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凄腕メカニックにも社長の恋の病は治せない  作者: 矢古宇由佳
第二部

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第45話 出張見送り、いざ京都

 見送りの日。

 沙羅はレネのマンションの前でタクシーに乗り込んだ彼を見送った。


「日本時間を見て連絡する」

「気にしないでください、いつでも大丈夫です。気をつけて行ってきてくださいね」


 乗り込む瞬間に小さく触れるだけのキスを残して、ドアが閉まった。

 名残惜しげに、レネは窓の外の沙羅を見た。沙羅は手を振った。

 彼は沙羅に向かってウインクを返してくれた。


(な、に、あ、れ……!)


 格好よすぎて変な声が出そうになった。映画のワンシーンのようだ。

 あまりの衝撃に沙羅がダメージを受けている間に、タクシーは交差点を曲がってついには見えなくなった。


 本当は空港まで着いて行きたかったが、レネの搭乗する飛行機が問題だった。会長である健二と同じ飛行機に乗るのだ。モロバレである。


 沙羅とレネは徹底的に社内恋愛が露見するリスクを減らそうと話をしていた。

 まず、レネは言わずもがな、社内の独身女性からとにかく狙われている。噂の段階でも沙羅が嫌がらせを受けるに違いない。そしてふたつ目。健二がやたら見合いをすすめてくるのだという。それも、妻の親族の女性を。


「おそらく、俺を後継にするのは構わないが、自分の親族の女性をあてがえと妻に言われてるんだ、あの野郎は」


 彼はそう言っていた。この交際が健二に気づかれでもしたら、非常に面倒くさいことになる。


 沙羅はレネのウインクに心臓をぶち抜かれた余韻でぼんやりと未だに交差点を見ていたが、流石に我に返って交差点に背を向けた。


(会長と出張か……。レネ、これからどうするんだろ。出張先でも会長に見合いの話されるんだろうな)


 沙羅は今年二十九歳。そろそろ将来を考える年齢である。ふと彼とのその先のことを考えてしまう彼女がいた。


 しかし、まだ付き合い始めたばっかりだ。そう思い直した沙羅はぶんぶん首を振る。

 彼はまだまだそんなこと考えちゃいないだろう。


「帰るか……」


 最近、沙羅は週末はレネの家に入り浸っていた。

 今日は土曜。ひとりで週末を過ごすのは本当に久しぶりである。


(どうしよ。月曜移動だしまっすぐ帰るか……)


 月曜は昼くらいから京都に向けて移動である。

 沙羅はとぼとぼ駅に向かった。電車に乗り込んで、外を眺める。

 別に来週末には会えるのだが、心にぽっかり穴が空いたようだった。つい数ヶ月前までの自分ひとりの週末が思い出せない沙羅がいた。


 重症である。

 もう意識不明の重体患者だ。

 こんなどうしようもない人間にしてくれて、レネをどうしてくれようか。


 その時だ、彼女のスマートフォンが震えた。

 なんだと思って見てみれば、彼の名がそこにあって、ぱっと笑顔が浮かんだ。なんと、「沙羅、さっそく寂しい」とあったのだ。


(仕方ないな……)


 まだ早くて首都高に乗ったくらいだろう。何を言っているんだと沙羅はにやける顔を必死で抑えて、「帰ってきたらご飯作ってあげるので、楽しみにしてください。頑張って」と返事を打った。


 料理が得意な彼に対し、自分でハードルをぶち上げてしまった自覚が彼女にはあったが、もうどうでもよかった。

  

 その晩はつまらないバラエティ番組を見ながら出来合いの惣菜を食べた。こんなに味気ないものだったか。週末、ひとりの晩ごはんは。


 彼女は早々に寝支度を済ませ、ベッドに吸い込まれた。特に何もしていないが、どうやら疲れていたようだ。沙羅は早々に寝落ちし、朝起きるとメッセージが来ていた。「沙羅、おはよう。無事にシカゴに着いた」

 寝ている間に彼は無事に到着したようだ。


 よかった、と沙羅は頬をゆるませた。


***


「やばい……」


 水曜、京丹後の客先にて。

 沙羅は機械の制御PCのモニターを見ながら冷や汗を垂らしていた。


(やっぱりダメだったか……)


 此度の顧客は南方の取引先の中でも特に大口取引先。自動車部品を作る国内トップメーカー。


 とにかく納期やクオリティにも厳しいことで有名だが、この度、中国の工場を閉鎖するとのことで、日本の工場に機械を移設することになった。


 大阪支店のメンバーは新規受注のサービスで立て込んでおり、沙羅は代打として機械の立ち上げと精度の結果を行うために、半年前に入社した中途社員を引き連れて遠路はるばる京都の海側までやってきていた。


 だが、明らかにおかしい。こんな数字が出るはずないのに。


(それにしてもミクロン単位ならともかく、十ミクロン単位でこんなにずれるなんて……)


「小林さん、中国での搬出前、精度検査したか連絡はありましたか?」

「いや、それが向こうの担当者にメールしても返事がなくて……」


 輸送中の事故を疑いたかった。唯一の救いはショックセンサーに反応があったことだ。

 ショックセンサーの写真を撮影、開梱して機械を撮影。固定からずれた機械は木箱に接触していた。


「保険処理ですすめられるはず。でも……」


 この機械は、どうしても今月中に立ち上げ完了しなければならなかった。もう生産工程が出来上がっていると担当者から聞いていたからだ。

 その時、持ち込んだPCに向かっている小林が声を上げた。


「あ、来ました! 連絡!」


 沙羅は彼のそばに駆け寄った。現場の片隅の机に手をついて、モニターを除く。


「出荷前検査で異常なしで送り出されてます!」

「やっぱそうですか。輸送中、多分飛行機で跳ねたんだ」


 その時だ。「あ、どうも〜」と言いながら大阪の営業担当が視察にやってきた。彼は沙羅の同期の山口だ。彼の首根っこを掴んで小声で耳元で告げた。「あの機械はダメだ」と。


 彼の顔色が変わった。彼女は彼を外に引っ張って行った。

 喫煙所である。そばには自販機もあってベンチがあった。沙羅はベンチに座り込んで彼を見上げた。


「輸送ダメージがひどい。リカバリーできるレベルじゃない。駆動部分丸ごと取り替えればなんとかなるかもしれないけど……調整も大変だし、修理不可能って言った方が楽だ。そうしよう」

「保険処理……」


 沙羅は山口の言葉に腕を組んでむっすりと頷き口を開く。

 彼は電子タバコを取り出して、気を紛らわせるように吸い始めた。


「保険処理で返ってくるのは金だけだ。この機械は通常納期五ヶ月……お客さんにとっての最適解じゃない……測定機が動かなきゃ、出荷検査ができない。どれだけ部品を作れても出荷ができない。ライン丸ごとうちの機械で納めてるのに最後の最後、検査でどん詰まりだ……そして、ここは自動車工場の下請けだ。納車が遅れる」


 沙羅は自分に言い聞かせるように、新入社員でもわかることを同期に聞かせた。このラインは日本で最も売れるSUVの部品増設のために新設されたはず。どうしようか。沙羅は必死で考えた。


「くっそ、打つ手がねぇ……」


 山口は煙を吐いて、タバコを灰皿に落とした。

 その時だ、沙羅は弾かれたように立ち上がった。 


「……本社のデモ機」

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