんだよね、女の子は。やっぱ長生きしてるから乙女心とか分かるの?」
「ん、まあそうだな。ライ姉と長らく暮らしてきたから嫌でも分かるというか…。」
「ガネッタさんってこれまでどんな人生歩んできたんですか?」とチアフィ。
「話せば長くなるぞ。いいのか?」
「いいじゃーん!気になるし話してよー。」
「いや…そんなこと言うならそっちも話せよな!」
「分かってるよー。」
そんなことを話しているとエリーがやってきた。それから、街を歩いて適当な店に入った。
「こちらラベラーザの煮付けと、ファルアファ風味のペンタチーノと、パロパナサのサンドウィッチと、ミイサヤの盛り合わせです。」
「わ、一気に来た!」
「じゃあ、食べましょう!いただきまーす。」
「ファルアファもペンタチーノも分からない…。なんで頼んじゃったんだろ。」
「早く食べないと冷めちゃうぞ!」ガネッタにそう言われるとチアフィはすぐに食事を摂り始めた。
「ん、むむ!良くわからないけど美味い!」
「美味しいならなんでもいいじゃん!」
少しの間食べ進めるとガネッタが、「さっきの話だけど。」と話を切り出した。
「さっきのって?」とエリー。「ああ、今までの人生を話せってジュナが。」
「そそ。で、ガネッタってどこ生まれ?」と私は訊いた。
「どこ生まれって…。冒険譚では戦闘に生まれたとしか俺には分からないな。父さん…剣士トーマはライ姉と俺を連れて、故郷のシュッペルガン地方の大きめの街に引っ越して俺とライ姉はそこで育った。」
「シュッペルガン地方って…ワディオッタ帝国の東南にあるところよね?」
「流石エリーだな。自然豊かな地域でな。大きめの街って言ったって郊外に住んでたんだけど。」
「でさ、まだ俺が赤ちゃんだったときにイグナイトフォックスがなんか攻撃してきたらしいんだよ。ライ姉は大丈夫だったけど、俺がモロに攻撃受けて、髪が赤くなったんだって。」
「へー!そうなんだ!前に本の写真で幻獣使いシャロンを見たんだけど、髪先以外は白だから不思議に思ってたんだよね〜。」と私。
チアフィは興味深そうに話を聞いていて、料理があまり減っていない。
「早く食べたら?ペンタチーノ。美味しいんでしょ?ちょっともらってもいい?」
「え…まあいいけど。」「じゃ、頂き〜。」
得体の知れない料理はモチモチとした食感でクリーミーな風味がした。
「意外と普通に美味いじゃん。」「へぇ。私も貰おうかな。ガネッタの貰ってもいい?私のあげるから。」
ガネッタは呆気にとられていたのか、握っていたフォークを持つ手がもつれていた。
「え、全然いいよ。何だっけ、その…料理?」とガネッタ。
「なんかの盛り合わせ。こっち側食べてないから。そっちはラベラーザの煮付けね。前に洞窟で食べたから味は予想つくわね。じゃ頂き〜。」
「あ、こっちの方、まだ食べてないよ!?」
「で、話戻るけど。まぁ100年そんな感じで暮らしたんだけど。」
「100年…そんなさらっといいます?」チアフィは一周回って飽きたようだ。外の様子ばかり見ている。
「いきなり父さんがいなくなったんだ。“もう一生会えないはずだ。無駄なことはするんじゃない。”って書いた紙を置いて神隠しにあったみたいに。」
「…訳が分からないわね。ようやく会えたのだし、理由を尋ねてみたらどうかしら?」
「そんな雰囲気じゃないんだよ…。いきなり訊くのは気が引けるなー…。」
「気持ちは分かるけど…。気になったまま、一緒にいるなんて嫌じゃない?」
「そうだよな…。機会があったら訊いてみるよ。…俺の話ばかりで飽きただろ?誰か話せよ、不公平だ。」
「じゃあ、チアフィの経歴でも聞かせてもらおっかなー?」
「まぁ……いいですけど。」と少々不満げだがチアフィは話し始めた。
「俺は生まれた時から孤児院にいたから元々の家族のことは全く覚えてませんが、孤児院の人は優しかった気がします。そこでグリームとも会って。どこだかの教会みたいに生贄に差し出されなかったし。」
「あのねぇ…、掘り返さないで貰える?自国の黒歴史とか聞きたくないわ。」とエリー。私は歴史が苦手だから、エリーの国の教会で何があったのか全く思い出せなかった。
「それで…5、6歳の頃だったかなぁ。今の家族に引き取られたらしいです。ちょっと身分の高い人で、多分後継ぎに困っていたんでしょうね。」
「引き取られた後もグリームとは腐れ縁で…。仲は悪くはないんですけどね?ただ、いい子いい子してるときのグリームとはちょっとかけ離れているというか…。ほら皆さんも口悪いなって思いますよね?」
「そりゃまあ…。ネガティブ思考でもあるし。」とガネッタ。
「うーん。そこさえ直してもらえたら接しやすいんのに…。元はと言えばグリームの家の教育方法なんですけどね。」
「どんな感じだったの?」
「やりたいことを全然させない。むしろおさえつけて、親がやらせたいことをさせる…みたいな?そのせいで今は、自分の一番使いたい武器が分からないっていう状態ですね。」
「全武器使えるのもうらやましいけどなぁ…。」と私。
「まとめると、恵まれた環境で生きられるのは奇跡ってことね!うん!」エリーは強引に結論づけた。
その後食事を食べ終わり、宿に帰っって寝た。…というかベッドに入っただけというか。さっきの話が気になって上手く寝つけなかった。
(恵まれた環境ね…。なんでそんなに差が出来るんだろ。親のせい?場所のせい?時代のせい?それとも…?)
(あーもう、わっかんない。どれでもない気がするし、全部な気もするし。何が悪いんだろう…。グリームに聞いたらなんでもいいとか、中指立ててやるー、って言うかな。そうしたところで何も解決しない気もするし。)
(とりあえず保留にして、寝よ。)
それから私は眠りについた。
「んん…。え、どこここ?」
私は目を覚ますと一面真っ白な空間にいた。
「え、ええ!?私、もしかして死んじゃった!?ちょ、ちょっとまってなんかある…。」
よく見ると、床には様々なものが点在している。
「これって…、狩人ジューカのショットガン?」持ち上げてみると、それは確信に変わった。試し打ちをしてみよう。斜め上に発砲すると、視界はヒビが入ったようになった。そしてそのまま私は意識を失った。
再び意識を取り戻すと、私は恐らく…監視塔にいる。オーサー討伐の原点となる場所だ。流石に私でもそのくらいは覚えている。
「はー、ひまだなー。」…何も考えていないのに口が動いた。
「そーだな。」目の前にいるのは…剣士トーマ?
