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01-2.初めて恋に落ちた日

 春代が泣いて嫌がるものならば、強引にでも連れ去ってしまうつもりだった。


「ととさま、かかさま、かなしむから」


 春代は両親を思う。


 この世のすべてと言わんばかりに春代をかわいがる両親は、春代が夜な夜な庭に出ていることを知らない。


 小さな箱庭のような家で不自由なく暮らしてきた春代は、先祖代々引き継がれてきた霊力の高い子どもだ。


 夜になると昼間よりもはっきりと視える箱庭を覆う結界越しの夜空は、父が土産で買ってきた万華鏡のようで美しかった。


 だからこそ、春代はいけないことだとわかっていながらも、こうして、庭に出てしまうのだ。


「ぐれん、きれい。きらいじゃないよ」


 春代は四歳になったばかりだ。


 好きか、嫌いかと問われる意味もよくわかっていなかったが、心のままに言葉を口にした。


「綺麗? 俺が?」


「うん」


「そうか、そうか。よくわからんが、春代が気に入ってくれたなら、俺は自分の見た目に感謝しないといけないな」


 紅蓮はへらりと笑う。


 肩にかけた和傘が落ちないように気をつけながらも、春代を手放す気にはなれなかった。


「春代」


 紅蓮はずるい鬼だ。


 一度決めたことは覆さない。


「お前の親を喰らったら、お前は俺と一緒に来れるよな?」


「くらう?」


「飯として食べちまうってことだ。死んじまったら、春代がいなくても悲しむことはねえだろうからな」


 紅蓮の言葉は春代には難しすぎた。


 しかし、紅蓮の思い通りにさせては両親が危ないということは春代に伝わったようだ。


「だめ!」


 春代は紅蓮の言葉を拒否した。


 だからこそ、力強く反発をした。


 振り払ってしまおうと腕を大きく動かしたが、紅蓮の手は離れなかった。


「両親食われたくなきゃ、俺の嫁になれよ。ならねえなら、両親も親戚もお前に関わった人間全部、食ってやる」


 紅蓮は笑いながら言った。


 脅しているつもりはない。その言葉に屈して泣きわめくのならば、泣きたいだけ泣かせて連れ去るだけだ。


 春代に選択肢はなかった。


「ぐれん、いじわる」


 春代は悲しんだ。


 その悲しそうな顔を見ると、不思議と紅蓮の心に針を刺されたように小さな痛みが走った。


「意地悪は嫌われるな。嫌われるのは嫌だ。だから、しかたがない。春代。条件を変えてやろう。だから、泣きそうな顔をしないでくれ」


「ほんとう?」


「本当だとも。だから、春代も約束をしてくれ」


 紅蓮の言葉に春代は頷いた。


 約束を交わす代償を知らない幼い子どもは、簡単にあやかしの手に落ちる。そのあまりにも呆気ない姿に紅蓮は笑みを零した。


「やくそくする。なにすればいいの?」


「簡単だ。俺の嫁になると約束してさえくれたら、それでいい」


「うん。はるよ、ぐれんのおよめさんになるよ」


 紅蓮は春代の手を離す。


 触れなくても春代の視界から紅蓮は消えない。


 春代の世界には紅蓮がいる。


 それが奇跡のようなことだと紅蓮は知っていた。多くの人はあやかしを視ることができない。それを知っているからこそ、紅蓮は春代を手放すわけにはいかなかった。


「約束だ。十年後、春代を嫁として迎えに来る。だから、十年だけは親と過ごせるように譲歩してやろう」


 紅蓮は笑った。


 逃げられないように、春代の額に触れるだけの口付けをする。春代は紅蓮の嫁であると印を刻みつけた。


「またな。春代」


 紅蓮は春代の手を離す。簡単に手を離したのは、あやかしの花嫁を意味する刻印を刻みつけられた春代に逃げ道がないと知っているからだ。


 それから、地面を軽く蹴って宙に浮かぶ。


 ……きれい。


 心が奪われてしまった。それほどに美しい姿だった。


「またあえる?」


「必ず。迎えに来るさ」


 紅蓮は笑う。


 自由自在に空を飛び、春代の手の届かないところまで行ってしまった。


「やくそくね」


 その姿に春代は名残惜しさを感じていた。


「あぁ。約束だ」


 紅蓮は春代の言葉に応えた。


 その約束は破られることはない。


 あやかしと情を交わせば、あやかしの世界へと落ちていく。


 そのことを知らない春代は初恋に溺れていた。



「――春代? どうしてお前が外に出ているんだい」


 紅蓮との会話に浸っていた春代は慌てて振り返る。


 声をかけてきたのは、出先から戻ってきた母だった。


「かかさま」


「ああ、かわいそうに。こんなに冷えてしまっているじゃないかい」


 母は慌てて春代を抱きかかえ、動きを止めた。


 視線は紅蓮が残した額の刻印だ。霊力のある人間にしか見えない刻印は、母の目にも映ったのだろう。


「……春代」


 母の聞いたことがない冷たい声だった。


 その日を最後に春代は中庭に出ることが叶わなくなった。



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