〜森の中へと導かれて〜
いったい何が起こっているのか。
二人は無事にミリアへ帰る事が出来るのか。
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
後書きに名称一覧がありますので、ご活用下さい。
娘の身にいったい何が起こっているのか。ヤニスは、荷台の上で項垂れるエーレに何度も問いかけたが、返答はなかった。
「いったい何だって言うんだ……」
何もわからない状況に苛立ちながらも、娘の懇願に従い、馬車を急いで反転させ、来た道を戻ろうとした。
その瞬間、森の木々が一斉にざわめき始めた。
何が起こっているのかは全く分からない。それでも、何かが確実に迫っていることは感じ取れていた。 得体の知れない不安に襲われながら、ヤニスは手綱を強く握りしめた。
その時、ヤニスは初めて無数の“気配”が馬車に向かって迫ってくるのを感じた。その気配は盗賊や野生動物とは異なると、ヤニスの中に眠る古い経験が警告を発していた。
輪郭の無い、生温い風のような。それはヤニスがかつて一度だけ感じたことのある〝死気〟に似ていた。
(素通りした最後の町からはかなり進んでしまった……水時計半分といったところか……)
頭を必死に働かせたが、逃げ切れる可能性は限りなく低かった。迫りくる気配の速度が、人間のではないと痛感していたからだ。
荷台の上で項垂れるエーレは、動かない身体に焦りを感じつつ、夢の中で経験した感覚をどうにか取り戻そうとしていた。
(夢の中で影たちに襲われた時、一瞬だけ辺りを見渡せた……時間もゆっくりと感じられた……でも次には地面に倒れ込んで、何も分からなくなった……あの時どうやって……)
「恐れるな」
突然、エーレの耳元で、夢の中と同じ声が響いた。それはまるで、今まさに耳元で囁いているかのように鮮明で、エーレは左肩に大きな腕の温もりを感じた。
もちろん実際にはあり得ない。だがその瞬間、エーレの肩は確かに力を取り戻した。
「大丈夫だ。しっかりと見渡し、進路を探し出すのだ」
囁く声に導かれるように目を瞑り、エーレは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
そして目を開けると、またしても周囲を俯瞰する視点に立っていた。
しかも、今度はさらに鮮明だった。木々の葉脈にさえ微かな光の流れが感じ取れ、時は刻むのを忘れ、心は不思議なほど穏やかだった。
その時、エーレは一際明るい光源を見つけた。森の奥から神々しく輝くアーチが伸び、道しるべのように森の中へと導いている。
エーレは渾身の力で父の背中に叫んだ。
「お父さん、七本目の木! あそこを右に曲がって森の中へ!」
背後から聞こえた娘の声に、ヤニスは安堵よりも呆れを感じた。
(この夕暮れ間近に、装備も持たない馬車で森に入れだと? 正気の沙汰ではない……)
一瞬我が娘の正気を疑ったが、それでもヤニスは、自身も冷静ではいられない状況を悟り賭けに出ることを決めた。
「ええい、ままよ!」
ヤニスは手綱を引き、娘の指示通り、馬車を右へ急転回させた。
その瞬間、ヤニスは驚愕した。
密集していたはずの森の木々が、まるで道を開けるかのように歪み、馬車が進むための道がはっきりと現れていたのだ。
慌てて後ろを振り返ると、さっきまでの道は消え、当たり前に壁のような木々で塞がれていた。
そして、ヤニスは初めて追いかけてくる“影”の姿を視認した。
透き通っているが透明ではない。浮遊しながらも這うように進み、形容し難い存在。木々に塞がれても問題にせず、器用に隙間を縫っている。
ただ一つ確信できたことがある。
森に入っても、得体の知れない“影”の速度は変わらない。
喉を一度大きく鳴らし、ヤニスは正面に向き直った。
ひと呼吸の間にあらゆる感情を捨て、娘と光が示す目の前の道を突き進むことだけに集中した。
大事な事なので何度もいいますが、声の主は年寄りです。
【固定】
お読み頂きありがとうございました。
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是非続きもお楽しみ下さい。
登場する名称一覧
【キャラクター】
・?(ケンタウルス)
・エーレ(平凡な娘)
・ヤニス(エーレの父)
・マイク(伝説の英雄)
・ルカ(マイクの息子)
・サテュロス(笛を吹く半人半獣)
・ネオ(若い狩人)
・ミト(老いた狩人)
・?(梟)
・?(影)
・?(声)
【場所・他】
・ミリア(エーレが住む山奥の町)
・カテリーニ(マイクが住む海の近くの町)
・パライオ(山の入口の町)