〜家族の形〜 その2
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
皆の視線を意にも介さず、ペガサスの子は再び大地を蹴り、振動と共に光を放った。
すると、エコーの時と同じように、この不可思議な空間の中心に女神レアが現れた。
予期していたカイルとレナは即座に膝をついたが、ケイロンは背筋を伸ばしたまま動かず、むしろ露骨に不遜な笑みを浮かべる。
その幼さげな挑発に、場の空気は一層張り詰めた。
「……相変わらず見窄らしい姿だな、ケイロン」
レアの開口一番は、鋭い毒を含んでいた。
「久方ぶりですな、女神レアよ」
ケイロンはこれにゆっくりと応じ、その声音には皮肉が滲み、敬意など欠片もない。
レアは周囲を見渡すと鼻で笑った。
「洞窟に身を潜め、黄金の幻を張り巡らせるとは。
賢者を気取っても、結局は孤独に押し込められた哀れな子にすぎぬ」
「お言葉ですがな。
わしは誰かに閉じ込められた覚えはない。
母からも種族からも、自らの足で去ったまでのこと。
……挑発を続けると、綻ぶのは貴女の方やもしれませぬぞ」
二柱の応酬に合わせ、心地良かった草原の光景が徐々に歪んでいく。
風は荒れ、黄金の草は黒く焦げ、天井なき空間は闇に呑まれ始めた。
カイルもレナも俯いて息を殺し、ただこの嵐が過ぎるのを待つしかなかった。
だが、変化は突然であった。
「……あの、すみません!」
禍々しい気が渦巻く空間を、エーレの澄んだ声が切り裂いた。
「なんかすごく怖いですし、このままじゃ私なんて一瞬で消えてなくなっちゃいそう。
せっかくペガサスが呼んでくれたんですから、喧嘩じゃなくて話を進めませんか?」
空気は一変した。
神同士の激突を、ただの人間の少女が遮ったのだから当然である。
一瞬、時間が止まった。
女神レアと賢者ケイロンは言葉を失い、互いに視線を交わす。
そして緊張に耐えきれなくなったカイルとレナは、ついに吹き出して笑ったのだった。
先に笑みを零したのは、女神レアであった。
慈愛に満ちた表情でエーレを見つめ、語りかけた。
「まさか……人間に鎮められる日が来ようとはな。
まったく、永く生き長らえるのも、悪くないものだ。
そうは思わぬか、ケイロンよ」
この言葉に、ケイロンもまた、元の穏やかであどけない表情をみせた。
「それもそうだな……。
如何に因縁深き相手といえど、今は味方同士であることに間違いない。
エーレの言う通り、議題を先へ進めるのが最適解だ」
エーレは自分へのお咎めが無いことを知り、胸を撫で下ろした。
「そうなればだ……」
女神レアが唐突に空へと手を翳すと、淀んでいた景色は瞬く間に黄金色の草原へと戻り、更には巨大な神殿まで現れた。
「まさか……この短時間で、わしの空間を解読したと言うのか?」
ケイロンは、自らが洞窟内に創り出した世界を、いとも簡単に変えてみせた女神の力に驚愕した。
女神レアはさも当たり前に振る舞った。
「なに、お前の力を反射させたまでだ。
少し付け加えたがな……。
エーレは勿論だが、カロスとレナにとっても初めてであろう。
これが我らティーターンの故郷の景色だ。
ケイロン……お前にとっては幼すぎる記憶ゆえ、神殿までは創造出来なかったのであろう?
この機会にしっかりと覚えておきなさい。
お前の力であれば、次からは容易に創造出来るであろう。
さて、それでは皆、神殿の中へと入るが良い。
本来は禁忌だが、これはただの私の記憶の世界だ。
なんの罰も与えられんさ」
それぞれが女神レアという存在に圧倒され、ただ黙って後に従った。
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登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(神の器?)
・ヤニス(エーレの父に返り咲いた男)
・マイク(伝説の英雄)
・レナ(ケンタウルスの女戦士)
・ターレス(ケンタウルスの族長)
・ソフィア(ケンタウルスの少女)
・アグノス(ケンタウルスの若い戦士)
・ルカ(マイクの息子)
・マートル(マイクの妻、ルカを産むと共に死去)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・レア(大地の女神、レナの師)
・アキレウス(昔の英雄)
・アルカイオス(昔の英雄、後のヘラクレス)
・ヘラクレス(英雄の神、元アルカイオス)
・ネッソス(レナの父)
・アイネ(レナの母)
・ヘルメス(天界の死神)
・ヘルメスの使者(元ニンフの魂)
・タナトス(冥界の死神)
・ヒュプノス(タナトスの双子の弟、冥界の死神)
・モイラ(タナトスとヒュプノスの妹、複数の人格を持つ?)
・狭間の獣(タナトスの下僕)
・ニンフ(精霊の総称)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・パン(ニンフ殺し、ヘルメスの使い)
・女(ヴィーナス、ルカの意思に語りかける謎の女)
・エコー(山の精霊。カロスに恋をする木霊)
・ヘーラー(ゼウスの妻、天界の母)
・デュシウス(ラミア西門の門番)
・ゼノン(ラミア最高位の兵士、マイクとヤニスの弟子)
・クリストフ(ゼノンのファミリーネームであり、ゼノンの父であるミトの旧友の呼び名)
・老剣士(?)
・ティーターン(天界を支配した原初の一族より選ばれた12の神達)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(女神の泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・モスコホリ(ミリアの隣町)
・ヘスティア(ケンタウルス達が集う場所)
・アルゴリス(アテネより南に位置する、ヒドラの住まう場所)
・ラリサ(ギリシャ西部中央に位地する巨大交易都市)
・ラミア(スパルタの兵士達がアテネを攻め入る拠点となる街)
・デルポイ(海に面した山岳地帯)
・コリントス海(ヘーラーの呪いが掛けられた入り江状の海)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)
・天界(天空の世界)
・冥界(地底の世界)
・禁則の地(天界と繋がる場所)
・イボヴォリ(ケンタウルスの園にそびえる大樹)
・ヒドラ(九つの首を持つ毒蛇)
・パピルス紙(古代に於いて使われた植物性の紙)