第1章
ローファンタジーです。完結してます。序章は気合いで読んでください。
英雄とは何か。
それだから何だと言うのか。
きっといつかは忘れられる。
だが、偉大であればあるほど、人々は忘れない。
[序章〜300年目の勇者達〜]
「ねぇっ、ラック!」
後ろから駆けてきた少女が叫ぶ。
「なぁに、モナ。」
僕は優しく応える。
「また遠出するときに言ってくれなかったでしょ?…もう。すぐ帰ってくるよね?」
「さぁね。今回は分からない。」
「じゃあなんで言ってくれなかったのよ!」
僕は振り返って、彼女の方を見た。
「無用な心配はかけたくないからさ!」
君は少し安堵した表情を見せた。
「はあ…。もしかしたら、もう一生ここに帰って来ないかもしれない。だから、無理に僕を待たなくていい。」
「そんなっ、そんなこと出来ない。」
「いいんだ!…新しい人を探せ。」
混乱した表情のまま君は口を開いた。
「何年待てばいいの…?そこを決めてもらわないと私、ずっとラックを想い続ける…。」
僕は少し考えて言った。
「五年だ!五年待って帰らなかったら僕を忘れろ!」
それを聞いた途端、君の顔が悲しさに歪む。
「うぅ…、分かった。気をつけてね…!」
「分かった!」
僕は前を向いた。
君が泣き崩れる音が聞こえる。
それでも、僕は進んだ。
僕は自宅の扉を開いた。生活必需品が小さくトランクに収まり、家具は白い布が掛けられている。
暇をもて余し、生活感の無くなった部屋の中をふらふらとしている妹に声をかける。
「ジュナ、もう準備は整ったか?」
「ふふ、もちろん。じゃなきゃ、せわしなく家を駆けずり回ってるでしょっ。」
ジュナは重そうにトランクを持ち上げる。
「それもそうだな。出発は夜のうちだな?」
「うん!あ、おにーちゃんもさっさと準備してよ。どーこほっつき歩いてたのよっ?まさか彼女〜?」
「うるさいやいっ。」
「やっぱそうなんだ〜!」
水を得た魚のように目を輝かせてそう言った。
「そっちはどうなんだよ。」
「あ〜、遺産目当てだったからスパッと別れてきた。」
「そうか。…こっちも遺産目当てだったから適当にあしらってきた。」
「ふーん。ほんとに遺産目当てだったのかなぁ。前にチラッと見たときお相手さんおにーちゃんにべったりだったじゃん。」
「そうか?」
モナの言動を思い出してみる。…言われてみれば、必要以上に僕にくっついて来たり、別れを惜しんでいたり…。もしかしたら、本当に気があったのかもしれない。
「うーん。今更言われてもなぁ。」
「ほらほら、手を動かす!」
「あーい。」
夜、長らく住んだ家を離れる時が来た。金メッキが剥がれ、錆びついた門の鍵穴から鍵を引き抜く。
「これでお別れだね。」
「そうだな。」
「何代前から住んでたのかなぁ、この家。」
「数えたくないな。およそ300年前からとしか言えない。」
「じゃあ、一族が長らくお世話になりました!」
妹が門に向かって頭を下げる。つられて、僕も頭を下げた。
「もう思い残すことはないね。」
「ああ。」
「…また戻って来るかもしれないけどねー。」
「そんときは、またよろしくお願いします!」
今度は僕が先に頭を下げた。妹も頭を下げた。
家を離れ、町を離れ、魔王城下街に着こうとしているとき、妹が口を開いた。
「ほんとにこれでいいのかな。」
「さあ。でもこれでやっと“呪縛”から解き放たれる。」
「…うん。」
前を歩く少女の顔が少し曇った。
「ジュナ、銃弾は装填したか?」
「…あ。」
小さく溜息をつく。
「詰めが甘いな。街に入ったらもう気を抜くなよ。」
「はーい。」
面倒くさそうに返事を返された。
城下街に差し掛かる頃、横の道から僕たちと同じように重そうな荷物を持った三人組が向かって来た。
「久しぶりね。家は売り払った?」
と、上品に金髪の少女、エリカノーラは言う。
「売ってはいないな。エリカノーラ、そっちこそ売ったか?」
「冗談は止してよね。城は高値で売れるけども。それと、エリカノーラと呼ぶのはやめて。いつも言ってるでしょ。身分がバレるわ。」
「その前に、喋り方と服装を変えたら?」
と、長い白髪で猫耳の女性、フローライが言う。
「そうかしら、フローライ。最近は身の丈に合っていない服を着る庶民をよく見掛けるけども。」
「何年生きてると思ってるの?あなたとは経験値が違うわ。」
フローライは少し顔をしかめた。
「285歳差だよね。」と、フローライの後ろから出てきた少年、ガネッタが言う。
「いつまで経ってもガネッタはやんちゃね。本当に私と双子なのかしら。」
フローライは更に顔をしかめた。
「昔に比べたら落ちついた方だよ。身長低いからかな…。」
「良く分かってるじゃない。ガネッタにしては上出来ね。」
「ライ姉、俺それ結構気にしてるからもうやめて。」
「うーん、私と同じくらいかなぁ。」
ジュナはガネッタの隣に並んで一方的な背比べをしていた。
「そんなことしてたら夜が明けるぞ。これで全員揃ったか。今日やることは…分かってるな?」
そう言うと、一気に空気が張り詰めた。
「ほんとにやるんだよね。おにーちゃん。」
「勿論さ。…これから魔王を倒す。もうこんなことは終わりだと信じたい。」
「同感ね。こんな下賎な裏稼業は私の代で終わらせるわ。」
「俺もライ姉も300年近く続けてるからね。」
「そうね。私はこんなことより父を捜し出したいけども。」
「んー、おにーちゃん、生きてると思う?」
「どうだろうな。まあ、警備が薄いうちに侵入するぞ。」
静まりかえった城下街を駆け抜ける。流石このメンバーだ。足音一つ立てずに魔王城の近くまで来れた。
「ここからは別行動だ。フローライとジュナと僕は正面から玉座まで行く。」
二人は了解の合図を出した。
「エリカノーラとガネッタは裏から奇襲を仕掛けてくれ。」
エリカノーラとガネッタも了解の合図を出した。
「僕らはまず対象と雑談する。その中でフローライは俺が削除すると言ったら動きを封じろ。どう反撃してくるか予想がつかないから、エリカノーラはその都度バリアしてくれ。」
エリカノーラは驚いた表情をしたが、すぐに頷いた。
「ジュナは毒弾を命中させろ。僕は隙を見て攻撃する。ガネッタは最後の一撃を頼む。みんな、出来るだけ痕跡を残すな。身元がバレる。対象の家族は執念深いから細かく調べると考えられるから尚更だ。」
「確実に削除完了と見なしたら、なるべく早く街を出ろ。集合場所はさっきの分かれ道だ。」
僕は空を見上げる。
「今夜は新月であり盈月。僕は全力を出せないが、みんなは逃げやすい。信頼しているぞ。」
全員が頷き、一斉に目的地に向かった。
僕とフローライとジュナは正面から玉座に向かった。今日、魔王と接見することは伝えていたので、万全の準備がされていた。門は怪しまれる事なく開かれ、来客としてもてなされた。
玉座の間の扉をゆっくりと開く。目の前には仄暗い玉座の間。正面には魔王…ソファラ・アルデバランが座っていた。彼女はかつての狂気さを微塵も感じさせない空気を纏っていた。暗い色をした液体が入ったグラスを傾け、じっと僕らを見つめる。
「よく来たわね。…他の二人は?」
落ちついた口調でソファラは問う。
「さあ、前に会ったきりで分かりません。遅れて来るのではないでしょうか。」
「それもそうね。あの二人が来ない筈ないもの。」
和やかな表情から一転、鋭い眼差しで僕らを見つめる。
「ガネッタと一緒に来なかったのねぇ、フローライ。喧嘩でもしたの?」
「ええ、少し。」
フローライの声が震えていた。動揺していることに気づかれるのも時間の問題だ。ソファラは表情を変えずにまた問う。
「それで、一体何の用なの?さっさと済ませてちょうだい。ミヨイに怒られちゃうわ。」
ソファラの座る玉座の後ろにあるステンドグラス越しにガネッタがこちらを覗き込んでいた。エリカノーラは魔法陣を出していた。
「…では、単刀直入に。……あなた様を削除させていただきます。」
「なっ…!?」
その瞬間、閃光の様にフローライが動きを封じるための糸を仕掛けると同時にソファラが見たこともないようなバリアを張った。…が、糸はバリアを貫通してソファラに絡まる。
「くっ…!」
ソファラは糸に絡まりながらも右手を出す。小さな爆発を自身に向けて放った。糸が千切れ、身動きがとれるようになったソファラはこちらに攻撃を仕掛けようとする。
「そこねっ!」
ジュナが狙いを定め、毒弾を放つ。それと同時にガネッタがガラスを割る。エリカノーラが城内に入ってきた。
毒弾を見事にかわし、ソファラは巨大な魔法陣を出現させた。
「『デーモン・プリンセスリボン』。」
「知ってるわ!この攻撃…!」
エリカノーラは特殊なバリアを張る。見事に攻撃は防がれた。
「『イーヴィル・スピリッツ』。」
ジュナに向けられた攻撃は少し掠った。
「私を倒してどうするの!」ソファラは叫ぶ。その間も攻撃の手を緩めない。
「暗殺なんてもう嫌よ!あんたがいる限りし絶対続けなくちゃいけないからよ!」ジュナは叫びながら弾を撃ち続ける。だが命中はしていない。
「ジュナ、集中しろ!」
僕は思わずそう言う。
「してるわよっ!」
「もういい!下がれ!」
歯を食いしばりながらジュナは後ろに下がる。その様子に気を取られたソファラはフローライの攻撃を受けた。すると、ソファラの動きが鈍くなった。
「効いて良かった。」とフローライが言う。ソファラはフローライを睨んだ。
「な…んで…動けな…い…の…!?」
「ビーストテイムの延長よ。人も、魔物も操れる。」
フローライは得意げに言った。
「糸も…母親…譲りね…。」
「ええ。」
何とか右手から爆発を放つが、その都度エリカノールに防がれる。
動けなくなったソファラを見ると、避けきれなかった攻撃の跡が残っていた。
「ガネッタ!」
そう呼ぶとガネッタは意気揚々と大剣を手に取った。
「そうこなくっちゃ!」
大剣を振りかぶって割れたガラス窓から飛び降りる。
ソファラはまた攻撃を仕掛けようとする。
「『フォッサマグナ』っ…!」
……僅かに攻撃が遅く、ソファラは頭上からの攻撃を避けることが出来なかった。右肩から左足の付け根までを一刀両断されたソファラは力なく床に倒れ込んだ。
「ぐっ…!」
血を吐きながらも左手で僕に近づく。僕もソファラに近づいた。
「強か゛ったわ゛……。もう゛…一戦…したい゛っ…ところね゛…。」「勇者…達よ゛……なんてねっ……。」
「ふっ……。ごめんな。これが仕事だから。二度目はないんだ。」
絨毯に投げ捨てられたグラスから流れた赤い液体がじっとりと染み込んでいた。もう二度とグラスの中に戻れないほどに。
僕は立ち上がってみんなの顔を見る。
「はは、僕らは勇者だ。」
僕は感情を含めずに笑った。
魔王の右の目から涙が一粒、零れ落ちたように感じた。
なんてことだ。物音がしたから急いで君がいる筈の玉座の間には、切断された君の体があった。
「えっ……。なんで…嘘だろ…!嘘だと言ってくれ!」
今までにこれに似たドッキリを幾度となく仕掛けられてきた。今回もそうだと思っていた。だが…、あまりにも部屋に傷が少ない。そこでやっと気付いた。ソファラは本当に死んだ、と。そしてこれは“その手のプロ”による犯行。ソファラを恨む者は…。そうなれば、考えられるのはただ一つ。
“英雄の子孫による犯行”
かつて、共に戦った仲間…。
剣士トーマ、狩人ジューカ、魔法使いユマ、幻獣使いシャロン、魔法剣士ロイド、そして魔法使いソファラ。私も共に戦った。
では何故そんな関係なのに殺したか。それは…暗殺者として利用され続けられたからだと考えられる。ソファラにオーサーの力があったことは明白だった。
オーサーは世界の管理者的な立ち位置の人々だ。丁度に300年前英雄達ががそのほとんどを倒した。彼らは未来の先読みや記憶の捏造など、現代の発達した魔法でも到底出来ないことを軽々と出来る力を持っていた。
ソファラはオーサーの力を使い、世界の均衡を取っていた。だが、ソファラだけでは出来なくなり、戦闘能力のある英雄の子孫に協力を仰いだのだろう。いつしかそれが家業となり、子孫の反感を買っていたのだろう。
しかし、よくここまで戦闘の形跡が隠せたものだ。流石暗殺者だ。ソファラ…愛する妻を殺されて、何もしないわけにはいかない。世界各国に指名手配して待とう。捕まえてどうするかは…じっくりと考えておこう。
翌日、街外れの分かれ道で仲間達を待つ。数分後、フローライが到着した。
「おまたせ。みんなは?」
「まだだ。」
「…昨日の攻撃、効いて本当に良かった。もしかしたら対策されてるかもって思ってたから。」
「そうか。ソファラってそんなに強かったのか?僕は攻撃していないから分からなかったが。」
「ええ、そうね…。英雄の冒険譚を読んだことはあるわね?」
「勿論。子どもの頃に何度も。」
「魔法だけではなく、怪力。そして、オーサーの力があったと考えられる。だから、攻撃を先読みされるかと心配で…。」
フローライの不安な顔を見たのは初めてだった。
「オーサーの力は本当に強力な力だ。そう思うのも無理はない。」
「おーい!」
魔王城の方からガネッタが来た。
「あ、まだライ姉とラックしか到着してなかったんだ…。あんま急がなくても良かったな…。」
「あら、意外に早かったわね。」
と、フローライが馬鹿にしたように言う。
「余裕を持って行動したいタイプだからね!」
ガネッタはドヤ顔で言った。
「ギリギリで焦るタイプでしょ。」と適当に返事をした。
数分してジュナが来た。
「ごめん、待った?」
「少し遅いとは思った。」
すると、遠くからエリカノーラが見えた。彼女は息を切らして走ってきた。
「はぁ……はぁ……ごめっ……ごめんなさい……!」
「いえ、そこまで待ってはいないわ。」
フローライはそう答えた。
「分かってるじゃない。」
エリカノーラはそう返した。
「じゃあ行くか。」
「…んぇ?どこに?」ジュナは言った。
「魔王城下街。」
「えぇ!?」
驚いた四人は顔を見合わせていた。
「え、なんで……今出てきたばっかりなのに。」
「主がいない街の混乱具合を見てこないと、主がどれほど必要とされていたか分かるだろ?」僕が言う。
「でも…ミヨイ…魔王の夫が、私らの存在に気付いてる可能性だってあるでしょ?わざわざ危ない道を行くなんてどうかしてるわ。」フローライが厳しく言う。
「……否定はしない。指名手配されているかの確認も兼ねてだ。」
「指名手配されてるに決まってるじゃない!門から入る時に名前をリストに記入したじゃない!」ジュナが怒鳴った。
「落ち着け。」
僕がそう諭すと、ガネッタが口を開いた。
「……俺とエリーは門から入ってない。だから指名手配とまではなってないんじゃ?確認の為に行ってみるのもアリなんじゃない?」
エリカノーラは黙っている。賛成なのか反対なのか分からなかった。僕は進むことを決断した。
「決まりだ。行くぞ、魔王城下街へ。」
薄暗い路地裏を抜けて大通りに出ると、すぐに人だかりを見つけた。人々の視線の先には掲示板に張られた新聞があった。
「万が一、あの人だかりの中で正体がバレたら…完っ全に僕らは終わりだ。変装用のローブはあるか?」
「あるけど…危険ね。少人数で見るのがいいわね。」とフローライが言った。
「俺は行くぜ。」とガネッタ。
「命知らずね。」
「ライ姉は臆病過ぎなんだよ。」と得意げに話した。
「ラック、行こうぜ。」
「ああ。」
人の波をかき分けて、やっと掲示板の新聞が見える場所まで来た。
「どれどれ…?“魔王暗殺!犯人は英雄の子孫!!”」
やっぱりバレてんじゃんとガネッタが僕に耳打ちをする。
「誰かまでは読んでない。ちょっと待て。」
「えーと、“これを受け国は、指名手配犯、三名の名前を発表した。[ラック・フィニー][ジュナ・フィニー][フローライ・ローザント]また、重要参考人として[ガネッタ・ローザント][エリカノーラ・グラーヴァ]を捜索中。”だと。」
マジかとまた耳打ちする。
「早々に退散したほうがいいな。」
「待って、まだ続きがあるよ。“新制年300年という記念すべき年に魔王暗殺、しかも英雄の子孫によって行われたことは非常に残念である。とミヨイ氏は述べている。また、後継者はいまだ決定していないとも述べた。人々は、英雄の子孫を[300年目の勇者達]と呼び、称賛する肯定派と魔王を心から敬愛していた否定派の2つに分断された。”肯定する人もいて安心したよ。」
「そうだな。さ、戻るぞ。」
僕らは人だかりを抜けて、三人が待つところに帰ってきた。
「どうだった?」
エリカノーラは不安そうに聞いた。
「駄目だね。正面から入った奴は指名手配で、裏から入った奴は重要参考人だ。」とガネッタは答えた。
「ただ、写真までは入手出来なかったようだ。変装をしたら逆に怪しまれるかもしれないな。」
「子孫だから、少し風貌を隠すくらいでいいんじゃないかな。」
「そうね。私の溢れ出る麗しきオーラに気付く者もいるかもしれないからね。」
とエリカノーラが自慢げに言う。
僕は思わず苦笑した。
魔王城下街から少し離れた所にある森に僕らは身を潜めていた。
「この森は“魔法の森”って呼ばれてたんだよね。」とジュナ。
「うん。でも少し開拓されてるから300年前みたいな自然そのものは残ってないみたいね。」とフローライは残念そうに言った。
「フォレストキングとかいるかな!?ライ姉!」ガネッタは瞳を輝かせてそう聞く。
「絶滅してなければ。」
「絶滅してたら?」
「諦めるしかないわね。」
「マジかよー。」ガネッタは残念そうだ。
他愛もない会話をしながら僕らは森の中を進んでいった。
「そろそろ暗くなってきたね……。野宿しよっか。」
とジュナは言った。
「そうだな……この人数で雨風を凌げる場所を探そう。」
「あ、あれ……。洞窟じゃない?」
とジュナが指を指す先には、人が通れそうな入口の洞窟があった。
「あれなら良いんじゃない?中には何もいないし。」
僕は頷いた。
「よし、今日はここで野宿だ。」
僕がそう言うと全員が洞窟に入っていった。入り口は少し狭かったが中は思ったよりも広々としていた。
「広いね……。」フローライが言った。
「ああ、これなら皆で並んで寝られるな!」
「ねぇ、もしかしてここ…。」とエリカノーラが言った。
「…あ!昔、魔法剣士ロイドがフォレストキングを食べたところ!」
「おお!地理的な位置も合ってるし、多分ここだね!」とガネッタは嬉しそうに言う。
「フォレストキングか……。どれくらいの幻獣だったんだ?」と僕はジュナに聞いた。
「んーと、多分あの木くらいの大きさだったと思う。」
「……随分と大きいな。」僕は言った。
「ね、なんかあの木動いてない?」
「ん?そうか?」
その時だった。グワァーという大きな雄叫びを聞いたのは。
「もしかして……フォレストキング?」
フローライが呟くと、ジュナも頷く。
「え!?木じゃなかったの!?」
「速い!!逃げて!」とフローライは叫んだ。
僕らは森の中を必死に走った。だが、相手は幻獣だ。走って逃げるのには限界があった。その内すぐに追い付かれた。
