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凄腕メカニックにも社長の恋の病は治せない  作者: 矢古宇由佳
第二部

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第69話 異音の修理、再びの会長

 沙羅は異音がしているというマイスターザイザーを覗き込んだ。

 会場は初日の終了間際で人が減ったとはいえ、多少ざわざわしている。だが、機械に耳をすませば、微かに何か擦れるような異音がしていた。


「う〜ん」

「ヒガシ、どうした?」


 しゃがみ込み、機械を側面から覗き込んでいると、森山の声が聞こえてきて沙羅は頭を上げた。


「異音がしてます。初日なのに!!」

「あー……してるな。あと十分だから、パネル開けろ。大丈夫、もうこの時間じゃあ客は来ない。競合が来たら中見えないように人間の壁になる」

「そうですね! 開けましょう!」

「自分、工具箱取ってきますよ!」


 小林がバックヤードに走っていく。

 森山は小林を見送ると眩しそうに目を細めた。 


「あいつ、結構働くなぁ」

「めっちゃいい人ですよ、仕事も丁寧だし」


 彼はこれから西を担う人材になるだろう。沙羅にすらわかる事実であった。

 沙羅はとりあえず機械の自動プログラムを止めると、制御盤に手を伸ばして手動で動かした。やはり、特定の箇所で擦れるような音がしている。


 その時、蛍の光が流れ始めた。初日、終了である。

 皆、堰を切ったように片付けを始める。


 小林はすぐに戻ってくると、パネルを開け始めた。


「どうした? 何か問題でも?」


 やってきたのはニコラスだ。

 沙羅はあわあわした。なんと説明しよう。困っていると、森山が「おそらくケーブルが干渉して擦れてノイズが出ている」とさらりと答えて見せた。


 四人がかりで寄ってたかって機械の中を覗き込む。

 やれあっちじゃないかここじゃないかとわいわい大騒ぎしながら直すのはことのほか面白い。


「手が入りません!」

「小林! 腕短いな!」

「腕は届きそうなんです。身体が入ればですが!」


 小林と森山がわーわーと騒いでいた。沙羅はニコラスに通訳すると、ふたりを見下ろし、英語でクールに言ってのけた。


「じゃあ部長の超絶長い腕は届くんですか?」

「届かない!」


 森山は豪快に笑った。沙羅も大声で笑ってしまった。ニコラスも同じである。

 部長のスーパーロングアームでも無理らしい。

 さすがだ、沙羅の大好きな上司である。


 柱が邪魔なのだ。機械のすぐ隣にブースの柱があり、男性陣は肩が引っかかって届かない。


「君の出番だ!」


 ニコラスが親指を立てた。沙羅は「イエス!」と宣言し、森山と小林を退けると、這いつくばって機械の中に潜り込んだ。ペンライトで中を覗く。ああ、あそこが干渉しているなと沙羅はケーブルを結束バンドでまとめてそろそろと後退していた時のことだ。


「どうした? 何かトラブルか?」


 突如声が聞こえた。沙羅は、一瞬その声の主がレネかと思ったが少し声が低い。会長だ! と思った瞬間に焦って思い切り頭をぶつけた。すかさず森山の声が飛ぶ。


「ヒガシっ! 大丈夫か? 気をつけろ」

「す、すみません……」


(顔はあんまり似てないけど、声、そういえばそっくりだな……)


 森山が健二に説明を始めた。おそらく、ケーブルの干渉による異音だろうと。


「そうか、驚かせたな……すまんすまん」


 健二は鷹揚に笑ってから、ニコラスと会話を始めた。


(ああ、ニコラスに用があったんだな……)


 途中で康貴が駆け寄ってきて、彼も会話に加わった。ほとんど聞き取れなかったが、おそらく彼らは会食の話をしている。

 やがてニコラスは副社長シュレーダーに呼ばれて「また明日」と去って行った。


 彼らはこの後、ホテルに戻って皆で温泉に行くらしい。


 機械を動かして確認をすると、異音は収まっていた。修理とも呼べないが、対処完了だ。


「とりあえず、これで様子見としよう。すみません、会長。初日からこのザマです」


 森山が謝ると、健二は微笑んで見せた。

 ああ、笑った時の口元が似ている。やっぱり親子なのだなと沙羅は謎のショックを受けた。


「いやいや気にするな。東新川だったか、そうか、君が直したのか……」


 沙羅は、健二の話し方に何か含みを感じた。


「あの、社内でとにかく女性に冷たい……いや、仕事ができない人間が大嫌いなレネが君を気にかけているとは聞いている」

「い、いや、そんな恐れ多い。社長は歳も近いですし、一緒に出張行きましたし……ねぇヤスさん、いろいろありましたもんね、ドイツで」


 沙羅は康貴に頑張って微笑んでみた。表情が多少歪んでいたのではないかと気にかかった。


「あったねぇ……会長、僕たち三人戦友みたいなもんなんですよ」


 康貴のフォローに健二が頷く。


「そういうところなのかもしれないな。あいつはぐいぐい来る女性がどうも苦手らしい。仕事ができるのに控えめなところを評価しているのかもしれないな」


 沙羅は冷や汗が止まらなかった。手に持ったドライバーも手汗でびしょびしょである。


「君、SHの面々との会食に来ないか? レネがどうしても河村は呼びたくないと言って聞かない。席が空いてる。先方も君を気に入っている、喜ぶだろう」


 沙羅は一瞬何を言われているのか全く理解できなかった。

 彼女は健二の機嫌を損ねないように精一杯拒否してみせた。


「わ、私みたいなペラッペラの一般社員がお邪魔したら、お仕事のお話のお邪魔になってしまいます!」

「いやなに、それほど堅苦しい会でもない。ダメか? レネが最近トゲトゲしていてな。君が来たらあいつも喜びそうだ。ほら、先日の出張の話もできるだろう」


(ど、どうしよう。やばい困った……)


 沙羅は困り果てた。

 どうやって彼の気分を害せずに断ろう。まずい、この状況は非常にまずい。

 それにしても、そんな社を代表するような会食に息子のご機嫌取りのためにこの男は一般社員を呼ぼうとしているのであろうか。なんだその逆接待は!


 沙羅は未だかつてないくらいのフル回転でそんなことを考えながら、この中で唯一縋れる相手、康貴に視線を送った。

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