「そこら辺のやつら狩る?」また勝手に口が動く。
「うっし、やったるか。」剣士トーマらしき人がそれに答える。
「ちょっと行ってくる〜。」
はしごを下って…魔法使いユマらしき人の元に来た。
ユマは丸底フラスコを熱して混ぜてポーションを作っているようだ。こちらに目線をやることなく「いってらっしゃーい。」と言った。
「ん?あそこにいるのは誰だぁ?」
「ほんとだ、誰かいる。間違って入ってきたのかな。」視線の先には幻獣使いシャロンと魔法戦士ロイドが。
「えっとー、こんにちは!あなた達、この国の人間ですか?」
「違いますが……。なんでこんなところに?」とシャロン。
「俺たち一応国境線の見回りやってるんでね。」
トーマがそう言ったとき、私はようやく気が付いた。私はどうやら、過去を見る能力に目覚めたらしい。
そして、私は狩人ジューカの視点で物語を覗いているようだ。
もう一点、さっき考えていた環境の差には、生まれ持った能力もあると気付かされた。
四話 フローライ・ローザント〜薬指にはめさせて〜
昨日はチアフィとエリーとガネッタが帰ってこないとちょっとした騒ぎになったが、今度はジュナが起きないらしく、また部屋の中は騒然としていた。
ラックが必死にジュナを起こそうとしているが、肝心のジュナは屍のように動かない。だが、死んでいる訳ではないようで、呼吸は至って普通で時折寝言を言っていると弟に聞いた。
『昨夜は何処へ行っていたの?』
『海に人魚捜しに行ってきた。ちゃんと見つけられたよ。』
『凄いじゃない。』そう書くと、弟は少し照れくさそうな顔をした。
ガネッタは何かに気付いたようで振り向いた。
『ちょっと待ってて。』そう書き残すと、ラックとエリーの方に歩いて行った。
暫く話すと弟は戻ってきた。
『起こすの諦めたって、ラックが。』
『ここまでして起きないのは流石におかしいわよね。エリーは何て言ってた?』
『原因不明だって。強いて言うならジュナ自身によるものかも知れないって。』
『それってどういうこと?』
『さあ?良く分かんない。』
ガネッタは後ろにいたエリーにその事について聞いてくれた。
『魔力の巡り方がどーのこーのって言ってた。』
『大体分かったわ。ありがとう。』
弟は怪訝そうな顔をして席を離れるとグリームとチアフィの方に歩いて行った。
ガネッタが行ってしまうと私は愈する事が無くなってしまった。耳が殆ど聞こえないから外出するのも危険で、持っている魔導書も粗方読んでしまった。
態々長時間筆談をしたがる人なんている筈も無く、ただ窓辺に置かれた人形のように虚ろな目で変わらぬ景色を眺めているだけの日々が続いていた。
唯一の楽しみと言えばファングとユラの世話だけだ。
ユラの入れ知恵でファングも人の姿になれるようになった。魔法の森で拾ったときよりも二回り程に成長して、幻獣らしく魔法もある程度扱えるようになった。
そして何より変わったことはユラのことを“ねーちゃん”と呼ぶようになったことだ。(ユラに筆談で聞いた。)
ユラによると、私とガネッタを真似ているのでは、と。
ガネッタが私のことを“ライ姉”と呼ぶからユラのことを義理の姉ということにして“ねーちゃん”ね。可愛らしいことを言うようになったのね。
ユラもファングも人化すると、人の子の本当の姉弟のように見える。
ユラは20代半ばの艶めかしい風貌で、ファングは10歳程の無邪気さが残る溌溂とした少年だ。
…本当の年齢は何歳なのだろうか。ユラは私より長生きしているから300歳以上なのは確かだ。それでいて20代半ばの見た目…。私も似たようなものか。
今はユラがファングに文字を教えている。ファングも私と直接会話がしたいようで、その為に文字を書けるようになりたいと自らユラに指導を頼み込んだと聞いた。
勉強が一段落ついたようで、ファングは大きく伸びをした。そして、やはり延々と眠り続けるジュナが気になるのかちょっかいをかけだした。
対してユラはジュナにあまり興味が無いのか、それともエリーの様にこうなった原因に興味があるようだ。
ユラは暫しの間ジュナをじっと見つめていた。何か分かったのか私の方に向かってきた。
『自発性魔力と環境性魔力は分かるわね?』
『勿論よ。自発性魔力は人や幻獣から発生する魔力で、環境性魔力は自然から発生する魔力のことよね?』
『ええ。妙に詳しいのね。』
『常識の範疇よ。それで?』
『ジュナの自発性魔力がジュナ自身の身体に使用されている。しかも、眠っている状態で。こんな状態異常としか言えないわ。』
『となると、考えられる可能性は、ジュナ自身にも制御出来ない突発的な超能力。』
『話が早くて助かるわ。この状態が長く続くと身体的に、場合によっては精神的にも危険が及ぶ。この状況を打破出来るのはグラーヴァ家の者だけでしょうね。』
グラーヴァ家ね。エリーの家だから帰り次第聞いてみようかしら。
何処に行っていたのか、昼前にエリーが帰ってきた。軽く事情を伝えるとエリーは困惑したような表情を浮かべ、こう書いた。
『私は王女だとしても、今は魔王に追われている身よ?快く匿ってくれる気がしないわ。』
『そう…。エリーだけでは、ジュナを助けられないの?』
『それは難しいわね。何せ、魔法を上手く使えるからってこの世界に存在する全ての魔法を覚えて使いこなせる、なんて不可能に近いでしょう?グラーヴァ家に伝わる魔法に限定しても軽く3000種は超える筈。』
『そんなにあるのね。甘く見すぎていたわ。』
私は本能的に魔法を使えるタイプだったので、単純な種数のことなど考えていなかった。
『私はあまり乗り気になれないわね。行くのだとしたら私抜きで考えて。どうしても私抜きじゃ駄目なら仕方なく行くけど。私はあの国に出来る限り戻りたくないのよ。』
エリーは椅子から立ち上がったが、何か思い出した様で、置いたペンを再びとって『筆談は面倒だから、ラックとチアフィ、グリーム、トーマにもこの話を伝えておくわ。ガネッタにも伝える?』
私は少し考えたが、やはりこう考え直した。
『声は聞こえなくても、直接話がしたいから。』
翌日、ガネッタにあの話をすると、やっぱり回復に特化したエリーを連れてった方が良いのではないかという結論に至った。
エリーにそのことを話すと仕方なく行くと言った。因みにラック、チアフィ、グリームはここに残って、トーマは行くと言ったとも聞いた。
話は纏まり身支度に取り掛かった。季節に合った服はどうなのとエリーに聞きながら数日で準備が完了した。
出発の日、残る3人とファングは港の端で手を振っていた。ファングは周りの魔力が強すぎてまた魔法熱を起こすだろうから置いておくことにした。微かに地鳴りのような音が聞こえた。きっと汽笛だろう。
