〜力の片鱗〜
エコーの元へとたどり着いた一同であったが、瘴気を取り除くのは一筋縄ではいかない様である。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
「いったい……エコーは何と言っているの?」
カロスのあやふやな態度を見かねて、レナが訪ねた。
それに対してカロスは、どこか申し訳なさそうに答えた。
「レナは知っているからどうでも良いが、初めて見る其処の人間に、“自分のような人間風情が何故こんな森の奥地にいるのか”を説明させろと……」
カロスの言葉にレナは「堕ちたニンフ如きが調子に乗って」と、脇の剣に手を添えようとしたが、今度はエーレが、それを両手で必死に止めた。
「レナさん……私なら大丈夫!」
そう言うと、エーレは巨大なエコーの目を、強く見つめて歩み寄った。
「始めましてエコーさん。
私はエーレです」
「始めましてエコーさん。
私はエーレです」
エコーは相変わらず言葉を繰り返すだけであったが、ここからはカロスが通訳をしてくれた。
「人間のお前が何故ケンタウルス達と一緒に行動しているのか?と聞いている」
エーレは自分の置かれた状況や、この旅の成り行きを、出来るだけ簡潔に伝えた。
「本当の事は何も分かっていないの……。
だから……私達は少しでも早く、ケイロンさんの所へと向かわなければならない。
お願いエコーさん。
カロスの瘴気を祓ってくれないかしら?」
エーレが懇願すると、エコーはより強くエーレを睨みつけた。
「話しの通りであれば、全ての災いを持ち込んだのはお前ではないか?
そして無論、憎たらしいく汚らわしいネーレーイスの印を、カロスに憑けられてしまったのも」
心にもない言葉を口にしながら、カロスは一段と申し訳なさげに通訳した。
「その通りよ!
だからこそ私は、私自身の事を早く理解して、皆の力になりたいの!
私なんかのせいで、皆に迷惑をかけたくないの!
お願いします!エコーさん!」
「人間の小娘が森の生命の力になるなど、この世界の理に適わぬ妄想だ」
続く言葉にカロスは躊躇し、弱々しく言葉を振り絞った。
そして何故か、カロスがエコーの意思を口にする前に、エコーの“言葉”がエーレの心の中で酷く反響した。
「お前が力になりたいと言うのであれば、今この崖から飛び降りよ。
お前が死ねば全てが済むことだ。
さすればカロスの瘴気は取り祓おう」
その言葉は思いのほか、エーレの心に深く突き刺さった。
それは、薄っすらと感じていたことだからだ。
その想いが浮かんで来るたびに、無意識で鎮めていたからだ。
自分の命が消え去れば、目の前で起ころうとしている不吉な災いが、防げるのではないかと……。
私が居なくなれば、父も、ミリアやカテリーニの皆も、今まで通り平和に暮らせるのではないか……と。
しかし、いざ言葉にして振り翳されると、エーレの足は顕著に震え、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。
そんなエーレの様子に、レナの我慢は限界を超えた。
「エコー!貴様!」
レナは身体に似合わぬ大剣を抜き、エコーの顔ではなく、大樹本体に飛びかかった。
慌てたカロスが、それを脇差しで止めた。
「落ち着けレナ!」
ぶつかり合う刃音が、森に不釣り合いな高音を響かせた。
「黙れカロス!
元はと言えば、お前の油断が全てではないか!
狭間の獣如きに瘴気を取り憑けられるなど、怠慢以外のなんだと言うのだ?」
「それは充分感じている!
私も今考えているし、少し時間が必要なんだ。
当たり前の話だが、エーレの命を脅かそうなどと思ってはいないし、エコーがただ、からかっているだけだ!
冷静になってくれ!」
「そうであれば尚更ではないか!
罪を背負ったニンフ如きが、我々森の守護者たるケンタウルスをからかうなど、極刑に値する!」
交わる剣から火花を散らしながら争う二体のケンタウルスを見つめ、エコーの顔は実に満足そうであった。
反してエーレは、自分を中心として広がる不幸の連鎖に、心が折れかけていた。
そして、強く願うように、ぐっと目を閉じた。
(あの時助けてくれたように……。
あの時色々な助言を与えてくれたように……。
助けて……ケイロンさん……)
エーレの意思は身体を抜け出し、辺りを俯瞰していた。
先ほどまで目の前で起こっていた事が、モノトーンな静止画となり、エーレはそれを上空から見つめていた。
ケンタウルス達やエコーの葉は勿論のこと、風すらも静止した中で、驚くことにペガサスの子だけは、何食わぬ顔で地面の草をはんでいた。
さらに、ペガサスの前脚の蹄が、異様に強く、輝いて見えた。
そしてペガサスは、そこにエーレの意思がある事を察しているかの如く、草を咀嚼しながら顔を上げると、空中に漂うエーレの魂を見つめた。
ほんの僅かな時間、ペガサスと見つめ合ったその瞬間、エーレの意思は歪む景色と共に本来の身体へと戻り、そして、エーレは叫んだ。
「地面を蹴って!!!」
不意に発せられた声に驚き、各々はエーレを見やり、そしてペガサスは大きな嘶きと共に、まだ未熟な自身の身体を天へと振りかぶった。
史実でもペガサスはとても呑気な描写が多いです。
背中に乗せた人が空中で落下しても、気にも止めません。
控えめに言ってめっちゃ可愛いやつです。
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是非続きもお楽しみ下さい。
登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(神の器?)
・ヤニス(エーレの父に返り咲いた男)
・マイク(伝説の英雄)
・レナ(ケンタウルスの女戦士)
・ターレス(ケンタウルスの族長)
・ソフィア(ケンタウルスの少女)
・アグノス(ケンタウルスの若い戦士)
・ルカ(マイクの息子)
・マートル(マイクの妻、ルカを産むと共に死去)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・レア(大地の女神、レナの師)
・アキレウス(昔の英雄)
・アルカイオス(昔の英雄、後のヘラクレス)
・ヘラクレス(英雄の神、元アルカイオス)
・ネッソス(レナの父)
・アイネ(レナの母)
・ヘルメス(天界の死神)
・ヘルメスの使者(元ニンフの魂)
・タナトス(冥界の死神)
・狭間の獣(タナトスの下僕)
・ニンフ(精霊の総称)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・パン(ニンフ殺し、ヘルメスの使い)
・女(ヴィーナス、ルカの意思に語りかける謎の女)
・エコー(山の精霊。カロスに恋をする木霊)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(女神の泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・モスコホリ(ミリアの隣町)
・ヘスティア(ケンタウルス達が集う場所)
・アルゴリス(アテネより南に位置する、ヒドラの住まう場所)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)
・天界(天空の世界)
・冥界(地底の世界)
・禁則の地(天界と繋がる場所)
・イボヴォリ(ケンタウルスの園にそびえる大樹)
・ヒドラ(九つの首を持つ毒蛇)
・パピルス紙(古代に於いて使われた植物性の紙)