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俺が聖女か!?

俺が聖女だ!! だが貴様の運命の乙女ではない!!

作者: 藍槌ゆず


 男だけど聖女召喚された。

 神生(じんせい)で二度目である。

 説明終わり。


 今回のこれは、明確に説明を面倒臭がったが故の行いである。


 前回、俺は虐げられた聖女を助けるためにやむなく、異界定義上『聖女』として召喚された。

 そうして無事に全てをぶち壊して帰還した訳だが。


 今回、再び別の世界へと召喚された。


 なんで? と思ったが予想はつく。

 一度『聖女』という定義を与えられた状態で召喚されたことで、聖女を呼び出すための召喚式に優先して引っかかるようになったのだ。


 ヒデェ仕様だが、まあ分からなくもない。

 どんな職種であろうと経験者は優遇されるものである。


 そういう訳で、現在の俺は金ピカの煌びやかで豪奢な一室で、魔法陣の中央に立っていた。

 全裸で。


「……………」


 だって。

 寝る時は全裸派だから。

 だって。

 寝る時に召喚されたから。

 だって……。

 仕方ないじゃん……。


「………………」


 静まり返った室内には、俺の他に複数人の人間が居た。


 まずは呆気に取られた様子で大口を開けている金髪の男。

 次にその隣に少し距離をとって立つ、黒髪の少女。

 それからその脇を固める警備兵らしき男たち。

 最後に、多分これは王様と王妃様だろう、玉座として用意された高い椅子に腰掛ける男女が一組。


 その誰もが、この事態を理解し難いような顔で固まっていた。


 分かるぜ。俺も理解できない。

 何これ? 何? なんで?

 なんでこんな目に遭うの?

 何かの罰なの? だとしたら何に対しての罰なの?


 大神様のおやつを摘み食いして、美味しかったから全部食べちゃった罰かな……。

 などと考えていると、ようやくこの部屋の異様な空気を跳ね返す勇気が出たらしい対面の金髪男が、勢いよく俺を指差した。


「誰だ貴様は! 私が呼び出したのは聖女だぞ! 全裸の変質者では無い!」

「誤解です。好きで全裸でいる訳ではありません。パンツをください」

「これは神の試練か!? この私に相応しいのは女神より遣わされし国を救う奇跡の聖女以外に居ないというのに!! 貴様!! 聖女を何処へやった!!」

「あっ、国とか救えばいい感じですか? じゃあ救うんでパンツをください」

「衛兵!!!! この気狂いの変態をさっさと捕らえよ!! このあと真なる聖女を呼び出す儀式を行う!!」

「パンツくれたらすぐに救って帰るんで、早くパンツをください」


 聖女として呼び出された以上、聖女の仕事をしないと帰れないのである。

 召喚式とはそういうもんである。

 故に俺は早く世界が救いたいし、早急にパンツが欲しい。


「私の真実の愛を邪魔する悪魔め!! 貴様の言うことなど何一つ聞き入れはしないぞ!!」


 大変だ。この人、俺にパンツを履かせる気がない。

 大変だ。変態かもしれない。


 股間を両手で隠しながら怒鳴られるのは、正直言ってちょっと悲しい。

 被虐を司る神とかだったら嬉しいのだろうが、俺は全然そっちの趣味はないので何も楽しくはない。

 普通に悲しい。しょんぼりしてしまう。

 不幸中の幸いは、神なので別に寒くはないくらいだろうか。


 怒鳴り散らす金髪男はどうやら王子か何かのようだった。

 衛兵たちが仕方なくと言った様子で掴み掛かってくるので、俺はやむをえず聖女パワーを行使することにした。

 つまりは丹田のあたりに力を込め、強く光った。


「グォッッッ、眩しいッッッ」

「あっ! そっか!! 光ってりゃ見えないじゃん!!!!」


 素晴らしい発見を得た俺は、とりあえずそのまま光り続けておいた。

 衛兵たちは強い光に目が眩み、目眩を起こしてその場に蹲る。

 王子様はともかく、他の人たちは前回の世界よりは害意がなさそうだから、ちょっと弱めにはしておいたよ。ごめんね。


 倒れる衛兵達を横目に、顔の前に手を翳した王子様が怒鳴る。


「なっ、なんなのだこれはァ!!」

「聖女パワーです!!」

「貴様のような聖女がいるか!!!!」


 いるんだなこれが。

 別にやりたい訳ではないがいるんだなこれが。


 悲鳴のように怒鳴った王子が、尚も俺を捕えろと衛兵に喚き散らしている。

 体調不良で蹲っているのにひどい言草だなあ、と思っていると、高座にいる厳格な面立ちの男性──まあ王様だろうな──が荘厳さを感じさせる声で言った。


「聖女殿。申し訳ないが、光量を少し抑えてはもらえぬか」

「ではパンツをください」

「…………トオイ、すぐに聖女殿に召物を」

「はっ」


 話の通じる王様のおかげで、俺は従者の方から迅速にパンツを手に入れることに成功した。


 やったー!! パンツだ!!


