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第2話 第二の性別、その不思議

 一週間後の週末、金曜。

 日曜になればフライトだ。


 この日、沙羅は大学の同期でドイツ帰国子女の友人、早紀を呼び出していた。

 場所は多少長居していても文句がつかないチェーンのファミレスである。


「大丈夫だよ〜、なんかほら、カフェとかでたとえば4.5ユーロの会計だったら、適当に端数切り上げて5ユーロ出してちょうどですって言っておけば大丈夫だから。5パーセントから10パーセントの間くらい?」

「ちょうどですってなんていうの?」

Stimmt so.(シュティムト ゾー)って言えばオッケー」

「英語だと?」

「そうだね、Keep the change.とか言えば通じるんじゃない? あと、手元に30ユーロ札しかなくてチップ込み20ユーロ払いたかったら、20ユーロでお願いしますって言えばちゃんと10ユーロ戻ってくる。クレカでも一緒」


 なるほど、と沙羅は頷いて見せた。お釣りはキープして、ということか。


「アメリカみたいにきっちりかっちりパーセンテージ決まってない感じ?」

「そうそう、適当で大丈夫だよ!」


 適当でいいのか。きっちり決まってないのはありがたい、アジア人だと見た目でわかるので、何かやらかしても多少はお目こぼしいただければ僥倖である。


「よっぽど田舎の年寄りじゃなきゃ英語通じると思うよ、朝もすっごい早い時間からイートインできるベーカリーとかやってるし、この時期なら夜の9時くらいまで明るいし、仕事以外もまあまあ楽しめるんじゃないかな? 一人じゃないんでしょ?」

「課長と係長が色々トラブルで行けなくなって……ドイツハーフの社長が一緒……むしろ病みそう」

「社長!? 沙羅がいるとこみたいな大企業で!?」


 早紀が驚いている。自分だって正直驚いているのだ、彼女がびっくりするのは想像にかたくない。


「就任挨拶だって。しばらく向こういるみたいだよ。ま、育ちは向こうっぽいし半分休暇みたいな感じなんじゃないかな」

「へぇ、その社長、ホームページとか載ってる?」

「載ってる載ってる」


 早紀はスマホで南方精密と検索し、ホームページを開いた。


「なにこれ超イケメンじゃん! 言われなきゃアジア人の血が入ってるなんてわからないくらいだし、なんかこう、あんまりドイツっぽくないおしゃれな中性的イケメンだなぁ。ハゲそうな感じもないし」

「ハゲ……」

「向こう行ったら道行く男たち見てみなよ、日本人よりハゲ率高いから」


 いや、この男がハゲるとかハゲないとか、ドイツ人男性のハゲ率とか、今の自分にはそんなことはどうでもいいんだ、と沙羅は思った。

 目の前の仕事をこなすだけで精一杯なのである。


「ハゲとかどうでもいいから……飲み物ないね? お酒頼む?」

「ワインいこう! デキャンタ? あ、 せっかくだからボトル頼んじゃおうよ、沙羅も結構飲める方じゃん!」


 その日は結局ワインをボトルで頼んだ。そうして、ダラダラと赤ワインを傾けながら、話題は彼氏やダイナミクスのパートナーの話に移る。


「最近、どうしてんの? ダイナミクスのパートナーいる?」

「いないんだよね、しばらく……」


 男と女、そのほかにもう一つ、ダイナミクスと呼ばれる第二の性別がある。

 Dom(ドム)Sub(サブ)と呼ばれるものだ。全員がこの二つにわけられるわけでもなく、Neutral(ニュートラル)という者もいる。

 だが一概に言えるのは、国をすべる王や政治家、能動的な性格の多い営業マンや実業家はDomが多く、内向的な性格の人間はSubが多いという傾向だ。

 そして、大多数の一般市民はNeutralである。


 それゆえSubは下に見られることも散見される。


 ダイナミクスが人に与える影響は幅広い。

 Domの性はSubを支配し、時には褒め、コントロールしたい性質を持つ。主従関係の主に値し、自分がリードする積極的で上に立つリーダータイプの人間が多い。


 そして、Subの性はそれとは対となる性質を持つ。Domの命令を聞き、従う性である。

 主従関係で言うところの従にあたり、奉仕することで従足感を得る。

 上に立つタイプを陰ながら支えたり、導いてもらったりして本領を発揮できるタイプが多いとされる。


 自分の第二性別は、第二次性徴と共に自覚することが多い。

 目には見えずとも、自分が何に該当するかを本能で察知するのだ。


 DomとSubにはパートナー契約があり、恋愛や婚姻とは別に重要視されている。性別を問わず、第二性別の相性によってパートナーがいるのもスタンダードであり、恋人とは別にDom/Subのパートナーがいることも特段珍しいことではない。


