〜訪れた予兆〜
ミリアへの帰り道。
エーレは父親に夢の話をしようと…。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
二人は手早く準備を済ませた。そんな二人にマイクは、急いで帰れるようにと、馬を二頭追加で荷台に繋いでくれた。
「ありがとう、マイク。でも本当に良いのか?」
ヤニスは旅の仲間に加わった二頭の馬を撫でながら尋ねた。
「ああ、当分狩りには出ないからな。本当は俺も一緒に行きたいくらいだが、あと数日で対岸の連中が来る予定だ。冬に備えて町の備蓄も整えなきゃいけないし、このご時世、戦士がいない町は何をされるか分からん。俺が居れば、妙な気は起こすまい」
ヤニスは小さく頷いた。
カテリーニを後にし、ヤニスは急いで自分たちの町『ミリア』を目指した。本来なら、いくつかの町を経由して二日かかる旅路。しかし、マイクから借りた二頭の馬のおかげで、夜更けにはミリアに到着できる見込みだった。
唯一の問題は、自分たちの老いぼれた馬が、若い二頭の馬の速度についていけるかどうかだ。
エーレは相変わらず荷台の上に座っていたが、往路とは違い揺れが激しく、乗り心地は最悪だった。荷台の前端をしっかりと掴み、父に向かって声をかけた。
「マイクおじさんが出会ったサテュロスと、お父さんが感じた嫌な予感って、同じものだと思う?」
ヤニスは器用に三頭の馬を操りながら、小さく首を振った。
「分からん。ただ俺はなんとなく『冬の前にもう一度物資が調達できないかもしれない』と思っただけだ。蜂蜜の出来が悪かったし、ただの心配性な俺の性分だろう。だが、マイクが出会ったのは“実体”だ。不吉の予兆そのものだよ。正直、今はミリアよりもカテリーニの方が心配だ」
ヤニスとマイクは、若い頃に訓練を共にした戦士仲間だった。今の穏やかなヤニスからは想像できないが、かつては「純粋な戦力ならヤニスの方が上だった」とマイクは語っていた。
その話を聞いた時、ヤニスは「それは言い過ぎだ、マイク。娘が信じてしまったらどうする?」と照れていたが、心配せずともエーレは全く信じていなかった。
二人の不安をよそに、帰路は順調に進んでいた。
「よし、一気に山道へ入るぞ」
最後の町も素通りし、ヤニスは手綱を強く握り直した。エーレも次第に見慣れた景色に安心感を覚え、不安はほとんど消えていた。
しかし、ひとつだけ拭いきれないものがあった。昨夜の夢だ。夢の中で迫り来た影たちが、心の隅でじっと息を潜めているように感じられた。
(どうしても気になる……)
不思議とエーレは夢の話を父に打ち明けることを決意した。
「あのね、お父さん。実は昨日の夜、夢を見たんだけど……」
夢の話を語り始めた瞬間、エーレの中でぼんやりと残っていた影が突然膨れ上がった。恐怖が全身を駆け巡り、視界が揺れてぼやける。まるで魂が身体を抜け出し、上空から見下ろしているような感覚に襲われた。
そのまま俯瞰する視界の中、森の中から迫りくる無数の影が見えた。
「駄目! お父さん! さっきの町へ引き返して!」
エーレは突如大声を上げた。ヤニスは驚き、三頭の馬たちも驚いて暴れ始めた。
「どうしたエーレ!?」
状況を全く理解できないヤニスは、必死に馬をなだめながら問いかける。
「お願い、早く! 早く引き返して!」
エーレは必死に懇願するが、次第に身体の力が抜けていく。まるで夢の中の再現。恐怖は再び畏怖へと返り咲き、エーレの意識は揺らいでいった。
遂に訪れた危機。
因みになんですが、実際馬車に馬三頭は走りにくいと思います。
【固定】
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是非続きもお楽しみ下さい。
登場する名称一覧
【キャラクター】
・?(ケンタウルス)
・エーレ(平凡な娘)
・ヤニス(エーレの父)
・マイク(伝説の英雄)
・ルカ(マイクの息子)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・?(梟)
・?(影)
・?(声)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)