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02-1.神宮寺春代の選択

 十年の月日が流れ、春代は十四才となった。


 十年の月日は残酷だった。


 鬼の紅蓮に所有物であると印を刻まれたことに気づいた両親は烈火のごとく怒り、態度を急変させた。そして、春代と同じ年齢の従妹、神宮寺静子を養子として引き取り、実の子であるかのような待遇を静子にだけ与えた。


 春代は本家の奥の小さな部屋を与えられ、最低限の用事以外はそこで過ごすように言いつけられた。


 あの日から春代は両親を見ていない。


 春代は孤独だった。


 それがどうしようもないほどに苦痛であり、十年の月日は春代から両親に対する期待や情を薄れさせるのには、十分すぎるほどに長い年月だった。


 ……食事を捨てられないだけいいかしら。


 春代は食事の終わった食器をお盆に乗せ、廊下に出す。そうすれば、いつのまにか女中が回収している。


 食事は毎食与えられるが、年々、粗末なものになっている。


 それを指示しているのが静子だと両親も知っていながら、静子の好きなようにさせているようだった。


 ……紅蓮についていけば、よかった。


 両親の態度が急変するとは思わなかった。


 春代は何年も前に与えられた着物を仕立て直しながら、十年前に出会った紅蓮を思う。


 ……でも、紅蓮は約束を守ってくれるの?


 春代は紅蓮を忘れたことはない。


 今になって思い返してみれば、十年前のあの日、春代は紅蓮に一目惚れをしたのだ。しかし、両親にさえ手のひらを返され、冷遇されている春代と交わした約束を守ってくれる保証などなかった。


「……みっともないこと」


 春代は自分自身の姿を見直す。


 手直しを加えた着物は時代に取り残されている。


 生まれた頃には文明開化の波が訪れ、今ではすっかり西洋文化と日本独自の文化が交じり合った大正ロマンの時代だ。


 独自の進化を遂げる文化にさえも取り残されてしまったかのように、昔ながらの着物を着た春代は、ため息を吐く。


 ……見つけてくれる保証もないのに。


 奥の間に隠されている春代を探しに来る保証はなかった。


 紅蓮が両親の手にかかるとは思ってもいないが、わざわざ、結界があちらこちらに仕掛けられている神宮寺家の屋敷を訪れるとも思えない。


 春代は逃げ場のない籠に閉じ込められた鳥のようだった。


 閉じ込めた人たちは春代のことを忘れたかのように振る舞う姿に、すっかりと慣れてしまった。


「あーら、みっともないお姉様がいること!」


 障子を遠慮なく開けられ、いつも以上に着飾った静子は春代を見下している。わざわざ、嫌がらせをする為に春代を訪ねてくるのは静子だけだった。


 女学校の制服である袴姿を見せつけるかのように、静子はくるりと回る。


 ……女学校ね。


 一度は通ってみたかったと思う。


 優秀な少女ばかりが通う学校に通っているのだと静子が嬉しそうに語っていたのを聞きながら、春代は僅かに憧れを抱いていた。


 羨ましかった。


 家に囚われることもなく、自由に振る舞うことが許された静子のことが羨ましくてしかたがなかった。


 だからこそ、嫌味を言いに来ているのだと知っていながらも、静子を追い払うことができなかった。


「お友達とお揃いにいたしましたのよ!」


 新しく仕立てた袴を見せに来たのだろう。


 ……なにを習っているのかしら。


 春代は疑問に思ってもなにも言わない。


 口にしてしまえば、静子は教えてくれなくなるからだ。静かに聞いていれば、静子は調子に乗って好きなように話をしてくれる。


「あら、お姉様ったら時代遅れの姿じゃないの!」


 静子は露骨なまでに驚いたような声をあげる。


 女学校は貴婦人を教育する学校だ。将来、良い家に嫁げるようにと淑女教育が施されているはずなのだが、静子はそのような教育の意図を理解していなかった。


「着物を仕立て直していらっしゃるの? わたくしは女中にさせますわよ。お姉様とは違ってなにも苦労はさせないと、お父様とお母様がおっしゃってくださりましたもの!」


 静子は聞いてもいないことを語る。


 ……情報提供をしにきているのかしら。


 春代は静子を疎まなかった。


 静子はなにも考えずに春代に情報を与えてくれる貴重な存在だからだ。


 いないものとして、奥の間に隠されて育てられた春代に対して女中たちはよそよそしい態度を示す。まるで、どのように対応をすればいいのか忘れてしまったことに対して戸惑い、そして、怯えているようだった。


 ……変わっている子ですこと。


 女中たちは、言葉さえも交わさない。しかし、静子は違った。


 静子は春代を見下しているものの、静子のする嫌がらせは春代に対して自慢をするだけのかわいらしいものだった。他人に意地悪をする術を知らない静子にとって、それが考えられる最大限の嫌がらせだったのだろう。


「お姉様、ご存知かしら?」


 静子は珍しく障子を閉めて、部屋に入ってきた。

 それから、できる限り、声を潜める。


「お父様とお母様がこっそり話しておりましたの。忌々しい鬼に生贄を差し出すのですって」


 静子はこっそりと告げる。


 静子は詳細を知らない。


 ……紅蓮に私以外の花嫁を差し出すつもりだったのね。


 春代は悟る。


 ……そうすれば、霊力の高い私を神宮寺家に留めておけるから。


 鬼に渡すのには惜しいと考えたのだろうか。


 少ない情報の中でも必要なものを拾い上げれば、両親がなにを企んでいるのかわかる。それはこの家で生きていく為には必要なことだった。


「鬼ですって。恐ろしい。そんなものがいるはずがないのに」


 静子は見鬼の才を持たない。


 それどころか、霊感がなかった。


 神宮寺一族は代々陰陽師の家系であり、霊力の強い子どもに跡継ぎの座を与える。その子どもこそが春代であり、両親は紅蓮から春代を隠す結界術を発動する為の人柱として、静子を利用するつもりだ。


 それを悟られないように、静子を我が子のようにかわいがっていた。


 春代は、静子が生贄候補として養子縁組をされたことには気づいていたが、紅蓮から春代を守ろうと考えた両親の苦肉の策であることを知らなかった。


 敵対すべきあやかしに魅入られた失敗作として、奥の間に幽閉されたのだと思っていた。


 それが間違いであったと気づいたのは、静子の言葉を聞いたからだ。


「生贄はお姉様よ」


 静子は断言した。


 それが間違っていると静子は知らない。

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