ゆったりと船が港を離れていった。
波を超える度に船体が大きく揺れる為、筆談どころではない。
折角エリーやガネッタとゆっくり話が出来ると思っていたのに。この頃何故かみんなは忙しそうだから長話するのは控えていた。
それにしても、大きな波だ。小船に乗っているからそう感じるだけだろうか。カルカがエイヴェルド島は暖流に囲まれていると言っていたっけ。
ふと視線を海から船内に戻すと、エリーが船酔いに苦しんでいた。なんだか意外だ。船に弱いなんて……。
ガネッタはそんなエリーを介抱している。
船室は余り揺れないようで、ガネッタはエリーを、所謂お姫様抱っこをして船室に連れて行った。
外は快晴で波も漸く穏やかになった。恐らく、後2時間位でエイヴェルド島に着くだろう。
ジュナは革製の背もたれのない椅子にガネッタのベルトで緩く固定してあった。
ジュナは自然と起きるのかしら?もう数日間眠り続けている。寝言を呟いているのか、時々口を動かしている。水分不足にならないように定期的に飲ませている。
ふと、口元が緩んだ。先程まで緊迫した表情からいきなり変わったのだから吃驚した。
…夢を見ている?ただの睡眠では表情は変わらない筈だ。何か、私は情報を取りこぼしているのだろうか。口が動いた。何かの単語のようだったけど私には聞こえない。お父さんに聞いて何と言っているのか教えてもらおう。
お父さんにメモ帳にジュナが言っていることをそのまま書いて欲しいと頼んだ。
『おい何があった』
『そんなこと言うな』
『は!? おい、じゃあ どうすんだよ』
『まさか、うそだろ 返事してくれよ』
『なんだよ だって俺には』
そこまで書いたところでお父さんはペンを止めた。溜め息を吐いて、震える手で文の続きを書いた。
『シャロンしかいないんだ』
お父さんは、ジュナの寝言はお父さんがお母さんが死ぬときに言っていたことと同じだという。エリーとガネッタにそのことを話すと如何にも信じられない、という顔をした。
『つまり…ジュナは過去を夢で見ているってこと?そんなことあり得るの?』
『分からないわ…。でもそう考えると全て辻褄が合う筈よ。』
『聞き違いなんじゃ?』
『それはありえないと思う。』
お父さんにとっては一生記憶に残る強烈な出来事だ。そんなことさえこの300年で綺麗さっぱり忘れてしまった、なんてことはありえない。
だとしても、ジュナのこの不思議な能力は一体…。遺伝かと思い、お父さんにも一応聞いたが、狩人ジューカにはこんな能力は無かったと証言してくれた。ならば、これはきっと……。
私はある仮説を立てたけど、それはあまりにも突拍子のないものだった。でも、これ以外考えられないし、もしそうだとすれば…。また他の問題も解決することが出来るかもしれない。
でも、ただでさえ混沌とした現状を更に掻き乱すような発言は憚られた。確証が持てたときに言うとするか。
私の見立て通り、船は2時間程で目的地の港に着いた。と言っても、ナハルシアは大分内陸にあるのでここからは陸路だ。
迂闊に民衆に姿を晒す訳にはいかないので、丁度通りかかった食料を輸送中の、身寄りのいないような雰囲気を醸し出している老人の馭者にガネッタが話かけた。
少しの間交渉をすると、意外にもスムーズに話は進んだようで弟はこちらに手を振って合図を出した。その老人は、交渉を快く承諾してくれたようだ。
食料の輸送を手伝う代わりに一泊させて欲しいというガネッタの提案は渡りに船だったようで、老人は喜んで了承したそうだ。
今日は馬車の中で一泊する。幸い、然程暑くも寒くもない丁度良い気温だ。
依然としてジュナは眠りこけている。
そういえば、今も寝言を言っているのだろうか。またお父さんに寝言をメモに書いてと頼んだ。
『長い目で見たら、あっちが悪役なのよ 仕方ないわ』
どういうこと?と目線で問いかけると、シャッと横線を引いて説明を始めた。
説明によると、この発言はかつてのオーサーの最上位の存在であるマリアベル・アークナイトという者の発言だという。彼女は仲間である“サイドブラック0019”と呼ばれていたオーサーへの発言で、“あっち”というのはお父さん側、所謂英雄陣営のことだという。
この言葉の真意はお父さんも未だに分かっていないらしい。
そもそも、オーサーはこの世界を丸ごと抹消しようとしていたらしい。その理由は、シャロンのあの一件で運命が大きくズレたからだとか。たった一件の幻獣による不審点など一つも無い火事で運命が大きくズレるなど、どういうことなのだろう。
ふと、馬車の布製の屋根から外の様子を見ると、地図にも載っているかも怪しいレベルの集落に辿り着いていた。
建物は木造建築で、家は小さいものから大きいものまで複数建っていた。集落の一際目立つ建物も何も無く、人も老人ばかりだ。
馭者は馬車から降りて荷物を運び出そうとしていた。すかさずガネッタが手伝いに回る。エリーはガネッタの補助で馬車から降り、私は手持ち無沙汰になったので、自分のトランクを地面に置いてからジュナを建物の中へ運び出した。集落の人は私達のことを知っているのではと身構えたがそんなことはなかった。情報がまだ行き届いていないらしい。
着いた建物は古いレストランだった。適当なメニューを注文して早速食べてみると、見た目の割に味が良い。
ジュナが少し目を開けた。食事のときだけは眠りが浅くなるので食べさせられるチャンスだ。フォークに肉を刺して口元に近づけると、もぐもぐと食べてくれた。むず痒そうに身を捩るジュナが可愛くてずっと眺めていたい気持ちになった。
食事を終え外に出るとガネッタは馬車から荷物を運んでいた。エリーの姿は見当たらないが、きっと植物採集か日光浴でもしているのだろう。
この集落には宿が無いので一泊するどうにか家に泊まらせてくれないかと一人の通行人に頼むとまあ一泊だけならと受け入れてくれた。
翌日、起きてまた馬車に乗せてもらい、ナハルシアに向かった。
馭者の話によると今日中には着くらしい。
また移動で暇なので、お父さんに昨日の話の続きを伝えてもらった。お父さんが考えるにはこうだ。
本来、死ぬ筈だったシャロンは母親の決死の救出によってなんとか生還した。でも、両親は焼死してしまったため、旅をして忘れようと街を出た。旅の途中で檻に入れられていた魔法戦士ロイドを見つけた。ロイドは狼男で、この街では人に危害を加えると考えられていた。
満月の夜、ロイドは狼化して檻を突き破り周りにいた狩人達を殲滅した。その様子を見ていたシャロンは、これ以上被害を出すわけにはとロイドの動きを制御した。
その流れでロイドが旅に加わった。
