〜狭間(はざま)の獣〜
新たに現れた謎の影。
元戦士ヤニスの実力や如何に。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
ヤニスたちの進む先に現れた影は、微動だにしなかった。
ただそこに立ち、訪れる瞬間を待つように佇んでいる。
その不気味な存在に、ヤニスは本能的な嫌悪を抱いた。それは明らかに人智を超えた存在であると悟り、エーレに指示を出した。
「いいかエーレ、よく聞きなさい。あの影と交差する時、私は馬を降りる。お前は“決して触れるな”、そのまま先へ進め」
虚ろな意識の中、エーレは大きく頷き、手綱を握り直した。
次にヤニスは、老馬の首に頬を寄せ、静かに囁いた。
「お前も分かっているな。私がお前の背中を蹴ったら、影を避けてエーレを追え。もう一頭の若馬も頼んだ。ひとまずお別れだ」
この時、ヤニスは自らに訪れる死を、避けられぬ運命として覚悟した。老馬の背に両足を乗せ、右手に短剣を強く握りしめながら、決死の時を待った。
いくら近づいても、影は微動だにしない。
その時はすぐに訪れた。
「今だ!」
ヤニスは叫ぶのと同時に、空中へと高く跳び上がった。
エーレの乗る若馬は影の右を駆け抜け、老馬はもう一頭の若馬を体で守りながら左へ駆けた。
空中に一人取り残されたヤニスは、影がエーレを目で追っているように感じた。
(嫌な予感が当たりやがった……)
刹那、ヤニスは覚悟を決め、雄叫びを上げながら影へと落下した。
ヤニスはこの時既に分かっていた。今まさに右手で振りかざす短剣が、何の意味も成さないことを……。
渾身の力で短剣を振り下ろす。
だが、刃は影を通り抜け、何の手応えも感じられなかった。そしてヤニス自身の身体もまた、無力に影をすり抜ける。
その瞬間、ヤニスは確信した。
(やはりな……。こいつは……“死”そのものだ……)
全身から力が抜け、視界は霞んでいく。 ヤニスは地面に倒れ込んだが、影は一切関心を示さず、ゆったりとエーレの後を追い始めた。
ヤニスは最後の力を振り絞り、短剣を影に向かって投げつけた。しかし、それもまた虚しく影をすり抜け、地面に転がった。
すぐ傍らには、老馬が脚を折って崩れ落ちていた。おそらく、若馬を庇う際に影に僅かに触れてしまったのだろう。
(全く……最後まで言うことを聞かないやつだ……)
ヤニスは心の中で語りかけた。
(お前も分かっていたんだろう?あれは“死”そのもの。到底刃向かえる相手ではない。後ろからの気配も消えない……せめて若い命たちが助かってくれれば……)
老馬は、ヤニスの想いに応えるように、重々しく顔を降ろし、彼の顔のすぐ近くに寄せた。
ヤニスがそっと瞼を閉じかけた、その時。耳元で激しい衝撃音が弾けた。
それは砲弾でも岩の崩壊でもなく、まるで大地を強く蹴り上げる蹄の音に近い。
何かが森の中から現れたことは分かったが、ヤニスにはもう首を動かす力も残っていなかった。
「ほう、“奴”に触れて息があるとは、大した人間だな」
頭上から聞こえる声には、軽蔑の色が滲んでいた。
ヤニスは突如現れた“何か”に向かい、かすれた声を振り絞った。
「どうやら……俺は嫌われているようだが……もし味方なら……俺の娘を……助けてくれ……」
短剣を投げた右手を力なく指し示し、エーレの向かった方角を示した。
「俺は……もういい。自分の最後は……分かるさ……それから……この老馬も……」
「黙れ、人間!」
怒りに満ちた声が、ヤニスの言葉を遮った。
その直後、けたたましい咆哮が森を揺るがし、ヤニスは背後から迫っていた無数の気配が一斉に消え去るのを感じた。
「私をここに呼んだのは、その馬だ。感謝するのだな」
そう言い残し、“何か”は去って行った。
重々しい振動が遠ざかり、ヤニスはその先がエーレの向かった方角であることに、なぜか安堵を覚えた。
彼はそっと瞼を閉じ、老馬の温もりを感じながら心で語りかけた。
(少し……休もう……)
森の木々が、彼らを優しく包み込むように揺れていた。
ただただヤニスが可哀想な回です。
でも皆さんの最初の想像より、少し痩せたんじゃないですか?
【固定】
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是非続きもお楽しみ下さい。
登場する名称一覧
【キャラクター】
・?(ケンタウルス)
・エーレ(平凡な娘)
・ヤニス(エーレの父)
・マイク(伝説の英雄)
・ルカ(マイクの息子)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・?(梟)
・?(影)
・?(声)
・光源の主(?)
・狭間の獣?(新たに現れた影)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)