〜嫌われ者の英雄〜
何やら気まずい三人が残される。
ケンタウルスの口から、いったい何が語られるのか…。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
「頼んだぞ!」という言葉を最後に、ケイロンの“気配だけ”がその場から消え去った。
エーレの肩には相変わらず小さな梟が乗っていたが、もはやそれはただの愛らしい梟に戻っていた。
残された三人は、しばし沈黙を保ったまま、何も語らずに立ち尽くしていた。しかし、やがてカロスは何かを決意したように深く息をつき、エーレのそばでゆっくりと脚を折り座り込んだ。
エーレもそれに従い、泉から上がって近くに腰を下ろした。ヤニスもまた、少し離れた場所に腰を落ち着けた。
梟は小さな羽を広げ、しばらく空を楽しそうに舞っていたが、やがて木の枝にとまり、静かに彼らを見守っていた。
「どうやら我々は、共通の目的に向かい、協力せねばならぬようだ」
カロスはまだ整理しきれていない思いを隠すことなく、率直に口を開いた。
次に声を上げたのはヤニスだった。
「まずは礼を言わせてくれ、あー…」
「カロスでよい」
カロスは、自分の中の様々な感情と向き合いながら、少しずつ歩み寄ろうとしている様子だった。
「ありがとう、カロス。俺はヤニス、こっちは娘のエーレだ」
エーレは小さく頭を下げた。
「もしお前が現れていなければ、俺も馬たちも、そして娘も……後ろから迫っていた影たちに飲み込まれていただろう。本当に感謝している」
ヤニスはあの恐怖の瞬間を思い出し、体を震わせた。
「残念だが、私が守ったのは馬たちだけだ。お前には守護の呪文もかけていない。お前が生き残ったのは、ただ“奴ら”が興味を示さなかったからだ。単なる強運だよ」
カロスの冷徹な言葉に、ヤニスは再び身を震わせた。
「そして娘を救ったのは、先ほどまで梟を通して語っていたケイロンと、このレアの泉のおかげだ。私が駆けつけた時には、すでに護られていた」
「でも、あなたがあの大きな影を倒してくれたわ……そのせいで、肩を……」
エーレは感謝の言葉を紡ごうとしたが、カロスの右肩に纏う灰色の瘴気を思い出し、視線を伏せた。
「心配するな」
カロスは瘴気に覆われた肩を見つめ、わずかに険しい表情を浮かべたが、すぐに口を開いた。
「これは“奴”の歪んだ欲望、あるいは目印のようなものだ。命を奪うものではない。だが、どのみちあの時“奴”は消し去らねばならなかった。それがたとえ私の肩に瘴気を残すことになろうと」
「その“奴”ってのは……一体なんだったんだ? それに、あの梟は?」
ヤニスの問いは、抑えきれない疑問が溢れ出たものだった。恐怖で押し潰していた異様な違和感が、今ははっきりと意識に浮かび上がっていた。
「分かっている。ひとつずつ説明しよう」
カロスはケイロンの言葉を思い返しながら、静かに気持ちを整え、語り始めた。
「まず、先ほどの梟だ。名は“ケイロン”。お前たち人間もその名を聞いたことがあるだろう?」
ヤニスもエーレも、顔を見合わせた。『ケイロン』。彼らにとっては、幼い頃に聞いた“神話”の中の存在だった。
「でも、私たちにとってケイロンは、絵本の中の伝説の生き物よ。そう、子供のお伽話の」
カロスはその言葉に微笑んだ。
「それはお前たち人間の短い命で、彼を理解しきれぬからだ。人間にとっては想像上の存在だが、我らケンタウルスにとっては、英雄であり賢者であり……、そして今では“忌むべきはみ出し者”だ」
ヤニスとエーレはその言葉に驚き、思わず息を呑んだ。
「恐らく、その絵本を描いたのは『アキレウス』だろう。彼はケイロンを父のように慕い、彼の教えを広めるために、わざと子供でも分かるようにしたのだ」
カロスは遠い記憶を思い起こし、どこか懐かしそうに語った。
「ケイロンは森のほとんどの生き物に宿ることができる。あの梟も彼の魂が宿った仮の器に過ぎん。今はこの山の向こう『ピエリア』の洞窟に身を置いているだろう」
「でも、なぜ貴方たちにとっての英雄が、今は“忌むべきはみ出し者”なの?」
エーレの率直な疑問が、重い空気を作り出した。
カロスの表情は硬くなり、彼の目には再び冷たい光が宿った。
「なぜ我らケンタウルスが、お前たち人間の前に姿を現さないか、分かるか?」
エーレは小さく首を振り、ヤニスは答えを知っているかのように目を伏せた。
カロスは重々しく、しかし抑えた感情をにじませながら言葉を続けた。
「それはな……お前たち人間が、我らが守る森にとって、不吉をもたらす“害獣”だからだ」
その言葉が響いた瞬間、泉の上に暗い雲が影を落とし、薄明かりが森を静かに包んだ。
人類めっちゃ嫌われてました。悲しい。
【固定】
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登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(平凡な娘)
・ヤニス(エーレの父)
・マイク(伝説の英雄)
・ルカ(マイクの息子)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(ケンタウルスの英雄?)
・?(影)
・ヘルメスの使者(ケンタウルスが倒した影)
・レア(泉?)
・アキレウス(昔の英雄)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・リアの泉(森の中の何やら訳ありな泉)
・ピエリア(ミリアから山を超えた先)