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01-1.初めて恋に落ちた日

「――なにをしてるんだ?」


 問いかけられて振り返る。


 誰もいないはずの中庭に和服姿の青年が立っていた。新月の晩、姿を見せない月の代わりといわんばかりに輝く満天の星空の下、和傘をさした青年はにこやかに笑う。


「……なにも」


 声をかけられた幼い少女は短く答える。


 知らない人と言葉を交わしてはいけないと両親から強く言われていたことを思い出し、慌てて、自分の手で口を隠した。


 ……おに。


 あやかしの存在を知っていた。


 しかし、初めて目にした鬼の青年は美しく、すぐに逃げられなかった。


 ……こわくない?


 鬼は恐ろしい存在だと聞かされてきた。


 しかし、目の前にいる青年から悪意は感じない。


 それどころか、少女の好意的な視線を向けていた。


「そうか。お前の名前は?」


「いわない」


「変なことを言うなぁ。自分の名前を知らないわけじゃないだろ?」


 青年は笑う。


 それに対し、少女は警戒をしていた。


 ……にげなきゃ。


 頭の中ではわかっている。


 しかし、少女は鬼の青年を見入ってしまった。人とは異なる美しい見た目とは違う豪快な笑い方をする青年に、心が惹かれてしまう。


 一目惚れだった。


 四歳の少女の初恋だった。


 恋心は行動を鈍らせる。それが命取りになるのだと幼いながら理解をしていたものの、体が動かない。


 ……でも、もう少しだけ。


 夜が明ければ会えなくなることを少女は知っていた。


 少女の家系は代々あやかしを退治する側の人間だ。もちろん、悪さをしなければ見逃すこともある。


 しかし、少女があやかしに恋をしたと知れば激怒することだろう。その相手が鬼だと知れば両親は気を失うかもしれない。


「うん。そうか。知らない相手に名を教えるなと教育されているのか。しっかりとした親御さんだな」


 青年は少女の心を読んだ。


 足音もなく、少女に近づき、ゆっくりと屈んで視線を合わせる。 


「俺は紅蓮。この家の客人だ。これで知らない相手じゃなくなったな。さあ、名を教えてくれよ」


 青年、紅蓮の言葉には無理があった。


 しかし、その言葉には不思議な力が宿っていたのか、少女は自身の意思に反して口を開いてしまった。 


「……じんぐうじ、はるよ」


 少女、神宮寺春代は名を口にした。


 その名を聞き、紅蓮はあやしげに笑った。


 ……きれい。


 先ほどの豪快な笑顔とも違う。


 見入ってしまうほどに美しい笑い方だった。


「春代。春代か。良い名だな」


 紅蓮は迷うことなく、春代の手をとった。宝物を見つけたかのように優しく触れられた手を春代は振りほどけなかった。


「春の代か。まさにお前の為にある名だな」


 紅蓮は語る。


 見入ってしまったのは春代だけではない。


 紅蓮も幼い少女に一目で恋に落ちてしまった。


「春代。俺はお前に恋をしたようだ」


 紅蓮は語る。


 優し気な声で語り掛ける。そうすれば、春代が逃げられないとわかっているかのようだった。


 ……きけん。


 春代の本能が危険を知らせる。


 陰陽師の家系に生まれたからこそ、春代は霊力に恵まれていた。物心吐く前から霊力を自在に操ることができるように、日常的に行っていた訓練の賜物だろうか。このまま、紅蓮の言葉に耳を貸すのは危険だと本能が告げていた。


 しかし、春代は動けなかった。


 恋をしてしまったのは春代も同じだったからだ。


「初めての恋だ。春代。恋というのは美しいものだな。まるでお前に出会う為だけに俺は生きてきたかのような気分だ」


 紅蓮は春代の手を離さない。


 小さな春代の手は、力を入れただけで折れてしまいそうなほどにか細く、宝物のように大事に育てられていることがよくわかるほどにきめ細やかな肌をしていた。


 それを紅蓮は簡単に奪っていける。


 それだけの実力があった。結界で守られているはずの神宮寺家に侵入しながらも、誰も目を覚まさない。紅蓮の存在を認識できない。


 それは当主夫妻である春代の両親が不在だからこその現象だった。


「春代。お前を俺の嫁にしよう」


 紅蓮は笑う。


 宝物のように育てられた春代を他の目ざとい連中に手を出される前に、見つけられた自身の幸運に喜びを抱きつつ、哀れにも鬼に魅入られた子どもの悲運に笑いが止まらなくなる。


 大笑いをする紅蓮を春代はまっすぐに見つめていた。


 春代は紅蓮のような人を見たことがない。


 彼が人ではないことは本能で察していたものの、浮世絵離れした綺麗な青年から視線を逸らせなかった。


「およめさん?」


 春代は聞き返す。


 女性は年頃になれば嫁に行くものだと、母が語っていた言葉を覚えていた。


 ……かかさまみたいになれるかな。


 大好きな母のようになりたいと幼心で考える。


 憧れの両親のようになりたいと思ってしまった。


 それは紅蓮に伝わってしまったのだろう。


「そうだ。俺のお嫁さん。嫌か?」


「いやじゃないよ」


「そりゃあ、なによりだ。春代は良い鬼嫁になるな。楽しみでしかたない」


 紅蓮はゆっくりと立ち上がる。


「さあ、春代。これから、俺とずっと一緒にいるんだ。俺たちの家に帰ろうな」


 紅蓮は春代を気に入った。


 誰よりも幸せにする自信があった。


 だからこそ、自分だけのものにしてしまいたかった。 


「……いや」


 春代は小さな声で拒絶した。


 それでも、手を振りほどくことだけはできなかった。


「どうして? 俺が嫌いか?」


 紅蓮は困ったような顔を作りつつ、春代の手を離さない。

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