 俺はパンツを手に入れた。

 でも何故かパンツだけだった。

 ど、どうして。


 いただいたパンツは、前ボタン式の短パンのような作りをしている。

 現代的な下着が発明されるのはまだちょっと先の世界なのかもしれない。


 まあこの形なら短パン一丁くらいには見えるからセーフだろう。

 セーフだよな? セーフってことにしていい?


「ありがとうございます!! これでこの国が救えます!!」

「うむ。うむ……そう、貴殿にはこの国を救っていただかなければならぬ」

「救いますよ!! バンバン救いますよ!!」


 俺は極めてやる気に満ちた声で答えた。

 俺がこっちに来たのは、ベッドで健やかに入眠してからすぐのことである。

 明日の夕方には好きなVtuberの参加するオンラインイベントがあるのだ。オタクはやることが多い。

 明後日は推しと推しがコラボするライブに参戦するし、三ヶ月待ってた連載再開する漫画の更新があるし、六年ぶりの小説の新刊だって出るのだ。早く帰らねば。


 王様が説明してくれたところによると、この国の中心には魔力が湧き出る泉があるらしい。

 そこは本来、水底が見えるほどの透き通った美しい湖だそうだが、そこに本来は隔絶されているはずの魔族界からの穢れが混じってしまったことにより、澱みが生じているそうだ。

 聖女にはその澱みを祓ってもらい、この世界の魔力供給を安定させてほしい──というのが王様の願いだった。


「くっ!! こんな気の違った不審者が私の運命の相手である筈がない……!! 父上!! 即時、召喚式のやり直しを!!」

「ならぬ。我々は世界を救う聖女を望み、この御方はそれに応えた。故にこの方こそが我々にとっての聖女であり、世界の希望である。リュシルス、御主もそろそろ発言を控えよ」

