〜影と声の形〜
遂に出会う二人。
そしてここにも現れる謎の梟。
物語が急速に動き出す。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
ケンタウルスは自らの右肩をじっと見つめた。そこには煙のような灰色の瘴気が纏わりついており、彼は大きく溜息をついた。
エーレもその瘴気の揺らぎをはっきりと見て取った。そして思わず声を上げた。
「あなた、その肩の煙は……何?」
“瘴気が見える”かのような娘の言葉に、ケンタウルスは一瞬目を細め、鋭い眼差しでエーレを見つめた。しかし、すぐに視線を外し、その問いには答えなかった。今の彼には、自らの肩の瘴気や、目の前で泉に浸かる娘よりも、優先して解決すべき問題があった。
彼はゆっくりと立ち上がり、泉に向き直ると、誰に向けるでもなく静かに語りかけ始めた。その声は低く、だがどこまでも響き渡る力強さがあった。
「さて、問おう! この森に人間はおろか、『狭間の獣』まで導き入れた光源の主は誰だ? そして『女神レア』よ!貴女は何故、その人間の娘を受け入れたのですか?」
彼の言葉が森に響いた瞬間、上空から一羽の小さな梟が現れ、エーレの肩へと舞い降りた。エーレは驚きながらも、その梟がマイクおじさんの話に出てきた“あの梟”であるとすぐに気づいた。小さな梟は頬ずりしながら愛らしくエーレの肩に落ち着き、エーレは久々に小さく笑みを零した。
「わしだよ、カロス」
梟は平然と喋り始めた。しかしエーレが驚いたのは、その梟の声が、夢の中で聞いた“あの声”と同じだったからだ。
『カロス』と呼ばれたケンタウルスもまた、その声に驚き、先程までの堂々たる態度が一変し、静かに頭を垂れた。
「ケイロン……さま……」
ケンタウルスが小さく漏らしたその名を、エーレは知っていた。昔絵本で読んだことがある。“神々の教師”であり、不死のケンタウルス、名を『ケイロン』。
しかし、彼女の目の前でそれを名乗るのは、ほんの小さな梟に過ぎなかった。
エーレは混乱しながらも、肩に乗る小さな梟と、巨大なケンタウルスのやり取りに、不思議と微笑んでしまった。強大な存在が、あまりに愛らしい梟に頭を下げているのだから。
「それならばレアの泉が開いた理由は分かる。しかしなぜ……」
顔を上げたケンタウルスの言葉を遮るように、梟は落ち着いた声で答えた。
「その問いの答えは、先程お前自身が感じたであろう、カロスよ。お前の肩に宿った瘴気……それを植え付けたのが何者であるか」
図星を突かれたケンタウルスは、険しい表情でその名を吐き捨てた。
「ヘルメスの使者……」
梟は愛らしく首を傾げ、穏やかに頷いた。
「流石のわしも、この身体では太刀打ちできんよ。そこでレアの手を借りた。そして、お前が来ることも分かっていた」
エーレは泉の水面が静かに揺れるのを感じた。
「ではなぜ……」
ケンタウルスが再び問いを発しようとしたが、梟は優しく語りかけた。
「カロスよ、お前が抱く疑問はこうであろう。 なぜわしが人間を森に導いたのか。 なぜ狭間の獣が群れをなしていたのか。 そして、なぜこの人間の娘がレアの泉に触れてなお、平然としていられるのか」
ケンタウルスはその全てが正に自らの疑問であると悟り、驚愕の表情を浮かべた。
沈黙が続く中、梟は優しく語り続けた。
「お前は昔から難しく考えすぎる。相変わらず固い頭だな。この世界は繋がっている。そして全ての疑問もまた、互いに結びついている。まずは繋げ、そして紐解くのだ。奴らが狙っていたのは何だ?」
ケンタウルスははっと息を呑み、そのゆっくりと目線をエーレへと移した。
エーレは彼から向けられた視線に困惑していた。自分がその“狙い”に関係しているとでもいうのか?
「しかしそれなら……」
ケンタウルスは今度は自ら言葉を区切った。しかし、それは梟に考えを確認するための間でもあった。
「それなら、なぜ狭間の獣だけでなく、『ヘルメスの使者』までもが現れたのだ?」
その問いに、梟はこれまでとは違う、芯の通った声で答えた。
「そのままの答えだよ。どうやら“天”と“冥”が取り合っているようだな。この人間の娘を」
静まり返る森の中で、エーレの頭の中は、数え切れない“?”で埋め尽くされていた。
小さなくて可愛い梟から、老人の声。
ギャップ萌えですね。
【固定】
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登場する名称一覧
【キャラクター】
・カロス(ケンタウルス)
・エーレ(平凡な娘)
・ヤニス(エーレの父)
・マイク(伝説の英雄)
・ルカ(マイクの息子)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・ケイロン(梟&声の主&光源の主)
・?(影)
・ヘルメスの使者(前話で倒した影)
・レア(泉?)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)
・レアの泉(森の中の泉)