また、このとき周りにいた狩人達の中には狩人ジューカの父親がいた。ジューカは形見のイアリングを付けた。父親が死んで精神的に不安定なときに、お父さん…剣士トーマが街外れの幻獣を討伐成功した。
トーマ一人で討伐をしたわけではなく、ナハルシアから両親への復讐を終えた魔法使いユマがピンチのときに参戦してくれたそうだ。
…いきなり、ガネッタに肩を叩かれた。心臓に悪いと睨んだが、ガネッタは興奮気味に外を指差しているので何かと思うと、立派な城が見えた。どうやら後もう少しで到着するらしい。
数分程すると、門の前にたどり着いた。馭者とはここでお別れだ。
エリーは恐る恐る門番に状況を説明すると、門番は上司らしき人に話を聞くと、まあいいだろうということになって、国内に入れることになった。
大門は開かず、右横にあった木々で分からなくしていた小さな扉へ誘導された。恐らく、事態を大事にしない為だ。
ナハルシア国内に入ると、一気に充満した魔力が感じられた。
環境性魔力だけではこうはならない筈だ。生半可な人間が入ると卒倒してしまうだろう。ファングを置いてきて正解だったようだ。
やはり、魔法の国といわれているだけある。自発性魔力が魔力を通しにくい石の壁に囲まれて、自然に還らず充満しているようだ。自然淘汰を超えた魔法使いの執念は恐るべきものである。
先ず私達が向かったのは城だった。出来るだけ目立たない細い路地裏を通って城壁まで辿り着いた。
エリーは開け方を知っているようで、蔦が這った壁を動かして人一人がやっと通れる程の隙間をつくった。入らないものは上から投げ入れるしかないとエリーが伝えてくれたが、そんな乱暴な真似はしたくないので、亜空間を通して荷物を運んだ。
壁の中は、王城を守るように、オガームナと呼ばれる棘のある花が庭一面に咲き誇っていた。
深緑の葉とペールカラーの花弁と城壁のコントラストは美しく、一目で見惚れてしまうような風景だった。
そんな庭園をエリーは切り進むかのようにどんどん進んで行ってしまったので、残念ながらあまり堪能することが出来なかった。
城の前に辿り着き、エリーが門番と会話を交わしていた。
暫くすると、扉が開かれてエリーがこちらを向いて手招きした。
城内に入ると、ただ長い廊下が続いていた。床に敷かれている絨毯は高級そうな雰囲気を演出していた。
少し歩くと、明らかに作りが凝っている扉の前に着いた。ここにエリーの父がいるのだろうか。
エリーは躊躇いなく扉を開け、中へ進んだ。私達もそれについていこうとしたが、エリーに止められたので扉の前で待つ他無くなった。
もう30分程経っただろうか。すると突然扉が開きエリーが出てきた。
エリーは疲れきった様子でため息を吐き、椅子に腰掛けた。が、表情は嬉しそうだった。長い交渉の末、私達がここにいることは秘密にしてくれるそうだ。そして、暫くの間泊めてくれるらしい。夕食も用意したそうなのでお言葉に甘えることとした。
翌日、城を出て庭園のガゼボを横切ると、エリーによく似ている大人びた女性が紅茶を嗜んでいた。エリーはそれを無視して通り過ぎていってしまった。
ジュナの目を覚ます魔法探しの為、私達はノスフェル教会というところに来た。お父さんは何故か懐かしそうな表情をしていた。
神父は不在のようで、代わりにシスターが掃除をしていた。エリーが話かけると一礼して、エリーと話し始めた。
思い当たる節があるようで、ぽんと手を叩き奥の部屋から魔導書をとってきた。エリーはジュナを背負ってまた奥の部屋へ行った。
治療に暫くかかるらしく、私達はお父さんと一緒に教会の裏手にある墓地で暇を潰すことになった。
お父さんはお母さんの墓参りに行くという目的があったのはここに来るまで知らなかった。
何故こんなところにお母さんの墓があるのかを聞くと、一刻も早く安らかに眠って欲しいと思い、オーサー討伐後最初に来た場所に埋めてあげようと考えたからだという。
お父さんは私のトランクにこっそり入れてあった小箱を取り出した。
一体何処で買ってきたのだろうと思うと、ガネッタは『エイヴェルド島の闇市場で買ったんだよ。』と教えてくれた。そんなものまであるのか、と思い『私も行きたかった。』と書くと『やっぱり連れてった方が良かったかー。』と乾いた笑いをこぼした。
小箱の中には日光を反射して輝く指輪が入っていた。
この指輪を墓の前に置き、手を合わせた。私とガネッタもそれにならってお祈りした。
━━どうか安らかに眠って下さい。顔も知らないお母さん。━━
暫くして教会に戻るとエリーが出迎えた。ジュナの容態を聞いたところ、まだ寝ぼけているが目を覚ましたようだ。会話はまだ出来ないのは残念だが、一先ず安心した。
近くにあった飲食店で墓参りをしたことをエリーに話すと、少し考えて『結婚式も挙げていないのよね?』と聞いてきた。お父さんに目配せをすると首を横に振った。
『なら、墓参りの序でに結婚式もしましょ!』とエリーが提案してくれた。
お父さんは驚いた顔をしていたが、すぐに手を口元に当てて頬を赤らめた。そしてゆっくりと首を縦に振った。
教会にタキシードとドレスが常備されているそうで、短時間なら無料で貸し出してくれた。
お父さんはタキシードを着た。やはり落ち着かない様子で花束を抱え、その時を待っていた。
お母さんは土から掘り起こす訳にはいかないので、墓石にウェディングベールだけをつけてみた。傍から見ると少しシュールな光景だが、私達は大真面目だ。だってそうとしか出来ないのだから。
春の昼下がりの日差しは柔らかく一人、いや、二人を照らしていた。
シスターが厚い本を開き、誓いの言葉を言っているようだ。
指輪交換も誓いのキスも出来ないが、それでもお父さんは恥ずかしそうで満足した表情を浮かべていた。
ふと、隣を見るとガネッタとエリーが拍手をしていた。しまった、出遅れた。私も倣って拍手をした。
裏口のドアが開くと、中からジュナが現れた。私達は驚きつつも、まだ式は終わっていないからこっちへ来てと手招きをした。
ジュナは周りを見渡し、ある程度の状況を理解し、拍手をしながら満面の笑みでこっちへ駆けてきた。
口元も動いていた。恐らく、「おめでとー!」とでも言っているのだろう。
お父さんは先程の表情から戸惑いを隠せないような表情になっていた。
ジュナは漸く、トーマとシャロンの結婚式であることを理解したようだ。はっとした顔で右手で天を指さす。
ジュナは何処からかペンを取り出し、空中に呪文のようなことを書き出した。
…まさか、そんなこと。
ジュナが書き終わった途端、私は目撃した、ありもしない筈の幻想を。お父さんの目の前の、私とよく似た短髪の少女を。
お父さんは呆気に取られ、指輪を落としてしまった。それを彼女は拾い上げ、トーマに渡した。トーマは我に返り、指輪を彼女の薬指にはめた。