「父上、ですが……!!」

「くどい」

「……ッ!」


 一際重く響いた王様の一言で、リュシルスと呼ばれた王子はやっと口を噤んだ。

 その場の全員が緊張しているのが伝わってくる。俺もなんとなく、そっと背を正しておいた。


 しん、と静まりかえった広間の中、王子の悔しげな息づかいと、細く控えめな王様の溜息が響く。


「……聖女殿。申し訳ないが、その力を貸していただけないだろうか」

「任せてください!! めっちゃ救いますよ!!」


 王様は疲れた笑顔を見せた。

 だよね。疲れるよね。

 王子様がこんなポンコツじゃね。

 やー、可哀想な王様。これは早急に世界を救わねばならんな。


「なんなら今すぐ救いに行きますよ!!!!」

「……それは頼もしい。是非とも頼む」


 王様は、やや灰色がかったような燃え尽きた顔で、今にも消え入りそうな声で使いの者に馬車の用意を命じた。

 使いの人もなんだか疲れた顔をしている。世界の危機ともなれば当然のことだろう。大変だ。


 澱んでしまった泉までは、精霊魔法に長けている公爵令嬢さん(さっき王子様の後ろにいたお嬢さん)が同行してくれることになった。

 彼女はその生まれ持った豊富な魔力で世界に宿る精霊たちを癒し、精霊の力を借りることで澱みを浄化する役割を持っているんだそうだ。

 ただ、浄化は対処療法というやつで、根源的な解決にはならない。


 結局のところは聖女が居なければ、いずれは公爵令嬢さんの魔力が枯渇し、澱みを払うこともできなくなってしまう。

 王子様にとっては聖女の代替品のようなもので、婚約者でもあるというのに、日頃から蔑みの言葉を向けられてばかりいたらしい。


 いかに聖女という存在が素晴らしく、己にとっての運命の相手であるのかを聞かせられるのだとか。

 長年そのように扱われていた令嬢さんにとっては、自分は無意味で無価値な存在だと思っているようだった。


 そんなことはないと思うけどね。

 公爵令嬢さんの周りを漂う精霊の満足そうな姿や、心から心配しているらしい様子を見れば、彼女がこれまでにどれほど誠実に浄化に取り組んできたかは分かる。

 神でもないのに、たった一人で澱みと向き合うのはさぞ大変だったことだろう。

 彼女は労われて当然の立場にいるし、あんな、人を全裸で放置する変態などに蔑まれるような存在ではないのだ。


「全ては私が至らないせいなのです……リュシルス様にご満足いただけるような魅力ある女性ではないから……」

「そうかな。貴方はとても綺麗だし、頑張ってるのは見れば分かるよ」

「私の尽力など。聖女様の前では何の価値も意味もない、くだらないものでしかありません」


 力なく微笑む彼女の諦めを持った笑みは、俺の言葉を切り捨てるに近い、暗く淀んだ嘲笑だった。己の価値を決め切ってしまった、虐げられることを許容する笑みだ。

 価値を見出そうとする者を笑うというのは、褒め言葉を口にした相手を傷つけることにもなると、彼女はきっと理解してはいないだろう。


 部外者の俺がいくら伝えたところで、自分を否定することに慣れてしまった彼女には上手く伝わらないのだ。それどころか、気を遣われたことすら侮りや惨めな慰めにしか聞こえないことすらある。

 人間って難しいね。

 本当に難しい。


 難しくて疲れてきたので、とりあえずギャルになっておくことにした。


「……え〜〜!? そんなことなくなーい!? リュシぴって毎回そんなこと言ってくんの〜!? 最悪〜〜! ウチ的にはマジ信じらんな〜い!」

「え、えっと……」

「超ムカつくんですけど〜! 自分は浄化も出来ないくせに何様って感じ〜!!」


 ギャルになっておくくらいしか、今の俺にはやれることがなかった。

 嘘だ。ないことも無いが、ギャルになっておいた方が色々と気持ちが楽だったのでそうしておいた。


 俺はとりあえず、悪役令嬢に優しいギャルをやることにした。

 ちなみに、この場合の悪役令嬢とは『悪役にされている令嬢』の略であり、この世界は特に乙女ゲームではない。


 乙女ゲームに全裸の男が混入したりなんかしたら大変だもんな。

 乙女ゲームで出ていいのは水場イベントのイケメンの半裸だけである。


 俺は乙女ゲームには詳しくないのでもしかしたら突然全裸の男が出るゲームもあるのかもしれない。

 とにかく、この世界は乙女ゲームではない。神なので分かる。


 もしもいずれ乙女ゲームの世界にも召喚されちゃったらどうしよう。

 若干の不安が頭を過ったが、俺は努めて考えないようにした。

 怖いから。はちゃめちゃ怖いから、考えないでおいた。


「ですが、私の持つ浄化の力は、聖女様と比べればほとんど価値などないもので……」

「ええ~~! がんばってる女子に暴言吐くとかサイテーだし~価値がどうとか関係ないし〜〜だったらリュシぴがやればって感じだし〜〜出来てないし〜〜!」


 ギャルってこうじゃない気がしてきたな、と思ったが、やめ時は特に分からなかった。


「てか、運命とか言ってた相手ウチだし~~? その時点でリュシぴの言ってること全部意味なくな~~い? てかリュシぴみたいな男の人とかこっちから願い下げなんですけど〜〜!!」


