〜立ち昇る煙〜
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
次いで、今度はミトからゼノンに質問が投げかけられた。
「ところでゼノン。
長く気になっていた事なのだが、かれこれ十七年ほど前、この地にも平和が訪れたはずだ。
無論、マイクとヤニスのお陰もあってな……。
それがどうだ。
戦火は消えるどころか、今、再び燃え広がろうとしているように感じる。
我らがカテリーニへと戻った後、ラミアとアテネの間で一体何があったのだ?」
ミト爺からの問いかけに、ゼノンは一層表情を暗くした。
ルカは、陽気に見えていたゼノンの瞳に、初めて哀しみが映り込むのを感じた。
「あぁ……確かにマイクさんとヤニスさんがアテネとの休戦協定を結んでくれたお陰で、ラミアにも例外なく平和が訪れた。
小さな部落ではいざこざが続いていたし、肝心のスパルタとアテネの協定はまだ結ばれていなかったから、仮初めの平和だったと言えばそれまでだが……。
それでも、いずれは話し合いもまとまり、自ずと休戦協定が結ばれるだろうと思っていた。
実際、革新派であった当時のスパルタ国王も、もうしばらくの辛抱だと……まもなくお前たちが剣を手放す時代が来る、と言ってくれた」
ゼノンは哀愁を漂わせながら、回想を続けた。
「そんな折、アテネに新たな国王が即位した。
歴代のアテネ王とは血筋の交わらぬ、まさに“新国王”だと聞き、俺たちはこれを“良き報せ”だと思った。
そして、当時のスパルタ国王は、停戦に向けた最後の話し合いに臨むため、あの東門をくぐり、アテネへと向かった」
そう言うと、ゼノンは哀しみに満ちた目線を、丘から見渡せる東門へと向けた。
今の情勢を体現するかの如く、門は頑丈に閉ざされていた。
「確かに……その話はわしも風の便りで聞いた」
ゼノンの哀しみを慰めるように、ミトが話を挟んだ。
「新たに即位したアテネ国王は、それまで築き上げられていた和平の話し合いを白紙に戻したと……。
だがしかしだ、あの時の状況を考えるに、それでどうこうなる情勢ではなかったはずだ。
新国王が如何に鼓舞しようとも、既にアテネの戦士たちの士気は地に落ちていた。
違うか?」
「間違いなくその通りです……。
しかし、実際は違ったのです。
スパルタ国王率いる軍勢が再びあの東門をくぐった時、目を疑うような悲惨さに、皆息を呑んだのを今でも覚えています」
ゼノンは当時の情景を思い浮かべるかのように、きつく閉ざされた門を見つめながらひと息つき、そして続けた。
「帰還したスパルタの軍勢はその数を大きく減らし、残った者たちも皆、廃人のように目の光を失い、意味のない戯言を呟き続ける者もいた。
国王自身も同様で、アテネで何があったのかを尋ねても答えることなく、そのままこの街を素通りして、王都ポリスへと帰っていった。
現状、我々は今アテネで何が起きているのか、全く分からないのです。
敵襲があるわけでもなく、王都から進軍の指令が来ることもなく……。
ただ……」
そう言うとゼノンはゆっくりと立ち上がり、丘に突き刺した剣を引き抜き、ルカとミトに向かって振りかぶった。
余りに急な展開に、ルカもミト爺もそれぞれの武器を構える間もなく、頼りなく手ぶらで身構えた。
ディシウスも同様に驚いているのを見るに、あらかじめ決められていた作戦ではないことが分かった。
ゼノンの引き締まった筋肉はみるみる膨れ上がり、獣の咆哮のような雄叫びと共に、剣は振り下ろされた。
同時に凄まじい炸裂音が響き、丘は土埃に包まれ、空へ向かってひとすじの爆煙が立ち昇った。
【固定】
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登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(神の器?)
・ヤニス(エーレの父に返り咲いた男)
・マイク(伝説の英雄)
・レナ(ケンタウルスの女戦士)
・ターレス(ケンタウルスの族長)
・ソフィア(ケンタウルスの少女)
・アグノス(ケンタウルスの若い戦士)
・ルカ(マイクの息子)
・マートル(マイクの妻、ルカを産むと共に死去)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・レア(大地の女神、レナの師)
・アキレウス(昔の英雄)
・アルカイオス(昔の英雄、後のヘラクレス)
・ヘラクレス(英雄の神、元アルカイオス)
・ネッソス(レナの父)
・アイネ(レナの母)
・ヘルメス(天界の死神)
・ヘルメスの使者(元ニンフの魂)
・タナトス(冥界の死神)
・ヒュプノス(タナトスの双子の弟、冥界の死神)
・モイラ(タナトスとヒュプノスの妹、複数の人格を持つ?)
・狭間の獣(タナトスの下僕)
・ニンフ(精霊の総称)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・パン(ニンフ殺し、ヘルメスの使い)
・女(ヴィーナス、ルカの意思に語りかける謎の女)
・エコー(山の精霊。カロスに恋をする木霊)
・ヘーラー(ゼウスの妻、天界の母)
・デュシウス(ラミア西門の門番)
・ゼノン(ラミア最高位の兵士、マイクとヤニスの弟子)
・クリストフ(ゼノンのファミリーネームであり、ゼノンの父であるミトの旧友の呼び名)
・老剣士(?)
・ティーターン(天界を支配した原初の一族より選ばれた12の神達)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(女神の泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・モスコホリ(ミリアの隣町)
・オイコス(ケンタウルス達が集う場所)
・アルゴリス(アテネより南に位置する、ヒドラの住まう場所)
・ラリサ(ギリシャ西部中央に位地する巨大交易都市)
・ラミア(スパルタの兵士達がアテネを攻め入る拠点となる街)
・デルポイ(海に面した山岳地帯)
・コリントス海(ヘーラーの呪いが掛けられた入り江状の海)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)
・天界(天空の世界)
・冥界(地底の世界)
・禁則の地(天界と繋がる場所)
・イボヴォリ(ケンタウルスの園にそびえる大樹)
・ヒドラ(九つの首を持つ毒蛇)
・パピルス紙(古代に於いて使われた植物性の紙)