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第46話 沙羅の機転、レネの電話

 沙羅は思い出したのだ。レネと一緒に直した本社のデモンストレーションマシンはこれと同型だ。


「どっちみち、あのイカれマシンは中国で馬車馬みたいに働かされた中古だ。デモ機の方がはるかにいいはず。航空輸送も陸路輸送も全部うちの手配だろ。保険処理の金額をさっさと見繕ってもらえ。時間がない!」


 保険金でなんとかなるはずだ。それにこの顧客は大口の取引先。定価だと足が出るだろうが、デモ用の機械だってしばらくショールームにあって価値が下がっている。保険金と相殺すればいい。

 VIP顧客だ。将来の取引を考えれば、これくらいのサービスはなんてことないはずだ。


(レネならそうする)


 沙羅はまず八王子工場のオフィスに電話して、運よく出社していた部長の森山をとっ捕まえてOKをもらい、次いで山口から大阪営業部長の電話番号を聞き出し公式の技術判断として直談判した。


 結果、大阪営業のトップも同じ判断をし、本社に連絡が入った。

 ものすごい勢いで書類のスタンプラリーが進み、本社の営業本部長も許可を出した。

 大企業とは思えないほどのフットワークの軽さが南方の強みである。

 

 沙羅の電話を受けたと同時に菓子折りを持った大阪の支店長と営業部長が客先に直行。先方の工場長に事情の説明をし、お詫びとしてデモマシンを提供すると話をつけた。


 同時に本社では機械のセットダウンもスタート。翌日には南方の直下の運送会社から機械が京都に向けて走り出していた。


***


「面倒な事務手続きはこっちでなんとかする」

「ああ、後の処理は俺たちに任せとけ。東新川さんは試運転に集中すればいい」

「はい、任せてください!」


 屋外の喫煙所で紙タバコを吸いながら、大阪のトップたちが苦笑していた。沙羅は自販機のアイスコーヒーを奢ってもらい、それを喫煙所のベンチですすっていた。


「社長がいたらよかったんだがな……俺が頭を下げておく。会長も社長も二人とも出張中とは。しかもアメリカ」

「せめてアジア圏だったら簡単に連絡取れるんだが……向こう夜中の三時だな」

「三時はきつい……確かあの機械、ロボットアーム搭載してJIMTOF(ジムトフ)でメインで出すんだったよな? 今回会長の肝いりだから……社長、会長の機嫌取ってくれたらいいんだが」


 大阪営業部長が祈るように言った。


「先に社長の耳に入れよう」

「それがいいな」


(やっぱ展示会に出すのか……ロボットアーム付きで)


 こういう話を聞けるのだ。タバコは臭いがここにいる意味はじゅうぶんにある。


「社長は大掛かりな展示会は元々反対派だし、話のわかる人だ。頼んだらどうにかなる。それに会長、社長のことかわいがってるし」

「社長さまさまだな。海外育ちが社長になるって聞いた時はどうしようかと思ったが……変な日本人より日本語が通じる」


 レネに会長である健二の機嫌取りをさせるのか、かわいそうだ。かなりストレスだろうと思いながらも、地方の幹部たちも皆彼を頼りにしていることがわかり、内心嬉しくてたまらなかった。

 

 幹部たちの話に割り込む気はなかったのだが、思わず口が言葉を発してしまった。


「あの社長なら、自分の判断を待たなかったことを逆に褒めてくれるんじゃないかなぁって思うんです、私……」


(アメリカ時間の朝起きるまで待ってたら、むしろ怒りそうだ……)


 ここの顧客は工場こそ地方であるが、本社は東京。トップ同士はよく会食など交流していると聞く。かなり大手の顧客なのである。


「この前ドイツ出張一緒に行ってたんだってなぁ……羨ましいよ、うちみたいな何千人もいるような大企業で、その年で社長に顔と名前覚えてもらえるなんて」


 大阪営業部長が灰皿に灰を落とした。


「偶然です偶然。社長就任とタイミングが被ってただけです」

「いや、それにしても、本っ当にデモ機のこと思い出してくれて助かった。危うく利益奥超えの案件がパーになるところだった」


 山口が沙羅に向けて両手を合わせた。

 よくよく聞けば、隣に新しい建屋を建設、ライン増設の話も出ていたらしい。そりゃあ社長だの会長だのの話も出て、これほど幹部が飛んでくるというものだ。


「……この前そのデモ機、本社でいじったばっかりだったから」


 沙羅は照れながらぼそりと言った。事態はなんとか収まりそうだった。


 だがしかし、沙羅の出張予定は崩壊した。完璧に崩壊した。


 本来、この作業は金曜に終わるはずだった。

 今回のトラブルを受け、客先は土曜も工場稼働しているということで、土曜夕方まで作業、日曜と翌日の祝日である月曜は現地待機に変更となった。


 レネは土曜に帰国予定だったから、神田の部屋でレネを迎えて週末三連休ゆっくり過ごす予定が台無しである。


 スマートキーの合鍵をスマートフォンに入れてもらったから、沙羅は彼の部屋にも勝手に入れるのだ。風呂を沸かしてご飯を作っておかえりと言ってやりたかったのに。


 仕方ない……。

 沙羅はこればかりはどうしようもないと己を納得させることにした。

 その日、は早めにホテルに戻り、ホテルの延泊の手続きをしようとしたが、延泊できるのは金曜の夜まで。週末は予約でいっぱいだった。


 むかついたので、沙羅はその辺の旅館に電話をかけまくった。

 結果、土曜の夜から移るホテルをなんとか確保。

 街道沿いのチェーンのビジネスホテルから天の橋立近くの温泉ホテルに部屋をグレードをアップすることができた。


 朝食付きで出張規定ギリギリの一泊一万四千九百円。無駄にツインだし建物は古めかしいが、きちんとリノベーションしてありなんと温泉にも入れるし、テーブルと椅子まであるテラスからは海がよく見える。


(この宿、一人じゃ本当は泊まれないんだろな……)


 キャンセルか何かで部屋が空いたのだろう。そんな気配がする。


「綺麗だな……」


 土曜の夜、温泉ホテルに移動した沙羅は夕暮れ時の海を眺めながらぼそりと呟いた。

 この日、東京から送られた機械の火入れまでは完了。これ以上中途半端に何かしても仕方ない。夕飯は適当に済まそうということで、コンビニで夕飯も購入済み。


 浴衣に着替えて温泉にでも行くかと思ったその時であった、突如、沙羅の手にあったスマートフォンが震えた。


「レネだ!」


 帰国したのだ。レネが。

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