「嘘でしょ…!こんなに強いなんて…。冒険譚は誇張してあるって思ってたのに…。」とエリカノーラが息も絶え絶えに言う。「おい、これやばいぞ……。」とガネッタが言った。
フォレストキングはまた大きな雄叫びを上げながら猛スピードで突っ込んでくる。もう逃げられない、そう思った瞬間だった。金属を弾くような音がしてフォレストキングの動きが止まった。
「はぁ…はぁ…。世話が焼けるわね…。」
どうやらエリカノーラが物理攻撃に特化したバリアで、フォレストキングを囲ったようだ。
「これで時間は稼げるはず。」
「ありがとうエリー!……って、ライ姉は?」
フローライの姿がどこにもなかった。
「……もしかして、さっきの音で逃げたんじゃない?」とジュナが言った。
「惜しいわね。戦略的撤退よ。」と、フローライは木陰から姿を現した。
「絶対今考えたでしょ、それ。」と多少呆れながらジュナは言った。
「さ、冗談は置いといて……倒す方法は見つかったの?」
エリカノーラがそう聞くとフローライは頷いた。
「フォレストキングは物理攻撃に弱いの。このメンバーなら余裕で倒せるはずよ。」
「じゃあ……私の出番ね!」とジュナは張り切っていた。
「ねぇ、おにーちゃん?私が岩に押しつぶされる時は一緒にいてくれる?」ジュナは不意に僕に聞いた。
「当たり前だろ、仲間なんだから。」僕は妹を安心させるように言った。
「そうだね。安心した。」
そうは言っていたが、何故か目は寂しそうだった。
「……そろそろバリアを解くわよ。」とエリカノーラは言った。
「うん!」とジュナは力強く答える。
「じゃあ、解除して!準備は良い!?」フローライが言う。
「私は大丈夫!」ジュナが叫ぶように言うと、エリカノーラはバリアを解いた。その瞬間、フォレストキングは猛スピードで突っ込んできた。が、それと同時にガネッタが大剣での力強い攻撃でフォレストキングを跳ね返した。
「今だ!」エリカノーラがそう叫び、僕らは全員で畳み掛ける。ジュナはいつもの拳銃で、僕は投げナイフで攻撃を始めた。
しばらく攻撃を続けると、断末魔をあげてフォレストキングは倒れた。
「はあ……やっと倒せた……。」
「早く肉持って帰ろうぜ!」とガネッタは嬉しそうに言った。
「さてはガネッタ、最初からお肉が狙いだったのね!」ジュナも嬉しそうに言った。
僕がナイフで持ちやすいようにカットし、エリカノーラがフォレストキングの肉を持てるだけ持った時だった。
子犬の鳴き声のような声がした。
「まさか…。」フローライがそう呟くと、声のした方へ走って行ってしまった。
その場に残された四人は啞然としていた。
「うーん、どうする?」とジュナ。
「また戻って来ると思うし、夕飯の準備しよっ!」とガネッタ。余程お腹が空いているのだろう。
「そうね。」エリカノーラも洞窟の奥に入っていく。
僕も行こうと思い、ジュナに肉を渡すようにお願いした時だった。
「なんか来ちゃったよ……。」とジュナが暗い顔で呟いたのだ。その目線の先には普通の犬くらいの大きさの幻獣がいた。赤い毛並みが特徴的な幻獣だ。僕はそれを知っていたのですぐに察した。
イグナイトフォックスだ……と。そいつはこちらを睨むと、一気に距離を詰めてきた。僕は反射的にナイフを構えた。
「逃げてラック!」とエリカノーラが叫ぶ。だが、間に合わないのは明らかだった。その爪が僕を捉えたかに思えたその時、バリアを張る音がして幻獣は動きを止めた。
「流石エリーだな。また助けられた。」と僕は安心して言った。
「まだ安心は出来ないけどね。フローライが戻ってくるまではバリアを解除できないわ。解除した途端に骨まで燃やされるかもしれないから。」
数分後、フローライが何かを抱えて洞窟に戻ってきた。
「お、ライ姉!それって?」
「フォレストキングの…赤ちゃん。」
「ええっ!?」
全員が驚愕した。
「な、なんでライ姉拾ってきたの!?」
「多分、さっき倒したのが親…かもね。」苦笑いでフローライが弁解する。
「おいおい……どうするんだよ。」とガネッタが言う。
「やっぱり、肉は諦めるしかなさそうね……。」エリカノーラが残念そうに言った。
「私もそれは少し抵抗あるなあ……。」とジュナも呟いた。
「ふぇ?もう食ってるけど…。」ガネッタが言う。やはり、全員が絶句した。
「いつの間に…。しかも調理済みっ!?」ジュナが更に驚く。
「ごめん、美味しかったからつい……。」
「フォレストキングってそんなに美味しいのね…。」と苦笑いしながらエリカノーラは言った。
「ああ。旨いぞ!」ガネッタは嬉しそうに答えた。
「ガネッタが認めたなら相当ね……。今度私も食べてみよっと!」エリカノーラは言った。
「ああっ!?」
エリカノーラは突然叫んだ。
「イグナイトフォックスのバリア外しちゃった…。」
「だからしっかり調理済みなのね…。」辺りに散らばった調理済みの肉を見ながらジュナは言った。
「なんか、ごめん……。」とエリカノーラは申し訳なさそうに言う。
「うーん、食べる物ないし、食べるしかないかぁ。」
「めっっちゃ美味しいからね!」とガネッタは目をキラキラと輝かせて言った。
「じゃあ……いただきます……。」
エリカノーラがそう言うと、ガネッタ、ジュナ、フローライ、僕もそれに続く。
「うーん!美味しい!!」「最高だわ。」と口々に感想を述べた。
僕はふと疑問に思ったので、質問した。
「なあ、なんでフォレストキングってこんなに美味いんだ?」
「…良い物食べてるからじゃない。」
フローライは単純明快過ぎる答えを口にすると、また肉を頬張る。
「やっぱここのフォレストキングは違うなぁ!」とガネッタは美味しそうに食べる。
「同じところにいても、決まったものしか食べれないし……。これ、冒険の醍醐味ってやつ?」とジュナは言う
「醍醐味かどうかは知らないけれど、ここにしかいないからこの味は冒険しないと分からないわ。」
「そう聞くと、城で出された料理より美味しく感じるわね。」とエリカノーラも美味しそうに肉を頰張る。
夕飯を食べ終えて、各々好きに過ごす中、フローライはフォレストキングの子どもを撫でていた。
「あー……かわいいなぁ。」とフローライは幸せそうに呟く。
「やっぱり可愛いか?」と僕は訊いた。
「うん、すごく可愛い。」と笑顔で答える彼女を見て、僕はふと疑問に思ったことを口にする。
「フォレストキングって幻獣だよな?」
「そうだよ!それがどうしたの?」
フローライは少し不思議そうに答えた。
「育てて使役するのか?」僕がそう訊くと彼女は頷いた。
「やっぱり私も、母親と同じことしてるだけなのかなぁ。」
彼女は腕の付け根を掴んで、幻獣の子どもを持ち上げる。
「でも、私はこの子と一緒に冒険したいから。」と彼女は笑顔で言った。
「なら、いいんじゃないか。」
と僕は答えた。
「うーん、可愛いなぁ!」彼女は撫でるのを続ける。
「……なあ、俺も触って良いか?」とガネッタが言ってきた。
「もちろん!」とフローライは嬉しそうに言う。
そうしてしばらくの間、幻獣の子どもを愛でているとジュナが僕らに話しかけてきた。
「ねぇ、イグナイトフォックス、どうするの?」
「……大丈夫!私に任せて!」とフローライは自信満々に言った。
「どうするの?」とジュナが訊くと彼女は答えた。
「私がこっちも育てる!」と。
「何言ってるの!?」ジュナは驚きの声を上げるが、誰も彼女を否定しなかった。それだけ彼女の言葉に説得力があったのだ。
「そもそも、イグナイトフォックスの生息地はここじゃない。本来の場所に行くまで育てる。もう、一回りも大きいけどね。」
と彼女は笑った。
「出来るのか?」とガネッタは尋ねた。
「私なら大丈夫。」彼女は力強く答えた。
「……本当に育てる気なんだね……。」ジュナは呟いた。
「私は本気だよ。」
「なら、私も手伝う。」とジュナは提案した。
「いいの?」
「うん!」ジュナはそう言って微笑んだ。
「ありがとう。助かるわ。」フローライは嬉しそうに言った。
イグナイトフォックスはフォレストキングの子どもを守るように寝ている。
フォレストキングの子どもは薄い緑の毛に覆われていた。対してイグナイトフォックスの毛色は燃えるような赤と橙で、フォレストキングの子どもと比べると三倍以上の大きさがあった。
「こうして見ると親子みたい。」とジュナは言う。
「ちなみに、性別は?」とフローライに訊くと、
「そういえば、まだ確認してなかった。」と、寝ている二匹に近づきじっと見つめる。
「フォレストキングは…雄だね。」と彼女は言う。
「性別判定出来るのか?」と僕が訊くと、彼女は頷く。
「こっちは雌ね。」
「どのくらいで大人になるの?」と、いつの間にか隣にいたエリカノーラが言う。
「この小ささなら…五年は掛かるわね。」
五年か。故郷に残してきた恋人、モナとの約束の期間が五年だったなとまだ三日前のことなのに、こんなに懐かしく思えるのは何故だろうか。
「おにーちゃん?」そう呼ぶ妹の声で我に返った。
「どうしたの?もしかして疲れてる?」
「まあ…そうかな。」
「それなら、もう寝た方がいいね!」
と、妹の明るい声が洞窟内にこだまする。
持ってきた寝袋にこんなに早く世話になるとは…。そう思いながら、
「おやすみ。」
と、僕は答えた。
「おやすみー!」と妹は元気よく言う。元気が良すぎて本当に寝れるのか…?と思う。
「みんなもそろそろ寝るわよね?」とエリカノーラが全員に声をかける。
「うん!ライ姉は?」
ガネッタが尋ねた。
「私はもう少しここにいるわ。先に寝ておいてね。」と言い、彼女は森に出かけた。幻獣に与える餌でも採ってくるのだろう。
「そろそろ寝よっか。」ガネッタも眠そうにしている。
「そうだね。おやすみ!」とジュナは言った。
僕もそれに続くように挨拶をし、眠りに落ちた。
朝起きるとみんなはまだ寝ていた。僕はここに来る途中に見つけた川に、魔王城下街でもらったバケツで水を汲んできた。
もう全員起きていて朝食の準備を始めていた。そして、フローライは二匹の幻獣に餌を与えていた。
「おはよう!おにーちゃん!」と妹の明るい声が響く。
「おはよう。」と挨拶を返す。
それから僕らは機能の残りの肉を朝食に食べながら、今日の予定を話し合うことにした。
「私はこの子たちに名前を付けたい。」と、フローライが言った。
「そうだね。」とジュナ。
「ねぇ、ちょっといい?」と、エリカノーラが言う。
「どうした。」と僕が訊くと、エリカノーラは「この洞窟にずっといるわけにはいかないでしょ?そろそろ次の行き先を決めない?」と言った。
確かにと、みんなも賛同したので、今日の目的は、二匹の幻獣の名前決めと保存食の確保と次の行き先決めになった。
「じゃあ、まずは名前決めだね!」とジュナは嬉しそうに言う。
「そうだね。」とフローライが言うと、エリカノーラは「じゃ、メモするから順番に候補言って。」と言った。
「まずはフォレストキングの方から。」淡々とエリカノーラが話す。
「そうだなー。」とみんなが悩み始めたので、僕は思いついたことを口にしてみた。
「"ファング"とかどうだ?」と僕が言うと、みんなはいいね!と言って賛成した。
「じゃあ次、イグナイトフォックスだね!」とジュナが言った。
「火の幻獣だから……"ユラ"とかどうかな?」とガネッタが言う。
「それ、いいわね!」とジュナは嬉しそうに言う。
「メモする必要も無かったわね…。これで決まりで良いかしら?」とエリカノーラ。「うん!」と妹は返事をした。
「ファング〜!わぁ、かわいい〜。」
フローライはいつになく緩んだ顔をしていた。
ファングは猫のように鳴いた。
「ユラ!カッコいいね!」とガネッタは笑う。
ユラは鳴かずに呼ばれた名前を聞いていた。
「次は保存食の確保だ。」と僕が言う。
「保存食か。うーん、魚とかお肉とかだよね?」とジュナ。
「そうだな。乾燥させたり、砂糖漬けにしたりして腐りにくくしたものだ。魚や肉…それに、木の実も使える。あ、今日の分の食料も取ってきてくれ。自分の好きなものでもいい。」
僕がそう言うと、ガネッタは「じゃあ俺は魚獲りに行く!」と言って洞窟を飛び出した。
「ちょっとガネッタ!…行っちゃった。」ジュナは呟いた。
「まぁ、どうせ暇だし、いいんじゃない?私はナッツでも採ってこようかしら。」とエリカノーラは言った。
「じゃあ私はお肉係ね!途中まで一緒に行こう!」と言って、妹はエリカノーラについていった。
「私はどうしよう……。」とフローライは悩む。
「お前はファングとユラと遊んでやれ。」と言うと、彼女は頷いた。
「……そうだ!餌を取って来なくっちゃ!ついでに運動もさせないとね。」と彼女は言った。
「おう、行ってこい。」と言い、僕は少し考えた。「僕も行くよ。」と言う。
「え、一緒に来てくれるの?ありがと!」と彼女は嬉しそうに答えた。
餌と食料を探しに僕らは洞窟の外に出た。少し歩いたところに幻獣の住処があるらしい。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
「ここか?」と訊くと彼女はまた何も言わずに頷いた。
そこには幻獣…ミガルの群れがいた。ミガルとは、比較的最近に(彼女の言う事なので、あまり最近には感じないが)発見された幻獣で生態はよく分かっていないと歩いているときに聞いた。
「あいつらを倒すのか?」一応尋ねる。「ええそうよ。まだこの子たちは戦闘させるには早いかしらね…。」と彼女は話す。
「ユラはいけるんじゃないか。」と提案すると、「じゃあユラを信じて、やってみましょう。」と自信ありげに彼女は答えた。
ミガルは僕らに気づいたのか、威嚇する。
「ユラ!攻撃よ!」と彼女は指示するが、ユラは動こうとしない。
「早く攻撃して!」と彼女が言うとようやく、ミガルの一匹に向かって炎を吐いた。しかしそれは致命傷にはならず、怯んだだけだった。そしてすぐに反撃が来る。僕は咄嗟にナイフで反撃した。ナイフはミガルの胴を貫通したが、倒しきることは出来なかったようだ。ミガルが雄叫びを上げると同時に二匹同時に襲いかかってくる。
「ユラっ!?なんで動かないの!?」と彼女は悲鳴混じりの声で叫ぶ。
僕は二匹のミガルをギリギリで避けた。そして、二匹が避けた先のユラに攻撃したが、ユラは先読みしたようにいとも簡単に避け、ミガルはパタリと倒れた。
「え……?」と彼女が驚くと共に、ミガルの頭だけが炎に包まれる。
「これは……ユラが倒したのか?」と僕が訊くと彼女は頷いた。
「戦闘は初めてなのに…凄いわ。」と彼女は呆然としながら言った。
「やるじゃないか。」
僕はそう言ってユラを撫でた。ユラはそうされるのが、さも当然かのように尻尾を振った。
「あっ!そうだ!お肉獲らなきゃ!」と彼女は思い出したように言ってミガルのところに行き、一匹の体を重そうに引きずりながら持って帰ってきた。僕もそれに続いてもう一匹を同じように洞窟に持ち帰る。
昼食を食べに洞窟に戻ると、昼食の準備がされていた。焼き魚が二人分用意されていて、近くには風で飛ばされないように小石を載せたメモ書きが残されていた。恐らくエリカノーラが残したのだろう。メモ書きには“フローライとラックの分だよ。どうぞ召し上がれ。”とだけ書かれていた。
「遠慮なくいただくか。」そう僕が言うと彼女はやはり何も言わず頷いた。
昼食を食べ終え、洞窟から出てきた。
「さて、まだ日暮れまで時間があるな。他に目星はついてるか。」と彼女に訊くと「うーん、あ!あっちに洞窟があったんだ。」と指を指す。
「分かった。行ってみよう。」と僕は言い、二人で向かうことにした。
その洞窟はそんなに大きくはなく、中もすぐに行き止まりだった。
「うーん……昨日はいたから、今日もいると思ったんだけどな……。」と彼女は残念そうに言った。
「仕方ないさ。もう日暮れだし帰ろう。」と言うと彼女は笑って、そうだね!と言ったが内心悲しんでいる様に感じた。
僕らは帰路につこうとしたその時、洞窟の奥にある大きな水溜まりから何かが出てきた。
「…っ!」と彼女は驚き、杖を構える。
「あれは…何だ。」
「水棲幻獣ラベラーザ。あれも、最近発見された幻獣ね。」
と彼女は杖を強く握りしめた。ラベラーザは僕らに気付くと襲いかかってきた。
「ユラ!」と彼女は言うと、ユラは火を吐いたがラベラーザは水の膜のようなものを張りそれを防ぐ。
「効かない…。」
ラベラーザは魚のような、カエルのような皮膚をうねらせている。
「ラベラーザは水の膜を纏っているから、火の攻撃は効かないわ。」
と彼女は言った。
「じゃあどうするんだ!?」
「私に任せて!」と彼女は言い、呪文を詠唱し始めた。
「何してるんだ?」と僕が言うと同時に彼女はラベラーザの方に向けて杖を振った。ラベラーザは水に包まれたと思うと、先程よりも大きく暴れて苦しんでいるように見えた。
「水から引きずり出す魔法よ!これで倒せるはず!」僕は咄嗟にナイフを構えてラベラーザに切りかかる。刃は弾かれてしまったが、一瞬の隙をつかれ、ラベラーザの胴は切り裂かれた。ラベラーザは奇妙な叫び声を上げて倒れた。
「今の攻撃、ラックの?」と訊かれたが、心当たりが無かった。僕は首を横に振る。
彼女は不思議そうにしていたが、すぐに分かった。ファングだ。僕の背後から、ファングが攻撃していたのだ。
彼女は驚いてはいたが、すぐにファングと目を合わせて頷いていた。
「ファングも凄いわね。」と彼女は嬉しそうに言った。
倒されたラベラーザの可食部を切り出し、僕は手に持った。
帰路につく彼女の後ろ姿を見て、なぜあんなにも彼女は幻獣に好かれているのか…とふと疑問に思ったが、それを口にはしなかった。なぜなら、あまりにも彼女と幻獣が強く結ばれているように思い、水を差すようかことを言うのは野暮なことだと感じたからだ。
洞窟に戻るともう皆は戻っていた。
「何だか何も準備出来てなくてごめんな。」と僕が言うと妹は「気にしないで!そんなことより、これ見てよ!私が釣ったんだー!」と嬉しそうに妹の顔二つ分くらいの大きな魚を見せた。
「凄いじゃないか。」と褒めると妹は得意気に笑っていた。
「お肉獲ろうと思ったけど見つかんなくてさ、魚にしたんだ。」
「こっちは私が採ってきたのよ。」エリカノーラが言い、様々な種類のナッツと果物を見せた。
ガネッタは「俺は手づかみで魚獲ったぞ!」と自慢げに言った。
「ご飯も食べたら、次は保存食にしないとね。」と妹は元気よく言ったが、フローライは「ちょっと待って。」と言ったのでみんなは怪訝な顔をした。
「このままだと腐るわよ。」
「あっ!そっか!」とジュナ。
「一時的な保存なら、氷属性の魔法を掛ければ長持ちするわ。でも私は使えなくて……使える人はいるかしら?」
そう言ってフローライはみんなを見た、「私なら出来るかも。」とエリカノーラが言うと、自分の鞄を漁り、分厚い魔導書を出した。
「今探すから待ってて、"フリーズ"……あったわ。」
エリカノーラは魔導書に書かれている呪文を詠唱し始めた。
「"フリーズ"」
