〜神の器〜
導き出されるエーレの運命。
エーレとは一体何者なのか。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
「しかしこの説にも、やはり埋められない穴がある」
頭を抱えるヤニスを救おうと、カロスは自らの説の矛盾点を差し出した。
「もし仮にこの説が正しかったとしても、結局何故エーレが狙われているのかが分からないのだ。
エーレが開戦の狼煙を上げる火種だとして、何故それを取り合うのか。
せっかく公正を期す為に設けたものを、奪い合うのでは意味がない。
私はここに、大きな疑念を感じる。
何かを見逃しているような……、不気味な空白を感じるのだ」
カロスの言うことは確かであった。ヤニスがもう一度説を思い返してみても、エーレが狙われる展開は出てこなかった。そこでヤニスは、この小さな綻びにしがみつくことにした。
「確かにそうだな。
エーレが狙われる理由がない。
そもそも何の力も持たず、誰よりも存在感の無い子だ。
そんな娘がどうやって、神々の戦いの合図を出すと言うのだ」
エーレを想い、我が“娘”の人生を何とか不幸から切り離そうとする、ヤニスの優しさからなる蔑みであった。無力を強調し透明にすることで、娘を世界から見えなくしようとした。
しかし、運命は残酷であった。
ヤニスの言葉は、カロスの空白を埋めてしまった。
「死か…」とカロスが零した。
カロスは、自らが導き出したあまりに無慈悲な可能性に、言葉を失った。自分の目線で眠りにつく平凡な娘の中に、どれほどの定めが秘められているというのか。
カロスはスッと立ち上がり、身体に力を込めた。そして大きく息を吐き出すとともに、今しがた完成してしまった説の、新たなる“章”を語り始めた。
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「神は生物に憑依したり操ったりは出来るが、そのものに成り代わることは出来ない。
いや、正確に言えば、そんなことはしない。
何故だか分かるか?」
カロスがなぜ今、そのようなことを尋ねてきたのかも分からなかったし、その問いの答えも分かるはずもなく、ヤニスは大きく首を振った。カロスは一応その合図を確認して、答えを述べた。
「器が保てないからだ……。
神の力を宿し続けるためには、それ相応の器が必要なのだよ。
例えば、ある神が人間の身体に自らのすべての力を移したとする。
さすればその神は、肉体を保つために力を制限せざるを得なくなり、結果としてその身体から再び抜け出す力も失うだろう。
要するには、“神”ではいられなくなるのだ」
なるほど…とヤニスは納得したが、その知識が自分の人生に役立つとは思えなかった。
「そしてエーレが…」
カロスは頭の中に浮かぶ可能性の欠片を、ひとつひとつ丁寧に、そして出来上がりつつあるパズルを、恐る恐る組み立てていった。
「エーレがその逆だとしたら、全ての辻褄が合ってしまうのだ」
それを聞き、ヤニスは先ほどのカロスの言葉を紐解いてみようとしたが、やはり分からなかった。この謎を解くには、ヤニスはあまりにも神について無知であった。
結局「どういうことだ?」という言葉しか出てこなかった。
「良いかヤニス、もう一度言うが、あくまでもこれは私が考えうる説であり、真実では無い」
カロスは、これから発する自らの言葉に再度保険を掛け、そして続けた。
「前にも言ったが、エーレには一切の“命の揺らぎ”を感じない。
これは地上界に生きる生命として、あり得ないことだ。
しかし、あの体が神の器だとして、その中に人間であるエーレの魂が入れられているのだとしたら、あり得てしまうのだ。
神の器たる体にとっては、人間の魂などあまりにも微弱であるからな」
ついに出てしまうかもしれない答えに、ヤニスもハッと息を呑んだ。しかしまだ、大事な疑問は解消されていなかった。
「それとエーレが狙われる理由と、何が関係あるのだ?」
ヤニスはこの問いに全てを託した。
何とか娘を救ってくれと、巻き込まれようとしているこの戦いの道から、何とかエーレを外してくれ……と。
その願いも虚しく、無情にも最後のピースは填められた。
「この説の前提である天界と冥界の戦いにおいて、それが開戦の合図であり、更に終結を告げるものでもあるとするならば……。
あの体からエーレの魂が抜けた時、そこに残るのは正に“神の容れ物”だ。
エーレの魂が抜ける、即ちエーレが死んだ時、その体を持っていた勢力は神の器を手に入れる。
しかも、地上界に順応した体をだ。
エーレとは…」
カロスはもう一度、自らの考えに穴がないかを探したが、見つからなかった。
「地上界の神を欺きながら、天界か冥界、どちらかの神が地上へと降臨するための容れ物、即ち『神器』の可能性があるのだ」
夜の暗闇は、より一層その色を失っていた。
ギリシャ神話には神器って概念は無いのだけど、神様達は色んな武器を使うよ。
前にも触れたチートの神ヘルメスは、これまたチートの杖を持っていて、人間は玩具の様に遊ばれるよ。
皆様お気を付けて。
【固定】
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是非続きもお楽しみ下さい。
登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(神の器?)
・ヤニス(エーレの父では無かった男)
・マイク(伝説の英雄)
・ルカ(マイクの息子)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・レア(泉?)
・アキレウス(昔の英雄)
・ヘルメス(天界の死神)
・ヘルメスの使者(元精霊の魂)
・タナトス(冥界の死神)
・狭間の獣(タナトスの下僕)
・ニンフ(精霊の総称)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(森の中の何やら訳ありな泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)
・天界(天空の世界)
・冥界(地底の世界)
・禁則の地(天界と繋がる場所)