彼女はにこりと笑い、空気と同化するように眼前から消えた。
ジュナはそれを見届けると可憐な花のように、楽しげにくるくると回って、喜んでいた。
私達は今一体何が起こったのだ、と興奮しつつ困惑していた。
ジュナは私の目の前に来るとハイタッチをした。彼女の目は笑っていた。
そのマゼンタの目にはくっきりと青色の環が描かれていた。
この時、私の仮説は立証された。
五話 ガネッタ・ローザント〜幼い小指の糸の先〜
「えっと…、つまりはジュナはオーサーになったってことか?」俺は混沌とした現状をどうにか纏めて飲み込もうと、今言った言葉を反芻していた。話すだけじゃ姉に伝わらないので右手を忙しなく動かしながら会話を進めていた。
「オーサーってなんだったっけ?」
当のジュナはあまり自身の置かれている境遇すら掴めていないようだ。
「いや、だから…。簡潔に言うと、魔法使いの強化版みたいなのだって。さっき使いこなしてたろ?」
「んー、なんか勘で使えたし…。」
ジュナは喋ってばかりで書いていないから、代わりに書かないといけない。
「そうか…もういい、分かった。どれくらいのことが出来るんだ?少し試してみてくれよ。」
『私と同じね。勘で使えると何かと楽だけど、困ることも多いと思うわ。頑張って。』
姉はワンテンポ遅れて会話に参加した。
「あ、うん!頑張る!」適当に言葉を返してジュナは実践練習を始めた。
「お、出来た!」「これも成功っと…。」ジュナはオーサーの力で出来ることを試していた。
「凄くない!?瞬間移動、空間移動、幻覚、幻聴、それに時間停止に心を読んだり過去を遡れたりもするんだよ!」
「しかも、練習もなしにな。」「凄いでしょー!」
ジュナは自慢気に胸を張る。
「ああ、確かに凄いな。」
俺は素直に褒めるが、まだ疑問が残っている。
「ジュナは何でいきなりオーサーになれたんだ?」
「んー、わっかんない!普通の魔法よりも魔力消費は多いけど、実用的な使い方が出来るし、別にいいんじゃない?使えれば。」
「調べていけば何れわかるんじゃないか?」と父さん。
「それで、私達はこれからどうすればいいの?」
エリーが聞いてきた。
『ジュナの件は一旦保留でいいと思う。』と姉が答えた。俺も同じ意見だ。
「じゃあここにいても何も無いから、エイヴェルド島に戻る?」とジュナ。
「こんなに長い間移動して来たのにもう帰るの?」とエリーは呆れた顔をしていた。
「そんなに時間かかったの?」「丸一日はね。」「寝てたから全然気づかなかった…。」
『次は何処へ行くかも軽く決めておいたら、後々スムーズに行動出来ると思うわ。』
「あー、そうだよなぁ。いっつも目的地決めに時間かかってんだよなぁ。」
「お困りでしょうか。」突然背後から声をかけられ、俺は反射的に飛び上がってしまった。声をかけてきたのはさっきのシスターだった。
「あ…、まあ。俺ら行き先に迷ってて。」
「話は聞こえてきたのでおおよそは把握させて頂いています。あ、申し遅れました。わたくし、シスターのスイセンと申します。」
「…え。あの時の?」お父さんは随分と驚いた様子だ。
「…あ、もしかして。トーマ?」
…呼び捨て?どういう関係なのかさっぱり分からない。
「あの後…生きてたのか?というか、オーサーなのにどうして?」
「ち、ちょっとストップ!どういう状況なの!?」
簡潔に説明すると、オーサー討伐前に世話になったり敵対したりで関わりがあったようだ。そして、彼女(?)自身もオーサーであるとのことだ。
「オーサーといっても、殆ど無力化してありますけどね。」
「なんでですか?こんなに使い勝手いいのに。」
「一言で“オーサー討伐”と言っても、複雑な事情があるのです。」
シスタースイセンは説明をしてくれた。
討伐と言っても、英雄達が勝手にしたと言っても過言ではないこと。
この世界は一つの物語に過ぎないこと。
自分達のようなただの“キャラクター”は、殆ど無力でオーサーがいないと生きていけないようなものであること。
正式なオーサーとそうでないオーサーがいること。
正式なオーサーだけが“システム”によって削除されたこと。
オーサーの本拠地はエアーズ・タワーというところにあること。
そもそもこの世界はオーサーとオーサーが作ったシステムによって支配、管理されていたからこそ成り立っていたこと。
オーサーが削除されたことでこの世界は崩壊に向かっていること。
……あまり理解出来なかったが、大体は分かった。
ジュナは頷きながら聞いていたが、途中で飽きたのか力を使って各地の様子を覗いていた。
スイセンは丁寧に教えてくれたが、システムやオーサーというのはそれ程までに強大で強力なものなのだろうか。俺達にはとても想像がつかないものだ。
「あの、一ついいですか?」スイセンが話し終えると、エリーは手を挙げた。
「何か?」「そこにいるフローライって子なんですけど。耳が聞こえないんです。恐らくソファラに聴覚を奪われているみたいなんです。」
「成る程…。」「ソファラはオーサーの力でそうしたんじゃないかという結論に至ったんです。でもジュナが力を持った今、解決出来るんじゃないかって…思ったんですが。」
「ジュナさん。ちょっと瞳を見せて。」「あ、はい。」
15秒程見つめてスイセンは「駄目ね。」とだけ言った。
「え、なんで?」「…弱すぎる。青色じゃ無理。」「どういうこと?」
「オーサーには階級があるの。下か順に黄、青、赤、黒、そして白。ソファラは恐らく一番上の白ね。ソファラは特殊で、色は黄のままだけど本当は白なの。システムが働いていないんじゃないかしら。」
「じゃあ、白ならジュナの力で治せるの?」
「まあ、そういうことになるわね。ソファラと同等かそれ以上の権限を持つことが出来ればほぼ確実に。」
「じぁあどうすれば権限?を持てるの?」
「直接システムに干渉して設定を変えるのが一番手っ取り早くて確実ね。システムは本拠地にあるわ。」
「ほー、じゃあ次の目的地はエアーズ・タワーでいいんじゃないか?」と俺が言うとその場にいた全員が首を縦に振った。
俺達がそこに行くとなると、注意すべき点がいくつかあるようで、またスイセンの説明を聞く羽目になってしまった。要約するとこうだ。
エアーズ・タワーにはかつて天使が住んでいたが、今は自由になり人間と住むようになった。
いつしか人間と天使の血が混ざったものが生まれるようになったり、堕天使になったりするものもいて周辺の治安は最悪なようだ。
しかも、混血はまだ言葉が通じる可能性が高いが、堕天使はそうはいかないので注意した方がいいという。