すると、まとめて置いてあった食材が程よく凍った。
「ありがとう。」とフローライは言った
「じゃあ氷が溶ける前に晩ごはんサクッと食べちゃお!」
「そうだな。」と妹に賛同し、僕らは晩ごはんを食べ始めた。
「明日で洞窟生活も終わりかぁ……なんか寂しいな。」とジュナが呟いたのを聞いて僕は「そうだな。」と言った。
食事を終えて、みんなで保存食を作り始めた。
燻す前の下準備でミガルの肉を捌いていると、
「ラックはナイフの扱いが上手いのね。」とエリカノーラが言った。
「まあ…幼い頃から殺し屋になるために両親に教え込まれた。」そう答えてから、ふと疑問に思う。
「エリカノーラは王族なんだよな?なんで殺し屋なんかに…。」
「…一族で一人ならなきゃいけなかったのよ。」
そういうとエリカノーラは辛そうな顔をした。
「私は両親の代わりに指南役に魔法を教え込まれたわ。護身用だって言われてね。」
「護身用?」
「実際は魔法の能力の高い人を殺し屋にするためだったってわけよ。なりたくてなった訳じゃない。私はただ平凡な姫で良かったのに。魔法が使えなければこうはならなかったわ。」
どう返事をすればいいのか分からず黙ってしまうと、エリカノーラは笑って誤魔化した。
「さ、早く作りましょう!明日には出発よ。」
「そうだな。」と僕も笑って答えた。いや、実際は苦笑いになっていたのかもしれない。
保存食を作り終えて、僕らは洞窟の寝床で寝ることになった。
「ねえ、エリー。明日でこの洞窟も終わりだね!」とジュナは嬉しそうに言ったが、エリカノーラは「そうね。」と素っ気なく返事しただけだった。
「……なんだか元気ないね?どうしたの?」
「別に……。」とまた素っ気なく彼女は答えたが、少し間を置いてから話し始めた。
「長旅をしたの初めてで…。三日だけでも私にとっては大冒険なの。城の中じゃ広い世界を見れないから…。ずっと、本当にずっと城の中だけで過ごしてたから。」
と彼女は言った。
「だから…その…。やっぱり、魔法が使えて良かったのかも。」
「ふっ、そうだな。」と僕が言うと、
「えっ、なになに?どういうこと?」と妹はキョトンとしていた。
「魔法が使えないと旅はできない。そうだろう?ジュナ。そういうことだ
。」と僕が簡略的に説明すると、「そうだね!そう思う!」と彼女ははにかんで言った。
翌朝、完成した様々な保存食を分け合い、出発する準備が整った。
「忘れ物ないかしら?」とエリカノーラが全員に聞き、僕も荷物を整理して確かめた。
「それじゃあ出発!」
妹は嬉しそうに先頭を切って歩き出した。洞窟の出口から一歩外に出た瞬間、僕らははっとした。「行き先決めてなーーい!!」妹が叫んだ。
「うわぁあ、忘れてたー!」とガネッタは頭を抱えた。
「これからどうするの?街に戻っても、貴方達にはもう家がないのよ。」とエリカノーラ。
「あー、そうだったなぁ。」とジュナはまた頭を抱えた。
「ふらふらしてたら路銀も尽きるわよ…。」フローライは追い打ちをかけるように言う。
すると、ガネッタが何かを思い出したように手を叩いた。だか、少し顔を暗くして恐る恐る言った。
「こんなことは言いたく無いけど…。この近くに小さめの街があったはずだ。路銀を稼ぐために、暗殺をするしかないんじゃ…。それか働くか…。」
みんなはしばらく考え、やはり小さな街に行くという結論に至った。
早速僕らは街に向けて歩き始めた。道中、僕は妹とに言いたかったことを意を決して言った。
「ジュナ、この前のことだが。」
「え、なに?」
「集中しろ。ムキになるな。ほとんど魔王に攻撃が当たっていなかったじゃないか。」
妹は自信をなくしたように縮こまった。
「あ…。ごめん…。」
「謝らなくていいんだ。次の街に滞在中にその問題を解決しろ。いいな。」
「うん…。」
と彼女は小さく返事をした。
[第一章]
[一話 ジュナ・フィニー~胸を穿つような眼差しは〜]
私達は街に辿り着いた。ガネッタの見立て通り、人通りが少ない、私達の仕事(暗殺)をするにはうってつけの街だった。魔王を倒したのは暗殺を辞めたいという理由だったが、結果的には何も変わらないようなことになってしまった。
…ちなみに、魔王からの依頼方法は、魔王が特殊な魔法を駆使し、“削除依頼リスト”を送信してくる。私達はリストを見て、“削除対象”の場所、特徴、報酬などの情報を得ることが出来る。
報酬は、それらを確実に殺した時、死体の上に出現するという仕組み。
ゲーム感覚で殺人が出来てしまう何とも恐ろしい仕組みだ。
滞在期間は決まっていない為、宿屋では取り敢えず一ヶ月の予約をした。路銀はまだあるが、出来るだけ節約しようというフローライの意見を採用して、二部屋だけ借りることになった。私と兄、フローライとガネッタとエリーというように部屋割りをした。
荷物を置いて、部屋を出る。ここからは自由行動になっている。…私は道中での兄からの指摘が胸に突き刺さっていた。自覚していることを改めて言われると、どうしてこんなに気分が悪くなるのだろうか。私は町を散策することにした。ただ、心ここに在らずというか…。
…何故か行く先々に必ず屈託のない笑顔を見せる人がいて、そのたびに兄からの指摘が更に深く、深く。埋まっていく感覚に襲われる。
咄嗟に、街の図書館に逃げ込んだ。ここなら笑顔を見せる人はいないだろう。そもそも、人も少ない。
私は、かの英雄譚を手に取った。革の装丁に“オーサー討伐紀”と金文字で書かれていた。ここには、私の目指す先となる英雄がいる。狩人ジューカ。その時代に存在した全ての銃を使えたと言われる、全世界の銃使いの憧れの的である。
「こんなに凄い人が、本当に私のご先祖様なのかな。」
と呟き、先を読む。
彼女の活躍は数ページにわたって記載されていた。どれも華々しい活躍ばかりで、私は読んでいくうちに胸が高鳴った。
私の心を射止めたのは、ある一枚の写真だった。彼女は仲間と談笑している写真だった。
私は彼女の写真から目を離せなかった。今までは英雄という神のような存在に思えていたが、写真の中の彼女は普通の、一人の女の子だった。
補足説明には、“ジューカは非常に明るく、お転婆な性格で、いつも仲間の気持ちを明るくしてくれた。”と書かれていた。私はその一文で、彼女がどうして英雄と呼ばれ始めたのかが分かった。
彼女の笑顔は、下を向いていた私の胸に光を射し込んだ。それはまるで一筋の希望のようで……。
私はこの本を借りて宿屋に帰ることにした。
宿屋に帰る道で、路肩に座りこむ山羊のような角と目をした少年に出会った。日の当たらない冷たい場所にいる少年はあまりにも可哀想に見え、思わず「大丈夫?」と声をかけた。「ありがとう……。でも大丈夫だよ。」と力なく笑う少年を見て、私は少年に保存食のお肉を与えることにした。少年は嬉しそうに、
「いいの?ありがとう。」と言ってそれを丁寧に受け取った。
宿に帰ると、借りてきた本の続きを読んだ。会話を事細かに書いた冒険譚は読み応えがあった。そして読むにつれ、彼女の言動には少し不可解な点が幾つかあった。
「なんでこの時に泣いたんだろう…。」
旅の出発前の夜、剣士トーマと話したときだった。泣く要素が見当たらないのだ。読めば読むほど彼女の言動が謎になっていく。だが、どの写真も笑顔で写る彼女がいる。
「不思議…本当に明るい人なのかな。」
と呟いて、私は本を閉じた。そして、先ほどの少年について考えることにした。
しばらくすると兄が帰ってきた。だが、すぐには部屋から出てこない。少しして兄が部屋から出てきた。
「おかえり。」と声をかけると、「あぁ。」と素っ気なく返事が返ってきた。私がなにかしただろうか?いや……いつも通りか……。
兄は疲れた様子でベッドに横になった。私は兄の横に座り、話しかけた。
「お兄ちゃんさ、やっぱり何でも出来るんだね。」
あまり深く考えずに言った。
兄はこちらを見ずに答える。「さあな。」とだけ言ったが、何だか訊いてはいけないことを訊いてしまった気がしたので私はそれ以上は話さなかった。
翌朝も、図書館に行った。昨日な本を返して、次はアルターについての本を借りた。
「おはよう…ございます。」と、突然声をかけられて、私は驚きながらそちらを見た。
そこには昨日出会った山羊のような少年が立っていた。手には布切れが握られていた。
「あ、おはよう。」と言うと、少年は恥ずかしそうに彼は言った。
「昨日あなたにお肉をいただいたお礼を伝えたくて……。」
あまりにたどたどしい彼に私は笑った。彼は不思議そうにしていたが、私の顔を見ると安心したように笑顔を見せた。
そんな彼の笑顔を見れたことに満足した私は少年に名前を訊くことにした。
「名前はなんていうの?」
「メルーシャ……です。」
と彼は答えた。
「メルーシャ君って言うんだね。」と言うと、彼は矢継ぎ早に言った。
「昨日はとても助かりましたし、嬉しかったので……。」と言って布切れを私に手渡した。
「……これ貰ってください!」私は少し戸惑いながら布切れを受け取って見た。そこには細かい刺繍が施されていた。
「え、これって……刺繍?」
私が聞くと、少年は嬉しそうに頷いた。
「そうなんです!あの、旅のお土産にと……。」
私は正直戸惑った。この刺繍はとても高価そうに思えたし、この刺繍の価値を知らない子供から貰うには少し躊躇われる。私が黙って考え込んでいるのを見て少年は少し焦りながら言った。
「あ、お気になさらず……。僕が勝手にやったことなので……。」
「ねぇ。これ…君が縫ったの?」と聞くと彼はしどろもどろになりながら
「母に……教わりました。」と答えた。
私は少年をじっと見つめた。彼はどんどんと小さくなるように見えた。
「今、お母さんはいる?」
「い、いえ……。母はもういません……。」と小さな声で答えた。
やはり放っておけない。
「じゃあさ!私がしばらく面倒見てあげる。友好の印に…この刺繍、私が貰ってもいい?」と言うと彼は目を輝かせて嬉しそうに頷いた。
私がお礼を言うと、彼は恥ずかしそうに帰っていった。私は早速彼に貰った刺繍を折り畳んで上着のポケットにしまい込んだ。なかなか綺麗な刺繍だったので、あとでエリーに自慢しようと上機嫌で宿に帰った。
部屋に入ると、「なぁに?いいことあったの?」
とエリーが訊ねた。私は自分の機嫌の良さを察してくれたことに嬉しさを感じつつ、上着のポケットに入った刺繍を自慢した。
「これを貰ったんだー!凄いでしょ!」と彼女に見せた。すると彼女は驚いた顔をした。
「うん。…凄いね。」と言った彼女の様子を不思議に思い、私は訊いた。
「どうかしたの?」すると意を決したように私に言った。「上級魔法が刻印されているわ……。これ。」私は目を見開いた。
「え、そうなの!?」私は思わず声を上げてしまった。すると彼女は静かに言った。
「上級魔法は流石に私でもぱっと見じゃあ内容が分からないわね…。中級なら分かるのだけど。誰から貰ったの?」
「道端の男の子から…。」
「ふーん……。」とエリーは少し考え込んだが、「まぁ、良い効果のある魔法だと思うけど。」といつものように笑った。
次の日も、その次の日も。私は図書館に行った。本はこんなにも素晴らしいものなのだと初めて知った。
様々なオーサーや英雄に関する本を読み漁っていると、一つ気になる本を見つけた。その本は端のほうに追いやられているように見え、まるで真実が隠されているように感じた。本のタイトルは“英雄は間違っていた”とだけ書かれ、
「あなたは本当の英雄を知っているか。」という煽り文句が綴られていた。
私はその本を手に取り、開いた。この本はたった一人の歴史研究家によって書かれたもので、すでに90年も前に書かれたものだった。
要約するとこうだった。
“オーサーを倒したことによって、今まで想像することも出来なかったことが、実際の行動にも移せるようになった。戦争もその一つで、オーサー討伐前は一度もなかった戦争が討伐後には何回も起こっている。アルターはそういったことが起こらない為に思考を制御し、密かに世界を守っていたのではないか。”といった内容だった。
すごく衝撃的だった。善悪がひっくり返るような…。そんな感覚に襲われ、私の目指すべき道を見失ったような感覚にも陥った。
私は、図書館から出た。一刻も早くメルーシャに会いたくなった。毎日のように図書館に通い、彼に会うことだけが今の私の生きがいのような気がしてならないからだ。
道端に座るメルーシャを見つけた途端、私は彼に抱きついてしばらく離れられなかった。彼は何も言わずに私を受け入れてくれた。
「ねえ、ジュナおねーさん。」
彼は私を姉のように慕ってくれていた。それが私に弟が出来たようで嬉しくて、彼を呼ぶ時は“メル”と呼んでいた。私は彼にお姉さんと呼ばれても決して嫌な気持ちはしなかった。
「どうしたの?」と聞くと彼は言いづらそうにモジモジした後で恥ずかしそうに言った。
「ジューカって……どんな人だったの?」
私はそれを聞いて悩んだが、どう答えればいいか分からなかったので素直に話すことにした。
「難しいなぁ……。」と言いつつも、私はメルーシャに教えてあげた。
「一言で言うなら、英雄ね。」と言うとメルーシャは目を輝かせて言った。
「やっぱりそうなんだ!でもなんで英雄なの?悪い人を倒したからなの?」
純粋な瞳に見つめられて私は少し目を伏せた。そして彼をギューっと抱きしめた。彼は突然抱きしめられたことに驚いき、照れていた。
そんな姿が可愛く、もうずっとこうしていたくなった。けれど、彼は
「ジュナおねーさん!苦しいよ!」と言った。私は急いで力を緩め、彼に謝罪した。
すると彼は私の目を見て言った。「ねぇ、なんでジュナおねーさんは英雄を尊敬してるの?」と。私は少し考えてから答えた。
「…かっこいいからかな!」と言って誤魔化した。
そんな曖昧な答えでもメルーシャは納得したようで笑顔を浮かべた。
「あー、ずっとここにいたい。」と本音を零すと、「じゃあそうすればいいよ。」と優しく言ってくれた。だが、その時何故か彼の周りの空気が禍々しく感じた。私は驚いて彼に聞いた。
「メルーシャ、どうしたの……?」と聞くと彼は笑って答えた。
「別に何でもないよ。」と彼らしい明るさで答えたが、その瞳には純粋な悪が煮えたぎるように見えた。メルを覆う雰囲気に思わず後ずさると彼は言った。
「どうしたの?」そう言ってメルーシャは私に近寄った。一歩づつ私に近づくたびに彼から禍々しさが立ち込める。私は宿に向かって全力で走った。
すぐにエリーのところに行って、上級魔法の解読をしてもらった。「エリー!刺繍の魔法を解読して!」と叫ぶ。
エリーは怪訝な表情をしたが、解読に取り掛かった。しばらくして彼女は私の顔を見て「これは……!」と大きな声を出した。
私は急いでエリーに解読した内容を聞いた。
「この魔法は……悪魔の魔法よ。」と言ってエリーは黙り込んだ。
「詳しい内容は分からないわね…。」とエリーは困った顔をしていた。
「どうしたの?」とドアを開け話しかけたのはフローライだった。事情を説明してフローライにも解読を頼んだ。
「これは……!」と言ってフローライは声を上げた。
「解読できたの?」と聞くと彼は首を横に振った。
「この魔法は束縛の魔法ね。私の魔法に似てるわ。」
彼の発言に私は驚いた。「え……。」と私が言うと彼女は続けて言った。
「悪魔は人を束縛して、喰らう。この刺繍魔法はその為のものね。」
彼が私を見たので、私も頷いた。
「つまり……メルーシャ君が悪魔ってこと?」と私は思わず口に出したが、彼女は言った。
「残念ながらね。ちなみに容姿と名前は?」
「山羊みたいだった…。」
「確定ね。」
「私…どうすれば…。」半泣きになりながら私は呟く。背中を軽く叩いてエリーは言った。「倒してきなさい!ジュナなら出来る!」
フローライは何か思いついたように立ち上がった。
「メルーシャ…!メルーシャって言ったわね。」
フローライは削除依頼リストを出現させた。「やっぱり…!“メルーシャ〜100年以上生きた悪魔。報酬〜5万ゴールド他。”…倒す他ないんじゃない?」
「っ……。メルーシャ君は……優しいんだよ!私、わたし…そんなこと出来ない!」
今までのメルーシャの行動を振り返ってみる。とても…彼が悪魔だなんて…、全く信じられなかった。
「このままだと……あなたはメルーシャに殺されるわよ。悪魔は人を駄目にして喰らう。優しかったのはあなたを駄目にさせるため!」強い口調でフローライが言い放つ。
その言葉に何も言い返せなかった。私は二人を見た。フローライは私を睨み、エリーは複雑な顔をしていた。フローライは「私も手伝うわ。」と言ったが。
「いや、私一人で倒す。」ときっぱり断った。何故だが分からないが、このことは、私一人で終わらせないといけないような気がしたからだ。
宿を出て、図書館の近くの道端にはメルーシャが座っていた。もう日はとっくに沈み、辺りは闇に包まれていた。
彼は私に気がつくと立ち上がり左手を振った。その無邪気な笑顔が悪魔だとは信じたくなかったが……。拳銃を構え、左手に焦点を合わせ、引き金を引く。
鈍い音がした。知らない間に目を閉じていたようだ。ゆっくりと目を開ける。
「バレちゃ仕方ないね。ジュナおねーちゃん。」無邪気な声が聞こえる。
「お肉みたいに食べるしかないみたいだ。」低い声に変わり、背中からコウモリのような翼が生え始める。
「ほんとに…メルは悪魔だったんだね……。」
私が呟くとメルーシャはケラケラと笑って言った。
「そうだよ!よく分かったな!えらいえらい!」と言いながら彼は翼を大きく広げた。彼の背中から真っ黒なコウモリのような翼が生える。その途端、ゾッとするほどの禍々しさが彼の周りを漂った。
私は拳銃を強く握って彼に向ける。左手は貫通していたが、血が一滴も垂れていないことが恐怖だった。
「喰ってやんよ。全部な!」
「撃っていい?」と訊くとメルーシャは「好きにしろ。」と言ったので私は撃った。
当たった!と思ったのも束の間、彼は無傷だった。私が茫然としていると彼はゲラゲラと笑った。
「余裕すぎ。」そう言って彼は右手に真っ黒な禍々しい剣を出現させた。その剣からは真っ黒い霧のようなものが揺らめいていた。それが何なのか直感で悟った私は急いで距離を取るために走り出した。
「逃すかよ!」と彼が叫び、真っ黒な霧が私の足を掠った。途端、私は動けなくなり倒れた…ように見せかける。
「な……なにこれ……?」私が困惑する演技をしていると彼は楽しそうに言った。
「こいつは魔力と戦意を奪うんだよ!お前はもうおしまいだ!」そう言って私に襲いかかってきた。直後、私は地面から起き上がって彼の頭を撃ち抜く。彼は啞然とした表情だ。悪魔は私の目を見る。私は彼に心の中を見透かされるような感覚になった。…ああ、メルーシャは暗くて、笑顔が無い、可哀想な少年じゃなくて。普通の…ただの悪魔だったんだな。
あの笑顔は、あの無邪気な笑顔は…私を食べる為だけの計算された笑顔だったんだ。だったら…!騙し返してやろうじゃないの…!!