 パンイチで座っている俺の姿を見た公爵令嬢さん──フランシアはしばらく困惑していたが、やがて、ほんの少しだけ気を和らげたような笑みを浮かべてくれた。

 笑ってくれたなら何よりである。ギャル(?)をやった甲斐があるというものだ。


 さて。

 そうこうしている内に湖についた。


 広い湖の中心には、赤黒く淀んだ濁りが現れている。

 上空を通る鳥がふらふらと落下し飲み込まれているのを見るに、瘴気まで発生しているようだった。


「これは確かに、放っておけないやつだね。フランシアさんは何年もこれを浄化してたってことか。すごいね」

「いえ……大したことは出来ておりません。私の力が及ばず、瘴気が風に乗ったせいで、病に倒れた者もおります」


 フランシアの声は、その時の悲劇を思い出したのか暗く落ち込んだ響きだった。

 恐らくだが、例の王子様に酷く責め立てられたのだろう。


「お願いします、どうかこの世界を救ってください、聖女様」

「もちろん!! 爆速で救うよ!! アーカイブは見れるけどやっぱりリアルタイムで見たいしね!!」

「……? はい、よろしくお願いします……?」


 澱みを祓う方法自体は簡単なものだ。

 選ばれし聖女が湖に身体の一部を浸し、祈りを捧げばいいのである。

 ちなみに、距離が近いほど効果が高く迅速に祓える。


「ファイト一発!! 聖女パワーC!!!!」


 よって、俺はバタフライで湖の中央まで行き、背泳ぎで戻った。

 澱みは解け、水面は煌めき、鳥は羽ばたき、魚は踊り出した。最高である。

 そういう訳で、無事に澱みを取り除くことは出来た。


「終わったよ!!」

「あ、え、あっ……えっ? ありがとうございます……?」


 公爵令嬢さんは何だか戸惑っていたが、美しく澄んだ湖を確かめると、心の底から安堵した顔で胸を撫で下ろしていた。

 自分が連れてきたのが正真正銘の聖女であり、パンイチの不審者ではなくて安心したのだろう。あるいは、これでようやく、浄化という役目から降りられることへの安堵かもしれない。


 目的は達成したので、あとは帰るだけなのだが────その時、湖の近くの茂みから、リュシルスが現れた。


「この悪魔め! お前のような存在が聖女である筈がないッ!! 許さんぞ!! 私を騙した罪、その身を持って償うがいい!!」


 どうやら後をつけてきたらしい。血走った目で此方を睨みつけるリュシルスの手には長剣が握られていた。

 構え方はなかなか様になっている。実力も、人の中ではかなり申し分ないのだろう。

 どうしようかな。また光っておこうかな。などと思いつつ距離を測っていたのだが、俺が何か言うより早く、フランシアが動いた。


 今にも飛びかかりそうな勢いで詰め寄るリュシルスに対し、フランシアは、まるで庇うようにして俺の前へと出た。


「リュ、リュシルス様、おやめください……! この御方は世界を救ってくださったのですよ! そのような無礼が許されるはずがありません……!」

「黙れ! 出来損ないの分際で、一体誰に向かってそのような口を利いている!」


 怒鳴り声を上げたリュシルスは、そのまま振り上げた長剣を、なんとフランシアに向かって振り下ろそうとした。


「うおっ、最悪すぎる」


 女の子に斬りかかるだなんて信じられない暴挙だったので、俺は思わずその剣を掴んでしまっていた。

 食神である俺は飯を出すくらいしか神性らしきものはないが、それでも人間よりは余程頑丈である。

 よく食べよく動き推し活のために健康にも気を遣ってるので、体躯もかなりのものである。


「なっっ!! この化け物め……! やはり悪魔か!!」

「いえ、聖女です」

「そんな訳があるか!!!! 私の運命の乙女をどこに隠した!!」


 うーん。だめだ。話ができない。

 そもそも対話で解決しようと思うような相手ではないのかもしれない。

 ごめんね。俺が王子様の理想の可愛い乙女ではないばっかりに……。

 いやまあ、万が一理想の可愛い乙女が間違って召喚されたら、その子にとっても不幸だっただろうけど。


「忌々しい悪魔め!」


 さて。召喚された俺は、基本的に聖女に出来ること以外の能力は持ち合わせていない。

 だが、鍛え上げたこの身だけは変わらず俺のままである。

 飛びかかってきたリュシルスを軽くいなすと、吹っ飛んだ彼は見事な放物線を描き────湖へと落下した。


「あっ! やべっ!」


 そして、

 公爵令嬢さんの短い悲鳴が響いたのち。


 ────澄んだ湖は、瞬く間に金色に輝き出した。

 神秘的な輝きと共に波打った湖面から、やがて一人のおんなが現れる。


「あなたが落としたのは、この『為政者の息子として相応しい慈愛の心を持った綺麗なリュシルス』ですか?

