3・白の騎士の裏の顔
「これは……我が国の国立図書館をはるかに凌駕する量がありますね!」
ヘイズは目を輝かせてそう言った。適当に手に取った本をパラオパラめくる。だけど、例の本ではなかったのか、すぐに戻していた。
「本の位置はどうでもいいから元の位置に戻さなくても大丈夫よ。ただ、赤色の扉は開けないで頂戴。あと床についている鉄製の扉も。禁書エリアにつながっているから……って、なんであんたしかいないのよ」
「ヘイズ様はすでにどこかへ消えていきました。それをロペスが追いかけています」
注意事項のようなものを説明しようと思ったら、すでに目の前には赤髪しかいなかった。どうやらあの男は説明も聞かずに走り出してしまったらしい。それも、私が後ろを向いている隙にだ。
「落ち着きがないのね。彼はおいくつなのかしら」
「23です。それでも、普段は年齢の割には大人びて見えるんですよ。ただ、大変本がお好きなので興奮してしまったのでしょう。注意事項は俺から彼に伝えておきます」
「頼むわよ。私も少し調べ物をするから、貴方も好きにしてていいわ。主君を探すのをお勧めするけれど」
「もとよりそのつもりですよ。あなたに言われなくても」
表情は変わらないが、赤髪からは敵意を感じる。無理もない。そもそも、人間と魔法使いは仲良くなんてなれないのだから。考え方も寿命も、何もかも違う。姿かたちは同じだが、中身は全くの別物だ。
「いけ好かない人ね」
騎士の立派なマントを翻して本棚の先へ消えていくのを見送ってから、私も自分の用事を済ませることにする。
私が今回探したい本は三冊。それぞれ『大魔女グレンのカルテ』『魔導書:碧』『魔法植物大全』。この膨大な本の中から探すのは大変だと思うかもしれないが、よく使う本の場所はなんとなく覚えている。ただ、一冊目のカルテは50年ぶりくらいに読むからさすがに配置が正しいという自信がない。
「植物大全は、これ。碧もここにある。ってなると、カルテが見つからないわ。それなりに分かりやすい背表紙のはずなのに」
実は、『大魔女グレンのカルテ』は私の母様が書いたものなのだ。魔法料理やポーションの作り方まで母様のオリジナルのレシピが書かれている。三年くらい前に思い出したが、やっと取りにくる機会がやってきた。書庫に置いておかないで家の本棚に置いておくことにしよう。
「背表紙はキラキラに光っていてたまに親指サイズのユニコーンが飛び出す、って意味が分からないわ。母様は本当におかしな魔法ばかり開発していたみたい」
「親指サイズのユニコーンとはこの子のことでしょうか?」
「うわっ……後ろから突然話しかけてこないでよ」
本の特徴が記されている紙を読みながら頭を抱えていると、後ろから声が聞こえた。慌てて振り返ると、ヘイズがいた。
「失礼しました。ただ、この奇妙な生き物について聞きたくて」
ヘイズに尻尾をつかまれ宙ぶらりにされていたのは、まさしく親指サイズのユニコーンだった。手足をバタバタさせていてなんだかすごくかわいそうな感じになっている。
「これは母様が遊び心で入れた魔法よ。この子はどこから来たのか分かる?」
「えぇっと、たしか88の本棚の、このきらきら光っている本の背表紙から……」
ユニコーンを受け取り、しばらく歩いていると本棚の数字がだんだん大きくなり、88になった。ヘイズが指をさす先にはきらきら光っている背表紙の本がある。
「こんなところにあったのね。上の段過ぎて見えてなかったわ」
「たしかに、女性の平均身長ほどの大きさではわからないでしょう。はい、どうぞ」
「……どうも」
私が取れないのを見かねたのか、ヘイズが本を手渡してくれた。箒で飛べば取れるのに。
「ところであなたの部下は? 私の記憶によると二人いたはずなんだけど」
「途中でいなくなっていました。迷子になっているのかもしれませんね」
「まぁ、そのうち来るわね。金髪の方は魔法使いだし、何かしらの魔法を使って出口まで来るはず。赤髪もなんだか魔法に詳しいみたいだし」
「ちょっとしたダンジョンのような作りですね。この書庫に罠が無いのが救いです」
「地下には罠があるから下へ向かう階段を見つけても下らないで。魔法使いで瀕死になるくらい威力が強いから人間なんて即死よ」
「おや、心配してくれているのですか。黒の魔女様はずいぶんとお優しいようで」
「うるさいわね。とにかく禁書エリアは私もあまり行きたくないから。そこで死なれても処理に困るし」
カルテをぺらぺらとめくりながら話す。あった、この紫ポーションが今やってる実験で必要で、材料は……予想通りこの森で採れる魔法植物ばかりだ。
「禁書エリアに目当てのものがある可能性は?」
「さぁ。私も最後に入ったのは150年前だし、細かいところまでは覚えてないから何とも言えないわね。上をある程度調べて無かったら入ってもいいわよ」
「いつになることやら。頑張らないとですね」
「あら、これからも探すつもりなの? 今日で最後かと思ったわ」
あの量の本を見て目を輝かせている時点で、なんとなく察していたがまだ諦めるつもりはないらしい。私のめんどくさそうな表情を見て、ヘイズは笑みを深めた。
「王立図書館も、隣国の蔵書も調べつくして途方に暮れていたのですが、まさか自分の国に未開拓の書庫があるとは幸運です」
「なんでそこまでして春の遺書が読みたいの?」
「亡き父上を葬った人々へのの復讐のためです」
復讐、小さくつぶやいてみる。目の前の男には到底似合わない言葉のような気がする。優しそうな顔をしていて、物腰も柔らかなのに。人も魔法使いも見かけによらない。ヘイズは、一切柔らかな表情を崩さなかった。
「ヘイズ様! こちらにいらっしゃましたか!」
赤髪が焦った様子でこちらへ向かってきた。後ろには金髪もいる。どうやら迷っていたらしい。私の方が先にヘイズと遭遇しているとは思わなかったのだろう。
「先ほどの話は、そこの二人には内緒ですよ。二人だけの秘密です」
耳元でボソッとささやかれれば、急激に距離が近づいた私たちを見て、赤髪がしかめ面をする。
「秘密、ひみつ……分かったわ」
秘密。秘密は、約束。私はあったばかりの男と妙な約束をしてしまったのだ。久しぶりに聞いた秘密というワードにほんの少し胸が高鳴ったのも、秘密だ。