9・祭り
『それでは、明日の朝9時頃に迎えに上がります』
昨日別れ際にヘイズが言っていたことだ。馬車で行くより箒で行く方が早いからと断ったが、やはり迎えにして貰えばよかったかもしれない。
「まさかこの私が迷うだなんて。城下は人混みもすごいわね」
今日ばかりは、とんがり帽子をつけていない、ローブとパンツと白いシャツでシンプルなコーデになっている。道ゆく人たちと肩をぶつけ合いながらとりあえず城に向かって足を進めていく。これなら完全に人間の旅人に見えるだろう。
それにしても人が多い。活気があって私の森とは大違いだ。いろいろな出店が見たこともないものを売っている。
「やぁ、そこの旅人さん。よかったらパンを食べていかないかい? 食べ歩きできるようにラップしてあげようか?」
「……いらないわ」
「なんだい、つれないね」
「悪いけどもう行くわね」
出店の男に声をかけられたが今は城につく方が先だ。それに、人間と積極に話そうとは思えない。やっぱり婆様の考え方が私には染みついている。婆様は人間と争いたくないのなら関わるなと言っていた。緊張してしまってうまく話せる自信もない。あの三人と普通に会話ができたのは、自分の森にいるという安心感から来ていたものだったのだと分からされた。
「なんでこんなに道がうねっているのかしら。歩きにくい……」
ブーツのかかとが石畳の道で軽やかな音を奏でる。早めに家を出てよかった。おかげで想定外のアクシデントにも対応ができる。
「バベルを呼んでみる……いや、あの子は人間がたくさんいるところが嫌いだと話していたはず。頼んだら来てくれそうだけど、これからもあの人たちが来るたびに呼ぶことになるし、今日は控えておこうかな」
歩いても歩いてもたどり着かない。箒がなくても飛ぶことはできるけれど、大きな魔力を消耗することになるし、魔法使いだとバレる。あの城で何をさせられるか分からないからなるべく体力は温存したい。
でも、普段の私からは想像ができないほど歩いたせいでまったく頭が働かない。近くにあったベンチに座って一休みをする。
改めてあたりを見渡せば、小さなころに一度だけ街に連れてきてもらったときのことを思い出した。婆様に内緒で母様と街に来たのだ。その時に食べさせてもらったケーキが美味しくて……
「こんなところで何をしているんですか?」
「あら、赤髪じゃないの」
ぼうっとしてると、見慣れた赤髪が目の前に現れる。馬の手綱を引いていて、いつもよりもきりっとした服装で髪型もセットされている。嫌そうな顔をしながらこちらに近づいてくる。
「とにかく城まで連れてってくれない? 箒が折れてしまって城まで行けなくなったの」
「歩いて行かれては?」
「道が分からないのよ!」
そういうと呆れたようにこちらに目線を向けてくる。
「魔法使いって生活能力低そうですよね。魔法でなんとかしちゃいそうな感じ」
「道が分からないだけでひどい言い方ね。あら、ありがとう」
ぶつくさ嫌味を言われながらも、差し出された手を取ると馬の上にのせてもらえた。いつもとは違う高さに何とも言えない恐怖を感じる。いつもはあんな空高くを飛んでいるはずなのに、自分ではない誰かに命を預けるのが何よりも怖い。
「しっかり捕まっててください。前の方が安定しているとは思いますけど。乗馬の経験は?」
「ないわ! 少し怖いもの」
「いい気味ですね。俺は魔法使いが嫌いなので怖がっているのを見ると愉快な気持ちになります。では、行きますよ」
馬は徐々にスピードを上げて走っていく。風を切る音を聞きながら必死にしがみついていた。後ろを振り返る余裕はないが、赤髪は落ち着いているみたいだった。乗り慣れているのだろう。
先ほどの街は通らずに少し外れた野原のようなところを走る。聞いてみると城の裏門から入るつもりらしい。
少し走ると、街中と同じように石畳の道が現れた。すれ違う人々は赤髪のことを見ると頬を赤らめたり元気に手を振ったり、どれも好意的な反応ばかりだった。
「あなた、好かれてるのね」
「普通ですよ。この町の人々は、騎士団に非常に好意的です。ヘイズ様のお活躍のおかげだと言えるでしょう。城下街であるのに加えて家柄も人柄もいいヘイズ様がいらっしゃいますから非常にこの町の治安がいいのです」
「ふーん、他の街はどうなの?」
「様々ですが、窃盗や暴力が横行している場所も少なくありません。この町は祭りができるほど安全ですが、他の街はそうだとは限りません」
「いつ祭りがあるの?」
「一番大きな祭りは半年後に。それに関連する小さな祭りは大きな祭りまでに二回行われます。一回目の祭りは友人と、二回目の祭りは家族と行くのが通例ですね。一度目の祭りが一月後にありますから、みんなその祭りに備えて準備を始めていますよ」
馬に乗りながらそんな話を聞き流す。祭り、話には聞いたことがある。母様は婆様の目を盗んで人間の祭りに参加するのが大好きだったらしい。たまにお土産を買ってきてくれたけれど、婆様に見つかればすべて処分させられていた。仕方ない、魔法使いは人間と積極的に関わるのは禁じられているのだから。
「着きましたよ。研究室に行けばロペスがいるでしょう」
豪華な金色の門の前でヘイズが手を振って待っている。腰にはいつもは見ない剣を携えていた。しかしその表情はいつものような笑みを浮かべておらず、どこか不満げな表情をしていた。