「お……おまえ!何故動ける!」とメルーシャは私に叫んだ。私は彼の頭に銃口を向けた。
「魔力を奪ったって、私は動けるわ。」そう答えた時、彼は笑った。
「そうか。戦意を奪ってもか!お前、何者だ!」と大声で笑いながら言った。
「ただの銃使いよ!」と答える。
「それにしちゃあすばしっこ過ぎる。」
「強いていうなら…英雄の子孫ね。」
と言うとメルーシャは驚いた顔をした。
「そうか!道理で強いわけだ!やっぱそうだよなぁ!」と大笑いする。
「さよなら、メルーシャ君。」私がそう言って引き金を引くと彼は頭から血を流して倒れた。…ように見えた。
「また私を騙すのね。」
先ほど、左手から血が一滴も垂れていないのを見逃していなかったからだ。これは虚像だ。彼はすぐに元に戻り、私をあざ笑うかのように言った。
「よく分かったな。」と言い、私に向かってくる。私は拳銃を乱射して撃ったが、メルーシャは剣で全ての弾丸を弾き返した。
「きゃっ…!?」私が驚いていると、彼は私に一瞬で近づき、蹴りを入れた。
「くっ……。」痛みに耐えて立ち上がろうとしたが、上手く体が動かなかった。そんな私をメルーシャは足で踏みつけながら言った。
「いや〜楽しかったな〜!お前には楽しませてもらったよ!」そう言った後、私の頭に剣を振り下ろそうとしたが、あまりにも隙が多い。これでよく100年持ちこたえたものだ。私は不敵な笑みを浮かべて言った。
「さよなら、メルーシャ君。」そう呟き、銃声が響いた。メルーシャの心臓を弾丸が貫く。彼は驚いたような表情を浮かべて、そのまま地面に倒れた。
「…はぁ?なんで、お前なんかに…。」
メルーシャは体を起こせないようだが、心臓を撃ち抜かれた後も喋れるようだ。…気味が悪い。
「ま、これが仕事だから。」
すぐに意味を理解したらしく、また喋りだした。
「英雄の子孫が暗殺か…世も末だな……。」
…メルーシャが喋らなくなった。眩い光を放ち、空中から宝箱が出現する。
「削除成功ね…。」私が、一人で暗殺に成功したのは初めてだった。
「なんか、呆気なかったなぁ……。」と呟き、力が抜け、その場に座り込んだ。ふと、下を見ると、メルーシャの死体が消えて宝箱が残っていた。報酬はきっちり貰わないとね。5万ゴールド他。他…“他”って何?疑問に思いながら私は宝箱を開けた。
中から現れたのはライフルだった。ライフルを手にとってみる。
「すご…初めて触った…。」
今まで拳銃しか使ったことがなかった為、基本的な撃ち方しか分からなかったが、試し打ちをしてみた。
狙うは木に実る果実。果実が木から落ちて地面に落ちる瞬間、撃つとバァン!と大きな音がした。
なにこれ……!耳がキーンってする!初めての銃声にびっくりしながら私は嬉しそうに笑った。鼓動が高鳴り、少し飛び上がってしまった。
凄く久しぶりの感覚。私は新しいおもちゃを手に入れた子どものようにはしゃいだ。
報酬の5万ゴールドとライフルを宿に持ち帰った。
ベッドに座り、拳銃を拭く。
「私の武器はこれじゃない。今までお疲れ様。」
拭き終わった拳銃を私の右隣に置く。そして、優しく撫でた。もうこれを使うことはないだろう。私は新しいライフルを磨いた。
「これからよろしくね。」
かの英雄、狩人ジューカは全ての銃を使えた。そして、明るくお転婆な少女だった。
でも…。私はジューカじゃない。私は私の生き方で道を行く。全ての銃を使えなくたっていい。明るくお転婆じゃなくたっていい。そもそも、そうだったかなんて分からない。普通で計算された笑顔をはり付けていただけだったかもしれない。
私は日陰の世界で生きていく。
鳥がさえずる朝。
私は、図書館に来た。本を借りる為だけに。“ライフルの基礎・応用”…。これにしよう。
図書館を出て道端を見る。そこに悪魔はいない。でも…。かつて彼がいた場所に座る。上着のポケットから刺繍が縫われた布を出す。フローライやエリーから燃やした方がいいと言われたが、私は応じなかった。あくまで、いや…。悪魔の思い出として残しておきたかったから。
「働き口でも探そ。」
立ち上がって歩き出した。この街には後二週間ほど滞在予定だ。丁度良いところがあるかな。
「短い間でしたがありがとうございました!」私は二週間だけの短期の仕事を終えて、最後の挨拶をした。
「楽しかったよミーナ。また来てくれると嬉しいね。」
雇い主の男性に言われて私は頷いた。魔王の追手に気づかれない為私はミーナという偽名を使い、仕事をした。彼は私の仕事振りを見て、優秀だと言ってくれた。
「もうこの仕事をする気はないの?」と男性が言う。
「そうてすね…私、冒険者なので!」
「中々にパンの仕込みが早くて、勿体ないくらいだよ。」
私は二週間パン屋さんで働いた。しっかり稼げたし、余り物のパンも沢山食べれたし、ここに未練はない。「楽しかったし、パン美味しかったです!また食べに来ます!」と元気よく挨拶をして私は店を出た。
挨拶を済まし、宿屋に戻る。明日でこの街ともお別れだ。
「次はどこ行こうかな……。」
そう呟きながら、ベッドに潜り込んだ。
翌朝、私達は宿を出た。
「さて、どこに行くの?」と私が言うと兄は「さあ。」とだけ言った。「また何も決めて無いのね…。」とフローライ。その後ろについてきているガネッタはまだとても眠そうで、何とか立っているようだ。
「あれ?エリーは?」と私が訊くと、フローライは「さっき、用事があるからってどっか行っちゃったわ。アクセサリーでも買ってるんじゃない?」と言った。
「そっか。」と答え、私は兄を見る。
「それより、ガネッタとフローライはどこか行きたいところはないの?」
「ない。」とはフローライとガネッタの声が揃った。二人があまりに同時に言ったので私は笑ってしまった。
「笑い事じゃないけどね。」とエリーが現れた。
「用事は終わったの?」私が訊くと彼女は「ええ!エイヴェルド島産の宝石買えちゃった!」と気分が良さそうに答えた。
「さて、どこに行くの?」とフローライがエリーに訊いたので彼女は「さあ。」と答えた。ガネッタは眠そうにあくびをした。
「ガネッタ眠そうだね。」
私が言うと「最近、夜中まで本読んでるのよ。」とエリーが答えた。
「どうしちゃったのかしら。」とフローライが言った。長く一緒に旅をしてきたフローライが言うならよっぽどのことなのだろう。
「どこだかの悪魔にそそのかされたのかもね。」とエリーが私を見ながらボソッと言った。
「じゃあ、図書館でも行く?」と私は提案した。すると兄は「それだけじゃ、物足りなくないか?」と私に言った。
私は首をかしげる。普通の図書館以外に何があるというのだろう。
「せっかくここらまで来たなら世界博物歴史館まで行かないか?」と兄。何それ、と私は思ったが、みんなは分かっているようだ。
「な、なんだっけなぁ〜それ。」忘れたふりをして訊いてみる。
「学校で習っただろ。」さも当然のように兄は言う。
「ジュナ、知らないの?」とエリーに言われて私は「全く。」と言い切ってしまった。
「世界博物歴史館はね。およそ2000年前のことから今までのことがまとめてある凄いところなのよ。貴重な物や文献もあるからしばらく飽きないわね。」
「へぇ〜!エリーは物知りだね。」私は彼女を素直に褒める。彼女は「それほどでも……。」と照れた。
「普通だがな。」兄は呆れたような顔をしていて何だかムカついたので、腹いせに兄のほっぺをつねった。なにすんだと騒ぐ兄を無視して、
「じゃあ、そこに行こうか!」私がそう言うとみんな頷いた。
「んー、ちょっといい?」とフローライ。「世界博物歴史館ともなれば…警備は厳重、よね…。大丈夫かしら…。」と不安そうに言った。
「あ、それなら大丈夫!」とエリーが言って胸元から紫色のペンダントを出した。「このペンダント持ってる人は自由に出入りできるんだ!」
「なんだそれ?」と私が訊くとエリーは自慢げに話し出した。
「これはね、世界博物歴史館の関係者だけが貰える特別なペンダントなの!これさえ持ってれば、いつでも入れるってわけ!凄いでしょ!」
フローライが目を丸くして驚いた様子で「そんな物があるの!?どこで手に入れたのよ、そんなもの……。」と彼女に言った。
「王族…だ・か・ら。」とエリーはニコニコしながら答える。
世界博物歴史館まで来た私達は、巨大な建造物に圧倒された。まるで、古代の神殿のようだ。そう思いながら私達は中に入った。
受付には受付嬢がいた。彼女は笑顔で「ご見学ですか?」と訊いてきたので私は頷いた。
「では戸籍提示をお願いします。」と受付嬢は言いかけたがすかさずエリーが胸元のペンダントを見せる。
「あら、どうぞごゆっくり。」私達に言うと彼女は手元のパンフレットを私達に渡した。エリーは誇らしげな顔をして「ありがとう。」とだけ言って前へ進んだ。
「うわー、広い。どこから見る?」と私が言うと、兄は「どこからでもいいじゃないか。」と言ったので、エリーは「じゃあ!最初から行くわよ!」と言った。フローライはガネッタに「流石にそろそろ起きなさい。」と言った。
「ふぁい……。」とガネッタは眠そうに返事をする。
「いつまでも幼稚ね。体調管理しっかりしないと、肝心なところでつまずくわよ。」
「はい。」とガネッタは素直に返事をした。
[二話 ガネッタ・ローザント〜博物館はただならぬ香りに包まれて〜]
世界博物歴史館は、広大な広さを持っていて、俺が見てきた博物館の中でも群を抜いていた。宝石や刀剣など古代文明の遺品から近代の美術品まで幅広く展示されていた。
定期的に講習会もあるようで、案内のポスターが大量に張られていた。
「芸術品コレクターって何が楽しいんだろ。」とジュナが呟く。
「なんか魅力があんだろ。僕もよく分からないけども。」とラック。
「美術品だけじゃなくて、歴史的な資料や武器なんかも集めてる人もいるわよ。」と姉が言う。
ガラスケースの中に入っているプレートとエリーが一つ一つ丁寧に説明してくれたので、退屈することはなかった。
「ねぇエリー!これ見て!凄い綺麗!」とジュナはガラスケースの中にある神秘的な紫色の宝石を指差し、もう一方の手を上下に動かしていた。するとエリカノーラは「それ…古代遺跡で見つかったものね。このペンダントと同じ宝石よ。」と微笑みながら丁寧に説明した。ジュナは「そうなんだ!」と言った。ラックは何かに気付いたような表情をしていて、気になったので話しかけてみた。「なあラック。あれってさ…。」ここで文を途絶えさせれば、勝手に同じこと考えてると思って言ってくれるだろう。「やっぱりそうだよな…。狩人ジューカの耳飾りも同じ宝石だよな…。」
なるほど、確かにそう見える。
「あ、そういえば、ガネッタは英雄に会ったことがあるんだよな?」とラックは俺に訊いた。
「ああ、俺とライ姉は全員会ったことある。もう昔のことになるから、大分記憶が薄れてるけどな…。」
「そっか、羨ましいな。俺も会ってみたいよ……。」
そう言ってラックは俺をチラチラ見ながら、ケースの中身を見ていた。
「よし、次行くよ。」と姉が言ったのでついていこうとしたが…。どうにもあの宝石が気になる。ギリギリまでその宝石を見ながら、次の時代の展示場所へ向かう。
先程のところから随分と進み、800年程前のエリアに来た。そこには魔王が城と街を造れと手下の魔物に指示を出している様子だった。
「これ、知らないわ…。」エリカノーラが初めて言葉に詰まった。俺は目線より少し上の場所にかかっているプレートに気がついた。
「このエリアは、つい一ヶ月前に作られたみたいだ。」とみんなに呼びかけるように言う。
ジュナが驚いたように「え!一ヶ月前って…!」
エリカノーラは小声で「私達が魔王を倒した時期と重なる…!」とジュナやみんなと同じように、驚いた表情になる。
「エリーも知らないとなると、この事実は、私達が魔王を倒したから公表されたってことじゃ…。」と姉が言う。これは相当凄いことになってきた。「僕達の行動がきっかけになって、世界が変わり始めてるんじゃ…!?」とラックは珍しく興奮しているようだ。
「あ、こっち!」とジュナは小声になっていない声で俺らに手招きしている。これ以上に何かあるのかと思いつつ来てみると…。さっきの衝撃を超えるものがあった。
魔王軍が原住民を殺戮する様子だった。みんなが言葉に詰まるのも分かる。今まで、魔王達は最初からずっとその地で“生きてきた”。ただそれだけだと、思っていた。なのに、原住民を排除してまでして城と街を造っただなんて…。俄には信じ難いことだった。そして、そんな重大な歴史が長い間ずっと隠されていたとは…。
「結果的に良かったんじゃ?」姉が展示物を見ながら言う。
「もしかしたら、勇者賛成派ってこの事実を知ってたのかも!」とジュナ。俺達が世界を変えた。そんなひと時の空想に耽るのも悪くはないだろう。
どうやら、この世界博物歴史館にはホテルもついているようだ。この前の街でジュナが5万ゴールド稼いできたらしいから、あまり散財しなければ当分路銀に困ることはないだろう。パン一斤200ゴールドだから…。375個のパンが買える…。いや、どうでもよっ。
ともかく、ホテルに泊まることになったが。一室なんと500ゴールド。破格過ぎる。しかも“一室”だ。一泊じゃない。話によれば、大部屋だという。どうなってるんだ一体。パン二斤と半分で泊まれる部屋…。ますます意味が分からない……。こんなことを考えているからライ姉に幼稚なんて言われるのかな。誰に似たんだって言ってるけど双子だから!!一応!!