エアーズ・タワーは元は世界樹で出来ていたが、最終決戦のソファラの例の攻撃で真っ二つになり、内部は壊滅的な状態なので外部から侵入しなければならないという。
また、システムに変に干渉するとエラーが発生するようで、細心の注意を払って操作しなくてはならない。
…こんなことを聞かされると、もう行く気になれなくなった。先にカロースズの元に行ってしまおうか。うん。そうすべきだ。
「やっぱり…先ずは近場からってことで…。海にしないか?」
「フローライのことはあるけれど…。そんなに注意点があるとちょっと今の私達じゃ無理かも知れないし。」とエリー。
「まあ、そこは同意見だな。」と父さんも言う。
「行ったところで、権限を変えられなかったら嫌だしねぇ。」とジュナ。
『そうね、私も同じ考えだわ。』
姉は何処かホッとした様子だった。やはり、最高ではない状態で戦地に赴くようなことは、出来る限り先延ばしにしたいのが人間だ。
「そうですか。でも、いつか行ってみた方がいいと思いますよ?」
シスターのスイセンは笑顔で頷いてくれた。
「あ、それとなんですけど、ペディスティルという人について何か知っていますか?」
「ああ、この教会の神である“カモミール”の弟ですね。」
「え、そうなんですか?」エリーは意外にもその事実を知らなかったようだ。
「あらあら、エリカノーラ第三王女ともあろう方が知らないとは…。まあ、現代でそのことを知っていたからといって、別に何も変わらないとは思いますがね。」
「今が一番大事ってことだね!」とジュナ。
「そうですね、でも少し説明させて下さい。過去から失敗を学ぶのは現代で大切なことだと私は思うのです。」
「…といった具合です。」スイセンの説明はどうしてこんなにも長いのだろう。エリーと俺しか眠気に耐えられなかった。
「おや…。皆さん眠ってしまいましたね。」「お、起きて…ます。」エリーは寝ぼけた様子で答えた。
「眠気覚ましに外の空気でも吸ってきたらどうです?」
「じゃあ…行こうか。」俺がそう言うとエリーはこくりと頷いた。
外は少し肌寒く、澄んだ空気は透き通るようだった。星も月も雲で隠れてしまい、辺りは晴れた夜より薄暗かった。
「…星が…綺麗ですね。」不器用ながらも俺がそう言うと、エリーは不思議そうな顔をした。
「そっちからなら見えるの?」
駄目か…。俺は溜め息を吐いた。
「ああ…、ほんの一瞬だけ。」
まだ眠いのか、少し重い足取りで芝生を踏んで、エリーは少し遠くに行ってしまった。
「ほら、花も綺麗。」
その言葉に少しだけ期待してしまった。そうだ…そうだよ、そんなことあり得ない。ただの夢物語だ。諦めて教会の中に入ろうと3歩逃げたその時、エリーは「この花…ゼナフィカっていうの。」の言った。
あのときの花の香りか、と思い出しているときに、エリーは間髪入れずにこう言った。
「花言葉は…“悠久の時”」
…そうだ。思い出した。ライ姉とゼナフィカの花に何があったのか。
俺とライ姉は身体の成長が普通の人間より遅い。300年で15歳程の身体だから単純計算で1歳分成長するのに20年かかる。
ライ姉は達観したような雰囲気を纏っているが俺は全くそんな雰囲気を持っていない。
それは何故か、殆ど同じ時を歩んできたのに。
その答えは、単純に俺の記憶が抜けていたからだ。恐らく…100年程。
その間の記憶が途切れ途切れだ。
そして、記憶が抜けている理由は…父さんが自分で死のうとしていたからだ。身体はおよそ3歳、実年齢は60歳の頃から父さんは頻繁に自傷行為を繰り返すようになった。
そして、死のうとしている父さんにライ姉は魔法をかけて、それをどうにかやめさせようと奮闘していた。
父さんは傷だらけになり、部屋には至るところにべっとりと血がついていた。
その頃の俺には、その光景が衝撃的過ぎた。ライ姉は既にソファラからの依頼を請け負い、何度か暗殺しに行っていたから、少しは血に耐性がついていたのかもしれない。
父さんはいくら自分に傷をつけても死ななかった。
「どうして死なないの?」それは単純な質問だった。
「あの果実のせいだ。」虚ろな目で父さんは答えた。「フローライとガネッタの成長が遅いのもそいつのせいだ。」「その果実って?」俺が聞くと、父さんは弱々しく笑った。
「その名はドラコ・メトシェラ。今じゃゼナフィカって呼ばれて園芸植物になってる。」
「一度棘が刺さっただけなのに。それだけで不老不死になっちまった。……シャロンと会いたい。赤い糸は確かに途切れていない筈なのに。」父さんの龍のような鱗がついた右手は血が大量についていた。
「もう一生会えないはずだ。」とだけ書かれた紙を置いて父さんがいなくなったのは、それから40年経ってからのことだった。父さんは最低でも5歳になるまでの間は親として面倒を見ないとと思っていたのかも知れない。
「ちょ、ガネッタ?聞こえてる?」
記憶を全て取り戻した後、俺は知らない内に倒れてしまっていたようだ。
「あ、ああ。大丈夫、もう元気になった。」
「まだ顔色悪いよ、ちょっと休んでて。」
エリーは焦っているようだが、俺はそんな事全く気にせずに思考を巡らせていた。
記憶を取り戻したからといって、まだ全ての謎が解けた訳ではない。父さんはなぜカペラーニャのところにいたのか。それだけがまだ分かっていない。
「なんか…ガネッタ雰囲気変わったね。顔つきが変わったというか。」
エリーは俺の方をチラチラと見ながらそう言った。確かに、記憶を取り戻してから気持ちが落ち着いたような感覚がする。
「そう…か?」
「うん、なんかかっこいいよ。」エリーはそう言って微笑んだ。
「……ありがとう。」素直にそう言ってしまい、少し顔周りが熱くなるのが分かった。
「どう?落ち着いた?」「元から落ち着いているよ。」「そう。」エリーは短くそう言った。
それから、俺とエリーは晴れた星空を眺めながら暫く過ごしていた。
「なあ、エリカノーラ。」「…え、何?」唐突に話しかけたので驚かせてしまった。
「この旅が終わったら、何する?」
「うーん。新しい旅してたいなぁ。こんなにも色んな人と幻獣との出会いが素晴らしいってことを知れたから。でも…。」「でも?」
「一緒に旅をする“パートナー”が欲しいかな。」
…きっと俺は、エリーの“パートナー”にはなれない。エリーがいつか死ぬその時を、俺は直視出来る筈がない。
もう100年経ったとき、俺はおよそ19歳。エリーは…生きていれば115歳。
死を避けることなど不可能だ。
それでも…こんな千載一遇のチャンスを逃すわけにもいかない。せめて立候補くらいは許される…きっと、パートナーにはなれないが。
…幼稚だな、こんなのは自己満足以外の何物でもない。でも、必ず後悔する。ああもう、言ってしまえ!
