第43話 お盆、沙羅の母
「えーっとこうか。OK! できた!」
実家のテレビの接続設定が終わり、沙羅はそう声を上げた。
お盆。
沙羅は実家に帰って即一件ミッションを仰せつかった。新品のテレビの接続作業である。
母親である洋子がテレビの設定を自分でするのが面倒だからか、沙羅が帰ってくるのを見越して購入したものだ。
(お母さんこういうの得意じゃん……)
ちなみに朝九時前に配達され、沙羅は目を擦りながら業者に指示をして設置してもらった。今や沙羅は得意げにチャンネルを変えて天気予報なんかも映してみせた。
「おーできたー? ありがとう! いいねでっかいテレビ!」
「これスマホと繋いだりできるね。やってみよ」
沙羅は取説を隅から隅まで目を通していた。穴が開くほどマニュアルを読み込むのは職業病である。
「でっかい画面でドイツの写真見せてよ! この前あんたスマホで見せてくれたけど小さくて全然見えなかったし。あ、あとアウトバーンの動画もっかい見せて!」
レネが二百キロでアウトバーンをぶっ飛ばした時初めこそ怯えまくっていた沙羅であるが、徐々に慣れて運転するレネ、速度メーターと景色の動画を撮影していた。
「南方ジュニアほんっとう見た目いいからな〜。顔がいいってああいう男に言うんだねぇ」
「ああ、うん。そだね……」
沙羅は自分の彼氏であるかわいいSubを脳裏に思い浮かべながら適当に誤魔化した。彼は元気にやっているだろうか。
レネは昨日、わざわざ沙羅を東京駅で見送ってくれた。
東京駅で会うのはリスクが高い。本社が丸の内である以上、平日や会社帰りならば偶然ばったり会ったふりを装えるが、休日私服で一緒にいるところを誰かに見られたら終わりである。
だが、出現した彼は沙羅の予想を見事に裏切っていた。
Mt.FUJIの記載とともに、砂糖がけのようにてっぺんが白い山のペイントがされているわざとらしいTシャツ。
外国人が好みそうなベージュの短パンは日に焼けていないすねが眩しかった。
そして、髪は下ろしたままでろくにセットもせずにサングラスをかけていた。
どこからどう見てもその辺に泊まっているインバウンド客である。普段のシンプルな私服とはあまりにかけ離れた絶妙にダサい変装姿に、沙羅は腹筋が捩れるほど笑ってしまった。
「俺にこんな格好をさせられるのは君くらいだ。喜べよ」
そう彼は恥ずかしそうに言っていた。あまりにもかわいすぎて沙羅は情緒を完膚なきまでに破壊された。
東京駅の見送りを思い出していた沙羅だったが、母親の捲し立てるような声に我に返った。
「欧米のザ・男前! って感じではなくって中性的な綺麗な顔なんだけど、でもナヨナヨした感じもないし本当バランスいいよね。私があんたの立場だったらもてあそばれてもいいから狙うわ。あんなハンサムマンと手を繋いだら最後、十中八九失神すると思うけど」
洋子は豪快にハハハハっ! と笑っている。
(それどころか付き合ってる……手なんていつも繋いでる……)
流石に付き合っているなんて言いにくい。その上正式にダイナミクスのパートナーでもある。
沙羅は「イケメンでももてあそばれるのはごめんだ」とモゴモゴ言いながらスマートフォンとテレビを繋いだ。そして、タイミングよくメッセージが来た。なんと噂のハンサムマンからである。
「な、な、なんで今……」
テレビの画面上部に『Rene:おはようmy love。墓参りには行けたか? 後で声を聞きたい』と映った。言い訳もできない。マイラブなんて入ってしまっている。彼はメッセージを送ってくる時たまにこんな感じで英語をちょこちょこ使ってくる。
メールやメッセージで愛を伝える表現が日本語は少ないとぼやいていた。本当はドイツ語を使いたいのだろうが、沙羅に配慮してくれているようだ。
「ふ〜ん……へぇぇぇぇ……マイラブねぇぇぇぇ」
洋子がニヤニヤしながら沙羅を見た。沙羅は洋子から目を逸らした。
(ぎゃぁぁぁぁ!)
