〜視える恐怖〜
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
神殿の中へと入った一同の反応はまちまちであった。
カロスは目を潤ませ、口は半開きで、魂が抜け落ちそうな有様だった。
そこにケンタウルス族の戦士としての威厳はなく、憧れの地に訪れた高揚感で満たされていた。
そんなカロスとは逆に、レナは訝しげに周囲へ鋭い視線を走らせていた。
女神レアの弟子でありその恐ろしさを人一倍に周知しているレナを想えば、当たり前の反応ともいえる。
それに同じくして、ケイロンもまた、注意深く辺りを見渡していたが、エーレは驚きのあまり立ち止まった。
神殿に入る前からうっすらと感じてはいたが、中に足を踏み入れた瞬間、それは確信へと変わった。
どこまでも続く果てしない神殿、規則正しく立ち並ぶ巨大な柱、そしてなにより、柔らかな光が織りなし描き出す一筋の道。
それは間違いなく、夢で見たとおりの場所であった。
立ち尽くすエーレに気づき、女神レアが問いかけた。
「どうしたエーレ。
まさかこの神殿に、見覚えがあるとでも言うのではあるまいな?」
エーレは素直に答えるべきなのか躊躇した。
(前回夢の話をした時は、カロスとレナを不安がらせてしまった。
私の見る夢が、良い予兆な訳がない……)
「恐れるな……」
黙り込むエーレを、ケイロンはいつもの言葉で励ました。
「何も恐れてはいけないし、恐れる道理もない。
確かに災いを予知している可能性は高いが、お前自体が災いな訳では無い。
ならばエーレよ。
お前が恐れず我々に教えてくれる事で、予知した災いを防ぐことが出来るのだ」
エーレはケイロンの言葉に慰められると同時に、もうひとつの可能性が怖くて堪らなくなった。
「でも……もしも、私の力が“予知”ではなく“予言”だとしたら……そしたら私が見たものは必ず実現してしまうのでしょう?」
エコーの大樹で女神レアが出したひとつの仮説は、人間の少女の足を竦ませるには充分な恐ろしさであった。
「もし、そうだとしてもだ」
女神レアは今までで最も優しく、エーレに語りかけた。
「お前の力が予言だとして、避けては通れぬ未来だとしても、我々に聞かせておくれ。
その勇気で、救われる命は数え切れぬ」
女神の声は、暖かな風となってエーレの身体を包み込み、震える小さな心臓を癒した。
カロスとレナも、エーレに寄り添った。
「俺たちがあの時取り乱してしまったから、今お前を怖がらせてしまっているのだろう……。
どうか我らの故郷のことは気にしないで欲しい。
洞窟に入ってすぐに、ケイロンからヘスティアの無事は聞いている」
「情けない話だわ。
私たちケンタウルスの戦士が、こんな小さな女の子の勇気に蓋をしてしまうなんて……。
心から謝るわ、エーレ。
だからお願い……ありのままを伝えて。
必ず私たちが、あなたの力になってみせるから」
エーレは心の中で思った。
(今までもずっとそうだったけど、今ほど不思議な“時”ってあるかしら……。
得体の知れない人間の私が見た夢を、女神が、賢者が、ケンタウルスたちが、こんなに望んでいるだなんて。
そもそも冷静に考えれば、この人たちに嘘をつく方が、よほど恐ろしい未来に繋がるじゃない。
私ってば、何を怖がっていたんだろう)
エーレはクスッと笑い声を漏らし、自らが見た夢の話を語り始めた。
【固定】
お読み頂きありがとうございました。
評価やブックマークして頂けますと励みになります。
是非続きもお楽しみ下さい。
登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(神の器?)
・ヤニス(エーレの父に返り咲いた男)
・マイク(伝説の英雄)
・レナ(ケンタウルスの女戦士)
・ターレス(ケンタウルスの族長)
・ソフィア(ケンタウルスの少女)
・アグノス(ケンタウルスの若い戦士)
・ルカ(マイクの息子)
・マートル(マイクの妻、ルカを産むと共に死去)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・レア(大地の女神、レナの師)
・アキレウス(昔の英雄)
・アルカイオス(昔の英雄、後のヘラクレス)
・ヘラクレス(英雄の神、元アルカイオス)
・ネッソス(レナの父)
・アイネ(レナの母)
・ヘルメス(天界の死神)
・ヘルメスの使者(元ニンフの魂)
・タナトス(冥界の死神)
・ヒュプノス(タナトスの双子の弟、冥界の死神)
・モイラ(タナトスとヒュプノスの妹、複数の人格を持つ?)
・狭間の獣(タナトスの下僕)
・ニンフ(精霊の総称)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・パン(ニンフ殺し、ヘルメスの使い)
・女(ヴィーナス、ルカの意思に語りかける謎の女)
・エコー(山の精霊。カロスに恋をする木霊)
・ヘーラー(ゼウスの妻、天界の母)
・デュシウス(ラミア西門の門番)
・ゼノン(ラミア最高位の兵士、マイクとヤニスの弟子)
・クリストフ(ゼノンのファミリーネームであり、ゼノンの父であるミトの旧友の呼び名)
・老剣士(?)
・ティーターン(天界を支配した原初の一族より選ばれた12の神達)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(女神の泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・モスコホリ(ミリアの隣町)
・ヘスティア(ケンタウルス達が集う場所)
・アルゴリス(アテネより南に位置する、ヒドラの住まう場所)
・ラリサ(ギリシャ西部中央に位地する巨大交易都市)
・ラミア(スパルタの兵士達がアテネを攻め入る拠点となる街)
・デルポイ(海に面した山岳地帯)
・コリントス海(ヘーラーの呪いが掛けられた入り江状の海)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)
・天界(天空の世界)
・冥界(地底の世界)
・禁則の地(天界と繋がる場所)
・イボヴォリ(ケンタウルスの園にそびえる大樹)
・ヒドラ(九つの首を持つ毒蛇)
・パピルス紙(古代に於いて使われた植物性の紙)