「俺で良ければ。…いや、俺が君のパートナーになりたい…!」
「え……。」エリーは顔を赤く染めた。「あの、その…俺で良ければって聞こえたけど…。」
「ああ、言ったよ。パートナーになりたいって。」
俺の顔は火のように熱かった。
「分かった…。少し考えさせて。」
「うん、待ってる。」
俺はそう言ってエリーが教会内に入っていくのを見守った後、力が抜けたのか、すとんとその場に座り込んだ。
…言ってしまった。この世に生を受けて初めてだ。…愛の告白など。俺は気持ちの整理をしようとしても、先程のエリーの顔が離れなくて上手くいかない。
もう寝よう。そして……明日になればきっと大丈夫だ。今迄と何ら変わりはしない。
そう信じてベッドの上で目を閉じた。
翌朝、いつもより早く目が覚めたので、散歩がてら情報収集の為に教会に向かった。
どうせ誰もいないだろうと豪快に両開きの艶がかかった扉を開くと、正面にはエリーらしき人物の後ろ姿が見えた。
「エリカノーラ?こんな朝早くに礼拝してるのか?信仰熱心だな。」
そう俺が声をかけると、振り向いた人物は「妹と仲がいいのですね。」と言った。
エリーが妹…?ということは目の前の人は姉で、王女なのか?
何にせよ、相手が偉い人なのは確かだ。念の為敬語にしよう。
「…エリカノーラと間違えました。お名前お聞きしても良いでしょうか?あ、俺から言った方がいいですかね?」
「お気遣い有難うございます。何方からでも。」
「なら、俺から。俺はガネッタ・ローザントといいます。最近はエリカノーラや他の仲間と一緒に旅しています。」
「成る程。そのような関係だったのですね。では、此方の番ですね。」
軽い咳払いをして彼女は言った。
「私の名前はアルゲノーラ・バルズルサー。ワディオッタ国の王妃です。普段は自国で公務をしていますが、一昨日、久々に帰郷してきました。」
第三章 ~終~
〜堕天使の箱庭は魔法製〜
「全く…いつまでも使えない部下を持つのは大変なものだ。」
「仰る通りでございます…。」
私はソファラが遺した追尾システムを使い、5人の居場所を表示した。
「ほら、ここだよ、ここ、ここ!私一人で見つけられたじゃないか。」
「え…、こんなところに居たんですね…。」
「ナハルシアとエイヴェルド島に散らばっているようだ。とっとと捕まえてこい。」
「はい、只今!」「待て待て。今迄のお前らだけじゃ無駄足だ。これをやる。」
「これは?」「お前らがウダウダしている時に開発した兵器だ。使い方は後程説明する。話は以上だ。」
「はい、有難うございます!」
そう言って部下が部屋を出ていったのを確認し、レガシィはおもむろに立ち上がった。
「無能ですね。戦闘中でも次のご飯の事しか考えていなさそうです。」
「そうだな。」
「貴方に一つ尋ねたいことがあります。これは一体何でしょうか。」
そう言うと、木製の小さな花のオブジェを見せた。
「ああ、これか。…まだあったんだな。これは大切な物さ。」
「そうですか。…この前のお話の続きを聞きたいです。」
「そうだな、どこ迄話したかな…。ああ、思い出した。ソファラとの出会いはな…。」
堕天使として天界から追放された私は、もう飛ぶ力など余っている筈もなく、落ち続けていた。
耳が千切れそうな上空の空気は、段々と暖かくなっていった。それと同時に、このまま強い衝撃に肉体は耐えられず、私は死ぬだろうと悟った。
ただ、後悔の念は無かった。強いて言うなら、天使としての使命しか果たしていないというのは、この世界に生ける生物として虚しすぎる。もっと自分がしたいことをしたかった。私は死を待つしかなかった。
地面の痛みも感じずに死のうとした時、彼女は現れた。
「『イノセント・グラフィティ』っ!」そう言い放つと、巨大な魔法陣が出現した。私は目を疑った。
幼い落書きがそのまま具現化したようなその魔法陣は、私の身体を掴むとゆっくりと地面におろした。
彼女の容姿は10歳程で右側のサイドテールは金と青色が混ざった髪色をしていた。
「大丈夫だった?」と優しく話しかけてくれたが、私は茫然としてしまい何も言えなかった。
「うーん、もしかして天使?あれ、片方翼が…。ね、名前なんていうの?」
「…ミヨイ。」
「へえ、天使に名前ってあったんだ。まあいいや、私はソファラ!宜しくね!行くところないなら拾ってあげるよ!」
「本当か?」
「もっちろん!こんな珍しいお客さんなんて初めてね!ママもパパも喜ぶかなー?」
ソファラについていくと、魔王城に到着した。
「ここが私のお家!」「え…?」
私の予想と反して、魔王一家…アルデバラン家の人々は私を歓迎してくれた。私はここに来る迄の経緯を話すと、重い話にも関わらず、ソファラは話丸ごと笑い飛ばした。
「えー、なんでそんなことしたの?ミヨイは悪い天使だねー。」
「…いつか分かるさ、私みたいに。」
それからというもの、私はソファラとよく遊ぶようになった。魔王城付近の平野は閑散としていて、私達以外に動物も人も見当たらなかった。
「ここらへんなら、何にもないから怒られないね!じゃあ今日は、…爆裂魔法だ!」
…ソファラは小一時間魔法を使い続け、殆ど魔力がなくなってしまったようだ。
「楽しかったけど疲れたなぁ。ねね、ミヨイの魔法も見せてよ。暇だし。」
「え…、いや、私は魔法が…。」
「堕天使って魔法が使えるんじゃないの?」
「堕天使っていうのは…そうだな。天界から離れた天使のことだ。大体は悪魔になって魔法を覚えるのだが…。私は悪魔にはなりたくない。そもそも、私は私なりの正義を貫いたまでだ。心は悪に染まっていない。」
「ふうん?でも、心を手に入れてしまったのでしょう?基本的に、作られた天使には心が無い。心を手に入れた者と、魔法を手に入れた者。どちらにせよ、“それ”を完全な天使とは言わないのじゃない?」
ソファラの言う通りだ。私は最早悪魔と同等なのかも知れない。
「まあいいよ。でもなぁ、ミヨイの魔法見てみたいなー。ほら、あの木片とかを何かに変えたりだとかさー。」
「木片を…。」私はその一つを持ち上げた。
「ソファラ、刃物とか…。持ってる筈ないよな。」
「ん。はいどーぞ。」ものの数秒で魔法製のナイフを作り出し、渡してくれた。
木片を削り、単純な五枚弁の花を象ったオブジェを作った。
「凄い…!魔法みたいだね!」
「こんな小手先の技術なんて…。」
「私だったらそんな綺麗なもの作れないよ!私は魔法に頼ってばっかりだからなぁ。」ソファラは私の作ったものを褒めちぎった。