「水臭いなぁ、さっさと言えばいいのに」
「い、いや……会社で言ったりしないでね! お願いだから!」
洋子は南方グループの子会社で働いている。東北南方精密という半導体関連部品など精密部品を製造する部品メーカーである。
職場でバラされたらとんでもないことになる。
何もかも終わりだ。
「何言ってんだ、言わないよ! あんたこそ社内恋愛は秘密にしときなさい……でもちょっと信じ難いんだけど……あんなのとデートしたらお母さんだったら心臓止まるわ」
沙羅は思った。デートくらいで死んでたら自分は何度死んでいるのかわからない。分子レベルで自然に還っている。
「まだ一ヶ月くらいだけど……」
洋子はふいと心配そうな顔をして沙羅を覗き込んだ。
「あいつ絶対Domだろ? 大丈夫? パートナーはどうするの?」
やはりどこからどう見てもDomに見えるだろう。沙羅は正直に言うことにした。ああ見えて、彼がSubであることを。
Subの男はもっとナヨナヨしているか、ガリ勉メガネタイプか、オシャレに無頓着な積極性に欠ける芋っぽい男が心なしか多い。
「言わないでね! 誰にも言っちゃダメだからね!」
「言わないよ。あれだけの大企業の社長がSubだなんて週刊誌にぶっこ抜かれるレベルだし」
いやぁそれにしても、と洋子は言葉をつづけた。
「あのいかにもな見た目とあの性格でSub! 世界七不思議のひとつだわ〜いやお母さん半世紀以上生きてるけどあんなアグレッシブな性格のSub見たことないわ……」
(レネ、工場行った時何をしたんだ……?)
従業員は徹底的に守ってくれる気がするが、労働環境やら効率にうるさそうなイメージがある。
それは私生活でも垣間見ることができた。料理は恐ろしいくらいに手際がよく、同時に二、三品涼しげな顔で作るし、水回りは常にピッカピカ。掃除するときも隅から掃除する。
なお、沙羅はそこまで徹底的に掃除をしない。仕事のときはきっちりしているが、プライベートは結構適当で四角い部屋を丸く掃除するタイプだ。そんな沙羅を見てレネは「かわいいな、沙羅はそのままでいい」と笑っていた。
今やプライベートでは妙に沙羅に甘いが、出張時の彼とのやりとりを考えると、沙羅が仕事でやらかしでもしたら容赦ないだろう。
そういう男である。
「Subならよかったわ。パートナーを別に作られるのはしんどいから」
洋子はどこか切なげに言った。昔、そういう経験があったのだろうか。
洋子はもちろんDomで、亡き父はSubである。
あんまり母親と恋愛の話をしたことのない沙羅は正直何を話せばいいのかわからず戸惑った。
「もう大人だからあんまり干渉はしないけど……」
洋子はどこか歯切れ悪く言った。
沙羅は何を言われるのだろうと身構えた。
「沙羅のこと、大事にしてくれてる?」
沙羅はなんとなく彼女が何を言いたいか察しがついた。優しくしてくれるかなどはもちろん気にしているだろうが、きっとそれだけではない。付き合っている上で、避妊をきちんとしてくれるのかと聞いているのだ。
「うん! もちろん!」
「なら何も言わない。あのジュニアねぇ……そうだ、冬うち連れてくれば?」
「え?」
「今度はあいつがうちにホームステイだ! 福島の冬を食らわせてやる! あとあれだ! イカにんじんと会津の馬刺しと芋煮食べさせよう。見ものだな……」
そう言って悪役ばりに高笑いしている洋子に沙羅は困惑するほかない。
(馬刺しはやめた方がいい気がする……あと、寒さには慣れてそう)
彼は馬に乗る男だ。馬を食べるとはとても思えない。そして、ドイツは北海道より緯度が高い。ここら辺の寒さなんてへっちゃらだろう。
それにしても、ホームステイか。沙羅は逡巡した。
洋子からすれば親会社の社長といえども娘の彼氏となれば話は別だ。しかも相手はSub。ノリノリでいびりそうだ。
洋子がドSなのを沙羅はよく知っていた。
「まあいいや、ちょっとしたらとりあえず車飛ばしてご飯行こう。んでちょっと夕飯の買い物付き合ってよ。そしたら迎え火と墓参りだ。で、ほらあんた、今のうちに寂しがってる彼ピ君に電話してやんな」
「彼ピ……」
沙羅は自室に移動してレネに電話をかけた。そして速攻で母親にバレたと報告した。電話の向こうで、彼は妙なうめき声を発していた。
(レネ、本当にお母さんのこと苦手なんだな……)
洋子の言う通り、年末お泊まりさせたらちょっと面白いかもしれない。
少しばかりDom心が疼いた沙羅がいた。




