〜予言の穴〜
残されたレナに託される族長の願い。
レナが迎える恐怖の船出。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
「さてレナや、お前には、この機会に幾つか話さなければならない事がある」
今や不安定となったレナを刺激しないよう、ターレスは慎重に言葉を紡いだ。
「まずケイロンの推測だと、カロスは今、狭間の獣が狙っていた“もの”を守っている。 しかし、それが何かを教えてはくれなかった。 私もヤツのこういうところは嫌いだ。 叡智の名の下に、肝心の答えまでは教えない。 傲慢なヤツだよ。 だがケイロンはそれをこう表した。 (神の器の可能性がある)と。 この意味が分かるな?」
問われたレナは、ターレスを睨むように見つめて答えた。
「まさか、地上界に天冥の神が現れるとでも?」
「そのまさかだ」とターレスは言った。
(そんなはずはない。 そんな危うい存在に、なぜ森が反応しない)
レナの考えを見透かすように、ターレスは続けた。
「私もそう思ったよ。 だから反論した。 そんな異物が森の中に入って来たのであれば、森の女神がそれに気付かぬはずがない。 世界の母である我等の『ガイア』が……とな。 それに対するヤツの答えはこうだ」
(それが森で作られたのだとしたら……、ガイアから産み出されたものだとしたら……、森が受け入れるのは至って自然な流れだ)
族長から伝えられた賢者の言葉を、レナはあまり理解できなかった。
「森の中に裏切り者がいるということですか? それに天冥の神たちの狙いも……、私には理解が及びません」
レナの素直な返答に、ターレスは困った様子で答えた。
「残念だが、ケイロンはこれ以上を教えてはくれなんだ。 詳しくはまだ私も解けていないのだよ。 しかしヤツは最後に言葉を残した。 (レナであれば、それをすぐ見定められるだろう。 もしかしたら私が予知できない“穴”を、埋めてくれるやも知れん)とな」
しばらく俯きながらレナは考えを巡らせたが、答えの糸口すら見えてこなかった。
しかし、ケイロンが残した言葉には、得体の知れない不気味さを覚えた。
「レナよ、私が今何を思っているか分かるかい?」
レナはもちろん分かるはずもなく、小さく首を振った。
「私は今、純粋に恐怖しているのだよ。 久しく忘れていた感情に支配されているのだ。 その元凶は、ヤツが最後に言った言葉であり(予知できない“穴”)だ。 分かるな?」
レナはここで、先ほど感じた不気味さの正体に気が付いた。 いかにレナがケイロンを憎んでいるとはいえ、彼の予知の力は疑いようがないものであった。
ケイロンが賢者と呼ばれる所以。 今ここに雄大な森が在ること自体が、その力の証明でもあった。
それと同時に、レナは知っていた。 予知の力が防がれる時、それは即ち相手がより強い力と、予知を妨げるという明確なる意思を持っているという事である。 種族の中で、いや、この地上界全体においても、随一とされる賢者に対して。
「そんなこと……いったい何者ですか?」
答えが紐解かれるにつれて、レナは得も知れぬ恐怖を感じ始めた。 ターレスはより深刻な表情を浮かべながら、可能な限りの答えを絞り出した。
「私が知り得る限り、ケイロンの力を上回るとするならば、ヤツに予知の力を授けた本人か、予知の上位である予言を司る神が、存在するとしか思えない。 しかしそのどちらかでも、地上界に現れたとしたら、それは大災どころの騒ぎではない。 先ずそれはあり得んし、考えたくもない。 少なくとも今は、何らかの理由でその正体を隠していると思って間違いないであろう」
あまりにも急速に育ち始めた不吉の予兆に、レナはついていくのがやっとであった。
思考の海で苦しむレナに、ターレスは助け舟を浮かべた。
「しかし私は決して、ケイロンの指示に従ってお前を行かせるのではない。 まだ若く無鉄砲なアグノスに、こんな未知なる航海の舵を握らせる訳にはいかん。 頼りない族長の切なる願いだ。 とんだ泥舟かも知れんが、頼まれてくれるか?」
足元で波打つ恐怖に躊躇したが、ついにレナは覚悟の一歩を踏み出し、深く頷いた。
ケイロンに予言の力を与えたのは、皆もよく知るあの神様だよ。
あの有名な女神の双子の弟だね。
この双子実に残虐な一面を持ってるから気を付けて。
【固定】
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登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(神の器?)
・ヤニス(エーレの父に返り咲いた男)
・マイク(伝説の英雄)
・レナ(ケンタウルスの女戦士)
・ターレス(ケンタウルスの族長)
・ソフィア(ケンタウルスの少女)
・アグノス(ケンタウルスの若い戦士)
・ルカ(マイクの息子)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・レア(女神)
・アキレウス(昔の英雄)
・ヘルメス(天界の死神)
・ヘルメスの使者(元精霊の魂)
・タナトス(冥界の死神)
・狭間の獣(タナトスの下僕)
・ニンフ(精霊の総称)
・パン(ニンフ殺し、ヘルメスの使い)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(女神の泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・モスコホリ(ミリアの隣町)
・ヘスティア(ケンタウルス達が集う場所)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)
・天界(天空の世界)
・冥界(地底の世界)
・禁則の地(天界と繋がる場所)
・イボヴォリ(ケンタウルスの園にそびえる大樹)