「ふぅー!めちゃめちゃ広いじゃん!最っ高だよおにーちゃん!早く来てきて!」と浮かれているジュナが言い、走り回ってからそのままベッドにダイブした。
破格の部屋に到着した俺らは“スイートルーム”という名に相応しい部屋に案内された。
「本当にこの部屋なのか…。」ラックは呆気にとられていた。
本当に広い部屋で、天井は少なくとも7メートルはあり、浴室やベッドルーム、トイレに休憩スペースなどの設備が整っており、魔法式の冷蔵庫やお茶や菓子などのアメニティも充実している。
「ファングとユラの餌はあるかしら…。それにしても、おかしくない?こんなにいい部屋なんて。」
「ライ姉、あるなら使わなきゃ損だろ?」
「そうね……。そうしましょう!」と姉が珍しく乗り気になった。
そういえばエリカノーラは…?と思い、他の部屋も見て回ることにした。
高級そうなソファー。傷一つないクローゼット。丁寧に用意されたベッド。彫刻まで施された化粧台。神殿のような白い石の壁。博物館の延長で展示物まである。どこを見ても完璧としか言えない設備が整っていた。
脱衣所に行くとエリカノーラを見つけた。何やら小さな瓶のようなものを見ているようだ。
「エリー、それって?」
エリカノーラは驚きつつも振り向いた。
「ああ、ガネッタ。これはアロマキャンドルよ。知ってる?」
「いや?蝋燭か?」
「蝋燭なんだけど…ほら。」薄緑色の瓶の蓋を開けると俺の顔に近づけてきた。
「んっ…花の香り?」
「そう、ゼナフィカよ。」
知らない花の名前を言われ、反応に困ったが、いい匂いがしたから悪い気にはならなかった。
「香りを閉じ込める魔法か?」
「魔法を使っているものもあるけど。昔からの方法で、花から抽出した香りを封じ込めてあるの。いい香りでしょう?」エリカノーラはキャンドルを眺めながら言った。
「ああ……そうかも……。」俺はこの香りが気に入った。
「これってどうやって使うんだ?蝋燭だから火をつけるのか?」
「そうね。今夜使うのはこれにする?」先程のゼナフィカの香りがするキャンドルを持ち、俺に訊いた。
「んー、他のは?」
「そうね…。これ、何かしら?」と紅色の瓶の蓋を開ける。すぐさま強烈な甘い匂いがした。反射的にエリカノーラは蓋を閉めた。
エリカノーラは突然倒れた。俺はエリカノーラを抱き抱えた。呼吸はしている。だが、反応がない。意識を失っているようだ。
「あのキャンドルのせいか…?」間一髪閉じられた瓶にはラベルが貼られていなかった。
「危ないな。」俺は積み上げられたアロマキャンドルの山の端にそれを押し込んだ。
ゼナフィカ…だったかな。そのキャンドルを拾い上げた。ふと、エリカノーラを見ると倒れた弾みで胸元からペンダントが飛び出ていた。
この紫色の宝石は何という名だろうか。気になってじっと見つめていると、ペンダントの蓋が開いていることに気づいた。蓋の中には王家の紋章と知らない花の押し花が入っていた。
それにしても、綺麗な顔だ。化粧をしているかもしれないが。アクセサリーは控えめな上品さが美しい。
「うぅ…。」瞼を上げ、エリカノーラが目覚めた。
「大丈夫か?」
「ええ、何とか。」と早口で返す。少し、顔が赤くなっている。
もしかして、熱があるのでは……と思い、おでこに触れてみると俺の手を払い除ける動作をした。
エリカノーラは起き上がると、俺から顔を背けた。「エリー、急に倒れたから心配したよ。きっと、さっきのキャンドルのせいだろ?」
「そうね。…私としたことが、警戒もせずに蓋を開けてしまって…そして……。」
何か言っていたようだが、その後は聞こえなかった。多分、“油断してしまうなんて”とかだろう。
「おーい、二人ともー。ご飯食べに行こ!」とジュナが呼びに来た。
「そうね。ディナーに遅れるなんて、姫の恥だわ。」とそそくさと脱衣所を出ていった。
「エリーって、本当そういうとこあるよねっ。」とジュナも後を追って行った。
ディナーには、豪華な食事が用意されていた。パン一斤の値段を考えられない程だ。
「凄く美味しいわ……。シェフを城に呼びたい程ね。」とエリカノーラは上品に食している。だが、まだ
「どれをとっても最高級だ…。」とラックは普段より少し声が大きいようだ。
ジュナは一流の料理人達が作る料理を食べるという楽しみに抗えないようでガツガツ食べていた。
姉は幻獣達の餌になるようなものを探していた。本当、世話好きな姉だ。
「今更だが、武器を置いてこなくていいんだな。」と唐突にラックが言った。そういえばとみんなははっとした表情をしていた。確かに、みんな何の気なしに博物館やホテルまで持っていっても、何も文句は言われなかった。
「やっぱり、このホテルには何かありそうね。」とエリー。「何でそう思うの?」とジュナ。エリカノーラはアロマキャンドルの話をした。
「そうか…。何かおかしいな。警戒しながら行動をしよう。」とラック。あー、俺もこうやって指揮を執れればかっこいいのになぁ。
ディナーを終え、部屋でゆっくりしていた。姉はアロマキャンドルが気になるようで、あちこち探し始めた。
「あった。」と姉は呟いた。手には強烈な甘い匂いのアロマキャンドル。
「これが例のやつか……。エリー、ただ開けただけだよな?」ラックが訊くと彼女は頷いた。「匂いを嗅いだら意識を失ったって…?どんな香りなのかしら…。魔法も掛かってそうね。」姉は興味深そうに見ている。「持って帰ろ。ここじゃ道具がなくて研究出来ないわ。」
「危なくないか、それ!」咄嗟に叫んでしまった。
「一応…ね?戦闘にも使えるかもでしょ。」そう言って姉は鞄に仕舞った。
「さて!お風呂入ろっかなぁ!」突然ジュナが言い出した。
「そうね。夕食で程よくお腹も膨れたし。」とエリカノーラ。
「じゃ、ここから入ってこないでよ。」と姉が当然のように言う。
「え、何で。休憩スペースが…。」
「“何で?”じゃないわよ!裸を見られるじゃない!!」と姉に返された。
「そうよ!だっ、男子でしょ!」とジュナは大きな声で言う。
「ガネッタ、引き下がれ。300歳だろ。恥ずかしくないのか。」とラック。
「ラックに言われたら……。」俺は従うしかない。これだから俺は…。
「じゃ、行ってくるね!」とジュナは言い、そそくさと脱衣所に入っていった。
「あー!!俺の休憩スペースがぁぁ!」
3人が風呂から上がる前に、大剣の手入れをすることにした。拭いきれていなかったソファラの血がついている。こういうのがあると錆びやすくなるんだよなぁ。ラックも同じ様に短剣を拭いている。
「ガネッタのって大剣なんだよな?」とラック。
「あー、よく言われるんだよね。それ。」
確かに、俺の剣は大剣と呼ぶには小さいサイズだ。腰程までだから…食パンで例えるなら…6斤と半分程か。って、なんで全部食パンで例えてるんだ、俺は。
「これ大きさ変わるんだよな。」
「え、ええ?」ラックは混乱しているように見えた。俺は大剣の持ち手を持って、ラックに見せながら説明をした。
「ここ、真ん中にひし形っぽい赤い透明なのが埋まってるでしょ?」
「ああ…。」
「んで、大剣にしたいなぁーとかって思ったら魔力開放して剣に貯めるの。」
「はぁ…?」直ぐに理解が出来なくなったようだ。
「まぁ、そういう仕組みなの。最大で俺の身長の二倍くらいになるよ。軽くて済むから効率的でしょ。」
「よく分からないが…。次そうする機会があったら言ってくれ。」
「分かったよ。」と返事をしたが、次大剣を振る機会なんてあるのだろうか……と疑問に思った。
「ねぇ!ちょっと、このアロマキャンドルめっちゃいい匂いする!!」
ジュナが勢いよく、封鎖された休憩スペースから出てきた。頭にタオルを乗せているからまだ乾かしていないのだろう。そして、手に持っているのは……無害なやつか。
「だろ!えーと、何だっけ、花の名前。ゼナ…ゼナ…何だっけ?」「ゼナフィカよ。」とエリカノーラ。
「そうそう!それ!なんかいいんだよなぁ、それ。」俺が言うと姉が反応した。
「ゼナフィカね…。家の近くに咲いてたわ。」
「え?そうなのか?」
「そうね……。」と姉が寂しげに言った。
「どうしたの?」
「ん?ああ、ごめん。何でもないわ。」
俺はふと、姉の表情を見て胸が痛んだ。少し悲しそうに見えたからだ。でも、どうしてそんな風に見えたのか分からなかった。その花に何かエピソードがあったのかもしれないな…。ともかくこういうのは無理に訊かないほうがいい。そっとしておこう。「ゼナフィカってどんな花なんだ?」ラックが訊いた。
「…思い出したくもない。」と姉が答える。
風呂に入り、上がると俺はすぐに部屋に戻った。もちろん、大剣を磨きながらだ。まだ寝るには早い時間だが、やることもない。みんなもまだ寝る気はないようで、武器の手入れをしたり、アクセサリーを眺めていたりしている。
そういえば、部屋にある展示物を見ていなかった。俺は立ち上がってそこに向かった。
「何だこれ、すっげーな。」俺はつい声を出してしまった。
「ん、ガネッタどうした?」ラックが声をかけてきた。
「これ見てよ!」俺は興奮気味に答えた。
ラックとジュナとエリカノーラも集まってきた。
“◯◯◯とその武器”という展示物だった。展示の目玉らしく中央に置かれている大きなコーナーだ。この地方を納めるに相応しいような豪華なショーケースに入れられているのは、剣やナイフのような小型から、斧のような中型まで、あらゆる武器が飾られていた。
「これは凄いわね。」俺は武器を眺めていると、ジュナが食い入るように見ていた。
「これ……。」ジュナが指差しているのはナイフだった。刃は綺麗に磨かれ、柄には金箔か石かは分からないけど綺麗な模様が描かれている。普通のナイフとは違い、芸術品のように綺麗だなと思った。
「え…。」エリカノーラの動きが止まった。それと同時に、
「この読めなくなっているところって何かしら。」と姉が言った。
「さぁ…わかんないな。」
と俺は返す。“◯◯◯の武器”の展示物にある、読めないところがある。本当にその文字だけがほとんど消えていた。
エリカノーラはまだ一つのナイフだけを見つめている。
「どうしたんだ?また何かあったのか?」
とラックが声をかけた。
「これ……国の紋章なの。」とエリカノーラが信じられなそうに言った。
「国って、どこの?」ラックが問う。
「ワディオッタ王国のね。」ワディオッタ王国とは、一般的に中央都市と呼ばれる国だ。英雄達がアルター討伐を報告した由緒正しき王国でもある。
「なんでこんなものが…。」とジュナが言う。
「分からない……。でも、この武器に刻まれた紋章は本物ね……。真似出来るようなものじゃないわ……。」
「どういう事だ?」とラックが尋ねた。エリカノーラは少し考え込んでいたが、直ぐに口を開いた。
「暗殺事件があったの。50年程前にね。これは王家しか持てない、護身用のナイフね。」
とエリカノーラが言うと、
「そんなものがここに……。」ラックは唖然としていた。
「暗殺の被害者はワディオッタ王国の王子だった。」
「それは本当なのか?」俺は思わず聞いてしまった。あまりにも現実味のない話だったからだ。
「ますます読めないところが気になってきたわね…。」と姉。
「王子達の武器…とか?」とジュナは言うが、他の武器は見るからに安物そうなものや重すぎそうなものばかりだった。
「んー、違うかぁ。」そう言うジュナを見て、
「やっぱり……このナイフが気になるわね。」とエリカノーラは呟く。
「王家しか持てない、ねぇ…。」ラックが口を開く。
「ええ……。何か、とても嫌な予感がするわ……。」エリカノーラは不安な表情を浮かべていた。無理もないだろう。ワディオッタは他の国よりも位が高いとされている国で、警備もその分厳重だ。その王子が殺されたとしたら…自分も殺されそうだと一国の姫が感じるのは至って普通なことだと思う。
…守ってあげたい。何故かそんな感情が湧く。エリカノーラは十分に強いのに。想像の中でエリカノーラを襲う“それ”は自分にしか倒せない。そんな気もしてくる。
…“幼稚”。そこまで考えたところで、その言葉が現れて、思考を阻む。やはり俺は、その言葉がどうしても忘れられないようだ。
「どうしたの、ガネッタ?」姉の言葉で我に返る。
「え、ああ……いや。何でもないよ。」と俺は答えた。
「……そう?」と姉は不思議そうに首を傾げながら言うが、それ以上は追及してこなかった。
「んー……。」エリカノーラはまだナイフを眺めている。だが、考えても無駄だと思ったのか、「もう寝ましょ。」とだけ言って、トイレに向かっていった。
「そうだな……。夜更かししても意味ないし。」と俺は言って、就寝準備を始める。
「僕も寝るか。」とラックも応じた。ジュナも続くように大きなあくびをした。
みんなが眠りについたころ。俺は中々寝付けずにいた。色々なことが頭を巡る。
「こんな良いホテルで寝れるなんてとか思ってたのにな。」みんなを起こさないように呟く。
博物館に入ったところから思い出してみる。受け付けでエリカノーラが
ペンダントを見せて、美術品のポスターについて話して…。あ。姉の発言を思い出した。「武器を集める人もいる。」みたいなことを言っていた。
もし、あれがコレクターによって集められていたとしたら…。コレクターが集める方法といえば…。集められないものは…。
「そういうことか。」俺はベッドから起き上がる。
「みんなごめん。寝てるところ悪いんだけど、ちょっと聞いてくれない?」
「そうね。辻褄が合う。可能性はあるわね。」と姉から珍しく肯定的な言葉が返ってきた。
「つまり…。コレクターが私達の武器が欲しいから襲ってくるかもってことね。」とジュナが目をこすりながら言う。
「まぁ、可能性としては十分あるな。」とラックも同意する。
「でも何で武器を狙うの?」エリカノーラが疑問をぶつけた。
「英雄の子孫だから…とか?現に、俺の大剣は大分珍しい武器だからな。」
「でも、それだったら私の杖も狙われるんじゃないかしら。」とエリカノーラが言い返す。
「うーん、分からないけど……。取り敢えず、みんなは武器を持って寝るようにしよう。」と俺が提案すると、即座にジュナが「そうね……。」と答えた。
「それにしても……ガネッタはよくそんな考えに至ったな。」ラックが言った。俺はつい嬉しくなって自慢気に答える。「俺だって、長生きしてるんだから!」
…なんで寝れない?もう一時間は経っている。みんな各々の武器を持ってぐっすり寝ている。(ジュナはライフルが大き過ぎるし、壊れる心配があったからそうしていないが。)
暇で暇で、削除依頼リストを眺めていた。あ…こいつって…。
突然、鍵が開いた音がした。流石博物館のホテルだ。起きていなければ気付かない程の小さな音だった。
…何かが来る。そう本能的に感じた。
現れたのは藍色の上着に身を包み、顔も見えない人物だった。華奢な体つきだが、強者の貫禄が感じられた。
「誰だ?」俺はベッドの横に立て掛けてあった大剣を手に取り、構える。
「それ頂戴。」聞いたことのある声だ。俺はこの声に聞き覚えがあるような気がする。いや、絶対に聞いたことがあるはずだ。
「それは無理な話だ。」俺の言葉を聞いても、相手は黙っているだけだった。侵入者はゆっくりと上着を脱ぐ。…あの受付嬢だ。そしてリストに載っていたのと同じ笑みを浮かべたり
「珍しい大剣ね。」
「一目見ただけで大剣と分かるのは、相当この武器が欲しかったからだろう。何年追い求めた?」
「そうね…75年かしら。」
「お前、魔女か?」
「そうよ。魔女兼武器コレクターね。」
「武器コレクターだって?目的が分からないな。」
「珍しい武器を集めたいのよ。その大剣は特にね。」
「……やっぱり、コレクターは俺達の武器を欲しがってるのか……。」
「ええ。でも、正確には貴方の持つ大剣だけね。貴方は世界にたった1本しかないわ。魔力で大きさが変わるなんて魅力的過ぎるわ。」
この魔女は俺を殺すつもりはなく、自分用に欲しいだけなのだろう。でも俺は…
「殺す。お前を殺す。」
「なんで?剣一本くらいくれても良いじゃないの。しかも殺すまでしなくても…。」
「仕事だからな。俺の。」
「そう……残念ね。」受付嬢はくすりと笑いそう言った。
「覚悟は出来たか?」
俺は大剣を手に、魔女との距離を詰める。
「一つ聞きたいことがあるわ……貴方は正義の味方かしら?」魔女が尋ねてきた。俺は歩みを止めずに答える。
「いいや。魔王から依頼されてここにいるんだ。それが俺の正義だよ。」
「……つまらないわね。何?この肉体さえ死ねばいいの?」と彼女は両手を広げ、こちらを見る。
「そうだな。肉体さえ息絶えれば俺の仕事は終わりだ。」
「へえ。じゃ、相談しましょ。私は肉体を手放す。」
「は?」つまり…不戦勝が出来るってことか?
「私は逃げない。新たな肉体に乗り移るだけよ。体さえ死ねばいいなら、そう出来るわね。」
「流石魔女だな。」そう俺が言うと「どうも。」とだけ言って俺を手招きした。ホテルから出るようだ。
ホテルから少し歩くと森があり、その中に隠れるように古びた洋館があった。
「女の家に入るのは初めて?」
「変な言い方をするんじゃない。」
彼女は玄関の鍵を慣れた手つきで開け、「ちょっと待ちなさい。」と言い残し、奥の部屋に入っていった。
数分後、彼女は戻ってきた。
「準備が出来たわ。」彼女は奥の部屋に俺を案内した。
「この肉体はね。25年前に手に入れたものよ。変えるにはまだ早いけど…。薬草への抵抗力が弱いから、別にいいわ。」
彼女は大きな鳥籠のようなものを拾い上げ、鍵を開けた。中には5歳程の少女が入っていた。
「丁度いいのがいて良かったわ。」それだけ言うと、彼女は呪文のようなものを唱え始めた。少しすると彼女は倒れ、少女が喋り始めた。
「刺しなさい。」少し躊躇したが、倒れ込んだ彼女の心臓を貫いた。直後、弱い光が一瞬出たかと思うと宝箱が出現していた。
「これでいいの?」と彼女が訊いてきたので頷く。
「ああ、報酬は…っと。」中身は5万ゴールド程だ。
「少ないな。何年生きてきた?」
「ざっと…450年程。」
「俺より先輩だな。それじゃ、帰らせてもら…。」
途端、背後にとてつもない魔力を感じた。「どうしても欲しいんだな。」
俺は大剣を振りかぶり、魔女を斬りつけた。
5歳の少女はふわりとかわし、パン3つ程の大きさの杖を俺に向けた。…こんな小さな子に何をやってるんだろう。
一瞬、躊躇してしまった。その隙に、少女は杖から魔法陣を出し、何か呟いた。魔法陣からはレーザーのようなものが出て、俺の肩を掠った。それだけでかなり血が出ている。かなり強い技だ。手加減出来るような相手ではなさそうだ。俺は少女に向かって走り出し、大剣を振り下ろす。少女はまた避けたが…俺にはこの剣がある。剣に魔力を込め、大きさを変えた。この剣は、自分の魔力によって大きさを変える事が出来る。普段はただの剣のサイズだが、魔力を込めて大きくすると……。
グサッ、という肉を切り裂く音がした。
俺の剣が少女を貫いた。彼女の心臓を貫通したはずだ。
俺は血に染まった剣を引き抜く。少女はその場に崩れ落ちた。
……しまった。つい本気で殺してしまった。
目の前に強い光が出た。宝箱だ。
「…はぁ?」二度目なのになぜまた出てくるんだ。
宝箱を開けると…今回は10万ゴールド程だ。宝箱を回収する。さっきの宝箱もまだある。おかしい。二回報酬が貰えてしまったのか…?俺は二つの宝箱を抱えて館を出た。
ホテルに戻り、ベッドに倒れ込む。何故か眠りにつけた。
翌朝、目が覚めると、みんなが俺の顔を覗き込んでいた。
「な、何だよぉっ。」
「いや、宝箱が二つあるのってどういうこと?」とラックが不思議そうに訊いてきた。
……俺も知らない。俺が聞きたいくらいだ。昨日の話をみんなにするとやはり驚いた。
「二回貰うなんてこと出来るのね…。」と姉が言う。
「しかも受付嬢が襲ってくるなんてね…。」とジュナ。
「おかしいよな…。そんなこと出来る筈ない。」とラック。全員が黙り込む。俺は何も言えない。答えを知らないのだから。
「そもそも、魔王の目的って何だったんだろう。そこが重要な気がする。」とラックは言う。「魔女しか出来ない技よね。肉体を変えるなんて。」とジュナ。「ということは…。“抜け道”みたいな方法だったってことかもね。」とエリカノーラが結論を出した。起きたばかりで頭が働いていない僕は、ただ相槌を打つ他なかった。
朝食を食べ終えても、まだ眠い。一昨日から寝不足なのだ。ダメ元でみんなに訊いてみる。
「今日は休んでいい?」
みんなは驚いたが、すぐに笑みを零した。姉は「そうね。そりゃしっかり寝れた筈ないもの。休んでなさい。」と言い、みんなは博物館へと向かって行った。姉がいつもより笑っていた気がする……。
起きるともう昼だった。肩が上手く動かせない。エリカノーラが手当てをしてくれたのだろう。「昨日は怪我も忘れて寝ちゃったなぁ…。」少し後悔する。
そういえば前の街の図書館に“肉体と記憶の価値”という何ともスピリチュアルなタイトルの本があった。本の内容を要約するとこうだ。“肉体にも記憶はあり、肉体の価値は基本的に記憶の価値と一致する。だが、あまりにも長寿であったり、短命過ぎたりすると、そのバランスが崩れる。何故なら、記憶が多すぎたり、少なすぎたりするからだ。その為に死神が存在すると私は考えている。”というような内容だった。もしこれが、昨日の魔女の一件に関係するとしたら…。
俺の仮説はこうだ。魔女の削除報酬は15万ゴールド。そのうち、肉体は5万ゴールドで、記憶が10万ゴールドだった。魔女は記憶だけ新たな肉体に受け継いだ。だから、肉体分の5万ゴールドだけ受け取れた。その後、削除対象ではない、借り物の少女を殺したから記憶分の10万ゴールドを受け取れた。そういうことではないだろうか。
あそこにある展示物も、あの魔女が集めたものの一部なのかもしれない。そして、このホテル自体が罠だったのではないか?魔女は昨日も同じように犯行を行った。だとしたら、読めなくなっているところは“宿泊客”が入るのでは…。でもそれが宿泊客に伝わると警戒されるからわざと文字を消していた…。
この本に書かれている“死神”は俺達のことか?今まで倒してきたものは全て長寿なものばかりだった。
「暗殺者じゃなくて、死神代行?」
俺は、ふとそう呟いた。
魔王は記憶分の報酬を多く用意していた。つまり…記憶の方を早く削除してほしかった?