 DomとSubは本能で支配されている欲求だ。

 一般人にもわかりやすく言うと、睡眠欲に近い。生活する上で欠かせないものだ。適切なサイクルで満たす必要があり、それができないとなれば、人によって効果の差がある抑制剤などを飲んでやり過ごすしかない。


 では、その欲求はいかようにして満たすのか。


 コマンドである。


 DomがSubにコマンドで命令し、Subがそれに従うことで成り立つのだ。

 一般的にプレイと呼ばれるそのやり取りはとてもシンプルなように見えて、パートナーの数以上に行く通りも存在する。

 ありていに言うところのSMにも似ていることもあり、性的接触を伴う場合も多い。


 従順なSubを求めるDom、Domの発したコマンドに素直に従い褒めてもらいたいSub、奔放でコマンドを聞き入れないSubを手懐けることに喜びを感じるDom、わざとDomのコマンドを無視し、お仕置きしてもらいたいSubなど、ダイナミクスの性質によってプレイも千差万別だ。


 コマンドはある程度決められた言葉を発することが基本だが、それらを用いることなく何か特別な合言葉の場合もあるし、日常会話の中に含まれていたり、仕草などで行動指針を示すことさえあるのだ。


「なんか社長がすっごいSubに見えてさ……」

「普通大企業の社長とか、リーダーシップを発揮する人間ってDomが多くない? あと私らみたいに総合職選ぶタイプとか」


 沙羅も早紀もダイナミクスはDomであった。早紀はコンサルとして沙羅よりはるかに稼いでいる。


「でもすっごいSubっぽいんだよね、なんかかわいいなぁってちょっと思ってさ」

「沙羅のそれは特殊技能だよね。私はダイナミクス見抜けないからさ」


 昔からなのだ、沙羅は特段Domとしての性質が強いらしく、普通は見抜けないはずの第二性、特にSubを見抜けるのだ。


 だが、その性質ゆえ、人よりも高い頻度でプレイしなければストレスで体調不良を起こす。それが唯一の難点であった。


「いいのか悪いのか、わかんないけどね」


 しかも、彼女は更に特殊だった。

 女性のDomならばプレイでも性行為でも自分がリードしたがるものだが、沙羅は自分をリードしてくれる男が好みなのだ。


 なので彼女はパートナーと長続きすることが少なく、Domの抑制剤を常飲していた。


 DomやSubのパートナーは実際の交流を経て選ぶのではなく、マッチングアプリなどで妥協して選び、プレイに満足できればそれで健康も保てて万々歳であることが多い。


 それか、それ専門の店、サロンなどに行き、金を払ってプレイするのだ。

 もちろん、沙羅もかつてはそう思っていた。でも、金を払って買った信頼でのプレイは虚しいだけなのだと今は知っている。

 なので彼女は彼氏と別れてからはずっと抑制剤を飲んでやり過ごしてきたし、これからもそうするつもりだった。


「目で見てすぐにSubって気づけたら生きやすくない? あ、そうでもないか。沙羅、ストライクゾーン狭いもんね」


 沙羅はグラスにワインを注いだ。


「こんな仕事してるからかもしれないけど、見た目は別として、物腰柔らかで話し方とか女性的な男性とかちょっと苦手なんだよね。年々悪化してる。デパートで男性店員に接客受けるとたまにぞわってする。でもSubってそういう人多くない?」

「Subはあんまり男らしい男っていないからねぇ。そもそも、この世の大半がNeutralっていうし。私も彼氏兼パートナーと別れたばっかりだしなぁ」

「私もパートナーを兼ねた彼氏がいたら最高だけど、なかなか上手くいかないよね」


 ままならないな、と二人そろってため息を吐いた。


 そうして、気づけばもう日曜。


 重たいスーツケースを引いて東京の郊外から羽田に辿り着き、インバウンド客をかき分けて、やっとこさ飛行機に乗った。

 きっと乗れたから大丈夫。


 沙羅は離陸する飛行機の中で安堵の息を吐いた。

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