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〜崩れ去る日常〜

 ヤニスの発した言葉により、物語は衝撃の展開へ。


【固定】

始めまして、三軒長屋サンゲンナガヤ 与太郎ヨタロウです。

ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。

後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。


 呆気に取られる二人を余所に、カロスは最後に残った大きな謎に取り掛かることにした。ヘルメスとタナトスが、それぞれ地上の魂を取り合っているとして……目の前の娘が何故、それに関係しているのか。少なくともタナトスは、本来寿命が尽きた魂を迎えに来る存在だ。群れを作らせた理由は分からないが、エーレが寿命に達したのだとしたら、まだ理解はできる。


 だが、ヘルメスは違う。ヘルメスは英雄と呼ばれる者たちのように、一つの器に複数の魂を宿した生命を天界へ迎え入れる存在だ。人類のような小さな器の場合、幾度も生と死を繰り返すか、神から直接力を分け与えられるかしなければ、その境地には辿り着けないはず。


 そしてエーレの中には、そんなものは一切感じられなかった。見れば見るほど、ただの平凡な町娘にしか見えない。



 これまでで最も長い沈黙が続いていた。カロスがエーレを見つめながら考え込んでいるので、ヤニスは彼も同じ疑問を抱いているのだろうと思い、一つの決意を固めた。そしてゆっくりと口を開く。


 「エーレのことなのだが……」


 カロスは、今さら人間の言葉に重要な意味があるとは思えなかった。しかし、ケイロンの教えに従い、耳を傾けることにした。


 ヤニスは重々しく続けた。


 「この子には母も……そして、父もいないのだ」


 予想外の言葉に、カロスは顔を歪めた。そして、それ以上に驚いたのはエーレだった。彼女にとっても、それは初めて聞く事実だった。限界まで溜まっていた感情は、今や抑えきれずに溢れ出しそうだった。


 「ちょ……ちょっと待って。何を言っているの? お父さん」


 もしこれが悪い夢だとしても、あまりに悪質だった。


 「私のお母さんは、私を産んだときに亡くなったって……」


 エーレの言葉に、ヤニスは声を荒げた。


 「エーレ! すぐに理解しなくてもいい。今はただ、聞いておいてくれ。お前が狙われている理由があるとすれば……これしか思い当たらない。隠している場合ではないんだ。すべて、お前を守るためなんだよ」


 エーレは、人生で初めてヤニス……いや、今まで“父”だと信じていた男の瞳が涙で滲むのを見た。驚き、絶望し、そしてその目に溢れる涙を見つめたまま、彼女の瞳もまた、涙で滲んだ。



 しばしの沈黙を置き、ヤニスはエーレをこれ以上傷つけないよう、ゆっくりと語り始めた。


 「昔の話だ……俺がまだスパルタの戦士だった頃……。アテネとの戦いの帰り、俺は海を避けて山越えを選んだ。そして……道に迷った。俺が山で迷うなど、生涯であの時だけだ」


 「おおよそ血の匂いに欲情した精霊の誘惑であろう。よく生き残ったな」


 カロスは皮肉まじりにつぶやいた。


 「ああ、今になって思えば、そうだったのかもしれない。しかしその時は全く訳が分からなかった。頭で思う方向と逆に足が動いてしまい……ついに俺は“禁足の地”へと足を踏み入れたのだ」


 カロスは目を見開いた。


 “禁足の地”


それは人間が入り、無事に帰還することは有り得ない場所。ましてや、罰を受けずに生還するなど聞いたこともなかった。


 「俺も……一緒にいたマイクも……自分たちがどれほど恐ろしいことをしているのか理解していた。正直、この時俺はすでに“死”を覚悟していた。スパルタを代表して、女神の罰を受けるのだと」


 ヤニスは当時を思い出し、震える手を強く握りしめた。


 「その時だ……突然、身体の自由が戻った。そして、足元に……お前が眠っていたんだよ、エーレ」


 エーレは呆然とヤニスを見つめ、カロスはある恐ろしい仮説に思い至り、息を飲んだ。


 「俺たちは訳も分からず、お前を抱えて禁足の地から必死に逃げ出した。どうにか山を降り、カテリーニに辿り着いた。その時、丁度マイクの家で男の子が生まれた。それもあって、俺がお前を引き取ることになったんだ。お前が少しでも幸せに生きられるようにマイクと話し合い、今までずっと秘密にしていた。すまない」


 ヤニスは深々と頭を下げた。エーレはその姿を見つめながらも、何も言えなかった。ただ、涙が静かに頬を伝う。


 一方、カロスは自身の仮説に恐れを覚え始めていた。


(禁足の地に入り、罰を受けずに帰還……それだけでも異常だ。だが……その場に赤子が現れた? まるでそれは天界の“罰”そのものではないか。それでは今私の目の前に座っているこの”生物“はなんだ?)


 カロスの視線がエーレに注がれる。相変わらず目の前にいるのは、ただの平凡な娘にしか見えない。だが、それは本当に“ただの”娘なのか?


 カロスが考え出した仮説はこうだ。


 禁足の地……天界に等しき場所に足を踏み入れた人間たち。通常ならば罰が下るはずの場所で、突如現れた赤子。この赤子こそが“罰”そのものではないのか?


 カロスは得体の知れぬ恐怖に染まりかけ、思わずエーレに飛びかかろうとした。しかし立ち上がった瞬間、ある異様な事実に気づいた。


 今まではただ“存在感が薄い”と思っていた……。


 余りにも弱い人間だからと、気にも留めなかった。


 だが……そうではない。


 カロスは愕然とした。


 目の前の娘に無いのは“存在感”などではない。


 エーレにはそもそも“命”の揺らぎがない。


 それは、地上の生命としてありえないことだった。

 びっくりしました?

そんなことより皆さんは決して、禁則の地へ入らないように。

どれくらいの罰か例を上げると、優しいもので「相手が話した言葉と同じ言葉を、返すことしか出来なくなる」とか、厳しいもので「上から5円玉を落として、10日後にやっと1番下まで落ちる高さの山を、大岩持って登れ」とかがありますね。


【固定】

お読み頂きありがとうございました。 

評価やブックマークして頂けますと励みになります。

是非続きもお楽しみ下さい。


登場する名称一覧

 【キャラクター】

・カロス(ケンタウルス)

・エーレ(?)

・ヤニス(エーレの父では無かった男)

・マイク(伝説の英雄)

・ルカ(マイクの息子)

・サテュロス(笛を吹く半人半獣)

・ネオ(若い狩人)

・ミト(老いた狩人)

・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)

・レア(泉?)

・アキレウス(昔の英雄)

・ヘルメス(天界の死神)

・ヘルメスの使者(元精霊の魂)

・タナトス(冥界の死神)

・狭間の獣(タナトスの下僕)

・ニンフ(精霊の総称)


【場所・他】

・ミリア(エーレが住む山奥の町)

・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)

・パライオ(山の入口の町)

・レアの泉(森の中の何やら訳ありな泉)

・ピエリア(ミリアから山を超えた先)

・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)

・アテネ(スパルタの敵対勢力)

・天界(天空の世界)

・冥界(地底の世界)

・禁則の地(天界と繋がる場所)

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