そこまで考えたところで、玄関の扉が開いた。みんなが帰ってきたようだ。っての「ランチまでついてるんだから。食べなきゃ損よ。」
と姉に無理矢理連れていかれた。
料理が運ばれる。姉の食べっぷりは相変わらずだ。
ランチを食べ終えた俺は、みんなに訊いてみた。
昨日、魔女が殺されたことについての推測を話した。みんなは真剣に聞いてくれた。
「さっき、死神代行って呟いてたけど、どういう意味?」
姉の地獄耳は今日も絶好調だ。
俺は図書館で読んだ本の内容から考えたことを話した。みんなは納得していた。
俺達はそのまま博物館に向かった。今日は美術品を見るようだ。
博物館には沢山の絵画や彫刻が飾られていた。
「あ…。」ラックが声を漏らす。視線の先には…あの紫色の宝石だ。今しか訊くチャンスはない。エリカノーラに話しかけた。エリカノーラは、「何?」とだけ言った。
「あの宝石何だけどさ…。狩人ジューカの耳飾りにも使われてる?あとエリーのペンダントにも。」
「ああ、これ?そうね。同じ宝石よ。」
「何で同じ宝石が使われているんだ?」
「何でって言われても…。んー…高貴さの象徴だったり…まあ、色々あるわね。」
「そうか……。」あまりにも簡単に説明が終わって、拍子抜けした。
「ま、ジューカの耳飾りは特別なものだったらしいけどね。」
そう言うとエリカノーラはまた、展示物を見始めた。
特別なものってなんだ?あの宝石にはまだ何か秘密があるのか…?
みんなは俺を置いて歩いていったから、俺は考えるのを止めてみんなに向かって走った。
「は〜、歩き疲れたぁ…。」
「今日は半日しか行動してないでしょ。腕にしか筋肉ついてないの?」
博物館を二日で一回りして、夕食も食べ終わった俺は本当に疲れた。なのに姉は凛とした顔で嫌味を言ってくる。どこにそんた体力があるんだよ、一体。
「なあ、明日は図書館に行かないか?」とラック。
「あー、そうね。図書館もあること、すっかり忘れていたわ。」とエリカノーラ。
「図書館も博物館と同じくらい広かったらどうしよう…。」とジュナが口元に手を当てながら言った。
「見たい本だけ見ればいいんじゃないか?」と俺が言うが、「でも…。」とジュナは語尾を濁らせた。「気の済むまで居ればいいわよ。」と姉。何か…俺にだけ当たり強くね?「あ、そうだ。」姉がパンと手を叩いた。「図書館を見終わったら、魔女の洋館に行かない?きっと、物凄い武器が揃ってるわよ。」
「…もし、そんな武器があっても俺らに価値が分かるか?」とラック。如何にも現実的な発言だ。
「エリーなら分かるんじゃ?だって、歴史とか詳しいでしょ?ね?」たジュナ。ちょっと押し付けがまし
くないか?
突然自分に話を振られてエリカノーラは、はっとした表情を見せていた。
「まあ…少しは…。」「なら決定!」とジュナ。少しも再考の余地を与えないのはどうかと思うが。
入浴の時間になり、今日は俺らが先に入ることになった。
「面倒くさいし、二人一緒に入ってきなよ。お風呂広いし。」
と姉。「そうだね。」と意外とあっさり承諾した。ラックにもプライバシーとかいう概念は存在しないのだろうか。
「さっさと上がってきなさいよ。」とエリカノーラが言うが、昨日は女子の方が時間かかっていたような…。(二人ではなく三人ということも加味して考えても。)
同じ男だとしても、やっぱり気恥ずかしい。なんでラックは平然としてるんだ!?
「昨日も思ったけど、ガネッタって意外と筋肉あるね。」
「いや、大剣使いが筋肉なくてどう戦うんだよ…。それはそうと早く洗ってくれ。」
「あ、ごめん……。」ラックはシャンプーを泡立てると俺の身体を洗い始めた。何か手つきが……いや、考えないでおこう。それからしばらくして頭を洗われる。力加減が丁度良いな〜なんて思ったり……って何考えてんだ俺!?
「はい、おしまい。次は僕の番。手抜いたら怒るからな。」
「えっ…あ、うん。」
「何、顔赤くしてんの?熱でもあるの?」そう言ってラックは俺の額に手を当てた。
「だ、大丈夫。」俺は慌ててラックから目線を外す。
「そう……ならいいけど……。」何か言いたげだな。どうせ下らないことだろ?いつもそうだ。
「何だよ……。」俺はラックを軽く睨む。
「いや……その、やっぱ恥ずい。」ラックは口をもごもごさせて言った。
「…安心した。俺が異常なのかと思った。」
「え、何言ってんの?」俺は自分の言動を思い返してみる。……あ、俺こいつと身体を洗うということ自体に照れていたような口調になってた……。
顔を赤くしたのは俺の方か。
「お前こそ、変な妄想してるじゃないのか?例えば、“ガネッタって意外と筋肉あるね。”」とかさ!」とからかって言ってみた。ラックは頬を紅潮させて慌てふためいた。面白い奴だな、意外と。
「ち、違うし!僕が想像してたのとは全然違う!誤解を招くような発言は止めてくれって!」
「分かったよ。ごめんごめん。」
ん?“僕が想像してたのとは全然違う!”だと?…やっぱりなんか考えてたな。
俺らが風呂から上がってくるなり姉が言った。
「あらら〜、何か楽しそうなことしてたみたいね?“誤解を招くような発言”とか聞こえちゃって〜?」姉はにやにやしながら俺らに近づいてきた。……そろそろ姉の耳を大剣で切り落としたくなってきた。
「い、いや……ガネッタが変な誤解を招くようなこと言うから……。」ラックは顔を真っ赤にして答えた。
「何よ。事実じゃない。」と姉は追い討ちをかけるように言う。
「否定しろよ!“俺が想像してたのとは全然違う!”って何だよ!」と俺はツッコミを入れる。
「まあ、事実だから仕方ないよね〜?」姉は目を細めて微笑んだ。
「事実じゃないし!さっきの全部はラックが言ってたことだから!」どうにか否定を続ける。
「ガネッタ、それさっき僕が言ったことまんまじゃないの?」とラック。隣から笑い声が聞こえてきた。ジュナだ。可笑しくてたまらなくなったようで腹を抱えて笑っている。姉も爆笑しだした。なんだよこれ……俺ってそんなに面白い?
俺は口を尖らせてベッドにダイブした。枕がぼふっ、と音を立てた。
「はいはい、拗ねないのー」そう言って姉は俺の頭を撫でた。だからガキ扱いするなって!俺は姉と同じでもう300歳だぞ!?
「大丈夫?」とジュナが心配してきてくれた。優しい奴だな……とか思ってしまった自分を殴りたい。こいつも俺を馬鹿にして笑っているのだろうから!
三人は浴室に向かっていった。エリカノーラが少し振り返ってくすりと笑った。あいつらめ…!許し難い…!
翌朝、朝食を食べ終えた俺らは図書館に向かう。「さあ、出発!」と姉がテンション高めに言う。
「いつもよりテンション高くなくないか?」と俺は訊いた。
「気のせいよ。」
多分、動きたくないだけだな。
「ねえ、ガネッタ。」
「何?」俺がそっけなく返すと姉は…。
「少しは成長したじゃないの。」と言い、そそくさと前へ進んでいった。
「は…?」唐突にそう言われても…。まあ良いか。俺も進化し続けてるってことが認められたようで…何だか晴れがましい。そんな気分になった。
[三話 エリカノーラ・グラーヴァ〜自由の庭に触れたなら〜]
私達は図書館に向かった。そこには壁一面を覆うような本棚達が。上の方にある本を取るには飛行魔法か梯子を使わなければ取れない程。しかも、その大きさのものが列をつくるようにして並んでいるのだから更に驚かされる。
「城にも同じくらいの図書館が欲しいわね。」
「どんだけ費用かかると思ってるの…?」とフローライ。
「いいじゃない。夢があるでしょ?」
「正気なの?」ガネッタまでそう言う。
「庶民には分からないでしょうね。それよりも、国に尽くすことって案外難しいのよ?」
「へー。」とガネッタは興味なさそうに答える。
「国の財政って大変なんだからな
。」とラック。
「大袈裟な……。」とガネッタは少し不機嫌そうに言った。
「じゃあ、貴方達の給料は誰が出していると思っているの?」私は反撃に出た。
「王様が国を支えているように、私達庶民も頑張ってるんだからねっ!」ジュナも反論に出る。
「はいはい、もうそこら辺にしろ。時間が勿体ない。」とラック。
「そうね。ここにしか無い魔導書もあると思うし。行ってくるわ。」と言い残し、フローライは何処かに飛行魔法で飛んでいった。やっぱり体を動かしたくないのね。
各自好きな本を読み始めた。そろそろ私も、珍しい魔導書でも取りに行きましょう。飛行魔法で少し飛ぶと皆が本を読んでいる様子がよく見えた。
あら、ラックが暇してるわね。
それじゃあついでに、ラックが読みたそうな本も見繕ってきましょ。
本棚と本棚の間を飛ぶと、何だか沈没船の中を泳ぐ魚になった気分になる。
飛んでいる間に会った図書館の人に教えてもらった通りに進むと、一際厚い本が並べられる本棚があった。私は本棚にある本の題名を一つ一つ確認していくことにした。
私はある本を見つけた。タイトルは“黒の魔法”。いかにも強そうな名前ね。
私は手に取って本を開いた。ページには大掛かりな魔法陣や怪しげな呪文が記されている。この魔法、使ったら死ぬ……と直感的に思った。でも、これだけ強力な魔法なら色んな用途に応用が利くんじゃないかしら?
「あ、こっちは…?」
その本があった隣には対を成すように“白の魔法”というタイトルの本が。こっちは回復や浄化とか、そういった類の魔法かしら。
ここに載っている魔法は使用者の魔力の大きさによって威力が変化することがわかった。
「ふぅん、面白そうじゃないの。」
私は二冊の厚い本をしっかり持って、下降して床に降り立った。
もう一つのお目当ての本はここら辺に…あった。“魔法系職業の基本・発展”。著者は魔法剣士ロイド。英雄の一人だ。
「ラックが読みたそうなのって、この位しかないわね。」
「はい、ラック。」と言い。一冊の本を目の前に置く。「ありがと。」とラック。
早速、ラックは本を開き始めた。私も持ってきた本を開く。魔法剣士ロイドは英雄の一人にして、魔法系職業を確立した功績もある。彼が残した功績は大きい。
「ラックって、魔法剣士ロイドがどんな人だったのかとか、考えたことある?」
「もちろんあるさ。」ラックは本を開こうとする手を止めて答えた。
「だって、祖先だよ?」「それもそうね。」周りの目を気にして、小声で話す。
私達は本を読み始めた。
「具体的にはどんな?」これで話が終わるのは何だか味気ないから、もう一度話しかけてしまった。
「うーん、意外と弱かったとか?」予想外の答えが返ってきて、思わず激しくまばたきをした。
「え、何でそう思うの?英雄よ?」
「ま……まあそうだけど……。」
「“アルター討伐紀”を何度読んでも、出番が明らかに少ないんだよなぁ。実力がなかったんじゃないかって。」とラックは残念そうに言う。
「…もしかして、原本見たこと無い?」
「原本…!?直筆のか…!?」
「そうだけど。」
“オーサー討伐紀”は300年前に英雄が当時のワディオッタ国王に命じられ、たった三日間で書き上げた冒険譚だ。時間が無かったようで、所々殴り書きになっている。その為、どうしても解読不可能な文は複製版ではカットされ、矛盾がないように推測で埋められている。解読不可能って言っても人によっては読めるけど。そういえば、原本は一般公開されてないんだった。
「じゃあ、原本にはロイドはどんな活躍をしたって書いてあったんだ?」ラックは興味津々に訊いてくる。
「ラックの言う通り、出番は少なかったわ。でも…他のみんなのカバーに徹していたわ。」私は少し誇らしげに答えた。
「それだけなんだ……。」ラックは少し残念そうに言った。
「え?どういう意味?」私は意味が分からなくて聞き返す。
「……いや、何でもないよ。」と言って彼は笑った。もっと凄いことが書かれていると期待していたのだろうか。「そう……。私はね、出番があるかどうかが大事と思っていないわ。少しは功名は欲しいけどね。」
「エリーは国王に適任だな。」そうとだけ言って、視線を本に落とした。
それから私達は日が暮れるまで読書に没頭した。ふと、窓の外を見ると空が赤くなっていて、鳥の影が縦長の窓に落ちている。
「そろそろ帰りましょ。」私は皆にそう言った。
借りた本を抱えて、出口に向かおうとした時。声をかけられた。
「おや?エリカノーラ王女ではないですか!?」私はビクッと肩を震わせて立ち止まってしまった。バレる。今ここでバレたら、皆の努力が水の泡になってしまう。私は無視して声の主から離れるために歩き始めた。「ちょっと、無視ですか?」声の主は私を追いかけてくる。
「ディープスモーク。」私は呪文を呟く。前から歩いてきたフローライは状況をすぐに理解し、声の主に魔法を掛けた。
「……え?エリカノーラ王女?待って下さっ…なに、これ…。動けない…。」
フローライは頷き、私に逃げることを促した。
足早に図書館を後にし、部屋に逃げ帰った。
「ここならもう安心ね…。」まさかバレるなんて。いえ、それもそうね。世界博物図書館なのだから、一人くらい王族や貴族の顔見知りくらいいるものよね。今まで会わなかったことがむしろ奇跡よ。
「はぁーっ。これからどうしよう。」大きなため息を吐き、座っている体制からベッドに倒れる。私がエリカノーラ王女なのかということは曖昧にして逃げてきたが、魔王が指名手配する程重要だから、いつ追手が来てもおかしくない。
しばらくすると、みんなが戻ってきた。
「あの後逃げ切れたみたいね。良かったわ。」とフローライ。
「久しぶりに焦ったわ。」
「そういえば、ここってどこなの?」とジュナ。するとフローライが答えてくれた。
「現在地、世界博物図書館はね…。んーと、魔法の森の南西の辺り…ここね。」持参してきた地図を広げて、真ん中辺りを指さした。「へえー!よく地図読めるね!私全然分かんない。」とジュナ。
「俺らをは魔王城から来て、魔法の森、小さな街に行ってからここに来たんだな!」とガネッタ。
「そうね。私達は今、魔王城から離れないと捕まる危険性があるから南東から遠ざかるように進んでるって訳ね。」
「そうね。それじゃあ、次の行き先も決めちゃいましょ。」とフローライが言う。「そういえば、魔女の洋館に行くって話は?」とラック。
「あ、忘れていたわ。そこでいいんじゃないかしら。さっきの件の熱りが冷めるまで隠れてましょ。」と私。
「じゃあ、次の行先は魔女の洋館ね!早速出発しましょ!」ジュナはそう言って立ち上がった。
「あら、もうこんな時間なの?早いわね。」と私。
「じゃあ、明日はホテルを出て洋館に向おう!」
「そうだな。」とラック。
こうして、私達は魔女の洋館に向かうことになった。
翌朝、ホテルを出て洋館の方向に歩き始めた。私達と入れ替わるようにして、恐らく魔王の追手であろうものたちがホテルに入っていった。
「危なかったね。」とガネッタが耳打ちしてきた。
私達は更に歩いて、洋館に到着した。ガネッタは「ちょっと待って!」といきなり言った。
「どうしたの。」とその姉。
「臭いかもしれないから、気をつけてね。死体を放置してきちゃったんだ…。」
そう言ってガネッタは洋館の門を開けて入っていった。皆もそれに続くように入っていく。
玄関を開けるとすぐに悪臭が立ち込めた。「うっ。」と私は後ずさった。
「エリーは外で待ってて、僕らが片付けるから。」そうラックが言ってくれたので、私はお言葉に甘えて洋館の庭の手入れをした。
手入れをしているとフローライがどこからか、氷っぽい幻獣を連れてきていた。きっとあの幻獣で魔女の死体を凍らすのだろう。
この庭には様々な魔法植物が植えられていて、その中にはゼナフィカもあった。ゼナフィカは中心のしべが黄金色で、花びらは内側から5枚、10枚、15枚と5づつ増える花だ。色は地域によって違い、世界の中心から白、黒、赤、青、黄と色が違う。中には緑もあるという。
「白いゼナフィカって、見たこと無いな。確か一本しかないんだっけ。」
庭にあるのは赤、青、黄だけだった。この花の効能は願いが叶いやすくなる。そして、一本辺りの魔力が高い。
「ゼナフィカね…。何か他にも秘密がありそう。」
掃除が終わったようで、私をラックが呼びに来た。洋館内は厳かで静かな雰囲気に包まれていた。私はその雰囲気を壊さぬように、ゆっくりと階段を上る。
「大分古い洋館ね…。雰囲気がすてきっっ…!?」
ガネッタが窓を開けた途端、突風が私の顔に直撃した。
「わ!?ごめん!いきなり窓開けちゃった!」ガネッタがすぐさま謝罪する。
「いや、いいわよ。」乱れた髪を手で戻しながら私は言った。
「今日はあまり風が無いと思ってたから、油断してたなぁ……。」とガネッタ。
「そうね。」私はガネッタが開けた窓から庭を眺めた。
「いい眺めね。」私がそう言うと、ガネッタは少し息をのみ、上ずった声で、「だね。」とだけ言った。
「一階に集まれ〜。」とラックが大声で呼ぶ。
「じゃあ、行こうか。」ガネッタはさっきのんだ息を吐き出すように言った。
「で、何の用?」とフローライ。
「もちろん、部屋割りに決まってんだろ。」とラック。
「え、部屋割り!?」ジュナが嬉しそうに言う。
「あ、でもこの洋館は2階建てで部屋結構あるから自由に決めれるね。」とガネッタが言った。
「へえー、そうなんだ!じゃあさ!皆でパーティーも出来そう!」ジュナはそう言って私に微笑みかけた。私達はパーティーをまだしていないので、今度してみるのもいいかもしれないわね。
「そうね。」私は笑って返した。
「部屋っていっても、日当たりも家具の配置も何もわからないんじゃ、決められないなぁ…。」とガネッタ。
「それじゃあ、全部の部屋を一旦見て回りましょ。」私が提案すると、みんなは賛成してくれた。昼食を
軽く済ませ、洋館内を回り始めた。
一階には広々としたキッチンと食卓、高級そうなソファーが置いてあるリビング、魔法植物の為のサンルーム、対を成すようにキノコを栽培する暗室、小綺麗なバスルームがあった。それ以外の南向きの部屋が7つ、北向きの部屋が9つあったが、その半数以上は収集したであろう武器が所狭しと並べられていた。
中央にある階段を上がり、二階に行くと、世界博物図書館程てはないが沢山の本が置かれた書斎、魔女の為だけであったであろう豪華な寝室、ドレッシングルームがある。そして南向きの部屋が5つ、北向きの部屋が6つあった。二階はほぼ大部屋で、パーティをするにはうってつけだ。南向きの部屋は日差しが眩しすぎて、読書には向かない。北向きの部屋は日当たりがとても悪い。
一階に戻り、早い者勝ちで近い部屋から順に決めていくことにした。
最初に部屋が決まったのはジュナだった。それに続いて、皆も次々と部屋を決めていく。私は武器の価値を見極める為と読書の為に、一階の南向きの部屋に決めた。日差しの問題はカーテンを少し閉めれば問題はない。