 それともこの『生来の傲慢さで誤った道を進む嗜虐趣味の汚いリュシルス』ですか?」


 滑らかな紅の髪を持つ美貌の女は、両脇にそれぞれ、澄んだ瞳で笑みを浮かべるリュシルスと、忌々しげに顔を歪めるリュシルスを浮かべていた。

 薄く発光する両手が、そっと彼らを指し示している。


「えっ」


 思わず、口から間抜けな声が漏れる。

 俺は現れた女神を三秒見つめたのち、アホみたいな声で問いかけていた。


「ウェルメルガ、何やってんの?」

「貴方が落としたのは、『綺麗なリュシルス』ですか? それとも『汚いリュシルス』ですか?」

「……あー、なるほど。干渉領域が寓話由来の範囲限定式なんだ……」


 顔見知りの女神が出てきたのでびっくりしてしまった。


 どうやら、聖女の召喚に至るまでに、この世界の術者はあらゆる方法を試していたらしい。

 ウェルメルガは召喚の女神なので、彼女を喚び出し繋ぎ止めるに至ったあれやこれやの試行錯誤の結果として、聖女の召喚式も伝わったのだろう。


 神界で会う時とは異なり、定型文しか話さないウェルメルガを前にしばらく考えた俺は、そっとフランシアを振り返った。


「えーと、どうする?」

「ど、どうする……とは……」

「綺麗なリュシルスがいい? 汚いリュシルスがいい? 選びたい奴と逆を言うとそっちが貰えるよ」


 残念ながら、リュシルス以外は選べないみたいだけれど。

 問いかけた俺に、フランシアは何度か瞬くと、両手を握りしめて俯き、ほんの少し躊躇ったあと、恐る恐る口を開いた。


「き、綺麗なリュシルス様であれば、折檻などはされないのでしょうか」

「もちろん」

「辱めを受けることも?」

「もちろん」

「お前は役立たずだと、罵られることも?」

「もちろん」

「わ、私の意見を、蔑み嘲笑うことも、なくなるのでしょうか」

「もちろんだよ、君を一人の女性として尊重する。綺麗なリュシルスなんだから。当然だよ」


 大真面目に頷いておくと、フランシアは滲んできた涙を拭ったのち、震える声で告げた。


「私が、落としたのは──汚いリュシルス様です」

「正直者の貴方には、綺麗なリュシルスを授けましょう」

「ま、待ってください。そのっ、汚いリュシルス様はどうなってしまうのですか……?」


 おっと。汚いリュシルスの心配までしてやるだなんて、随分と優しい公爵令嬢さんである。

 システム上存在しない会話は不可能なウェルメルガが無言で此方を見てくるので、俺は代わりに説明しておくことにした。


「あそこにぶら下がってるのはサンプルだから、今から汚いリュシルスを漂白して綺麗にしてから戻しに来るよ」

「さ、さんぷる……」

「商品見本ってこと。まあ沼とかだと複製個体の場合もあるんだけど、この場合は単一存在の使い回しだね」


 理解の及ばないらしいフランシアが不安そうな顔で見てくるので、とりあえず、俺はもう一回ギャルをやっておくことにした。


「女神っちのおかげでリュシぴの悪いところは全部治るってこと~! マジ奇跡☆」


 最後まで困惑した様子だったが、フランシアは無事に綺麗なリュシルスを受け取った。


 そういう訳で、清く正しく美しくなった王子様と麗しの誠実な公爵令嬢ちゃんは、平和になった世界でいつまでも末永く幸せにくらしましたとさ。

 めでたしめでたし。



 ────と、無事に帰還した俺を待ち構えていたのは、渋い顔をした部下だった。

 もはや俺がパンツ一丁であることにツッコミを入れてくれる気配すらない。


「大神様よりレウン様宛に、第二種模造異世界への派遣のお達しがありました」


 部下であり第一秘書でもあるハーニーちゃんは、生真面目な顔立ちに苦々しげな表情を浮かべて、眼鏡を押し上げた。


「派遣?」

「『リンドローズの悔恨』を模した世界への派遣です」


 ハーニーちゃんはヘドロでも吐きそうな顔をして俺を見ている。

 そうだね。君、乙女ゲーム大好きだもんね。


 神によって複製世界が作られるほどの乙女ゲームは大抵が人気作品なので、当然ハーニーちゃんの守備範囲内だろう。

 ハーニーちゃんは原作至上主義というやつなので、複製世界そのものをあまりよく思っていないのである。


 ちなみに、神が個人的に模造世界を作成することは神界法では立派な違反として定められている。

 誰かが勝手に、世界構築用の核を横領したということだ。早急に誰かが、世界の核を回収しにいかないとならない。

 どうやらこの場合は俺らしい。

 えっ、俺? 


