〜戦地の記憶〜
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
「ちょっと待ってよ。
さっきから言っていることがちっとも分からないわ。
ガイアの命運、遠い昔の神々の戦い、ガイアの子、力を持たざる者……。
それと私と……いったい何の関係があるっていうの?」
思いつく限りの最悪の展開からどうにか逃れようと、エーレは必死にもがいた。
今や立ちはだかるのがたとえ神であろうと、反発することに微塵の恐れもない。
ただ、受け入れることが、恐ろしくてたまらなかった。
「力を持たざる者ですって?
ええ、確かにそれは私にそっくりよ。
私なんて、自分の取り柄を一つも挙げられないもの。
今までもずっと、何の変哲もない人生だった。
あの日、森であなたたちと出会うまでは……」
心が折れないように、エーレはぐっとカロスを睨みつけ、思いの限りをぶつけた。
「そもそも、あなたたちの言う“私の力”って何?
今だって、どんなに自分の手のひらを見つめても何も感じないし、目を閉じても——」
そこで瞼を閉じた瞬間、瞳の中が白く爆ぜ、得体の知れない温かさが頸筋を撫でた。
そして、温もりは灼熱へと転じた。
風が変わる。
焦げた殻の匂い、鼻の奥を刺す煙。
どこまでも広がる稲田が一斉に火を噛み、ぱちぱちと弾ける音が、やがて獣の咆哮のような轟きへ膨れ上がる。
炎の舌は天蓋を目指して舐め上がり、熱風は皮膚を薄く剥ぐように吹き抜けた。
喧騒にすべての声が呑み込まれるなか、ただ一つ、少女の叫びだけが刺さってくる。
弱々しく泣きじゃくりながらも、小さな身体を大きく使い、必死に、何度でも、訴え続けていた。
……ヘスティア。
不思議と、そう理解した。
エーレが駆け寄ろうと踏み出した瞬間、うなじの産毛が逆立ち、耳朶を湿らせるほど近く、知らない声が囁いた。
「誰だ……お前は。
いったいどこから来た?」
エーレの直感が悲鳴を上げた。
“コレ”を見てはいけない。
決して答えてはいけない……。
胸の中でけたたましく警鐘が鳴り響き、目を見開いたまま硬直した。
「なんだ……力を持たざる者か。
興味はない、消えろ。
……それとも、お前のその手でヘスティアを殺すか?」
囁きは、耳の後ろから頬の横へ、影のように滑って前へ回り込んできた。
息の気配が正面に立ち、顔を覗き込もうとする。
雨のような匂いと冷ややかな笑い。
エーレは意識が遠のくのを感じた。
耐えられず悲鳴を上げようとした時、両肩に激しい痛みが走り、エーレははっと目を開いた。
カロスとレナが、鍛え上げられた腕でエーレの肩をしっかり掴んでいた。
呼吸は荒く、汗は大粒となって全身を伝い落ちる。
「大丈夫か!?」
すぐそばで呼びかけるカロスの声も、遠雷のようにぼやけて聞こえた。
息を整えようとするほど、今度は身体が小刻みに震えた。
(いまのは……何?
あの景色も、あの少女も……なぜだか、見覚えがある……。
それに、最後に覗き込もうとした“あの声”は……)
思い返すほどに、うっすらと“顔”の輪郭が浮かびかけた。
刹那、頭蓋の内側がきしむほどの頭痛が襲い、エーレは声にならない悲鳴をあげてその場にうずくまった。
(ごめんなさい――見てません——見てません——見てません……)
頭を抱え、地の底へ祈るように、エーレは必死で神に誓った。
【固定】
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是非続きもお楽しみ下さい。
登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(神の器?)
・ヤニス(エーレの父に返り咲いた男)
・マイク(伝説の英雄)
・レナ(ケンタウルスの女戦士)
・ターレス(ケンタウルスの族長)
・ソフィア(ケンタウルスの少女)
・アグノス(ケンタウルスの若い戦士)
・ルカ(マイクの息子)
・マートル(マイクの妻、ルカを産むと共に死去)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・レア(大地の女神、レナの師)
・アキレウス(昔の英雄)
・アルカイオス(昔の英雄、後のヘラクレス)
・ヘラクレス(英雄の神、元アルカイオス)
・ネッソス(レナの父)
・アイネ(レナの母)
・ヘルメス(天界の死神)
・ヘルメスの使者(元ニンフの魂)
・タナトス(冥界の死神)
・ヒュプノス(タナトスの双子の弟、冥界の死神)
・モイラ(タナトスとヒュプノスの妹、複数の人格を持つ?)
・狭間の獣(タナトスの下僕)
・ニンフ(精霊の総称)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・パン(ニンフ殺し、ヘルメスの使い)
・女(ヴィーナス、ルカの意思に語りかける謎の女)
・エコー(山の精霊。カロスに恋をする木霊)
・ヘーラー(ゼウスの妻、天界の母)
・デュシウス(ラミア西門の門番)
・ゼノン(ラミア最高位の兵士、マイクとヤニスの弟子)
・クリストフ(ゼノンのファミリーネームであり、ゼノンの父であるミトの旧友の呼び名)
・老剣士(?)
・ティーターン(天界を支配した原初の一族より選ばれた12の神達)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(女神の泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・モスコホリ(ミリアの隣町)
・ヘスティア(ケンタウルス達が集う場所)
・アルゴリス(アテネより南に位置する、ヒドラの住まう場所)
・ラリサ(ギリシャ西部中央に位地する巨大交易都市)
・ラミア(スパルタの兵士達がアテネを攻め入る拠点となる街)
・デルポイ(海に面した山岳地帯)
・コリントス海(ヘーラーの呪いが掛けられた入り江状の海)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)
・天界(天空の世界)
・冥界(地底の世界)
・禁則の地(天界と繋がる場所)
・イボヴォリ(ケンタウルスの園にそびえる大樹)
・ヒドラ(九つの首を持つ毒蛇)
・パピルス紙(古代に於いて使われた植物性の紙)