表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
凄腕メカニックにも社長の恋の病は治せない  作者: 矢古宇由佳
第二部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/86

第63話 ドイツの機械、サプライズ

「でっかいなぁ……」


 翌日十二時過ぎ、会場にて。安田がぼそりとつぶやいた。

 ついに、シュレーダーアンドハーンの大型装置が搬入された。それを沙羅たちアフターサポート部隊は固唾を飲んで見守っていた。


「オーライ、オーライ!」


 重量業者の声が響き渡る。少し離れたところでレネたち幹部も見守っていた。

 木箱で搬入された機械はまずは通路に置かれ、バールや電動ドライバーで開梱が進む。

 フォークリフトで再度持ち上げられた機械はグレーの絨毯の上についに鎮座、ビニールを剥げば、メタリックブルーが印象的に輝くデザイン性のある機械が姿を表した。


「最近のドイツはまあ洗練されたいいデザインの機械作れるようになったもんだなぁ」


 隣の森山が感心したように言った。山川も口元をゆるめ、目尻に皺が浮かぶ。


「安さん、あのパトライトも凝ってんなぁ……」

「お、あれはなかなか見ないデザインだな」


 日本で見る縦に長い円柱状、三色に色分けされたパトライトとも違う、それは翼をデフォルメしたような形状。LEDのパトライトだろう。

 確かに惚れ惚れする美しさだ。


「昔はドイツの機械はどれも緑とかグレーでゴツくて、ゴツいなりの格好よさはあったけど、おしゃれさってのは皆無だったからなぁ」


 森山が懐かしげに言った。

 沙羅はドイツの展示会に参加した時の周りのブースの機械を思い出してみたが、どこもそれなりに綺麗で洗礼されたデザインが多かったと記憶している。


「無事に到着したか」


 突然背後から響いた声。沙羅ははっと後ろを振り向いた。その声には聞き覚えがあった。


 かつて、アフターサポートの部長をし、現在は本社で生産統括部門の部長をしている河村だ。やせぎすで神経質そうな男である、その姿は、沙羅の上にいたあの頃と変わらない。

 彼は沙羅を値踏みするようにちらりと目をやると、好色な笑みを浮かべてすぐにふいと逸らした。


 かつての冷遇された日々を思い出し、沙羅の身体が硬直する。沙羅はなんとか「お疲れさまです」とだけか細く挨拶をした。


「森山、どうだ、進捗は」

「お疲れさまです。うちんとこはなんとか。一台、なんとか間に合わせてもらってありがとうございます」

「ああ。例の輸送トラブルの代打の話か。いやなに、なんとか一台捻出した。別口で失注があったからな。補助金が下りなかったらしい」


 彼らは、沙羅が移設作業をした機械の話をしていた。

 ショールームのデモ機を本来この展示会に出展する予定だったが、沙羅の提案でその機械は急遽客先に納入することになってしまい、生産統括部門となんとか調整、新しい機械を展示会用に出荷することが可能になったと聞いていた。どうやら、失注があったらしい。渡りに船とはこのことである。


「失注と言いつつも、来季予算で注文になるはずだ。別に痛手じゃあない」

「それはよかったです」

「ま、機械も頼むが、接客も頑張ってもらうことになる。長いが、頼んだ」


 河村は森山の肩を叩くと、そのままレネの方に向かった。

 この日、彼女は一時間前くらいにレネとすれ違った折、不自然ではない程度に「お疲れさまです」と挨拶したきりだ。


 彼は展示会設営中の現場視察に来ていたので作業服姿であった。

 レネが作業服を着ている姿を目にしたのは、沙羅にとってはこの日が初めてだった。なんの変哲もない南方精密のグレーの作業服なのだが、彼が着ると全く違う。

 

 なんだろう、とても洗礼された制服のように見えるのだ。


(似合うなぁ……脚も長っ)


