〜罪深き生き物〜
カロスの口から語られるケイロンの姿。
そして、向けられる憎悪。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
「そんな……」
エーレは言葉を失った。
森へ入ることは恐ろしいと感じていたが、まさか森から“恐れられている”とは夢にも思わなかった。人間は森から恵みを分け与えられ、共存している。そう信じて疑ったことは一度もなかった。
「知っていたよ」
ヤニスが重い口調で応じた。
「俺たちは“天の加護”と称し、山を切り開き、正義の名の下に森を燃やした……俺は、元“スパルタの戦士”だ」
ヤニスの言葉に、カロスの目が鋭く光り、一瞬、険しい表情を見せた。しかし、すぐに感情を抑えて深く息を吐くと、落ち着いた声で話し始めた。
「本来、我々ケンタウルスが人間の前に姿を現すことは“恥”とされている。たとえ人間が森に入って来たとしても、この広大な大地を前に何も為す術はあるまい。誇りと共に悠然と構え、森の意志に委ねる。それが我々ケンタウルスの使命であり、宿命なのだ」
カロスの声は、森の風と調和し、静かに木々を揺らした。
「しかし、ケイロンは違った。彼はいくつかの人間に狩猟と医学を教え、さらには自らも数多の人々を病から救ったという。その結果、彼は人類から“賢者”として崇められることになったが、我々からは自然の摂理に反する“忌むべき存在”とされた」
エーレは息を呑んだ。目の前で語られる壮大な物語は、彼女の小さな日常を呑み込み、まるで夢のように感じられた。だが、父ヤニスは違った。
「だが今、お前はそのケイロンの指示に従い、私たちに話している」
ヤニスは核心を突くように問いかけた。
「その通りだ」
カロスは微かに笑みを浮かべ、続けた。
「我々ケンタウルスも生き物であり、それぞれの考えを持つ。私自身、ケイロンを尊敬しているが、彼を忌み嫌う者たちの考えも理解している。なぜなら……彼が与えた“狩猟”と“医学”が、人間を増やしすぎたからだ」
カロスは冷静に語り続けた。ヤニスは顔を伏せ、呟くように応じた。
「その末裔が……今の“スパルタ”と“アテネ”というわけか」
エーレは必死に話を理解しようと、再び問いを投げかけた。
「でも……なぜ人間が増えることがいけないの?」
その問いは、彼女自身が感じる不安とは裏腹に、重く、根源的なものであった。
「簡単なことだ」
カロスはエーレの目を見つめ、優しく語った。さも、幼子に言い聞かせるかの如く。
「限られた空間で一つの種だけが増え続ければ、いずれ“争い”が始まる。これは森でもどこでも同じ。自然の理だ」
その言葉に、エーレはさらに自分の居場所を見失った。
「無論、ケイロンが教えた人間たちの中には、森を救った者もいたし、私と共に魔物を討った英雄もいた。しかし……全ての人間がそうではなかった」
カロスの語り口は次第に険しさを増し、その声には抑えきれない怒りが滲んでいた。
「……お前に分かるか? 我々の種族が与えた知恵と武力が、護るべきはずの森を焼き払い、そして傷つけた時の我ら一族の悔恨と憤りが!」
カロスは感情を抑えきれなくなり、一度目を閉じ、荒い息を整えた。
ヤニスもエーレも、彼の怒りをなだめる術を持たなかった。ただ、その苦しみを静かに見つめるしかなかった。
やがて、カロスは冷静さを取り戻し、鋭い眼差しをエーレに向けた。
「だが……私は一部のケンタウルスとは違い、ケイロンを心から尊敬している。彼は救いの手を差し伸べた。しかし、その結果が……」
カロスは重々しい声で締めくくった。
「私はただ……ケイロンを“ピエリアの洞窟”へと追いやった人類を、心の底から恨んでいる」
泉の周囲に、深い静寂が広がった。
やっぱり人類めっちゃ嫌われてました。
何ならケイロンのせいで嫌われてね?
【固定】
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登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(平凡な娘)
・ヤニス(エーレの父)
・マイク(伝説の英雄)
・ルカ(マイクの息子)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・狭間の獣(影)
・ヘルメスの使者(大きな影)
・レア(泉?)
・アキレウス(過去の英雄)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(森の中の何やら訳ありな泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)
・スパルタ(ヤニスやマイクが属した勢力)
・アテネ(スパルタの敵対勢力)