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第80話 レネの降格、健二の襲来

 年明け初出勤日、会長である健二と社長であるレネの念頭挨拶をリモートで聞き、なんの変哲もない新年初業務がスタート。

 驚きの出来事は、その翌朝に起こった。


「ど……どういうこと?」


 PC社内掲示板で一つのお知らせが上がり、沙羅は愕然としたままPCモニターを見つめた。


『南方レネ由春を代表取締役社長を免じ、取締役として任命する。新たに南方健二が代表取締役会長を免じ、代表取締役社長兼会長に就任するものとする。』


 沙羅は混乱した。

 

 レネが社長をやめ、平の取締役になるということだ。混乱しながらも沙羅は平静を装って顧客からの問い合わせの対処をし、昼休み森山とアイコンタクトを交わし、連れ立って食事に出かけた。


「俺、ちょっとヒガシと買い出しがてら飯食ってくるから、戻りは一時過ぎる」


 森山は課長に自然にそう宣言して、車を出した。


「何が起こってんだ? レネから何か聞いてる?」

「わからないです……別に年末年始はそんな気配なくて……」

「あいつ、今日のフライトだよな?」

「はい、もうアメリカに飛んじゃいます。昼には空港に着くようにしてるとは言ってました」


 森山の運転に迷いはなく、五分ほど車を走らせてとある駐車場に車を停めた。

 

 そこは、日頃から八王子工場に顧客が来た時などによく使う寿司屋、頼み込んで二階の座敷に上げてもらう。ふたりはランチセットを頼んで、森山はスピーカーフォンをオンにしてレネに電話をかけた。


 コール音が、ふたりしかいない静かな座敷に響く。五コール目で電話がつながった。


「レネ、今電話大丈夫か? ヒガシと一緒だ。スピーカーオンにしてる」

「大丈夫だ。沙羅も一緒か。ふたりとも、昨日電話できなくて申し訳なかった。昨日……臨時の役員会で降格が決まった。寝耳に水すぎる。悪い、言えなかった……」


 レネの声は今までないくらいに沈んだトーンで、沙羅はなんと声をかければいいかわからなかった。

 彼女はなんとか声を絞り出し、震える声で問いかけた。


「理由は……なんなんです?」

「子会社の工場を閉めたり、技術員の日当変えたり、全国抜き打ち検査したり正直急進的にやりすぎだと待てを食らった。納得できないが役員全員に言われて反論する余地もなかった」


 沙羅と森山は顔を見合わせた。どうもおかしい。森山が問いかけた。


「レネ、明日からアメリカだよな?」

「ああ。ついでに、きな臭いからメキシコも行けって言われて……嫌な予感がする。ヤスは旅行会社やら現地との調整で身動きが取れない」


 メキシコ。確かにメキシコにも現地工場がある。だが、なぜだ。

 メキシコにまで飛ぶとなれば、彼の出張は二週間をゆうに超え、帰るのは一月の末になるだろう。手が震えた。一体何が起こっているんだ。


「新大統領は反メキシコ。関税も変わるだろうし、確かに理には適ってる。だけどどうもきなくせぇよ」

「沙羅、何かあったら秀樹を頼れ。俺もヤスもそばにいられない」

「はい……」

「秀樹、頼んだ」

「ああ……ヒガシを本社には行かせないようにする」


 程なくして、そろそろ彼は保安検査を通らねばならないと言って、電話を切った。


「俺も三時過ぎには出ないと間に合わん」

「九州でしたよね。熊本?」

「そうだ」


 最低でも二週間はかかる長期出張である。

 頼れる上司であり、今やプライベートでも信頼している森山が近くにいない。胸騒ぎを覚えながらもほとんど味のしない食事を口に詰め込み、沙羅は車に乗り込んだ。


「ホムセン寄る、付き合ってくれ」

「買い出し、出まかせじゃなかったんですね」

「去年レネが来た時に、色々セクハラ対策しろって言われたからな。元々今日はホムセンに行く予定だった。工場長に頼まれてたんだ。河村の件、工場長はかなり胸を痛めてる。もう何台か既に設置してあって、これは追加分」


 森山はホームセンターで動体検知カメラを数台買っていた。

 音などに反応し、録画が始まるタイプのカメラである。


「廊下やオフィスなんかには防犯カメラあるが、個室にはないだろ? また準備室で着替えてる阿呆がいたら、これで撮影、血祭りだ……録画期間は長くないから、何かあったらすぐ言え」

「はい……」


 今は社内のセクハラなんて沙羅にはどうでもよかった。確かに、以前は更衣室に行くのがだるいと安田はよく準備室で着替えていたが、森山が注意してからはそんな姿見ていなかったし、正直、レネのことが心配でそればかりだった。


「困ったもんだ、健二のどら息子、本社で煙たがられてるってのに、レネまで降格して健二はどうするつもりなんだか……」

「ダメ息子を重用する気なんでしょうね……」

「みんなレネの方がいいっていうだろうな」

「はい……そうでしょうね」


 しばらくして、レネは「今から飛ぶ」と連絡をよこし、アメリカに飛び立ってしまった。森山も出かけて行った。


 森山は出かける間際、「それ、各準備室と、会議室、あと、給湯室に設置しておいてくれ」と例のカメラを自分のデスクの上に置き去りにして行った。


(明日にでも設置するか……)


 翌日、彼女は作業服姿で午前午後と修理作業に勤しんだ。古い機械の改修工事である。機械を引き取り、工場内で修理、点検して客先に返す、という仕事だ。

 そして三時過ぎ、一度休憩時間を取り、作業のキリもいいので今日はここまでとした。


 デスクに戻った沙羅は森山のデスクを目にし、例のカメラを設置するか、と手に取った。


(今やっちゃうか……)


 説明を眺めていると、唐突に内線が鳴った。

 電話の画面に、高橋治の表示があった。心臓が跳ねる。


「工場長?」


 沙羅は疑問に思いながらも電話に出た。工場長から直接電話が来るなんて、初めてである。 


「お疲れ様です」

「東新川、会長が来ている、今すぐ部屋に来られるか?」


 沙羅の身体が震えた。胸がぎゅっと締め付けられて、数秒遅れて背筋を冷えたものが駆ける。


「は、はい……今行きます。工場長室ですね」


 電話を切ると、安田が不思議そうにこちらを見てきた。


「高橋に呼ばれたんか?」

「はい、会長が来てるって……」

「え? 会長? 健二? 今日あいつ来る予定だったか? しかもあいつに呼ばれるって……」

「わ、わかりません……」


 沙羅は震える声で答えた。

 彼女自身、なぜ呼ばれたかわかっていた。状況は揃いに揃っていた。

 レネはいない。杉山も、それから森山も。

 レネとの交際がバレたのだ。沙羅は悟った。 

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