「もっと色んなもの作ってよ。いつか、人間丸ごと作れるかもね!」
「かもな。堕天使が創造神になる。中々面白そうじゃないか。」
「だね!あ、そうだ!ミヨイにプレゼント!これあげる!」
そう言って彼女がくれたのは、小さな袋だった。
「この中にはね…。花の種が入ってるんだ!魔法で一から作ったの!触っただけでも、皆が羨ましがる体を手に入れられる、すっごい花!」
「なんて名前なんだ?」
「まだ決めてないの。だから、ミヨイに付けて欲しいんだ!」
「どんな見た目でどんな花なんだ?」
「幹はドラゴンみたいにゴツゴツしてて、花は星みたいで、500年経っても絶対枯れない、永遠に残り続ける花だよ!」
ソファラは輝く目で私を見た。
私はソファラの瞳孔の下の丸い虹彩が、黄金色をしていることに漸く気付いた。
そして、私はある言葉が浮かんだ。まるで導かれるように、筋書き通りになるように。
「ドラコ・メトシェラ。」
「ほら、この素材とかどうかな?」
「ありだな。じゃあいい感じに熱してくれ。」
私達はあのオブジェを作ったときから、もの作りに励んでいた。木材は魔法製ナイフ、金属はソファラの炎魔法、そして、素材を使って物を作る。
ソファラはいつも素材を用意してくれていて、私もこの恩をいつか返すという気持ちで作り続けた。
「出来たぞ。」「こうして見ると壮観だね。」
魔王城の目の前には小さな浮島が出来上がっていた。
「乗ってみようか。」「ああ、勿論。」
ソファラの作った浮島は、私が今まで作ってきたものの中で一番大きく、そして精巧なつくりだった。
「凄いね……。私が手伝ったとはいえ、全部ミヨイが一人で作ったんだよね。」
「そうだ、ワディオッタに行かないか?もう随分と時間が経っているし、戦争が終結しているかもしれない。」
「そうだね、私も興味ある。じゃ、しゅっぱーつ!」
浮島は操作可能で、自由自在に飛行出来る。翼よりは遅いが、すぐに目的地に着いた。
「うわ…。凄い惨状。」
「本当だな…。でも、戦争は終わったようだな。」
街は破壊され、人々は絶望の表情を浮かべながら瓦礫を掘り起こしていた。そして、その側には一人で泣いている子どもがいた。
「声かけてあげた方がいいんじゃないかな。」「ああ、今行くさ。」
私は地上に降り立つと、此方に気付いた子どもは私を恐れるように後退りした。私は自分の翼を見せながら、笑ってみせた。
「ぼく…しんじゃうの…?」
「もう私にそんな力はない。」
「じゃあてんしさんは、おねーちゃんをたすけることもできない…ってことだよね。」
子どもが指差した先には、瓦礫に潰されて血を流している女性がいた。私は無力だった。私はただの堕天使だ。何の力も持っていない。
誰も助けられないのなら、何の為に私はここにいるのだろうか?
「希望を持たせてしまってすまない。私はただ…。君を励ましたかっただけなんだ。」私は逃げるように浮島に戻った。
「駄目だった…余計に絶望させてしまった。」
「ミヨイ、顔上げてよ。」椅子に座ると、ソファラが慰めてくれた。
「私はただの堕天使だ。誰も救える訳ないさ。」
「いや、ミヨイなら出来るよ!これだって全部一人で作ったじゃん!」
「でも…!人を生かすことも、殺すことも…何も出来ない。これを全て一人で完成させた訳でもない。」
「…じゃあさ、人を救えるような何かを作ってみたらいいんじゃない?」
「人を……救う?」
「うん、そう!勿論、私が全面協力してあげるし!」
「でも…どうやって?そんなもの、出来そうにない。」
「うーん、じゃあさ。ヒントを探しに行こ!…そうだなぁ、天界に行ってみない?神様みたいものの近くに行けば、ヒントがあるかも!」
ソファラと一緒に天界に戻ると、そこは未だ輝かしい理想郷というような光景を保っていた。まるで、私達のいたあの場所が一時の悪夢だったかのようだ。
天使は気儘な蝶のように、自由に空を飛び回っていた。
私はそんな天使に話しかけた。が、既に堕天済みの私は気味悪がられまともに取り合ってくれなかった。
「ま、そりゃそうだよねー。」
ソファラはへらへらと笑っていた。
「浮島の上で暮らそっか!私達の楽園だよ!あ、でも、ご飯はどうしようかな。」
「私はソファラと暮らせるなら何でもいい。」
「……ミヨイ、それ口説き文句?」
「いや、そういう訳では…ないが。」
そんな会話を交わしながら、私達は浮島に戻った。
〜〜
私はふぅ、と一息吐いた。
「思い返せば、この頃が一番幸せだったな。」
「今は幸せではないのですか。そもそも“幸せ”とはなんですか。」
「難しい質問だね…。」レガシィは時々、核心をつくような質問をする。“設定上は”5歳だというのに。
「…私にも分からないな。きっと、一生をかけて皆知っていくもの何だと思うさ。」
「きっと、ですか。便利な言葉ですね。」そういえば、ソファラも同じことを言っていた。
「レガシィの考え方はソファラによく似てるな。」
「そうですか。貴方が無意識にそう設定したのでは。…では、私はここで。」そう言って部屋に戻ろうとした。
「…暇なら一つお願いがあるんだが。」そう呼び止めるとレガシィは振り向いた。
「何でしょう?」
「ジュナという者がいるんだがな。どうやらオーサーの力に目覚めたらしい。厄介そうだから…捕まえておいてくれ。」
「貴方が望むなら、レガシィはそれを叶えるまでです。」
「……ありがとう。我が娘よ。」
「ところで、そろそろガタが来ていると思うが。」
「そうですね。近い内にメンテナンスをお願いします。」
「今すぐするか?」そう聞くと、こくりと頷きレガシィは私の目の前に戻ってきた。
「いつ見ても美しい。やはりレガシィ。君は私の最高傑作だ。ただ…心さえあれば完璧なのに。」
「それは何か問題があるのでしょうか。」
「いや、問題無いさ。これは私一人の勝手な願望なのだから。」
「心…感情など無意味では。機械に感情は要りません。」
「それでも…。私は、どうしてもレガシィを“物”だとは思えない。こうして生きている…娘だと思いたいんだ。素材の状態を見てきても。金属が大部分を占めていても。…“生物”としか思えないんだ。」
金属製の基盤を上質な布軽く磨きパーツを戻した。
「一つ聞くことを忘れていました。…ジュナのオーサーの力が厄介なことは分かります。ですが、貴方はその力を合理的に使うとはとても考えられません。」
「つまり、何が言いたい。」
重要な配線を整理する手を止めて私は聞いた。
「結論から言いますと、感情は不必要だ、ということです。」