最終的に、ジュナが二階の南、フローライが一階のサンルームの隣、ガネッタは書斎に近い北向きの部屋でラックは南向きの階段に近い部屋になった。
こうしてそれぞれが好きな部屋を好きなように使っていくことになった。
私が武器を片っ端から見ていると、ジュナが申し訳無さそうに話しかけてきた。
「あのさ…、ほんとに価値分かるの?この前は雰囲気で押し付けちゃったけど…。」
目が随分と泳いでいた。
「グラーヴァ家の教育舐めないでよね。」私は誇らしげに言った。
「え…舐めたくないよ。汚くはないと思うけど。」
「はぁ…大船に乗った気で、私に任せなさい。」
「大船だって沈むときは沈むじゃん。」とジュナがすかさず返す。
「呆れた。もう黙って見てなさい。」
「そんなこと言わないで〜。」と言って私に抱きついてきた。なんだか馬鹿にされているような気がしたが、まあいいか……と思い諦めた。
作業に没頭しすぎて、夕方になっていることにすら気付かなかった。「あら、もうこんな時間なの?早いわね。」ジュナはいつの間にか部屋からいなくなっていた。
「気分転換に庭に行きましょ。」
庭に出て、思う存分伸びをする。
「…っはぁ。懐かしいわ。この感覚。」
色とりどりのゼナフィカが、風が吹く度にゆらゆら揺れ、私の髪もそれと共鳴するように揺らめいた。
「あの頃に戻ったみたい。」
私の頭に在りし日の情景が蘇る。
使用人の手を振りほどき、広大な庭をたった一人で走った。あのときは、それだけで最上の自由を感じた。初めてみる蝶を見つけたときも凄く興奮してたっけ。
「今の方が自由ね。」私は…いえ、あたしは髪留めを取った。いつしか一人称まで矯正させられていたわ。一人のときくらい好きにしていいでしょ。
また風が吹く。火照る目頭を冷たい風が冷ましていく。泣いても良いかしら。…いいわよね。
涙が出てくる。何の涙なのかも分からない。ただ何年も溜め込まれた涙はそう止まるものでは無かった。誰も来ないはずだと思えたから、あたしは泣き続けられた。
「自由って、一番の贅沢品なのね。」
庶民には当たり前のように思えるのかもしれないけど、あたしにとっては特別なもの。
「おーい!エリー!今暇か?」とガネッタの呼ぶ声。
「ええ。どうしたのかしら?」と涙を拭いて振り返った。ガネッタは不思議そうにこちらを見ていた。きっと誰かさんに似て、嘘が下手なのだろう。私が無理に笑っていることを分かっているようだった。
「俺の事は気にしないで、楽にしてていいんだよ。ここじゃ身分なんて関係ないさ。」
そう言ってガネッタは私の背中をそっとさすった。優しいのね……。でも、 背中をさすられると余計に涙が溢れてきそうになるからやめて欲しかった。それでも、しばらくそのままにしていると涙もだいぶ引いてきた。
ガネッタは私にハンカチを渡してくれたので、それを使って涙を拭いた。すると今度は鼻水が出てきてしまったので、自分の方を使うことにした。ちょっと恥ずかしいわね……。それから、彼なりの優しさなのだろう。数分間無言で隣を歩いてくれた。
窓の外から眺める洋館は夕暮れ時ともあって少し神秘的な雰囲気があった。とても静かで穏やかな時間が流れているように感じたのだ。
そろそろ夕食の時間だ。私達は洋館に戻ることにした。
食卓では、ガネッタが凄い勢いで食事を搔き込んでいた。フローライはそれを宥めるように「そんなに食べてどうするの。」とそっけなく言った。ジュナは次々と料理を口に入れていくガネッタを少し引いた目で見つめていたが、フローライに話しかけられて自然と笑顔になった。
ラックは食事中も読書をしていたようだったので、ジュナに小突かれて本を取り上げられた。
「なにすんだよ。」「あれだけ私に口うるさく言って来たのに、自分だけそうするなんて不公平よ。」ジュナが珍しく反抗した。
「あーい、分かりましたよ。」とラックは面倒くさそうに言った後、読書を辞めたようだった。
食事も終わりに近づいた頃、フローライが口を開いた。「あの……。」皆の視線が彼女に向く。「…栄養バランス偏ってるんじゃないかなって。」フローライはそれだけ言って、また食べ始めた。
「そうだね、私もそう思う。」ジュナは明るくそう言った。
「明日からはもう少し野菜を多く入れたメニューにしましょうかね。」と私が言うと、皆から喜びの声が漏れたのだった。夕食を終えた後は、お風呂に入ることになった。「順番どうしよ。」とジュナが聞いてくる。
「早い者勝ちでいいんじゃないの?」と私が言うと、
「それじゃあ、最初がいい人手あげて!」ジュナが元気に言ったので、私は反射的に一番早くに手をあげてしまった。あ……ちょっと恥ずかしいわね。するとすぐにラックの手が挙がった。皆も次にどんどん手を挙げていき結局私から時計回りで入ることになったのだ。
浴室に入ると、意外と広くてびっくりする。
「一人ってサイコー…!」声を押し殺しながら叫ぶ。万が一みんなに聞かれたら恥ずかしくてそこら中走り回ってしまう気がする。ああ、髪を結ぶのを忘れてた。
「何か言った?」すりガラスの向こうからフローライの声が聞こえた。
「わっ…!?」驚いた拍子に髪ゴムが飛んていってしまった。急いで拾う。
「ごめん……、大丈夫だった?」フローライは申し訳なさそうに言った。その一瞬の隙に扉が開いた。私はあわてて腕で前を隠した。
「あ、ごめん!反射で…。お風呂で髪ほどくなんて珍しいね。」と言って恥ずかしそうにすぐに扉を閉める音がした。「あ、いやそういう訳じゃ…。」弁解する間もなくガラス戸の前から彼女は消えていた。「なんだったのよ……。」私はひとり呟き、ため息をついて湯船に浸かった。
お風呂から上がって武器の選別作業に戻る。
「むむ…これは…。」私はとある杖を手に取った。その杖は先端に大きな水晶玉がついていて、柄の部分には華やかさの欠片もない乱雑な模様と刻印が刻まれていた。
「この水晶玉…中身が空洞。ということは…。」突然ドアが開き、フローライがはいってきた。
「何か見つけたようね。ちょっと貸して。」流石は地獄耳のフローライだ。
「どうぞ。」フローライは少し水晶玉を触ったあと、私を向いて言った。「これは、使用者の魔力を吸い取って魔力に変換して放出するタイプの杖ね……。持ってみて違和感を感じなかった?」「ええ……とても魔力を吸われてる感じがするわ。」と私は正直に答えた。
「ここまで強力だと、使用者自身の魔力を全て吸い取られると思うわ。そして、その使用者は…。」
「幻獣使いシャロン。」私達は珍しく、同じことを口にした。
英雄達の一人、幻獣使いシャロン。
オーサーの攻撃の的となり、魔力が溜められなくなったため、杖に溜めるということを魔法の歴史上初めて行ったと言われている。
英雄達の中で唯一、戦闘中に命を落とした人だ。そして何より、フローライの母である。死ぬ直前にフローライとガネッタを産み、そのまま死んでしまった悲劇の人でもある。
「こんなところで母の痕跡に出会えるなんてね…。」
フローライは感慨深そうに言った。
「どこにあったの?」彼女が尋ねる。「一際目立つショーケースに。」
「そう…。魔女も丁寧に保管してくれていたのね。そのくらいは感謝しないと。」
「そうね……。で、この杖どうする?」私が聞くと彼女はしばらく考え込む。
「ここじゃないどこかに運び出したいところだけど…。まだいいわ。頑張って。」そう言ってフローライはドアを閉めた。
翌朝、朝食を食べに行くとこれまでとは違う食材達が並べられていた。
「よく集められたわね…。」
と私が感心していると、フローライとガネッタとジュナは満更でもない顔をしていた。三人が一生懸命探してくれたようだ。
頂きますと言ってそれぞれが好きな食材を皿に盛る。
私が魔法の森で集めた果物のジャムも並べられていた。
私が気になったのは目玉焼きだ。
「どうした?」とラックが声をかけてきた。
「いや…美味しそうね。それ。」ラックは少し笑った。
「なんか…意外かも。王女なんていうからもっと良い物食べてると思ってたから。」
「庶民的な物でも、美味しい物は美味しいの。」そう言って、目玉焼きを掴んで食べようとしたが、つるりとフォークを滑って反対になってしまった。おまけに黄身がとろりと皿に広がっていく。
「あっちゃー。」とジュナは私の皿を覗き込んできた。ラックはそれを見て、何か考えているようだった。
「今から変なこというけど…。目玉焼きって世界みたいだな。」
「へぁ?」ラックが言ったことがあまりにも突飛なことだったので、ガネッタはよく分からない声を出した。
「んーと…、卵があって、フライパンがあって、それで焼くと目玉焼きが出来上がる。卵は孵化とかそういう意味で。フライパンは料理する為のもの。で、その二つが揃ってないと目玉焼きは出来ない。世界も同じで…全く同じ物なんて一つもないってこと?」
ジュナはなんとか自己流の解釈を口にした。
「なるほど、そんな考え方もあるな。でも、僕の考え方は…。光と陰だ。」みんなの視線がラックに向く。
「この目玉焼きは本来はひっくり返らないはずだった。だが、ひっくり返ってしまった。表面は光、裏面が陰とするならば。陰が見えたとき、光は潰される。黄身みたいにな。そして…もう元には戻らない。光と陰の境目はきっぱりと分かれている。な、世界は残酷だろ。」
「そうね。」私は頷いた。
「目玉焼き一つで大袈裟だって!」ガネッタが笑う。
「卵一つでも、一つの命になるはずだったのだから。そのくらいの議論の余地はあるのじゃない?」とフローライが反論した。
「みんなはどう考えたの?」ジュナは目を輝かせながらそう言った。
「私はほぼ今言った通りね。卵と命と世界は同じくらい重い。ジュナとかぶるけど、一つとして同じものもない、ってところね。」
「俺は…。大事なところの方が脆いって思う。ほら、黄身って目玉焼きで一番重要だろ?その次に白身。あんまり好きな人がいないのは焦げてるところ。でも、黄身ってすぐに潰れちゃうし、白身も黄身よりは硬いけど柔らかい方だよな。裏側は必要とされていないのに頑丈……みたいな。」
「ふーん、ガネッタにしては考えたわね。」
「いちいち馬鹿にしないでよ、ライ姉。…エリーは?どう考えたんだ?」
「あ、えーと…。私は、目玉焼きは最終的には潰れるってことかなぁ…って。」
「どういうことだ?」ラックが不思議そうにこちらを見る。
「食べるときに目玉焼きを潰さずに食べるなんて不可能じゃない?口までは出来るけど、喉はそのままじゃ通れない。最後は胃の中で溶ける。捨てられても、腐って原型はなくなる。つまり…行き着く先は同じ、“無”だと思う。」
「確かに……。でも、無には違いないが、無に辿り着くまでに様々な過程があるんじゃないかな。」とガネッタ。
「どんな過程を経るにせよ最後に行き着くのは無なのね……。」とフローライ。
「そう言うことだな……。」とラックは静かに言った。
「でも、もったいないから食べるわ。」と私は潰れた目玉焼きを口に入れた。
朝食を食べ終え、庭に出た。そして花壇に近寄りゼナフィカの花に触れる。
「蝶になったみたい。」城にいるときは、こんなことを言うと使用人が慌てて私の手を花から離そうとしてきた。怪我をしないようにって、自由なことはさせてくれなかった。
王女ではなかったら。私の面倒をいちいち見る使用人なんていなくて、もっと自由だったんだろうなぁと今でも思う。
もう、そうする人は私には必要ない。だって、危険と自由を知ったから。このまま、日の目を見ない生活を続けたい。心からそう思った。
[四話 フローライ・ローザント〜聞こえぬ来訪者の足音〜]
私達は魔女の洋館での生活を2週間程続けた頃、私はサンルームで二匹の幻獣にトレーニングをさせていた。ユラは魔法の扱いに慣れているが、ファングは全然だった。抑々、幻獣と普通の動物の決定的な違いは魔法が使えるか使えないか、だ。
フォレストキングの魔法が使えなくなったグループはフォレストコラップスと呼ばれる。簡単に言うと、“幻獣崩れ”と言うに等しい。幻獣使いとしては、勿論その個体が魔法が使えないと使役するメリットは半減するのだ。だから、何としてでも魔法を覚えさせなければならない。
「いい、ファング?魔法が使えないと、あなたは駄目なの。前で戦わせられない。」
「クゥーン……。」と彼は鳴いた。
「なあに?」私はしゃがみ込んで彼の目を見た。すると、彼の尻尾が下がり、私の手に当たる。彼が悲しいときにする仕草だ。
「気持ちは分かるわ、私も昔そうだったもの。」と私は言って、彼の頭を撫でる。
「でも、早く出来るようになって貰わないと困るのよ。」
ファングは最近は何時にも増して元気がない。
「ま、いいか……今日はやめておくわ。」と言って私は立ち上がる。
すると彼は驚いた顔で私の顔を見上げた。
「どうしたの?あなたが魔法を覚えるまで待ってるほど暇じゃないわよ。今出来る魔法を頑張りなさい。」と私は淡々と言った。これまで、朝から日没まで出来るのを待っていたが、流石に時間が勿体ない。部屋で魔導書でも読んでいよう。
「さ、ユラ。おいで。」
「昼には戻るわ。」と私は言って部屋に帰った。
部屋でしばらく魔導書を読んでいると、カーペットの上で寝ていたユラが起き上がってソファーに乗り、窓の外を見た。
「どうしたの?」窓の外にはいつもの四人が庭で寛いでいた。何か話しているようだが、上手く聞こえない。
それを確認したかのようにそこから降りた。また寝るのかと思ったが違った。ユラは魔法を使って、人の姿になった。イグナイトフォックスの毛色と同じ髪色をしていて、服はどこから出てきたのだろうか。黄色のワンピースを着ていた。
「え………。」私は絶句した。そんな姿を初めて見せたからだ。
「いつも面倒見てくれてありがとね。私の名前はユラ…昔からね。私にユラと名付け直したのは心底驚いたわ。人間って時代が変わっても、思考回路は同じのようね。」
「え、ええ…。」突然、流暢に言葉を話し始めて自分はどうすべきなのか分からず、返事をする他なかった。
「310年前はごめんなさいね。貴方の母の家を燃やしたのは私よ。」
「そうなんですか…。」と私は答えた。そんな事実があったとは。だが、動揺のあまり言葉を続けられなかった。
「つまり…私の方が長く生きているってことよ。」
「だから他の個体より一回り大きいの。」と彼女は悪戯な笑みを浮かべた。
「急にどうなさったんですか?」と自然と敬語になる。「どうなさったって…。今この洋館には貴方以外人がいないから好都合だっただけよ。大きな声をだして騒がれたら溜まったもんじゃないわ。あ、敬語使わないで。自然に接して。」そう言ったのも束の間、彼女は魔法を解いて、元の姿に戻った。
昼にサンルームに戻ると、ファングはぐったりしていた。
「ど、どうしたの!?」私は思わず駆け寄った。ユラはファングを甘咬みして部屋に連れて行った。
また、人の姿に戻って言った。
「魔法が使えたのでしょう。初めて使えて、喜んで、魔力切れになるまで使いまくったのね。」
「本当ね…魔力がほとんど残っていない。」と言って私はファングの頭を撫でる。
「暫くしたら起きるわ。その時にファングにも人化の魔法を教えましょう。」
夜になっても、ファングは起きなかった。だが、冷たくなっている訳ではなく、逆に熱すぎる程だった。「これは一体どういうことなの……?」と私はユラに尋ねた。
「はぁ…魔法熱ね。」ユラは淡々と答えた。
「魔法熱?それって?」ユラは驚いたように耳を動かした。完全な人化はしていないようだ。もふもふの狐の耳と肌が出ている。
「魔法熱は…そうね…。極度の魔力不足に長時間陥った結果、自然から発生する魔力に蝕まれる、魔法初心者がなりやすい症状ね。何れ治るから待ちましょ。」
「ふぅん……。随分詳しいのね。」
「恥ずかしながら、私も昔なったことがあるからね。」ユラは照れくさそうな顔をした。
次の日もファングは起きなかった。私とユラはサンルームでゆっくりすることにした。
「あそこまで酷い魔法熱は見たことがないわ。」とユラ。もうこの光景にも慣れてきた。「次の日も起きないって、相当のことなの?」
「ええ。それと、初心者は魔法熱になった方が上達が早いとか。」
へえ、とだけ答え、私は魔導書に目を落とす。
「ねえ、フローライ。」
「なに?」と私は彼女に視線を移す。
「私のこと恨んでないの?母親の家を燃やしたって言ったのに。もし、あのとき家があったなら、冒険には行かず、死ぬ未来は無かったと思うけど。」
「そうね。昔のことだもの。それに、冒険に行かなければ私は今、ここにいない。剣士トーマ…父と会う未来も無いわ。」
「何故私が家を燃やさないといけなかったのか…。知りたい?」
「折角だし、聞かせて貰いましょう。」
ユラは目を閉じ、ゆっくりと話し始めた。
「私達、イグナイトフォックス…及び、幻獣達はオーサーに創られた。理由は、人物…キャラクターの削除或いは行動の修正に使用された。簡単に言うと、今の貴方達みたいなものね。」
「え…。」
「そして、私はオーサーに操られるようにして火を放った。本来、シャロンも死ぬ筈だったの。でも…その母親が必死で止めてきた。幻獣の言葉が分かるようでね。恐らく、母親も幻獣だったんじゃと私は考えているわ。」
「シャロンは何故助かったの?」
「知らないわ。……でも、それで運命が大きく変わったのでしょうね。」ユラはそのことを何とも思っていないように言った。
暫く沈黙が続いた後、彼女は口を開いた。
「オーサーはキャラクターの言動を最優先に考えていた。それは確実じゃない?仲間が幾ら死のうと、言動の修正は止まることを知らなかった。」
「そう…。オーサーの事について、もっと情報を集めておいた方がいいかも。何かまだ見落としている情報がある気がする…。あ。」
「どうかした?」
サンルームのガラスの向こうに見慣れぬ人が三人いるのが見えた。
「警戒した方が良さそうね。戻るわよ。」ユラは幻獣の姿で部屋の中に戻っていった。私も後に続く。
「おい、向かって来るぞ…。」ラックは小声で私達に伝えた。
さっきまで外にいた四人はあっという間に洋館内に戻ってきたようだ。
「どうする、おにーちゃん?迎え撃ったほうが安全じゃ…。」ジュナはは心配そうに兄の顔を覗き込んでいる。
「魔王の追手である可能性は大きい。でも、万が一ただの旅人だったら、僕達は余計な罪を重ねることになる。そうだろ?」
「そうね。勘違いで殺したとなると、国民に合わせる顔が無いわね。」とエリー。
「なるべく不自然じゃない行動をしよう。」とラックは言った。
「分かった。」ガネッタも納得したようだ。
