〜母なる女神の呪い〜
無花果を追って辿り着いた大都市ラリサ。
しかし、街には入れず、先を急ぐより他に無かった。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
奇妙なパーティーでの旅が始まって半日ほど経ったが、ネオはパンの放つ異様な陽気に、いつしか魅せられ始めていた。
もう何個目だろうか……。
道端に転がる無花果を見つけるたびに、ネオはパンと共にその理由を推し量った。
この繰り返しが、ネオの中で友情に似たもの、旅を共にする仲間としての信頼に似たものを少しずつ積み重ねていった。
パンが虚偽の情報で自分達を困らせようとしているとは、どうしても思えなかった。
それでも――パンの本意は読めなかった。
夕刻が迫った頃、一行はまたひとつ、乾燥した無花果を見つけた。
目と鼻の先には、『ラリサ』と呼ばれる大きな街が見えている。
「ここらで一息入れたいところだが……どうやら、そうはいかないようだな」
パンは街をぼんやりと見つめながら言った。
「何故だパン? 宿を取るならラリサがもってこいだろう」
ラリサのあるギリシャ中央部は、山の多い国土の中で数少ない平野に位置し、南北はもちろん、東の海路や西の陸路交易も盛んで、旅の宿場としても賑わいを見せる大都市であった。
何より、この時代に各地で不穏な睨み合いが続く中、ラリサにはまだ戦火が届いていない。
街から少し離れた場所にいても、その陽気さは感じられたし、ほぼ休みなしで移動してきたため、人間はもちろん、マイクたちの馬も疲弊していた。
「馬達が疲れているのは分かるが……確かに、あれでは無理だな」
マイクの疑問に応じたのは、アグノスだった。
「街全体が結界のような魔力で包まれている。 大都市ひとつを囲えるほどの力だ。
まず間違いなくヘラクレスの仕業だし、あと少しでも近付けば、奴に気付かれるだろう。
追って来ていることは知られているだろうが、詳細な居場所までは知られたくない」
「では、この辺りでテントを張るか?」
ヤニスの問いには、パンが答えた。
「いや、どうせカテリーニの人間たちはラリサにはいない。
ただひたすら歩き続けているはずだ。
いくら操られているとはいえ、所詮は人間の隊列。
大した速度ではないし、わざわざ追わずとも、大体の道のりは察しがつく。
街から離れた所で仮眠をとり、その後、一気に次の都市『ラミア』近くまで南下する。
その先に、一人、力を借りたい相手がいる。
それに『ラミア』の地理なら、お前たちもよく知っているだろう?」
そう言うと、パンは道を外れ、適当な場所へと逸れた。
その後を追いながら、マイクは口を開く。
「確かに俺達が戦士だった頃、ラミアはスパルタの拠点で、もちろん俺達もそこにいた。
だが、それは今も変わらん。
現役を退いた今、俺達ですら無事に通してもらえる保証はないぞ?」
「だからこそ、お前達が必要なんだ。
俺様やアグノスは、見つかるだけで話がややこしくなるし、一発でヘラクレスに感づかれる。
だからお前達に囮をやってもらい、その間に俺様とアグノスは『デルポイ』へ抜ける」
最後に出た地名を聞き、アグノスは露骨に顔を顰めた。
「おいパン……お前が力を借りようとしているのは、まさか?」
「その通りさ、アグノス。
どうせラミアを越えれば、その先アテネまではどこもかしこも戦場だ。
それなら“コリントスの海”を渡った方が安全だろう」
今、一行の目の前には大都市ラリサがある。
そこからさらに半日ほど南下すればラミアがあり、その先には海沿いの山岳地帯・デルポイがあった。
アテネへの道は、ラミアから陸路で行くか、デルポイの山を越え、入江状に広がるコリントスの海を渡るかの二択だが、通常であれば後者は選ばれない。
マイクはすぐさま反論した。
「コリントスの海を渡るだと?
そんなことが可能なのか?
俺達人間の間では、あの海は呪われていると言われ、母なる女神の怒りを買うと伝えられているが」
「そりゃそうだ。
あそこは正に、ゼウスの妻『ヘーラー』の呪いが込められているからな。
お前達人間が渡れるわけがない」
悪びれることなく無理難題を口にするパンに、マイクはもう何度目か分からない怒りを覚えた。
ヤニスはマイクの肩に手を置き、代わりに問い掛ける。
「俺たちも含め、無事に渡る算段は立っていると見ていいのか?」
「ああ……もちろんだ。
俺達が向かうデルポイには、ヘーラーを憎み、そしてヘーラーに憎まれた海の呪いの元凶が住んでいる。
そんなことより、お前達はどうやってラミアを切り抜けるか考えた方がいい」
こうして一行の旅は、正に前途多難となった。
マイク、ヤニス、ネオの三人は、頭を駆け巡る疑念のせいで、ろくに仮眠も取れなかった。
コリントスには今もヘーラーの神殿があって、アテネからも近い人気の観光名所だよ。
今回大事なのは、海に掛けられたのがマギア出はなく呪い、即ちカターラであること。
時の経過と共に力を増す最高位女神のカターラ、いったいいつ掛けられた呪いなのやら。
【固定】
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登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(神の器?)
・ヤニス(エーレの父に返り咲いた男)
・マイク(伝説の英雄)
・レナ(ケンタウルスの女戦士)
・ターレス(ケンタウルスの族長)
・ソフィア(ケンタウルスの少女)
・アグノス(ケンタウルスの若い戦士)
・ルカ(マイクの息子)
・マートル(マイクの妻、ルカを産むと共に死去)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・レア(大地の女神、レナの師)
・アキレウス(昔の英雄)
・アルカイオス(昔の英雄、後のヘラクレス)
・ヘラクレス(英雄の神、元アルカイオス)
・ネッソス(レナの父)
・アイネ(レナの母)
・ヘルメス(天界の死神)
・ヘルメスの使者(元ニンフの魂)
・タナトス(冥界の死神)
・ヒュプノス(タナトスの双子の弟、冥界の死神)
・モイラ(タナトスとヒュプノスの妹、複数の人格を持つ?)
・狭間の獣(タナトスの下僕)
・ニンフ(精霊の総称)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・パン(ニンフ殺し、ヘルメスの使い)
・女(ヴィーナス、ルカの意思に語りかける謎の女)
・エコー(山の精霊。カロスに恋をする木霊)
・ヘーラー(ゼウスの妻、天界の母)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(女神の泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・モスコホリ(ミリアの隣町)
・ヘスティア(ケンタウルス達が集う場所)
・アルゴリス(アテネより南に位置する、ヒドラの住まう場所)
・ラリサ(ギリシャ西部中央に位地する巨大交易都市)
・ラミア(スパルタの兵士達がアテネを攻め入る拠点となる街)
・デルポイ(海に面した山岳地帯)
・コリントス海(ヘーラーの呪いが掛けられた入り江状の海)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)
・天界(天空の世界)
・冥界(地底の世界)
・禁則の地(天界と繋がる場所)
・イボヴォリ(ケンタウルスの園にそびえる大樹)
・ヒドラ(九つの首を持つ毒蛇)
・パピルス紙(古代に於いて使われた植物性の紙)