 電動ドリルの音や喧騒に混じり「社長、お疲れ様です」という河村のしゃがれ声が微かに耳に届いた。

 ぱっと森山が沙羅の方を振り返った。彼はにっと笑いながら彼女を見下ろす。


「ヒガシ、休憩行くか?」

「だ、大丈夫ですよ……」

「もう一時過ぎてる。俺が腹減ったんだ。付き合え」


 気遣われていることがわかった。今は森山に甘えよう。


「はい……」

「ええっと、ふたりは俺らが戻り次第交代でいいです? あと他にアフサポで作業のキリがいい奴らは飯行くように伝えといていただけますかね?」


 森山は山川と安田にそう声をかけたその時。一人の若手の男性社員がこちらに向かって駆け寄ってきた。

 胸元に下がる社員証を見れば、企画部門の若い男だ。沙羅と変わらない歳だろう。


「すみません、皆さん、技術の方ですよね? アフターサポートの東新川さんってご存じです?」


 その場にいた皆がばっと沙羅の方を振り向いた。沙羅は困惑気味に声を発した。


「私ですが……どうしました?」

「今アクセサリーとかの木箱を開けたんですが……ちょっとこちらに、どうやら東新川さん宛の荷物があるようです」


 話を聞くと、彼はカタログの担当者。英語版のカタログが入っているから先方から付属品の入っている箱から勝手に取り出せと言われていたようだ。

 沙羅は会釈をしながらレネと河村の脇を通り、木箱を覗き込んだ。


 段ボールに「For Sara! Open and enjoy it! From Nikolas」と記載してあった。ご丁寧に、沙羅の名刺のコピーまでもが貼りつけてある。日本語表記が上である。


「ヒガ、なんかドイツに忘れ物したんか?」

「いえ、なにも……」


 安田に問われたが、沙羅は首を傾げるほかない。

 開けろと書いてある。では、と沙羅は段ボールを抱えて通路から絨毯の上に移動した。安田がさっとカッターを出してくれたので、ありがたく借りる。周囲にいた皆がぞろぞろくっついてきて覗き込んできた。


 後ろを振り返ると、河村もいたしその肩の向こうにレネの顔も見えた。

 レネは心の底からこの状況を楽しんでいそうな笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。ちゃっかりついて来るんじゃない! と沙羅は心の中で焦りを覚えた。


 昨日電話で話した時の「できるだけ沙羅に近寄らない」という台詞はどこに飛んで行ってしまったのだろう。


「プレゼントじゃないか?」

「まさかそんなこと……」


 森山の声にそう疑り深い声を重ね、沙羅はダンボールを箱を開けた。そして、歓声とも悲鳴ともつかない声を上げた。


「お菓子……密輸じゃん!」

「密輸だな」


 安田が頷きながら笑っている。

 箱の中はクリスマスカラーの鮮やかな箱にクリスマスカード。カードは二つ折りで、表にクリスマスツリーが描かれている。中を開いて見てみたが、文字が達筆すぎて読めない。しかもどうやらドイツ語だ。

 沙羅は森山にクリスマスカードを押しつけた。駐在経験のある彼なら読めると思ったのである。


「ええっと、どれどれ。俺がドイツにいたの、三十年も前だぞ……フローエヴァイナハテン。メリークリスマスって意味だ。あとは、要約すると……沙羅へ、ちょっと早いけどクリスマスプレゼント。ニコラスって書いてある」


 クッキー、アドベントカレンダー、それからチョコレートにグミ。アロマキャンドルにハーブティー。沙羅は言葉を失った。

 それらに紛れるように小さいビニール袋があったので、彼女は中を覗いてみた。

 中に入っていたのは、片手より少し大きいくらいのサイズのキーリングのついたぬいぐるみだ。茶色いトナカイはデフォルメされていて、黒豆のようなビーズの目でこちらを見ている。ツノはフェルトで鼻は茶色。握るとふかふか、手触りもいい。


「か、かわいい! なにこれ!!」

「俺詳しくないけど、布製品とかって輸入する時特別な手続き必要じゃなかったっけ?」


 山川が空気の読めない真面目くさった発言をしてみせる。

 通関してしまったのならこちらのものである。知ったこっちゃないと沙羅は思って、ちっちゃなぬいぐるみを両手で掴み、胸元にぎゅっと抱いて言い張った。


「これは個人宛ての貨物です。売り物じゃないからいいんです! 山川さん、つまんないこと言わないでください! お菓子はあげてもいいですけど、これは私のです!」


(密輸? いいんだそんなの! お礼言わなきゃ!)


 その時、後ろから小馬鹿にしたような声が降ってきた。


「ふぅん、お前、女の武器でも使ったのか? ドイツでいったいどんな接待してきたんだ?」


 鼻で笑いながら。その声は、かつての上司、河村だ。


(え……なんて?)


 沙羅は一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。頭ではわかっているのだが、心が追いつかなかった。

 なんだか、地面が揺れている気がした。自他の境が曖昧になっているような不思議な不快感。

 言葉を失ったままぼんやりと河村を見つめていると、口々に声を上げたのは同じ部署の上司や仲間たちであった。 


「河村さん、それはねぇよ!」

「それは言っちゃダメでしょうよ!」


 安田と森山が河村に詰め寄る「いやあ、まさかなぁと思ってなぁ」そう言って誤魔化すように笑う河村。


(ふざけんな……ドイツであんなに頑張ったのに!)


 沙羅の思考が戻ってきて、怒りに震えながら立ち上がった時のことだ。


「おい……今なんて言った?」


 沙羅は恐ろしいものを見た。絶対零度の視線でもって河村を見下ろしながら、彼の肩を乱雑に掴んだレネである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