「う、嘘でしょ」

「嘘ではありません。正式な書面も届いています。よって、今からレウン様には『リンドローズの悔恨』RTA走者になっていただきます」

「そ、そんな……」


 忌々しいものを見るような顔だったが、真面目なハーニーちゃんは仕事である以上、職務を放棄するつもりはないらしい。

 冷たい目で上着を寄越したハーニーちゃんは、パワポまで用意した上で『リンドローズの悔恨』について説明をしてくれた。


 舞台は架空都市、魔法と科学が混在した世界でマフィアの抗争に巻き込まれ両親を失った主人公が、唯一残った弟すらも事件に巻き込まれて殺されてしまったところから話は始まる。

 弟の傷は特殊な魔導具によってつけられたもので、唯一残った肉親すら奪われた主人公は犯人と思しきマフィアのボスに近づくため、危険な裏社会の世界に飛び込んでいく──という流れの中で、数多のイケメンたちと出会うという話だ。


 キャラの紹介はありがたいけど、なんか一人だけやたらと画像デカいな……と思いながらスクリーンを眺めていたところで、俺はようやく、触れたかった点について口にした。


「マフィア? 乙女ゲームにマフィア出てくるの?」

「マフィアもヤクザも創作における乙女の夢の中では鉄板ですよ。あとは連続殺人鬼が出ます」

「れッ、連続殺人鬼が!? 乙女ゲームに!?」

「は? 危ない男が自分にだけは優しいの、最高にいいでしょうが。大体『紗奈の詩』好きなくせに連続殺人鬼くらいで騒がないでください。言っておきますけど、とても人に言えないような趣味のエロゲーを隠してるのも存じ上げておりますからね」

「はい……」


 ごもっともだったので、俺は静かに頷いた。

 いやでも紗奈の詩はグロだけじゃなくて愛の形について描いた名作で……と言いかけたがとりあえず飲み込んだ。

 ちなみにハーニーちゃんが知ってるエロゲってどれの話、あの、ど、どれ、どれ? 俺の中では人に知られてセーフなやつとアウトなやつがあるんだけど教え、いや、きっ、聞きたくないッ!!


 胃が痛くなっちゃった。

 これまでとは別の恐怖に震える俺の前で、ハーニーちゃんは苛立ちを抑えたような声で続けた。


「リンドロの世界を二次創作するのは自由ですが、やるならちゃんとやってくださいよって話ですよ。ラディールはそんなキャラじゃないんですけど? 本編クリア済みでどうしてあのような解釈になるのか全く見当もつきませんね。

 レウン様も、あの世界のラディがどのような言動をしようともあれはあくまでも複製世界の二次創作であって原典とは異なる存在だと重々承知くださいね」

「はい……」

「全く、御涙頂戴可哀想話で同情を買うぐらいなら死んだ方がマシなんですよラディは! そりゃあもちろん? これからの悪行の為に自らの死を偽装し全てを欺くくらいはして見せる男ですが? そもそも完璧な悪役たるラディに対してまるで彼にも救いが必要であるかの如く、救済されるべきなどと宣うその驕りを捨てるべきでは?」

「はい……」


 しおしおになりながら頷く俺に、ハーニーちゃんは正気を取り戻したようにはっとしてから、小さく咳払いを響かせた。


「異界召喚耐性のある神は現在、貴方様のみとなっております。条例に基づき、違法性のある今回の件ではこちらから召喚陣に干渉して構築世界へと侵入します。

 決行日は神界時間で二日後、召喚の間に呼び出されていますので決して時間に遅れないようにお願いいたします」

「二日後!? えっ、ライブあるんだよ!?」

「大神様よりご指名ですので、正式な届けが提出できるのであればお好きになさればよろしいかと」


 推し活を邪魔される苦しみには共感があるのか、ハーニーちゃんは最後だけ同情的な声音だった。


 どうして神界には労基がないんだろうね。

 神は過労でも死なないからだね。

 そうだね。


 突っ伏したまま呻いていると、そっと傍にホットミルクが置かれた。


「レウン様」

「何……」

「せめて最速でクリア出来るよう、リンドロの攻略方法をお教えしますから、頑張ってください」

「はい……」


 教わった謎解きが本当にガチだったので、俺は普通に泣いてしまった。


 やめて! ひらめきと瞬発力とマジ知識の必要なガチ時間制限ありの謎解き要素なんて食らったら、崩壊した複製世界の解決が出来ないまま世界に囚われちゃう!


 お願い! 死なないでレウン!


 あんたが今ここで倒れたら、一年ぶりにコラボする推しのライブ参戦はどうなっちゃうの!?


 攻略サイトは見れる。二日で覚えていけば、全ての謎解きは最速で解けるんだから!



 次回、レウン死す。

 デュエル、スタンバイ!



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― 新着の感想 ―
ネタ盛り盛りなんだけど読みやすいしおもしろい
前作と同じく死ぬほど声が出ましたwwww 面白かったです。特にバタフライが。 あと聖女パワーCが私の腹筋を… 良ければ次回作をぜひ。
だ~か~ら~、なんなんだよこれww
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