暫くすると、玄関の扉をノックする音が聞こえた。そして、彼等が玄関に入ってくる気配がした。足音はしなかった。余程慎重に足を踏み入れたのだろう。
ラックは扉を開いた。彼等は私達を見て驚いた様子だったが、直ぐに冷静さを取り戻して話し始めた。
「本当に会えるとは…!“300年目の勇者達”って貴方達のことですよね!」まずい、身元がバレてる。ここは…、拘束だけしましょう。
「ボディ・コントロール。」
「ぐっ…体が動かない……?」一人は驚いた様子を見せた。
「アンタ、いきなり何するのよ!?」と一人が怒鳴った。
「これは、間違い無いですね。」と一人は落ち着き払った様子だった。
「誰だ。」ラックは落ち着いた様子で言った。
「僕達は…信じて貰えないかもしれませんが…。貴方達を助けに来ました!」
と一人が言うと、残りの二人が続けて言った。
「あの忌まわしき魔王を討伐してくださって、本当にみんな感謝しているんです。」
「クソみてぇな魔法使いやがって!こっちは味方なんだよ!」
「もう少し待ってなさい。まだ訊きたいことがあるわ。…どこから来たの?」
「マニスアーラという街です。かつて魔王の迫害を受けた人々が暮らしています。」
「博物館のアレじゃない?」と弟が耳打ちしてきた。あの人々の末裔達が暮らしている…ということか。
「辻褄は合うわね。拘束を解いてあげていいんじゃ?」とエリー。
「ええ。」と言って私は魔法を解除した。
「まだ僕等は貴方達を信用していないので、行動には気を付けてくださいね。」
「ええ、勿論です。」
「では、貴方達がどういう目的でここに訪れたのか聞かせて貰える?」と私は尋ねた。
「はい。僕達はマニスアーラの町長に頼まれて此処へ来ました。内容は“300年目の勇者達”と合流し、彼等に力を貸して欲しいというものでした。そして、長い道のりを経てようやく合流出来たって訳です…。」
「成る程ね…。」
「もう限界です…。」と三人の内の一人が落ち着き払った様子のまま倒れ込んだ。
「え、あ、ちょ……。大丈夫ですか?」とジュナは動揺の声を上げた。
「大体事情は分かったし、中に入れていいかな?」
とジュナは言った。
ジュナが一階の広めの部屋の扉を開け、三人は部屋に入っていった。(一人はラックに抱えられていたが。)
三人とも肩で息をしているところを見ると、急いで此処まで来たのだろう。みんなも同じ部屋に入る。
「それで…。どうする?一気に人数増えちゃったから朝ご飯足りないかも。」とジュナ。
「ま、まさか朝食まで用意して下さるのですか…!」とベッドに座った人が立ち上がって言った。
「ひとまず座ってなさい。」とエリー。
ジュナはキッチンに行き、食パンを焼き始めたようだ。
「落ち着いたら、詳しい話を聞かせて貰います。」ラックは相変わらず抑揚の少ない口調で言った。
ジュナが食パンを持ってきた。それを分けて食べることにした。
「うわ…、美味しいです!」とさっきまで怒っていた一人が言った。確かに美味しいなと思った。
「バターの原料から違うからな。」
とガネッタは自慢気に言った。
「へえ……そうなんですか……。」さっきまで屍のように疲れ切っていた人は目を丸くして驚いている。
「先ずは名前を教えて下さい。」とラックが尋ねた。
「あ…じゃ、自分から。チアフィって言います。普通の弓使い…いや、魔法系か。料理が趣味なので次から手伝いますね。」と若干浮足立った様子で言った。
「あたしの名前はグリーム。何でも屋って感じかな。余程特殊な武器じゃない限り何でも使える。ちょっと飽きやすくて怒りやすいけども。」と少し早口で言った。
「僕の名前はスティアです。錬金術師です。体力はあまり無いですが、戦略を立てるのが得意です。」と静かに言った。
「それじゃ、よろしく。んで、此処まで来るのに疲れたと思うけど、詳しく話聞かせて貰える?」とラックが言うと、チアフィは、「ええ。」と言って語り始めた。
「先程も言いましたが……俺達マニスアーラの町長に頼まれて此処へ来ました。貴方達に力を貸すのも目的ですが、実はもう一つありまして…。やる気を失った勇者一行をどうにかして欲しいんです。」
「ええ…。そんなの、自分達で解決しなさいよ。」とエリーは言った。
「それが出来たら苦労してないですよ……。」とスティアは小声で呟いた。
「成る程ね……。私達が魔王を倒したから仕事が無くなっちゃったってことね。」と私は呆れ果てていた。
「すいません……。」チアフィは申し訳なさそうに言った。
「そいつら、どこにいるんだ?」
「マニスアーラにいます。あ、場所は、大陸の北西よりのところです。」
「意外と近くて安心したわ。」エリーは呟いた。
「そこに向かうとして、何時頃出発する?」とラック。
「なるべく早い方がいいですね。」
とスティア。
「ゆっくりしていってもバレないでしょ。」グリームがボーッとした顔で言った。
「山を越えるなら、ゆっくりはしていられないわね。幻獣が出るし。」と私は言った。
「じゃあ、早い方がいいですね!」チアフィは勢いのある声で言った。
「そうだな。」とラックが同意した。そして、私達は荷物をまとめ始めたのだった。
部屋に戻るとファングが漸く起きた。
「おはよう、ファング。お腹空いてるでしょ?」…あれ、上手く声が出せない。ファングは私の手に擦り寄って鳴いている…筈だと思う。
そういえば、最近妙に静かだと思っていた。…まさかね。
「ファング、ちょっといい?」私は声帯を治す魔法を使うことにした。
「変わらない…。」私はその場に座り込んだ。聞こえない。ただ、何か空気のような物が振動しているような気はする。
……どうしよう。早く治さないと。
ファングが心配そうな顔をして私の頬を舐めてくる。そして、じっと私を見つめた。
……どうすればいいの?治せないまま時間だけが過ぎていく。もし、みんなにバレたら…。
「ライ姉、ちょっといい?」
弟の声がした。恐らく、弟だろう。それすらも曖昧になってきた。
「も、勿論。」私は平静を装って返事をした。
「どうしたの?」と言いながら私は扉を開けた。
「ライ姉、なんか様子変だけど大丈夫なの?」とガネッタが私の顔を覗き込んできた。
……やっぱり、バレてるよね。300年一緒にいた家族だから分かって当然ね。私は目を逸らした。
「何か隠し事してるでしょ。」と彼は私と同じ目線になって言った。
「してない、してないよ……。」私は更に目を逸らした。すると、ガネッタは私に抱きついてきた。そして、左耳に何か囁いてきた…ような気がする。「分からない…。」
私は消えそうな声で言った。
「えっ?」ガネッタは戸惑っている。
「全然、声、聞こえないの……。」私は震える声で言った。弟は今度は右耳に囁いた。「ライ姉のばーか。」
「まだ聞こえる……。」私はほっとした。
「どうしたの?」ガネッタは心配そうな声色で訊いた。
「最近、耳が聞こえづらくなってて……。」
「左目も見えてないでしょ?」とガネッタは言った。
「何年も前からね。」と私は言いながら、左目に掛かった前髪を手で払う。
「久しぶりに見た。ライ姉の青い目。」黄色の右目とは対照的な色の目を見せたのは実に200年ぶりのことだった。
ガネッタはまた抱きついて、「もし、ライ姉の耳が全く聞こえなくなっても、俺はずっとそばにいるよ。」
いつの間にか涙が溢れていた。人前で泣いたのも200年ぶりだったはずだ。
「無理して言う事ないさ。左側は任せて。俺が守る。」
「頼もしいわ。やっぱり、ガネッタは成長したわね。」抱きしめ返すと、夕方の陰の中でもはっきりと分かる程、弟は笑った。
[五話 ラック・フィニー〜味付けされた夕餉の話題〜]
日が落ちかけた頃、僕達は庭の前にいた。
「あっという間だったな。ここでの生活は。」僕がそう言うと、みんなは共感するように頷く。
「目的地のマニスアーラですが、途中までは普通の道です。山に入ると途端に険しくなるので足元注意して下さい。」とチアフィ。先導してくれるから、頼もしい限りだ。
しばらく進むと、チアフィが話を切り出す。「貴方達はどんな道のりでここに来たんですか?あ、貴方達って失礼かも…。」
「気にしなくていいわ。王女だけども、今は庶民ということで。普通に接した方がなんか良いわよね?」とエリー。
「そうだな。フレンドリーな感じというか。」とガネッタも言った。
「そうですか。ならそうさせてもらいます!」
「敬語治ってないが?無駄に堅苦しいしいんだよ。」とグリームが怒ったようにチアフィを睨みつける。「ごめん、ごめん。」と彼は笑いながら言った。
「どんな道のりでって?えーと、魔王城から魔法の森、小さな街に行ってから世界博物図書館。んで、さっきの洋館って感じ。」とジュナ。
「あの洋館はラックさん達のもの?」とチアフィ。
「魔女のかな。もう殺しちゃったけど。」ガネッタは平然と言った。
三人がはっとした表情になったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「状況はおおよそ昨日聞きましたが…暗殺が本業だなんて、ちょっと…。」とスティアが戸惑った様子で言った。
「そうですよね。普通は。」とジュナ。
「僕達はそれが普通なんです。全ては理解しなくてもいい。」と僕が言う。
「あ…、じゃ、じゃあ。最終的な目的ってあります?」
「今のところ特には…。魔王の追手から逃げることしか今は頭にない。」
「へえ。あたし達と似ているんですね。」とグリームが言った。
「何、仕事ないの?」とエリーが言う。
「ええ……よく分かりましたね……。長年の目的がラックさん達に達成されて、自分らやることないんです。」スティアは寂しそうな様子だ。
「それは…悪いことしたわね。」エリーは気まずそうに言った。
「いえいえ、僕らはそれしか能が無いような人しかいないので。他のことに進めるきっかけを作ってくれて感謝していますよ。」スティアは軽く毒を吐いた。
「これは褒められているのかしらね?まあ、褒められて悪い気はしないわ。」エリーは満更でもない顔をしていた。
「ええ、勿論です!」とスティアは笑った。
「話が変わるが…フローライ。何も喋っていないが。寒いか…疲れたか?休憩ならいつでもとれる。」
「あ、え…。ああ。」フローライはハッとしたように口を開いた。
「大丈夫?」と僕が言うと、「ごめんなさい。大丈夫…。」と答えた。
「何か悩み事でも?」とジュナが心配そうに訊ねたが、彼女は答えなかった。
「そろそろ山に入りますよ!」チアフィは振り返って言った。僕達が頷き返すと彼は道を逸れた草むらに向かって走って行った。その後を僕達が追う。
暫くして視界が開けると、そこはもう山の中腹だった。獣道を歩き…いや、これを道とは言えないな。
大きな岩がゴロゴロと転がっていて歩きづらいことこの上ない。スティアが転びそうになるとグリームは咄嗟にスティアの首根っこを掴んで引っ張った。
…いつも冷静なそうな奴が慌てる姿とか面白いな思い、笑いが込み上げてきた。僕が笑ったのを見て全員が笑っていた。いや、笑ってないの、フローライだけだし……どうしたんだよ。誰もそれには触れなかったが。
僕達が歩きながら話していると、開けた場所に出た。チアフィはここで一泊するという。
「とりあえず、腹ごしらえだね!」とジュナが言うと全員が賛成した。
食事中は魔王討伐の話をした。僕が話をすると、彼らは興味津々で話を聞いてくれたのだった。
「やっぱり、デーモン・プリンセス・リボンを使ってきましたか?」とチアフィ。
「あー、そんなのもあったな。」と僕が答えると「避けられたんですか!?」とグリームが叫んだ。
「やべ、でけぇ声出しちまった。」と慌てて口を抑えた。
「どうやってかわしたんですか…!」とチアフィは驚いたように言った。
「どうしたも何も…。全部エリーがバリアしてくれたから。」
「ええええ…?」とチアフィは面食らったような顔をしている。
「デーモン・プリンセス・リボンを防ぐには桁違いな魔力が必要…。やっぱバケモンだな。」とグリームが言う。「まあ、桁外れな魔力を持っているのは事実だな。」と僕は言った。
「あの魔法を防ぐ程の魔力を持っているなんて、ほんとに人間ですか…?」とスティアが言う。
「ありがとう。でも、それほどでもないわ。」エリーは照れているのか手で顔を隠した。
「フォッサマグナは?使ってきましたか?」
「あー。なんか言ってたな。その前に倒したけど。」
「えええ!?」とグリームはまた驚いて口を抑える。「いや、でも……そんな……!」とスティアがブツブツ呟いている。
「あのフォッサマグナを発動前に……?」チアフィも驚いているようだ。
「フォッサマグナは300年前の最終決戦を終わらせた、伝説級の技です…。発動も早くて、使われたら大陸が分断されます…。」
「そ、そんなに凄いものだったのか……。」僕は心底驚いた。
「なるほどな……まぁ、俺らの敵じゃなかったな。」とガネッタは腕組みをした。最後の一度しか攻撃をしていないガネッタだったが、妙にドヤ顔をしていた。
食事が終わるとスティアは地図を広げた。ここからマニスアーラまでは一本道で迷わずに行けるようだ。
それにしても濃い内容過ぎる話で味なんて分からなかった。話の方に味がついていたんじゃないか?
「ここですね。ここにマニスアーラがあります。結構大きい街ですが、魔王に知られないように透過魔法を全体に施してあるので、心配無いですよ。」とスティア。
「透過魔法って……高度な魔法じゃない……!」とやっとフローライが驚いている。
「え、ええ……。」スティアは困惑したように答えた。
「魔王を倒すしか考えてない街ですからね。そのくらいしてるのは当然でしょう。」とスティアが言う。
「あ、確かに……。」フローライは納得していた。
「じゃあ、寝る準備するか。」
とジュナが言う。
「え、まだ早くない?」とグリームが言うが、妹は構わずに自分のテントを張った。
僕達も自分のテントを急いで張ることにしたのだった。
翌朝。軽く朝食を済ませて、山を下る。
「ここを下ると、マニスアーラです。」とチアフィが言う。「途中、幻獣も出るので警戒して下さいね。」
「うん……もう出てる……。」とジュナが険しい声で言った。
茂みから飛び出してきたのはミガルだった。しかも十匹もいるじゃないか。
「こんなところにもミガルはいるのね。」とフローライがすかさずミガルを拘束した。
「いい運動になりそうだな。」とチアフィは弓を構え、すぐに矢で射る。そして、更に拘束して動きを封じる。ガネッタは動きが鈍ったミガルに斬りかかる。
「なんか……凄く手慣れた感じだな……。」僕は思わず呟いた。僕も負けてられない。そう思いナイフを投げた。僕の手から放たれたナイフは放射線状に広がりながら、ミガルを斬り裂いていく。
「いいわね、そのナイフ。」とエリーが言う。
「回収も出来るさ。」ナイフの持ち手側に細いロープがつけられていて、手で引っ張ると回収が出来るようになっている。魔法で回収の補助をして、するりとナイフは僕の手の中に収まった。
「おぉ……ほんとだ。」とチアフィそう言ってナイフをまじまじと見た。
「君とは相性が良さそうだよ。」
「ありがとうございます!魔法戦士ロイドの本をしっかり読み込んだからかもしれませんね!」と彼は嬉しそうに言った。
そして、全てのミガルを片付けるとようやく山を下り始めた。
グダグダ雑談をしながら歩き続けると、道らしい道が見えてきた。
「これが村に続く道です。この道はマニスアーラまで続いていますので、迷わずに済むと思います。」
「お、それは助かるな。」とグリームが嬉しそうに言った。
舗装されたように平らな道になってきた。もう近いのではないだろうか。ジュナはワクワクしているようだが、フローライはどこか不安そうだ。
「あれ……?もしかして……見えてきましたか……?」チアフィは困惑している様子で言った。
僕が目を凝らして見ると本当に何かが見えてきたじゃないか!
「わぁぁぁぁぁあ!街だぁああ!」とジュナは叫んで、走り出した。
「まて、ジュナ!」僕はそう言ったが妹は止まらずにそのまま走って行った。
「止まれって!」僕が追いかけるとみんなもついてきた。
街の入り口に辿り着いた僕達だったが、ジュナは早く村に入ろうと催促してきたので中に入ることにした。
立派な門を開けると、街の人達が僕らを歓迎してくれた。「ようこそ。マニスアーラへ。」とチアフィが言うと、街の人達が口々に感謝の言葉を述べ始めた。全くの他人に感謝されるのはなんだか変な感じがしたが、拒否するのもどうかと思い、適当に受け流した。
「寝るところも用意してあるので、安心してください。」とスティアが言った。ついていくと、そこには一際目立つ建物があった。屋根は線対称な台形に、外壁は傷一つない完璧な建物だった。
「もしかして、ここ?」とジュナが訊くと、「そうですね。」とスティアが答えた。
「自分の家です。好きに使って下さい。三食ベッド掃除洗濯付きに、ティーブレイクもメイド達がやってくれるので。」とスティアが付け加えた。
「三食ベッド掃除洗濯付き……!?」ジュナが目を輝かせた。
「俺、ここに住みたい!いいか!?」とガネッタが言う。
路面に積もった雪が日の光を反射して眩しい。さっさと中に入ってしまおう。
[第一章~終~]
「なに、居場所がまだ掴めないだと?」
「申し訳ございません、ミヨイ様!」私は自分の手下の無能さに呆れ果てていた。
「たった5人だ。しかも、まとまって行動している筈だというのに。…あのことからもう二ヶ月だ。足取りは掴めているのだろうな?」
「はい、世界博物図書館のホテルに宿泊していたことは分かっています。」
「いつだ?」間髪入れずに言う。
「え?いつって…。」「何週間前だ?」
「ええっと…二週間程。」
「笑わせてくれるな!二週間も経っているともう違う所に移動しているだろうが!」語気を強めると手下はたじろき、「は、はい!すぐに!」と逃げるように部屋を出ていった。
「はぁ…。ソファラ、君に会いたい。」かつて、彼女が座っていた玉座を触る。300年前には何故、彼女の優しさに気づかなかったのだろうか。初めて会ったときは無邪気で狂気じみた少女としか思っていなかったが、違った。本当は凄く寂しがり屋で、あの狂気さは自分を強く見せたいという責任感からだった。
彼らに暗殺者をやらせていたのは世界が不幸な運命を辿ることを回避するためだった。それなのに……。彼らは無知だったのだ。そのせいで、世界は崩壊の一途を辿っている。彼らには制裁を下さねばならない。出来るだけ早い内がいい。見つけ出さなければ。
「決戦の冬だ。確実に捜し出してやるさ。」
週一投稿です。お見苦しい文章失礼しました。徐々にまともになっていくので耐えてください。




