〜梟の助言〜
ケイロンと呼ばれる梟と何やら話すケンタウルス。
その時森の中から現れたのは…
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
泉を囲む空間に、静寂が広がった。
エーレの頭の中には、数え切れない疑問が浮かんでいた。それらはもはや言葉にすらならず、あらゆる感情と共にただ混沌と渦巻いている。ケンタウルスもまた、まるで彫像のように固まり、思考が凍りついていた。
ただひとつ、梟だけが静かに沈黙を守っていた。
その時、茂みをかき分ける音が近づいてきた。ケンタウルスはハッと我に返り、鋭い眼差しで茂みに警戒を向けた。だが、梟は既に何が現れるかを知っていたし、この時ばかりはエーレも感じ取っていた。
「お父さん!」
ヨロヨロと歩みを進める老馬を引き連れて、ヤニスが森の中から現れた。
「良かった……」と言葉を漏らし、その場に膝から崩れ落ちた。老馬はケンタウルスに歩み寄り、静かに頭を垂れると、そのまま泉の近くで脚を折って座り込んだ。泉の奥に避難していた二頭の若馬が駆け寄り、喜びを爆発させるように老馬に頭を擦りつけた。老馬は少し迷惑そうに見えたが、どこか誇らしげでもあった。
「さて、わしは帰る」
唐突に、梟が口を開いた。その一言にケンタウルスは呆然とし、かつての堂々とした威厳は完全に消え去っていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! まだ、色々と整理が追いついていない!」
慌てふためくケンタウルスに、梟は冷静に応じた。
「ならば時間を作れば良い。ゆっくりと整理すればいいのだ」
梟は綺麗に正論を並べた。当然のことを当然のように語るその姿に、ケンタウルスは言葉を失った。
「よいかカロスよ。お前はここで、この者たちと共に休むのだ。そして少しずつ、今回の出来事を説明してやりなさい。物事を真に理解するためには、他者に教え、聞かせることが最も効果的なのだよ」
小さな梟が堂々と説法を続ける奇妙な光景に、ヤニスは驚きつつも、すでに突っ込む気力を失っていた。
「己の言葉は必ず己に返ってくる。そして、返ってきた言葉は必ず受け止めるのだ。弱き者は、反響する己の声に耳を塞ぐ。故に、真理には辿り着けない。
だが、お前は強き者なのだ、カロスよ。どんなに恐ろしいことであろうと、どんなに傷つくことであろうと、どんなに憎しみに満ちていようと……絶対に耳を塞ぐな。しっかりと受け止め、そして真に理解するのだ」
ここで梟は初めて、意地悪そうな口調に変わった。
「それにお前、『パライオ』の森で何が起きたか知らんだろう? 今しがた合流したその男が詳しく知っているはずだ。彼から話を聞けば良い。たまには人間から教えを請うことも大事だぞ」
エーレの肩の上で、梟は楽しげに羽を揺らした。ケンタウルスは複雑な表情を浮かべ、ヤニスに目を向けた。ヤニスは状況を全く理解できず、混乱したままエーレに弱々しく視線を送った。
その様子にエーレはついに堪えきれず、しっかりと笑いを漏らした。
「最後に……」
梟は再び穏やかな声に戻り、全員に向けて話し始めた。
「お前たちが話し合った後、この泉を訪れる者が現れるだろう。だが心配はいらんぞカロスよ。お前のよく知る者だ。その者と共にわしの洞窟へ来なさい。娘をどうするかは、いずれ自ずと答えが出るだろう」
梟は視線をケンタウルスからヤニスに移し、続けた。
「娘の父よ」
「ヤニスだ」
ヤニスは置いていかれる状況に何とか馴染もうと、名乗りを上げた。
「よろしい、ヤニスよ。お前は馬たちと共に荷車を回収し、ミリアへ戻りなさい。大事な物資だろう。安心しなさい、森は暫く安全だ。森の木々たちにも、お前の荷物を護るよう伝えておいた」
その言葉は、ヤニスにとって何にも代え難い慈悲だった。安堵の息を吐いたヤニスに、梟はさらに二つの指示を与えた。
「だが、ヤニス。娘とはここでしばし別れとなる。先程のような者たちに襲われては、今のお前には守れまい。そして……」
急に離れる運命となった親子に動揺する間も与えず、梟は続けた。
「荷車を町に届けた後、直ちにカテリーニへ戻れ。そしてあのマイクという男に、ここで起きたことを全て伝えるのだ。あの男は強き者だが、君の助けを必要としている。わしを信じるがよい。いずれ、“本当のわし”とも出会うことになるだろう」
梟の言葉が終わると、泉を再び静寂が包んだ。
感情が行方不明になったケンタウルス。呆然と父を見つめるエーレ。それを見つめ返すヤニス。そして、その三者を満足げに見守る小さな梟。
馬たちは肩を並べ、泉の水を飲んでいた。その舌が触れるたび、水面がくすぐったそうに揺れ、陽光を受けて輝いた。
ヤニス生きてました。良かった。
そして梟の長台詞。可愛い。
【固定】
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登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(平凡な娘)
・ヤニス(エーレの父)
・マイク(伝説の英雄)
・ルカ(マイクの息子)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(梟?)
・?(影)
・ヘルメスの使者(ケンタウルスが倒した影)
・レア(泉?)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(森の中の何やら訳ありな泉)