〜無花果に願いを込めて〜
ルカは自らに課せられた使命を、全うする事を誓う。
町の人達を、そして父親達を守り抜く為に、独り孤独な旅路へと向かう。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
ここでルカは、際限なく広がる真っ白な空間が、少しずつ狭まって来ているのに気が付いた。
「そろそろ動き出しそうね……。
さて、貴方を身体へと戻すわルカ。
準備は良いかしら?」
正直全く以て準備良き事など無かったが、自身を待っている場合ではないだろうと察し、ルカは仕方なく頷いた。
女はスッと立ち上がると、ルカへと歩み寄り、そしてルカの横でまたスッと膝を曲げた。
「色々な不安はあると思うけれど、貴方ならきっと大丈夫よ」
そう言うと、女はルカの頭へと手を伸ばした。
これが身体に戻る合図なのだと理解したルカは、咄嗟に二つの質問をした。
「最後にほんの少しだけ良いですか?
いざという時、僕がヘラクレスの支配から逃れる為には、どうすれば良いですか?」
「そんなのは簡単よ。
貴方が心の中で(支配されたフリを辞めよう)と思えば、自ずと支配は解かれるわ。
それ程までに、貴方の心は強大なの」
「分かりました。
では最後に……」と、ルカはジッと女の瞳の奥を見つめた。
「貴方は親父の妻、即ち、僕のお母さんですか?」
女は少し意地悪気に微笑んだ。
「それはどうかしら。
今はまだ内緒にしておくわ……完全に正解とは言えないからね。
私が次に貴方の前に現れる時、全てを話す事になるはずよ」
そう言うと、女は止めていた手を動かし、ルカの頭にそっと置いた。
その瞬間、今度は女の輪郭だけがハッキリと残り、またそれ以外は高速でルカの後ろへと去っていった。
瞬きの間、次にルカが目を開けると、そこはいつもの家の中であった。
目の前のテーブルに、白鳥の姿は無かった。
しかし余りにも鮮明な記憶は、今までの出来事が夢ではない事を語っていた。
それを証明するかのように、ルカの頭の中に自分ではない意思の声が響いた。
(そろそろアテネに向かおう)
「これがヘラクレスの意思……」と感じながら、ルカはその意思の声に同調した。
(そうだね。
町の皆を連れて行こう)
ルカは洗いかけのグラスや、森へと出かけた三人の準備に使った道具もそのままに、家の外へと出ると、裏手へと回り、其々の馬達の前を仕切る柵を外し、犬部屋の入口を開いた。
馬と犬達を連れて家の表側へと戻ると、そこには町中の人達がぞろぞろと集まっていた。
唯一その理由を知るルカは、その光景にゾッと寒気を感じたが、必死に抑えて、皆の指揮をとった。
「ミト爺さん!
皆を誘導してください。
其々二列に整列して、列の等間隔に、狩人の皆さんが護衛に入って下さい。
足の弱い方は、どうぞうちの馬を使って下さい」
ルカはテキパキと町の人達を整列させ、そして自らは列の最後尾に陣取った。
「それでは皆でアテネへ向かいましょう!」
ルカの言葉を合図に、隊列を成した町の民達は、ゆっくりと前進を始めた。
その折に、ルカは目の前の男が無意識に掴んでいた麻袋を引っこ抜き、町の出口近くに置かれていた樽の中から、袋に入り切る限りの乾燥無花果を詰め込んだ。
そして最後に、樽の中から無作為にひと粒拾い上げると、その場へポトリと落とした。
心の中に潜むヘラクレスにバレないよう、極僅かながらに(この無花果を辿って来てください)と願いを込めながら。
これが、マイク達が森に居る間にカテリーニで起こった真実であった。
そして極僅か、微量な願いの込められた無花果に、パンが気付き、ルカの意思をネオが読み取ったのであった。
道標に使った無花果が、鳥なんかに食べられたらどうするのか?
そんな事を思ったあなた!
意地悪はやめましょう。
パン切れよりはマシです。
【固定】
お読み頂きありがとうございました。
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是非続きもお楽しみ下さい。
登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(神の器?)
・ヤニス(エーレの父に返り咲いた男)
・マイク(伝説の英雄)
・レナ(ケンタウルスの女戦士)
・ターレス(ケンタウルスの族長)
・ソフィア(ケンタウルスの少女)
・アグノス(ケンタウルスの若い戦士)
・ルカ(マイクの息子)
・マートル(マイクの妻、ルカを産むと共に死去)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・レア(大地の女神、レナの師)
・アキレウス(昔の英雄)
・アルカイオス(昔の英雄、後のヘラクレス)
・ヘラクレス(英雄の神、元アルカイオス)
・ネッソス(レナの父)
・アイネ(レナの母)
・ヘルメス(天界の死神)
・ヘルメスの使者(元ニンフの魂)
・タナトス(冥界の死神)
・狭間の獣(タナトスの下僕)
・ニンフ(精霊の総称)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・パン(ニンフ殺し、ヘルメスの使い)
・女(ヴィーナス、ルカの意思に語りかける謎の女)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(女神の泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・モスコホリ(ミリアの隣町)
・ヘスティア(ケンタウルス達が集う場所)
・アルゴリス(アテネより南に位置する、ヒドラの住まう場所)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)
・天界(天空の世界)
・冥界(地底の世界)
・禁則の地(天界と繋がる場所)
・イボヴォリ(ケンタウルスの園にそびえる大樹)
・ヒドラ(九つの首を持つ毒蛇)
・パピルス紙(古代に於いて使われた植物性の紙)